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双天の共鳴者  作者: 月山
第二章-2「瞋恚の炎」
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九条の姫君

 間もなく正午に差し掛かる頃――

 街の東側の国道に設置されたバリケード上空では、軍所属の魔動機・メシアとレガリアの混成部隊が隊列を組んだ状態で滞空し、絶え間なく射撃を行っていた。


 アサルトライフルとマシンガン、レーザー砲が火を噴き、バリケードの向こうに側にいる黒いうねりを屠り続けている。


《ったく、キリがねえなあ》


 パイロットの一人が操縦を続けながら愚痴を零した。すると、それに便乗するようにまた一人が息を吐くように呟く。


《そうだな。向こうの山の斜面からぞろぞろ降りてきやがる。こりゃ、近くの山に発生源があるな》


 ――数百メートルほど先にある道路の脇の斜面。そこから滑り降りるように魔獣たちが次々と地に降り立ってきているのが見える。

 あの先に生成術式があるのはまず間違いがない。だが、軍には排除命令が降りて来ず、目下の命令を遂行するようにとしか告げられていない。

 なぜなら、


《そのうち鬼術部隊のやつらがってくれるさ。上の筋書きはそういう風になってんだからな》


 上層部からの通達では、鬼術部隊が生成術式の破壊に当たるため、軍には各都市の防衛に当たるように、となっているからだ。


 それに対し、意識の高い軍属の人間はもちろん抗議した。


『生成術式の破壊こそ優先すべきことではないか』


『都市の防衛に戦力を回すよりも、迅速に術式を排除した方が最終的には被害を減らせるのではないか』


 ――と。

 だが、上層部から命令の変更は成されなかった。再度、都市防衛の命令が通知されただけだった。


 そこに何かしら政府の事情や思惑があるのは彼らにも感じてとれた。が、一兵士でしかない彼らは命令に逆らう権利などなく、唇を噛み締め、悔しさを胸に、任務地へ向かうしかなかったのである。


 先ほど愚痴を零したパイロットたちは疲れたように眉根を寄せながら、


《とにかく、鬼術部隊がさっさと片付けてくれるのを待つしかないな》


《だな》


 彼らの目下では、未だに黒いうねりが蠢いていた。



 東京近郊にある小高い山。その峰を切り開くことで作られた土地には、平安時代の貴族が住んだ住居を思わせる、壮麗で荘厳な建築物が存在する。

 ――皇居。九条家と四神の宗家が住まう聖域である。


 その建築物の一室、畳みが何畳にも渡って敷き詰められ、奥には目上の者を迎えるであろう敷居の高い上座までもが用意された謁見の間では、四人の人物が二列に別れ、ある人物を待つ間、会していた。


「――して、事の推移はどうですか?」


 少しだけしゃがれた声で、しかし、その眼孔には人を射抜くかのような鋭さを宿した状態で確認を取った老人。

 着物を違和感なく着こなし、その白髪交じりの黒の頭髪には簪が刺さり、腰の帯には短刀を備えている。身体各所に寄った皺からして、歳は恐らくは六十を越えているだろう女性。

 ――竜ヶりゅうがみね呉羽くれは。現在の四神の実質的な頭である。


「順調じゃ。市民や軍属への被害は徐々に増え始め、概ね予定通りに進んでおる」


 呉羽の声に応えた人物。

 こちらは八十を優に超していることがわかるほど骨ばった体躯を持っている和服の男性である。しかしその顔には身体に不釣り合いなほど覇気があり、呉羽の目にまったく怯んでいないことがわかる。

 ――虎雅こが秀光みつひで。この顔ぶれの中では古参と言っていい存在。


「しかし、これが楠瀬の耳に入れば批難は必至――いや、それだけで済めばまだよいな。下手をすればヤツとの戦争になるかもしれん」


 秀光の言葉尻を拾うように口を開いた六十を過ぎたばかりに見える男性。

 その体躯は百九十センチ以上の大きさで、今は全員が座っているはずなのに、他三人を僅かながら見下ろす形となっている。

 ――玄崎くろさき錬造れんぞう。数年前から鬼術・鬼甲部隊への窓口役を担っている、四神の中核である。


 そして、


「だが、この世界情勢は我々にとって願ったり叶ったりだ。このままうまくいけば、被検体とやらの覚醒が進む。――あの実験体もそうだったのだろう?」


 腕組みをし、目を瞑り、自らよりも大幅に年上であろう三人へ不遜な態度をもってして当たる人物。

 その放つ気配たるや、獣のそれを彷彿とさせる鬼気があり、また、どこかしか腹に一物を抱えているかのような油断ならない雰囲気を纏っている。総じて危険。

 ――天埜あまの剛毅ごうき。四神の中では二番手の実力者である。


 剛毅は言い終わると片方の瞼を上げ、じろりと確認を取るように他の面々へと視線を送った。

 すると、秀光が剛毅の言った内容を肯定するように頷き、


「うむ、その通りじゃ。アレは周囲の人の感情を喰らい、壊れもすれば成長もする化物じゃった。――そうならぬよう、彼らには正しく目覚めてもらわなければならぬ」


「機械仕掛けの神……か。先代はなんともはや、恐ろしい計画を支援してしまったものだな。貴様たちのも……九条の女王もだが」


 秀光に続くように錬造も口を開いたが、その口ぶりはどこかこの場に居る人物とここにはいない人物をまとめて批難するような内容だった。


「同じ過ちを繰り返そうとしている今だからこそ言わせてもらうが、わたしは貴様らを軽蔑している。あれほどの被害を生んだにも拘わらず、それを二度も繰り返した貴様らをな」


 聞いた秀光は気まずそうに視線を逸らし、剛毅は興味が無さそうに沈黙している。

 ただ、呉羽だけは、そんな錬造を静かに見詰めていた。そして、少しずつ言葉を紡ぐ。


「確かに、先代たちは過ちを犯しました。無論、当時も長の座に就いていたわたしと秀光殿には申し開きのしようもありません」


「呉羽、よいのだ。それは――」


「秀光殿、ここはわたしに」


 何事か言おうとした秀光を呉羽は一瞥と一言で制し、視線を錬造へと戻す。


「しかし、今は亡き先代の九条を批難することは決して容認できません。あの御方は誰よりも世界のことを案じ、その上で悩み、苦しみ、最終的にはあの計画を支援することに決めたのです」


「だから尊いと? アレが過ちではなかったと、そう仰られるのか?」


「いえ、そうではありません。ただ――」


 錬造からの糾弾の眼差しに、呉羽は首を横に振ることで応える。首が止まった時、呉羽の双眸は長年積み重ねてきた寂しさと悲しみによって揺れていた。


「ただ、あの御方は……まだ就任直後で右も左もわからぬ状態で、それでも良かれと思って決断を下したのです。それはまさに苦渋の決断でした。――断れば世界という纏まりからこの国が弾き出され、たとえ参加したとしてもリスクがある。……結局のところ、あの御方に選択の余地などなかったのです」


 錬造は遮ることなく、黙って呉羽の言葉を聴いている。


「そしてあの御方は、生み出された結果に涙を流しました。――わたしは、あの御方のそのお姿を目にしています。自室で一人項垂れ、犠牲になってしまった者たちへ熱に浮かされたように謝罪を口にし続け、流した涙で畳みを濡らす様を……」


「それに対する贖罪があの顛末というわけだ。笑わせてくれるな、九条の女王は」


「剛毅っ、貴様……ッ!」


 それまで沈黙していたにも拘わらず、突如侮蔑を口にした剛毅に対し、秀光が立ち上がり掛けながら怒りを示す。その顔は鮮烈な赤に染まり、怒りが煮え滾っていることが容易に把握できる。


「貴様! それ以上発言すればその首掻き切ってくれるぞ!」


「やってみるか、老害。家督をそこに控えている息子に譲ることになるぞ。場合によっては学園に通っている孫にな」


 剛毅は言いながらちらりと視線を庭先へと向ける。と、秀光はさらに激昂する。

 憎々しげに睨みつける秀光と、視線すら合わさず座布団の上に悠然と佇む剛毅。

 両者の間にあるのは一触即発の空気。外にある広い庭では、各々の護衛たる直属の部下数名が、不測の事態に合わせ動き出せるように身構え始めている。

 今ここで、高位魔術師による魔術戦が始まってもおかしくはなかった。

 が、


「――秀光殿、ここはわたしに、と申し上げたはずです。どうか、お腰を降ろしになってくださいまし」


「しかしだな!」


「お願い申し上げます。盟友として、どうか」


「ぬぅ……」


 呉羽から視線とやんわりとした声音で窘められた秀光は口惜しそうに唸った後、不機嫌そうな面持ちで腰を落ち着けた。庭先にいる部下たちも揃って佇まいを整える。


 それを見届けた呉羽は安心したように息を吐きながら、秀光が怒り狂うことになった主因である剛毅へと目を移らせた。


「剛毅殿、先ほどの発言は些か不敬が過ぎます。あなたも四神の一員ならば、相応の態度を持って九条家に相対すべきです」


「不敬だと? 笑わせるな、愚物どもが」


「……」


「貴様らの過ちによって、世界がどれほど歪な関係に落ち込んだと思っている? ――魔動機の開発にしてもそうだ。裏でこそこそと技術供与などをし合い、同規格の機体を生産し、だが表ではいがみ合い、――とんだ茶番だ。下らないにも程がある」


 その言い分を聴いた呉羽は申し訳なさそうにするでもなく、後悔するわけでもなく、その目をただただ細め、不気味で妖怪じみた眼差しを剛毅へ送る。


「――だからこそ、あなたは独自に魔動機を研究しているのでは? ――そこの錬造と手を組んだのも、そのためでしょう?」


 その奇奇怪怪な視線に怯みもしない剛毅は、その口元を愉しそうに歪ませている。


「ふんっ、やはり竜ヶ峰の鬼婆にはバレていたか。――錬造、情報管理は徹底していたのだろうな?」


「無論だ。計画が露呈したのは、単純に呉羽殿の耳聡さゆえだ」


 その二者の発言を聴き届けた呉羽は視線を元に戻し、両者を視界に納める。


「悪い坊やたちです。親の躾がなっていませんね。――それで、開発の方はどれほど進んでいるのですか?」


「訊かずとも知っているだろう?」


「知っていますが、あなた方の口から聴いた方が確かでしょうから」


「性格の悪いババアだな。――錬造、お前の方が詳しいだろう。話してやれ」


 剛毅から顎で促された錬造は不本意そうに口元を引き結んでいたが、自分が話さなければ話が進まないからか、重々しく口を開いた。


「開発率は七十パーセント……といったところだ。レガリアの開発プラン『至宝計画』を隠れ蓑にしての開発だったため、予定に大幅に狂いが出ている。が、夏が終わるころまでには済むだろう」


「それは重畳。日本の新たな戦力の誕生というわけですね」


 呉羽は嬉しそうに口元に皺を寄せながら小さく手を叩く。が、錬造は「いや」と遮り、


「完成したとしても、貴様らへは指揮権を渡しはしない。どのような状況に陥ろうともだ」


「……それは何故?」


 口元だけは笑顔のまま、目元だけは平常に戻した呉羽が小首を傾げながら問う。

 その不気味気極まる女性を前にしても、錬造は立ち振る舞いを乱さなかった。


「これまでの話の流れは理解しているだろう、呉羽殿。貴様らは過ちを犯し続けた。にも拘らず長の座に就き続け、今もなお過ちを繰り返そうとしている。そんな人物たちに、姫君が成長なされるまでの国の舵取りを任せられるはずがない!」


「それはそれは……」


 容赦なく詰られた呉羽は困った風を装いながら頬に手を添え、そのまま黙りこむ。

 と、それまで沈黙を守っていた秀光が静かな眼光で錬造を睨み、


「我々よりも危険な人物は他にいると思うがな」


「なに?」


「わからんか、錬造よ。――貴様が手を組んだ男、天埜剛毅こそ、我々の中でもっとも危険だと言っているのじゃよ」


 秀光の視線は途中から剛毅へと移り変わり、その不敵な様を気に入らなさそうに睨みつけていた。しかし、話の矢面に立たされたというのに、剛毅は肩を竦めるばかりで、


「何が言いたいのかわからんな。ハッキリ言ったらどうだ」


「では、言わせてもらおう。――血が繋がった息子・娘を、己の才を受け継がなかったというだけで分家に預けるその冷徹さと傲慢さが、この国を沈める切っ掛けになると言っているのだ!」


 それは、混じり気のない敵意の言葉だった。

 しかし、聴いた錬造は戸惑うこともなく、呉羽は涼しげな顔で三者を見据え、剛毅に至ってはつまらなそうに息を吐いていた。

 そして、


「たったそれだけか? その程度のことで危険人物に認定されても迷惑なのだがな」


「それだけではないぞ!」


 秀光は声を荒げ、


「貴様は! 貴様は九年前、自らの部下を……」


「――ああ、あの事か。なるほど、身内『だけ』は大切にする貴様らしい批判だ。まったくもって滑稽だな、老害」


 秀光が言い淀んだ部分を的確に捉えた剛毅は愉快そうに顔を歪め、笑みを浮かべている。

 その居住まいにカッと頭に血が上ったのか、秀光が再び意気勇みかけたところで――


「お前たち、いがみ合うのはやめなさい」


 と、静かで澄んでいて、まだまだ幼さの残る声音によって静止の言葉が投げ掛けられた。


 発信源は板張りの廊下の向こう、今まさに、この部屋の上座へと入ってきた人物だ。

 ――ただその姿は、仕切りによって阻まれているためはっきりとは認識できず、丈の長い着物を着ているということ、そして背丈が百四十もないということしかわからない。後は、その首元に鈍い蒼の輝きを放つ首飾りを下げていることぐらいだろうか。


 その人物の到来を見るや否や、四人は居住まいを正し、慇懃に礼をする。


「姫君、よくぞお出でくださりました。四神を代表し、この竜ヶ峰がご挨拶申し上げます」


「そのように畏まらずとも構いません。わたしは若輩の身。最低限の礼儀だけ成っていれば何も言いはしません」


 言いつつ、その人物――今年ようやく十歳になろうという九条の姫君は腰を降ろした。

 許された四人は面を上げ、各々違った表情を浮かべながら姫君を見やる。


「では、お言葉に甘え……。姫君、此度は我らを呼び出し、如何様にされるというのでしょうか?」


 秀光が問う。と、姫君が仕切りの向こう側で笑みを浮かべた気配があった。


「そう怯えなくても構いませんよ、秀光」


「は? いえ、そのようなことは……」


「隠さずとも構いません。わたしにはわかるのですから。あなたの魔力は揺れています、水面に浮かんだ葉のように、風と水の流れのままに揺ら揺らと。……違いますか?」


「……敵いませんな」


 少しだけ心が揺れていた事が事実だったからか、秀光は観念したように肩を落とし、降参を示した。それを見るや、仕切りの向こうで姫君がなお一層雰囲気を和らげたことが感じとれる。

 そして、


「竜ヶ峰、虎雅、玄崎、天埜、――我が腕、我が脚、我が眷族たる四神よ。此度の招集は他でもありません。あなた方の行動の是非を問う為です」


「はっ、それが本音か。油断させておいて斬り込んでくるとは、ガキの分際で賢しいことだ」


「剛毅、少し黙れ。いくら盟友といえ、それ以上の不敬を見過ごすわけにはいかん」


 姫君の言葉に嫌悪を示した剛毅を窘めた錬造に対し、彼は肩を竦めて了承を示した。

 姫君はその不遜な行いを目にしながら特には糾弾せず、話を進めることにしたようだ。


「わたしが預かり知らぬところであなた方は何をしているのですか? 御柱計画の被検体たちに、燐火どのの大切な庇護対象に、あなた方は何をしようとしているのですか?」


 その問いにいち早く答えたのは呉羽だった。


「姫君、あなたが心配されることなどありません。万事は全てこの国の為に、あなた様のために」


「そのようなことを話しているのではありません。――鬼甲部隊をこの地に留まらせているのはなぜですか? 彼らを投入すれば、都市の防衛も、生成術式の破壊も、全てが円滑に運ぶはずです」


「……」


「それに、意図的に御陰市周辺地域を手薄にしているのはなぜです? 首都よりもあの周辺に魔獣が群がり始めているのは周知の事実。なのに、なぜ?」


「――九条といえど、まだまだあなた様はお若い」


 と、それまで従者の礼を尽くしていた呉羽が不敵な笑みを浮かべ、そう言った。その顔に仕切り越しに見られた姫君は身体を強張らせる。


「『九条』の完成形ならば訊かずともわかるはず。だというのに、あなたが理解できるのは未だに魔力の微細な揺らぎのみ。……ああ、それと僅かな幻視でしたか。共鳴石の補助を受けているにも拘らず、その程度」


「……呉羽? あなたはいったい……」


 姫君は怯んだように身を逸らしながら、胸元にある首飾りに触れる。

 呉羽はそのように怯えた少女を前にしても、一切容赦をしなかった。


「姫君よ、勘違いをしないでいただきたい。我ら四神は確かに九条家に忠誠を誓う者。しかし、それはあなたではない。我らはこの国のため、そして主と認めた『九条』のために在るのです。――あなた様はまだその器ではない」


「……そのためなら、どれほど民たちが犠牲になろうと構わないと?」


「構いません」


 呉羽は迷うことなく頷く。他の三人も同様なのか、静かに二人の遣り取りを見守っている。

 この場に味方が誰一人としていないことを悟ったのか、どこか悲痛さを滲ませた声で姫君は言う。その双眸が哀しげに伏せられたのがわかる。


「そうですか。やはり、九条家の真の盟友たる四神は死に絶えたのですね。あの日、共に誓ったあの記憶すら霞むとは……」


 ――二度と、この世を荒れ果てさせはしません。皆、ここに誓いましょう。

 確かにあの日、五人で誓ったはず。人の過ちを、その結果を、決しては忘れはしないと。


「時間の流れとは残酷極まりない」


 どれほど血が薄まろうとも、この誓いだけは失くさないと。

 ――我ら五人で、への恩義に応えていきましょう。

 そう誓ったはずなのに。


「――本当に残念です。長い間共に過ごし、何千年とこの島国を護り続けてきた同士だったというのに……」


 もはやそれは、霞む記憶の情景の中にしかないのだろうか。


「母君のことを言っておられるのでしたら、それは勘違いというもの。あれは、あなたの母君が自ら戦場へと赴いたのです。我らは当然止めました。しかし、それでも頑としてお譲りにならなかったのです」


「……よく言いますね、呉羽。……そこまで我が母を追い詰めたのは、あなたと秀光でしょう?」


「……」


「……これはこれは姫君、お戯れを。そのようなことは決して……」


 痛いところを突かれたようで黙り込んだ呉羽を見た秀光は取り繕うように言葉を漏らす。が、姫君は仕切りの向こうで柳眉を吊り上げている。


「秀光、言ったはずです。わたしにはわかるのだ、と。あなたと呉羽の魔力は揺れています。先ほどよりも、激しく」


「っ」


「それが正の感情ゆえなのか、それとも負の感情ゆえなのかはわかりませんが、事の真相がわからぬ以上、あなた方をわたしが信用することは一生在り得ません。それを努々忘れぬよう。……此度の話は終わりです。去りなさい、四神たちよ」


 退室を促された四神たちは仮にも目上である姫君に抗うわけにもいかず、ただただ礼をし、それぞれが部下を率いて去っていく。


 そして、部屋に残されたのは九条の姫君一人。

 その長い白髪が、部屋の入口から入り込んできた微風に靡く。彼女は哀しみに揺れる瞳で天井のしみを見詰めながら、


「今の我らをあなたが見れば、きっと失望してしまうでしょうね」


 上げていた頭を下げ、横に向ける。そのまま、入口から見える庭先の景色と、その向こう側にある青空へと視線をやる。


「被検体――いえ、大神敏也、エリーネ・フリートハイム。どうか、あなたたちの未来に光があらんことを。どうか……」


 呟いたその願いは、誰にも届かなかった。



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