白の少女
魔獣の犇めく市街地から戻り、格納庫でしばし休憩を取っていた敏也たち。
その後、正規軍が市街地に入り込んだ魔獣を順調に掃討し続け、さらにはバリケードの修繕作業も滞りなく進んでいるとの一報が入り、正式に休養を取ることが許可された。
ただ、大河と紫苑は自機の軽い整備があるとのことで格納庫に残ることに。マサルと奈々はシェルターのある山の上から市街地の様子を見てくると言って出て行った。
そして一方、残された敏也とエリーネは治安維持部隊の詰所近くにあるビジネスホテル――非常事態とあって軍の貸切となっている――に向かっていた。
街灯がチカチカと付き始め、世界はどんどん暗く成り始めている。
この一帯は道に幾重にもバリケードが張り巡らされ、さらには軍などが要所要所に居座っていることもあってか魔獣等の姿は見受けられないため、二人は安心してゆったりと歩いている。
「大神くん」
二人で歩いていると、エリーネが隣を歩く敏也を呼び、
「博士から貰った鞘の調子はどうですか?」
エリーネの視線はそう言いつつ、彼の腰に提げられている金属製の鞘へ向いている。
色は紅。とはいっても、炎刀の真紅の刀身よりも昏めの発色である。
「ん、ああ。今のところは問題ないかな。『灰神』のせいでぶっ壊れるってこともないし」
ポンポンと鞘を手で叩きながら敏也は言う。それにほっと一息吐いたエリーネは胸を撫で下ろし、
「そうですか。『灰神』は対魔素材すら破壊しますから心配だったんですが、博士はよっぽど高純度な素材で造ってくれたんですね」
魔力を込めていない状態での『炎刀・灰神』の斬れ味はいうほどでもないのだが、魔力さえ通っていれば尋常ではない斬れ味を発揮する。しかも、『ギア』が起動している際には対魔素材を溶解させるほどの熱量すら生み出す。
この鞘は、そんな炎刀を安全に持ち運ぶため、博士が敏也に送ってくれたある種のプレゼントだった。
エリーネの言葉に敏也は肩を上下させ、
「みたいだな。でもさ、ここに来る前に博士に聞いたら、これってなんかの実験の産物? 試作品を溶かして造ったとか言ってたんだよ」
「産物?」
「そうなんだよ。それ聞いても『いずれわかる』としか言ってくんないしでさ。だから、諸々が片付いたら『リサイクル品かよ』って文句を言おうかと思ってたんだ」
「ふふ、でも、良い性能の物をくれたんですから、もう文句は言えませんね?」
「んー、なんか納得したくはないんだけどな。悔しいし」
なんというか、お古を誕生日プレゼントとして貰った気分である。なんなら中古ゲームをプレゼントされたと言ってもいい。意気揚々と包みを開け、中身を知った時の残念っぷりは言うまでもない。お子さんは今泣いているんだ。
渋めた顔で歩き続ける敏也をエリーネは横合いからあやす様に声を掛ける。
「まあまあ、いいじゃないですか。……様になっててカッコいいですよ?」
「――博士、ありがとう! 俺、博士のチョイスを信じてました!」
それには深い意味などなく、単にエリーネが敏也の心を晴らすために言った言葉だったのだが、敏也は予想以上に心を動かされ、拳をぐっと握り、キラキラとした瞳で夕焼け空を見詰めている。
「単純な人ですね……」
そんな敏也の様子を眺めながら、エリーネはくすりと微笑んだ。
彼女のその表情に気付かない敏也は、鞘を支えているアタッチメントを弄ることで腰から外し、炎刀の柄を握ると、ブンブンと虚空目掛け振り始めた。
その表情は玩具を買い与えられたばかりの子どものように無邪気なものだ。
「ほらさっ、それにさ、いざとなったらこの鞘、ちっさい盾として使ったり、打撃武器としても使えるんだぞ! なんせ、対魔素材だからな! 硬さだけなら魔動機にも全然負けないし!」
「鞘ってそういう使い方をするものでしたっけ?」
首を傾げながらエリーネは問う。対して敏也は「ちっちっち」と指を振り、
「わかってないなあ、エリーネは。思いにもよらない使い方をすることで敵の意表を突くんだよ。ほら、ロボット物とかでよくあるだろ? 近接武器を投擲したり、果てには盾を投げつけたり。銃口突き付けての連続射撃も燃えるな!」
「それって本来の用途ではないような……。――そもそもあなた、その……えっと、あれです。昔、魔動機に酷い目に遭わされたのに、機械が嫌いじゃないんですか?」
恐る恐る敏也の表情を伺いながらエリーネは小さな声を紡いだ。それは、三珠市での一件から彼女が今まで聞くに聞けずにいた疑問であり、敏也の醸し出す雰囲気が少しだけ変わり始めているからこそ訊けたことだった。
それを聴いた敏也は「うん?」と首を傾げ、炎刀を振るのをやめ、考え込む。
そして、
「んー、人に近いサイズのロボットは嫌い……かなあ。そういうの見ると、嫌でもあの時の姿が目に浮かぶし。あ、仲間が乗ってる魔動機はもちろん大丈夫な。で、何十メートルとかのサイズならバッチリ大丈夫。『これはアイツとは違う』ってちゃんとわかるから」
「そうですか」
エリーネは再び胸を撫で下ろす。彼女の脳内を先ほどまで埋め尽くしていた気持ちは、不躾な質問ではなかっただろうか、彼を傷付けはしなかっただろうか、というものだ。
だが、どうやらそんな心配は無用だったらしい。
以前よりも、敏也の心は穏やかだ。一か月ほど前の敏也ならばきっと不機嫌になり、冷たくエリーネを突き放していただろう。
そのことを頭で理解しているエリーネは、頬が緩むのを抑えきれなかった。口元に手を当て堪えようとしても、込み上げてくるものに抵抗できなかった。
「……ふふふ」
「? どした、急に笑い出して」
敏也が怪訝な表情で見てくるが、エリーネは笑いを堪えきれなかった。笑い過ぎ、その目尻に涙が一滴生まれる。それを指先で拭いながらエリーネは笑顔を彼に向ける。
「いえいえ、なんでもありません。な・ん・で・も」
「いや、絶対何かあるだろ」
ムスっとして敏也は半眼を向けてくるが、エリーネはすまし顔を彼から逸らす。
「なんでもありませーん」
「うっわっ、なにそれムカつく。なあ、エリーネ、教えてくれよ。何笑ってたんだよ?」
「さあ、なんでしょうね。当ててみてください」
「えー、無理だって」
笑顔の二人は、そのまま宿泊施設を目指し、歩き続けた。
◆
「役得とはこのことなんだろうな」
「いきなり何を言ってるんです、あなた。――って、またこの問答ですか。正直飽きましたよ、もう」
声の主は、やたらと真剣な表情で言った敏也と、呆れた調子のエリーネである。
敏也とエリーネの目の前にあるのは巷で有名なビジネスホテルであり、その様相は豪華の一言に尽きる。しかも、この街に派遣されている間はここに無償で寝泊まりできるというのだから、これを役得と言わずなんと言うのだろう。
ただ、魔獣との死闘が日課として組み込まれている現状を差し引くと、プラマイゼロどころかマイナス領域の向こう側まで一っ跳びである。
敏也は四日前にここを訪れて以来、毎回このような遣り取りをエリーネとしていた。
「まああれだよ、初心を忘れない的な?」
「わけがわかりません。ここに来てからもう四日ですよ? いいかげん、こういったホテルに泊まることになれたらどうですか?」
二人は自動ドアを潜り、建物の中へと入っていく。
中の様相も外観相応に豪華で、まるで煌めいているかのように磨かれた床、ラウンジにある手垢すら見受けられない椅子の肘置き、高そうな置物、にこやかな笑顔のまま佇み続けるホテルマンなど、さすがと言っていいほど揃っている。
エリーネのその物言いに、敏也は不機嫌そうな意を示した。
「そりゃ悪うござんした。俺はこんなホテルに泊まったことなんて初めてなんで、なかなか慣れないんすよ」
「だからといってですね、初日の朝に眩しいほどの瞳をして『エリーネエリーネ! 聞いてくれ! すっげーやわこい! ベッドのマットすっげーやわこかった! なんか身体が跳ねるみたいだった!』と、嬉々として報告してくるのはさすがに……」
「やーめーろー! 思い出させんな! ちょっとはしゃいじゃっただけだろ! 未知の体験に心躍らせちゃっただけだから! もう忘れてくれえ……」
ほはぁ、と深い溜息を吐くエリーネと、羞恥に染まって彼女の肩を揺する敏也だった。
そうしていると、
「お帰りなさいませ、お客様。お部屋にお戻りでしょうか?」
二人の遣り取りをカウンター越しに笑顔のままで眺めていたホテルマンが、そう挨拶した。
二人はいつのまにか受付まで辿り着いていたのだ。そして、ホテルマンの営業スマイルを意識の外へとやり、その場で話し込んでいたというわけである。
敏也とエリーネは、はっと正気に戻り、居心地が悪そうに居住まいを正しながら、
「そ、そうっす。鍵ください」
「もうっ、大神くんのせいで恥を掻いてしまいました」
「俺のせいっ? 俺のせいなのっ!?」
「他に誰がいるんですか?」
「お前がいるだろ! っていうか、今回はお前のせいだろが!」
唸りながら顔を突き合わせ、再び口論に発展しそうな二人だったが、
「――お客様」
自分たちの耳に冷徹な声が届いた。その声は極寒で、聴く者に恐怖を齎す物だ。二人はその声に怯え、カタカタと身体を震わせながら、ゆっくりとホテルマンの方を向く。
すると、
「なんでしたら、ダブルベッドのお部屋にご案内――」
「「結構です!」」
菩薩のような後光と極上の笑顔を伴った発言に、二人は揃ってツッコミを入れた。
こんな時だけは息がピッタリな二人であった。
◆
〈早くここまでお出でよ、お兄ちゃん、お姉ちゃん〉
誰かが自分たちを呼んでいる。
〈私はずっと、ずーっと待ってるよ?〉
また、声が聴こえた。その声は冷たくて、粘っこくて、狂気を孕んでいて――
「どこだ、ここ」
目を開けると、そこは果てなく続く黒い大地に蒼い空だけという、意味の分からない空間だった。
どうやら自分はここにポツンと立ち尽くしているらしい。
ああこれは夢だ、と敏也は瞬時に理解する。ただ、その大地に独り佇んでいる白いワンピース姿の少女だけが、どうにも嫌な感覚を生んでいた。
その時、背筋を舐め上げるような嫌悪感が込み上げてくる。全身に怖気が走る。
緩慢な動きで首を動かし下を見れば、足から腰へ、腰から胸へ、腕すらも呑み込んで。黒い地の底へと自分の身体がずぶずぶと呑み込まれそうになっていた。
「うぁっ? なんだよこれ?」
腕を引き抜こうとしても動かず、身を捩ろうとしても動けず、仕方なく助けを求めるように視線を少女へと向ける。
彼女は一歩をゆっくりと踏み締めるようにして、黒い大地をこちらへと進んで来ていた。
〈人の心が、哀しみが世界に溢れてる。そのせいかな、いつもより繋がりやすいね?〉
一歩、進む。少女の素足が触れた黒い大地に波紋が生まれる。
〈でも、もうすぐ終わっちゃうみたい。私の勘は良く当たるんだぁ〉
――なんだろう。
〈だから、早く強くなってね。早く『醒』めてね。だって寂しいんだもん。私のところまでだーれも辿り着いてくれないんだもん。つまんないよ……〉
また一歩進んだ。また、波紋が生まれた。
〈来てくれないと会えないよ。私はまだ起きられないから〉
――何故だか、憎い。この少女が、憎い。動かせないはずの両手が、この少女を縊ってやりたいと、そう猛っているのがわかる。
敏也のその心の乱れを少女が捉えたようで、その口元がニンマリと笑む。彼女の目は前髪で見えないが、下卑た目つきであることは容易に想像が付いた。
〈えへへ、そう。お兄ちゃん、わかるんだ? なら、もう芽生え始めてるんだね? お姉ちゃんのほうもそうみたい。これならもう少しかなあ〉
心臓が限界まで鼓動を早める。全身の膂力をフルに発揮し、拘束から逃れようと、目の前の『何か』を排除したいと、切に願いながら抗う。
だが、動けない。
〈『揺り籠』の子たちはみーんな死んじゃったけど、あなたたちはどうなるかなあ?〉
髪までもが白い少女が何かを言っているが、敏也にはそれを吟味するだけの余裕がもうなくなっていた。すでに首元まで黒い大地に呑み込まれている。このままでは――
〈怖がらないで。もっと先へ、高みへ行きたいんでしょ?〉
優しげな声音。慈しむような、子を愛おしむような母性を感じさせる、少女には不釣り合いな大人びた声音。これが声だけなら、そっと身を任せていたかもしれない。
――ただ、その甘い声音を生み出す口元が、口裂け女のように広がるのを見てしまった。
「――ぁ」
そのあまりにも非現実的で、恐ろしい光景を目にし、堪らず悲鳴を上げそうになった。
が、
「あれ?」
気が付くと、ホテルのベッドの上で汗だくになっている自分が居た。
◆
「……どうしたの、敏也、エリーネ。二人とも酷い顔」
「うわっ、ほんとだ! どうしたのさっ?」
先に集まっていたマサル、奈々、大河、紫苑の四人。その内の紫苑と大河が、遅れてやってきた敏也とエリーネの顔を見た瞬間、椅子から立ち上がりながらそう言い放った。
現在時刻は午前七時。ホテル一階にあるラウンジの待合である。
「ああ、大丈夫。夢見が悪かったんだ。その内治る」
「あれほど不愉快で不快な夢は初めてでした」
「お前もか」
「あなたもですか」
順に言った後、同じように悪夢を見ていたことに感銘を受けたのか、お互いに「大変だったね」とでも言いたげな視線を交わしていた。
その様子を腕組みしたまま横目で伺っていたマサルが肩を竦め、
「珍しいこともあるものだな。二人揃って悪夢を見るなどと」
その言葉尻を拾うように奈々が小さなテーブルの上に身を乗り出し、
「そりゃ大変だ。――エリー! わたしが癒してあげようか? 御代は無料だよぉ?」
「遠慮しておきます。あと、今の私には余裕がありませんので、不埒な真似をしたら即座に炭なると思っておいてくださいね、八咫神さん」
「……イエス・マイロード」
病人のような顔で放たれた不穏な言葉に、奈々はブンブンと首を縦に振りながら了解した。その様子を紫苑は一瞥すると、ぱんっ、と控えめに手を鳴らし、
「……取りあえず、元気が出るように朝食を食べよう? 敏也とエリーネは沢山食べること」
その意見に大河もこくりと頷く。
「そうだね。調子が悪い時は休むか、栄養のあるものを食べるかだし」
それがこちらの身を案じてのことだということは敏也とエリーネにもわかっている。が、二人の言葉を聴いた直後、敏也とエリーネは渋面を作った。
「いくらここがバイキング形式だからって朝からそんなに食えねえよ。つーか、今食ったら……吐く」
「私もです。あの夢の光景が頭の中でまだチラついていて……。思い出すだけで嫌悪感と吐き気が……」
終いには手で口元を覆っていた。そんな彼女の左肩に敏也は手を置き、「大丈夫か?」と問い掛けている。対してエリーネはその手に自身の右手を重ね、「はい」と返した。
「むむむ」
その仲睦まじい光景を見た奈々はつまらなそうに頬を膨らませ唸っているが、先ほどのエリーネの脅しが効いているのか、特には邪魔をする気はないらしい。
と、マサルが咳払いをして場の注目を集めた。
「さて、とにかくだ。さっさと朝食を取って夜勤の部隊と交代するぞ。魔獣の発生源はまだ潰せていないのだからな」
「はいはーい、しっつもーん」
奈々が手を挙げて存在をアピール。マサルは半眼を向けて、さっさと質問しろ、と促す。
「魔獣の発生源ってさ、やっぱ魔法陣的なアレなわけ?」
「恐らくそうだ」
マサルは首肯し、
「そもそも魔獣とは、九年前の魔動機大戦中に開発・運用された人造兵器ののことであり、魔術師が運用する術式の一種だからな」
「あ、聞いたことあるよ。子供のころニュースで、どこかの国に魔獣が放たれて大変なことになったって」
大河の過去を反芻するような胡乱な視線を追い、マサルは「ああ」と肯定した。
「魔獣とは、様々な動物の因子――つまりは遺伝子だな、それの有用な部位のみを取り出し、組み換え、戦闘に特化した獣として生み出された存在だ。その生成術式の中核に組み替えた遺伝子を濃縮した核を置き、それを魔力によって分化・分裂させてやつらを生み出す。ただ、生成を繰り返すたびに核となっている遺伝子は損耗してくため、いつかは限界がくる」
「ん? でもさ、そんなもんを大量生産するような術式をどうやって一週間も稼働させてんだ? まさか、学園の結界発生装置みたいに馬鹿でかい魔力機関を持ち運ぶわけにもいかねえだろ?」
敏也はそう疑問を口にしたのだが、
「簡単だよぉ、敏ちん」
奈々の声が届き、そちらを全員が見やる。そこにはびしっと人差し指を突き立てているしたり顔の奈々が居た。
「答は至極単純。人が護ってるんだよ。多分、キメラって組織の使い捨てレベルのメンバーがねぇ。文字通り命を削りながら、不眠不休で生成術式を動かし続けてるんだよ」
「……そりゃご苦労なこった」
敏也は呆れたように息を吐きながらそう言った。
そんなことに命を使うくらいならもっと良い使い道があるのではないか、と敏也は思っているが、今ここでそれを言ってもやつらには届かないため、口を噤んだ。
そこでマサルがうんざりした様子で溜息を吐き、席を立った。
「なんにせよ、魔獣を作り出すことは国際法で禁止されている。それを行っているキメラという組織は極刑ものだということだ。――そろそろ行くぞ。交代まで時間がない」
そう言うと、椅子やテーブルを避けながらそそくさとレストランの方へと歩いていく。奈々はそんな彼の背中に追い縋りながら、
「ちょ、マサル! ちゃんとみんなが立つまで待ちなってばぁ」
「目的地はすぐそこで一緒なのだから、待つ必要はあるまい」
「冷たっ」
そんな会話をしながら、マサルと奈々の背中が遠ざかっていく。その二人の背中を紫苑はぼんやりと眺め、
「……だから早く行こうっていったのに」
表情は浮かべず頬を膨らますのみに留めてはいるが、どこかむくれた雰囲気で愚痴を零した。それに気付いた大河があたふたしながら、
「ほ、ほら、情報の共有は必要でしょ? だって僕たちみたいな下っ端には情報がほとんど下りてこないんだから、ね?」
「……」
「やめてよ、紫苑。睨まないで。怖いから」
「……ならさっさと行く」
そんな問答の後、紫苑は大河の首根っこを引っ掴み、「く、首がっ」と呻いている彼をずるずると引き摺りながらレストランの方へと向かっていく。
そんな彼らの様子を敏也が生暖かい視線で見詰めていると、
「大神くん」
と、呼びかけながらエリーネが敏也の横顔を伺っていた。そして、
「あなたが見た悪夢というのは……」
「ん、変な子供が居た。それと、青空と黒い地面……だった」
「……私の見た夢と同じですね」
「やっぱりお前も?」
エリーネが先ほど零した夢の感想――『不快』『不愉快』から薄々感付いてはいたが、どうやら本当に同じ夢を見ていたらしい。しかも、登場人物や世界まで同じだった。
「これってどういうことなんでしょう。悪いことの前兆でなければいいのですが……」
エリーネは、その表情にどこか怯えと心細さを滲ませながら首を傾げている。
確かに、あのようなわけのわからない夢を見て、それをすぐに頭の中から追い払うのは無理というものだろう。それに、ただでさえここ数日は魔獣の襲撃に怯え、精神を擦り減らしていたのだ。互いの精神に溜まった心労は相当なものだ。
(素直に『怖い』って言えば良いのに)
とは思うが、エリーネが本心をひたすらに隠してしまうということをここ最近の出来事のせいで敏也はなんとなく察しているため、とやかく言うような真似はしない。
ただ、それでもその佇まいに胸に来るものがあったのか、敏也は口元を引き結び、ぽんっ、とエリーネの頭の上に手のひらを乗せた。しかし、その触り方は決して彼女の髪を乱すような荒いものではなく、壊れ物に触れるかのような深重な手先だ。
「? 急にどうしたんですか?」
エリーネは特には拒絶を示すことなく、ぽかんとした顔で敏也を見た。対して敏也はどこか照れ臭そうに頬を掻きながら、
「いや、さ。まあそんなに怖がんな。お前はもう一人じゃないし、みんなが居るだろ?」
きっと救ってくれる。護り合ってくれる。もう、自分たちは一人ではないのだから。
敏也のそんな想いが込められた不器用な言葉と眼差しだったのだが、エリーネはどうやらそれらを一片すら逃さず汲み取ってくれたようだ。
エリーネは穏やかな笑みを浮かべながら、自身の頭の上に乗せられている敏也の手にそっと触れ、
「わかっています。それと、それはあなたも同じですからね?」
その柔らかで暖かな言葉と表情に、
「ああ、ちゃんとわかってるよ」
敏也も同じように、応えた。




