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双天の共鳴者  作者: 月山
第二章-2「瞋恚の炎」
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黒の進軍

 異変は突如として訪れた。


《? なんだ?》


 バリケード上空で奮戦している魔動機のパイロットの一人が、眉根を寄せて呟く。

 その視線の先は自らの居る街の東側、海岸線近くにあるバリケードの向こうで蠢く黒――のはずだった。しかし、そうではない。


《動きが止まった?》


 そう、止まったのだ。つい数秒前まではバリケードを押し倒さんと殺到していた魔獣たちが、バリケードを乗り越えようと仲間を踏み台として駆けあがって来る魔獣が、その全てが頭を垂れ、まるで機能停止した機械のように佇んでいる。


 辺りを包むは静寂。そして微かに響く魔動機たちのスラスター音。地上で、バリケードを乗り越えてきた魔獣へ魔術による迎撃を試みていた地上班すら、この異常事態に目を丸くしている。


《隊長、これは……?》


《油断するな。意味もなく停止するはずがない。周囲の警戒を厳とせよ。本田、本部にこの事態を通達しろ》


《了解》


 本田と呼ばれた別の魔動機のパイロットが返事をし、治安維持部隊本部へと、厳密には玄崎総司へと通信を開始した。すぐに本部に繋がり、突如として魔獣が停止したむねを伝える。

 返ってきた通信は、バリケード班はその場を死守。すぐさま増援を送るとのこと。


 誰もが息を呑み、周囲へと視線を散らしながらこの事態の推移を見守っている。兵士たちの頬を、夏場の暑さからきたものではない汗が流れ落ちる。

 その時、それは現れた。


 ――初めは地響き。次いで、荒い息遣い。


 だが、それはあまりにも大きい。少なくとも、人のサイズに近いモノが発する音ではない。つまり、魔獣・タイプαではない。

 なら、なんだ。

 等間隔のリズムを刻みながらこちらに近付いてくるこれはなんだ。


《隊長……レーダーに異常な魔力反応が……》


 各機体のコックピット内では絶え間なくレーダーの光点が瞬き、こちらへと近付いてくる驚異の存在をパイロットへ伝えてきている。

 その過剰なまでの反応は、逃げろと、立ち向かうなと、そう言われているかのようだ。


《レーダーなど見ずともわかる。この重い空気、間違いなくアレだ》


 隊の隊長はそう呟くと、操縦桿から片手を離し、頬の汗を拭った。


 雑兵レベルの魔獣――タイプαが揃って動きを止めるという反応を示すのはここ一週間で初めてだが、今この場を覆っている大気の密度が異常に濃くなったかのような重苦しさは、魔動機乗り、そして魔術師たちには覚えがあった。


 一週間前の初の襲撃、また、昨日の襲撃の際に現れた存在。


《――来た》


 ついにそれが姿を現した。

 遥か先の道路の地平線、その向こう側から重たげな胴体を四足歩行で持ち上げながら歩く奇妙な物体。否、それは生物。魔によって生み出された人造兵器、その一つの完成形。


《タイプβ……っ》


 黒い体毛、隆々とした全身の筋繊維、仄かに発光している赤い目、タイプαよりも長く鋭い計二十本の爪、まるでサーベルタイガーのような牙、鋭利に研ぎ澄まされた尾。

 なにより――


「――――――――!!」


 凄まじいまでの声量による咆哮が、全長十メートルを越すその体躯が、これまでの雑兵とは格が違うということを如実に知らしめている。その叫びに同調するようにタイプαたちまでもが雄叫びを上げ始める。


 魔動機の対魔装甲へとぶつかった空気の波が機体各所を揺らし、装甲内を反響、それがまるで機体が上げた恐れによる悲鳴のように聴こえてしまう。

 怪物たちによる大合唱は、思わず笑い飛ばしたくなるほど荒唐無稽な光景だった。

 そして、


《っ、こいつだけならまだ良かったんだが……》


 一人がぼやく。その言葉の真意は、タイプβの向こう側にある。


《――三体だとッ!?》


 新たにタイプβが二体、最初の一体を追うように現れたのだ。その肢体で四車線道路が狭く思えるほど辺りを埋め尽くしながら、進路を阻んでいるタイプαを道端に打ち捨てれられたごみのように踏み潰しながら。


 血が飛び散り、肉が弾け飛ぶ。頭蓋が踏み割られ、中身が露わとなる。この光景は、とてもではないが直視できるものではなかった。しかし、兵士たちは目を逸らすわけにはいかず、また、逸らすことができなかった。


 これから自分たちは、この化物と正面きって戦うのだ。たとえ先ほど踏み潰されてヒラキのように薄くなった魔獣のようになろうとも。蚊のように叩き潰されることになろうとも、逃げるわけにはいかない。


 意を決した隊長は深く目を瞑り、数秒の瞑想の後、鋭く目を見開いた。


《皆、踏み止まれ。増援が来るまでに、せめて一体でもアレを仕留めるのだ。知っての通り、アレの戦闘能力は魔動機数体・魔術師数人を優に超える。三体が同時に市街地に入れば、それだけ敗走の危険が高まるということだ。――わかったな!》


《了解》


 空中班と地上班、区分なくその命令に返事をし、陣形を組み直す。


 空中に居る魔動機たちは横一列に並び、タイプβに向け一斉射を始めた。

 地上に待機中の魔動機と魔術師たちは各々が武器と術式を構え、バリケードが破られた際に迎撃できるよう準備を整えている。


 空からは小雨。雲間から僅かに覗いていた光は絶えつつある。しかし、感傷に浸る間などなく、誰もが万全の状態で魔の到来を待つ。


 そして数十秒の後、黒い手がバリケードの上部を掴んだのが見えた。


 たわみ、軋む音が聴こえる。



 格納庫、その一画では敏也たちが指示待ちで立ち尽くしている。


「さっきの鳴き声って、あのデカブツだよな?」


「ええ、間違いないでしょう」


 敏也が確認するように呟くと、隣に居るエリーネが頷きながら答えた。


 先ほどタイプβが街の東側で上げた咆哮は、街の深部にあるこの格納庫にも響いてきていた。その声にこの場に居た誰もが身を竦ませ、その直後に慌ただしく動き始めたものだ。


 無論、直前まで格納庫周りの見回りをしていた敏也たちも何かを手伝おうとしたのだが、彼らが仮預かりとなっている部隊の隊長に「玄崎指令の命令があるまで待機」と厳命されてしまい、手持無沙汰となってしまっていた。


 ちなみに、紫苑と大河は魔動機の起動の手伝いをしており、こんな時、魔動機に関する知識があればなぁ、と敏也は口惜しく思っていた。

 と、そうしていると手伝いを済ませた大河と紫苑がこちらに走り寄ってきて、


「ふー、ようやく終わったよ。ここにある魔動機は正規軍と治安維持部隊の合計だから、数が半端じゃなくて……」


「お疲れ、大河、紫苑」


 敏也が言いつつ、周囲へ目を配らせると、格納庫入口から最後の魔動機が飛び立つ姿が見えた。どうやら、他にこの場所に残っているのは整備師たちぐらいのようだ。


「……ねえ、みんな、どうしてここで止まっているの? もしかして、私たちは待機?」


「ああ、そうだ」


 紫苑からの疑問に、腕組みしたままでマサルが答える。


「玄崎指令の命令があるまでは待機、と隊長からは言われている。破れば叱責どころでは済まないだろうな」


「その命令を破るつもりはないけどねぇ。正規軍たちだけで事が済むなら、わたしたちが無理する必要はないんだからさぁ」


 頭の後ろで手を組むようにしながら奈々が言う。と、エリーネがその意見に賛同するように顎を引いた。


「そうですね。私たちはあくまで学生。ここで命を張る必要などどこにもありません」


「あれ? 意外だな。お前なら『人々を護らなければ』とか言いだすかと思ったのに」


 敏也がそう言うと、エリーネは間髪入れず嘆息してしまった。そこにどこか呆れが含まれているのは決して思い過ごしではない。確定事項である。


「大神くん、私は理想主義者でも日和見主義の人間でもありませんよ。私たちのような子供が戦場に行っても、正規軍の足並みを乱すだけです」


「まあそうだな」


「でしょう? 現実的な物の見方くらい弁えています」


「ふぅん……」


 敏也は感心したように、それと同時に意外な物を見たかのように唸る。

 なにせ、エリーネは根が真面目だ。少なくとも敏也よりは軍属としての自覚を持っている。有事の際には矢面に立たなければならないということを自覚している。

 そんな彼女なら、こういった場合には市民の命を第一に考えるかと敏也は思っていた。たとえ自らが血染めとなろうとも戦うかと思っていた。


 しかし、そうではないようだ。

 認識のズレ。否、自分がそういった幻想を彼女に抱いていた、ということだろうか。


 決してエリーネは無謀ではない。己にできることを考え、行動できる子だ。

 己に出来ない事に拘り、意固地になり、差し伸べられた手を振り払い、自らを傷付けていた少女は、もうどこにもいないようだった。


(こいつも変わっていってるんだな)


 それは喜ばしいことだ。もうあんな独りよがりの痛々しい頑張りを見ないで済むというのは、本当に喜ばしい。

 しかし、どこか寂しく思うのもまた事実。他者が変わっていくということは、どこか寂寥感を伴うようだ。


 敏也はその未練たらしい思考を打ち切り、現実に意識を戻した。


「ま、それならいいよ。ここでみんなで大人しくしてよう」


「うっふっふー、敏ちんってば安心してるねぇ? エリーが飛び出していかなくて安心してるねぇ?」


「……八咫神、その下卑た笑いやめろ。はたくぞ、こら」


 ニヤニヤ笑いの奈々が敏也の脇腹を「うりうり」と突いている。その被害を受けている敏也の表情は忌々しげに歪んでいた。

 と、それを眺めていた紫苑が突如はっとし、キョロキョロと辺りを見回し始め、何かを見つけるとそちらを指差した。


「……みんな、あっち。あそこにモニターがある。もしかしたら、この街のどこかの映像が映るかも」


 指の先には――格納庫の隅にあるスペースの壁に設置されている液晶モニター。


「そんなに都合良く映るのかな?」


「……ただのテレビモニターを格納庫に置くのは不自然。試す価値はある」


 大河が零した疑問に即座に答え、紫苑はモニターのある方へと歩いて行った。そんな彼女の背を見る五人は、各々足を動かし、彼女に着いて行く。

 モニター前に辿り着くと、紫苑は早速ボタンを弄り始め、そう時を置かずして電源が入った。


 映す出された映像は――


「……でっけえな。これ、タイプβか」


 画面を埋め尽くすのでは、と思うほどに大きな巨体が映っている。――魔獣タイプβ、耐久力、攻撃力共に優れた傑物にして怪物である。

 その周囲では十体近い魔動機が飛び交い、マシンガンやアサルトライフル、果てにはチャージし終わったレーザー砲を浴びせていた。直後、爆発。火薬とレーザー砲によって熱せられた大気が逆巻き、視界を覆う。

 しかし、


「……レーザー砲でも貫けないのか」


 煙幕が晴れた後、現れたのは健在のタイプβ。レーザー砲の直撃を受けた皮膚は穿たれているものの、大したダメージを負った様には見えない。しかも、その傷は瞬く間に塞がっていく。


「再生能力まである、か。昨日現れた個体よりも強力なもののようだな」


 マサルが映像へと鋭い視線を向けながら言う。と、紫苑が不思議そうに首を傾げ、


「……頭を切り落とせばなんとかなるんじゃ? 取り敢えず倒せはしなくても胴体は動かなくなることだし」


「確かに。そうできればそうするのだろうが……なにせ相手が相手だ。迂闊に接近などできんだろう。よほど腕に自信があれば別だろうが」


「……私ならできる」


「胸を張るのはいいけど紫苑、そうしたら機体負荷と敵からの攻撃で確実にtype-S壊れちゃうからね。やめてね、できれば」


 紫苑の意気を挫くように大河は言った。その声には悲痛が滲んでいる。一体彼は何度彼女の機体を直してきたのだろうか。そして彼女は一体何度機体を壊してきたのだろうか。

 考えるのも面倒なので、敏也はそこでその考えを振り払い、


「なんにしてもさ。軍とかでなんとか抑えられてるみたいだし、俺たちの出番はなさそうだな」


「ええ、そのようです。――良かったですね、大神くん?」


 その微笑みながらのエリーネの柔らかな声音に、どこか不穏な気配を察した敏也は戦慄しながら頬を引き攣らせる。彼は僅かに後退しながら隣に居るエリーネを見やり、


「な、なんのことでしょうか? 俺わからないなー」


「……へぇ、惚けるんですね。じゃあ……『頼む、エリーネ。絶対に無――』」


「待った、エリーネ。それ以上はやめてくれ。恥ずかし過ぎて死ぬ。認めるから、良かったって認めるからやめて……」


「ふふふ、それで良いんですよ♪」


 言葉を遮って、一人顔を覆ってしまった敏也を見たエリーネは上機嫌な様子で笑みを零した。そんな二人を見た大河と紫苑は状況がいまいち理解できず、頭の上に疑問符を浮かべている。


「……なに? 今のは一体どういうこと?」


「状況から察するに……敏也君がエリーネさんに弱みを握られてるってことかな?」


「その見解はあながち間違ってはいないが、事実を言うと弱みを握らせたのは他でもない、敏也自身だ。まったくもって滑稽なことだとは思わんか」


「いやはや、近年類を見ないマゾっぷりだったよねぇ。あれって微笑ましくもあったけど見方に依っちゃあ、鞭差し出して『叩いてください』って言ってるようなもんだったもん。さすがのわたしもドン引きでした」


「でも、私はそんな大神くんでも良いと思います。少し情けないかなとは思いましたが、大神くんなりに私を心配してくれたんでしょうし」


 などという、五人からの生暖かい視線を賜った敏也はと言えば、


「……もうやだ、こいつら」


 ほろりと、一滴だけ涙を流すのだった。


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