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双天の共鳴者  作者: 月山
第二章-1「キメラ襲来」
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戦いの幕開け

 魔獣が現れてから一週間。

 人々はその魔の手に怯え、毎日を過ごしていた。

 全ての都市・街・村を護るためには戦力がいくらあっても足りないため、人口の少ない街や村の人間たちは、軍の警護を受けながら装甲車で都市へと疎開させられた。

 ただ、迅速に避難誘導が行われたにも関わらず、救いの手が間に合わなかった場所もあり、軍が訪れた時には既に滅ぼされていた村や集落が世界中で散見されていた。

 叩き割られた家屋。引き千切られた身体。山中から轟く獣の咆哮。

 これが後に、『血の惨劇』と呼ばれることになる大規模テロの一幕である。



 日が傾き始め、世界は少しずつ色を失い始めている。僅かに顔を覗かせている太陽だけが、その世界を照らしていた。


 なんで、どうして、どうして――息を切らせながら市街地の路地を走り続けている、年端もいかない少年の頭の中を埋め尽くしているのは、そんな思いだった。


「ひっ……!?」


 走りながら後ろを見やると、そこには蠢く黒、黒、黒、黒黒黒。


「っ……来な……いで」


 路地を埋め尽くさんが如き数の漆黒の生物が徒党を組み、口の端から唾液を垂らし、尖った歯をギラつかせ、少年に追い縋っているのだ。

 ただ、少年の歩幅とその生物との体格差ゆえなのか、徐々に距離が縮まり始めている。


「はっ……はっ……」


 何度も角を曲がり、何度も後ろを振り返り、走り続ける。が――


「あ――痛っ」


 長時間走り続けたせいか、少年の疲労が蓄積した両脚は絡まり、彼はアスファルトの上へ投げ出された。転んだことで両膝が擦り切れ、血が止めどなく流れ出している。

 その血の匂いに興奮したのか、迫っていた黒が一際波立ち、駆け始めた。

 そして、先頭に飛び出していた一匹が大地を蹴り、少年へと飛び掛かった。


「う――うわぁぁぁ!?」


 それを見た少年が悲鳴を上げ、鋭利な牙と爪が彼に届こうとした時――

 鈍く、湿った音が聴こえた。まるで、トマトを一思いに握り潰したかのような音だ。


「? ……え?」


 両腕で顔を護っていた少年が顔を上げると、そこには茶髪の青年の後姿が在った。

 そして、その青年の足下には、頭部に赤い刀を突き刺され絶命している黒も。

 腰に『金属製の鞘』を携えた青年が少年を振り返る。


「よっ! 大丈夫か?」


 柔らかな笑みを湛えた青年は、大神敏也だった。


「う、うん、ありが――あっ」


 少年が礼を言おうとして驚いた様子で上げた声に反応した敏也がその方向を見ると、後続を走っていた黒たちがすぐそこまで近付いていた。

 敏也は死体から刀を引き抜き、


「こんなに入り込んでんのか。さすがに多すぎだろ。バリケード班は何やってんだ……」

「お、お兄ちゃん! 逃げないと!」


 少年が焦った様子で敏也に縋りつく。だが、敏也の落ち着いた佇まいは乱れない。


「ん? 大丈夫大丈夫。――ほら、上見てみろ」

「上?」


 見上げた空に浮かんでいるのは、二機の魔動機。片方は紫、片方は銀色をした機体。


《……敏也、勝手に飛び出さないで。フォローするのが大変》

「仕方ねえだろ。お前らの機体じゃ、狭い路地には入り辛いだろうし」

《……まあいい。その子を抱いて後方にジャンプして。――三秒後に一斉射する》


 右耳に付けたインカムから届いた音声に敏也は目を剥いた。


「はやっ!? ――おい、行くぞ! 歯ぁ食い縛れ!」

「え? え?」


 突如敏也に身体を小脇に抱えられた少年は理解が追い付かず、目を白黒させている。

 そして、敏也が大地を力の限り蹴り、数メートル先まで飛んだ瞬間。


《……斉射開始》

《家屋にはなるべく当てにないようにね!》


 その二人の声の後、二機の魔動機が同時に射撃を開始した。

 紫色の機体――『レガリア type-S』は、バックパックに装着した四連ガトリング二門を高速回転させ、さらには保持している銃剣付きのアサルトライフル二丁を撃ち始めた。

 銀色の機体――『メシア』は、バックパックに外付けしている補助バッテリーに直結されている重レーザー砲を右脇の下から回し構えると、大群に向け掃射を開始した。

 極大の光と弾が雨のように降り注ぎ、黒を――魔獣を消し去っていく。

 その攻撃は十数秒続き、その間は近辺を轟音が揺るがしていた。


「……怖えー。俺、交易都市でこんなこと出来る奴と戦ってたのか……」


 敏也は頬を引き攣らせながら、改めて自身の無謀さを思い知っていた。

 降り注いだ圧倒的な暴力の後には、弾痕と肉片・血痕、その他にはアスファルトを焼き飛ばされ姿を見せた地面しか残っていない。


《――うん、改造はうまくいったみたいだ。メシアでも高火力兵器が使えるだなんて、地道に苦労を重ねた甲斐があったってものだよ》


《……どうでもいいから索敵。討ち洩らしはない?》


 紫苑からの注意に大河は渋々ながらレーダーへと目を移らせ、


《特には――っと、別方向から増援だね》

《……問題ない。そっちには――》


「あっしらがいやすからねえ!!」


 とびきり大きな声がインカムや通信機を通して十班の面々に届いた。


「五月蠅いぞ、八咫神。インカムを使う時は声量を落とせ、馬鹿者」

「耳がキーンとしてます。……八咫神さん、後でお仕置きです」


「ヒャッハー! んなこと気にならないくらいわたしはテンション高いぜー!」


 先ほどまで敏也たちが居た場所とは正反対の箇所――一車線ずつの道路の中心に八咫神奈々が仁王立ちしていた。そして数メートル離れた後方には、呆れ顔の神堂寺マサルと顔を顰めたエリーネ・フリートハイムが居る。

 と、その時、道路の遥か先から黒い大群が駆けてくるのが見えた。


「ほっほー、中々の数。――しっかーし! 今のわたしの敵ではなーい!!」

「はぁ……なんなんでしょうか、八咫神さんのこのテンションの高さは……」

「血が滾る……というやつだろう。それか、非現実的な状況に酔っているだけか。なんにせよ放っておけ、エリーネ嬢。関わるだけ時間の無駄だ」

「そうですね、神堂寺くん。全て八咫神さんに任せてしまいましょう」


 疲れたように頭を抱えている二人はそんなことを言いながら奈々の後姿を眺めている。


「ふっ、どうやらバリケード班は全滅したようだけど、ここは意地でも通さんぞぉ! さあさあ! 来い! 魔獣ども! そこに足を踏み入れた時が、貴様らの最期だぁ!」


 そう言いながら奈々が目を向けているのは、今にも魔獣たちが足を踏み入れようとしている部分であり、奈々からは十メートルほど離れている場所だ。

 そして、一体がその地点に踏み入り――

 瞬間、道路のアスファルトを突き破りながら土の杭が飛び出していた。後続の魔獣が続くと同じように杭が生み出され、次々と串刺しとなっていく。

 最終的に出来あがったのは、道路を埋め尽くすほどの血で染まった針の山だった。


「はっはっは、どうよ! トラップの味は! 土属性の恐ろしさ、思い知ったか!」


 その得意げな奈々の背に向かい、エリーネとマサルはぼんやりとした視線を送り、


「設置型でありながら感知型でもある術式ですか。この攻撃、やたらとエグいですね。八咫神さんは自覚あるんでしょうか?」

「さすがにあると祈りたいが……対人戦でこれを見せないところからすると、良識や良心を最低限は持っているのだろう」

「そうだといいんですけどね。八咫神さんって危なっかしいですし……」

「どうだろうな」

「え?」


 その曖昧な返事にエリーネは隣に居るマサルへと疑念を示した。


「どういうことですか?」

「いや、たまに思うのだが、八咫神は俺たちの中で一番大人なのではないか?」

「……まさか」

「そうだな……」


 マサルも自分でそれが世迷言だと思ったのか、それ以上は口を開かなかった。

 と、その時、


「エリー! マサル!」


 奈々が二人を呼ぶ声が聴こえた。それに反応した二人が見ると、そこには針の山の左右にある家屋の塀を乗り越えようとする魔獣の姿があった。


「ふん、馬鹿正直に道路を走る魔獣ばかりではない……か。本能だけで生きる生物の分際で、生意気だな」

「……そういう物言いはどうかと思いますよ、神堂寺くん。あれでも一応は生物なんですから、命は尊ばないと」

「所詮、あれは生き物を模された模造品だ。躊躇いは命取りだぞ、エリーネ嬢」

「わかっています。躊躇いはしませんが、気の持ちようの問題です」


 その言葉と共に二人は前方へと右手を翳した。そして、手のひらの向こうに魔方陣が形成される。


「エリーネ嬢、お前は右だ。左は俺が潰す」

「了解です。この際、家屋への被害は度外視しましょう」

「同感だ」


 直後、二人の魔方陣から攻撃が迸った。エリーネの術式からは燃え盛る火球たちが、マサルの術式からは先端を乱回転させた水球たちが放たれる。

 さらには、奈々は自身の周りのアスファルトを踏み割ると、そこから見える地面から土の杭を生み出し、宙に浮かぶそれに命を下し、魔獣へ向け投擲を開始した。


 それらの飛来した攻撃を避けるすべが魔獣たちには存在しない。その全てが魔獣の身体にクリーンヒットし、その体躯を派手に吹き飛ばしていく。


 その時、家屋の屋根を飛び移りながら移動していた敏也がエリーネたちの傍に降り立った。その小脇には変わらず少年が抱えられている。が、気を失っているようだ。


「おい、お前ら、いつまでここにいるつもりだよ。俺たちの任務は逃げ遅れた市民の保護だろ? ここら辺にはもう誰もいねえぞ。撤退した方がよくないか?」


 その呼び掛けに、二人は攻撃を続けながら頷く。


「……そうだな。掃討は本隊に任せるとしよう」

「さすがに数が多いですしね。それに、家屋への被害は極力抑えろとのお達しですから。そうなると、これに対処するためにはもっと数が必要になります」


 見れば、エリーネとマサル、奈々は射撃を続けているにも拘わらず、塀を乗り越えようとする魔獣の数は一向に減らない。むしろ、増えている。

 これ以上は危険と判断したマサルはインカムを通し、班員に呼び掛ける。


「聴こえるか? 大河、紫苑。我々十班はこれより撤退を開始する。お前たちには上空からの援護射撃を頼む」


《了解。じゃあ、屋根を跳び移って逃げてね。ここら辺りの路地はもう埋まりかけてるから》

《……殿(しんがり)は私たちが責任を持って受け持つ。振り返らずに走って》


「了解した」


「じゃあ、行くか。――エリーネ、ほら」

「? どうして手招きを?」


 敏也は炎刀を鞘に納め、ちょいちょい、と右手で招いていた。


「そりゃあ、お前跳べないじゃん。なら、俺が抱えるしかないだろ?」

「い、嫌です! またあの時みたいに密着するなんて……!」


 エリーネは攻撃を続けながらも顔を真っ赤に染め、嫌嫌と首を振っている。

 が、敏也から左手で少年を受け取ったマサルが、右手で射撃を続けながら咎めるような顔を――どこか愉快さを滲ませているが――して、エリーネに言う。


「エリーネ嬢、そんなことを言っている場合か? これ以上ここに留まっていると、本当に死ぬぞ」


 その言葉にエリーネは自分が不利だと悟ったのか、声を詰まらせ、


「うっ、わかり……ました」


 渋々ながら頷き、その扱いを了承した。


「よし。では敏也、エリーネ嬢は任せる。――八咫神! 離脱するぞ!」

「オッケイ!」


 そう言い合うと、マサルと奈々は一足先に攻撃を切り上げ、屋根目掛けて跳躍した。


「……じゃあ、おぶろうか?」

「……よろしくお願いします」


 そして、二人も彼らに続くのだった。



 敏也たち第十班は、御陰市の近くにある別の街に派遣され、街に駐留するようになった軍と治安維持部隊の下働きとして扱き使われていた。


「あ~、しんどかった。正規軍はなにやってんすかねえ」


 治安維持部隊の格納庫に戻り、ようやく一息を吐けた奈々は、帰還早々そのような愚痴を零していた。

 彼らが座り込んだのは格納庫の隅だが辺りを見渡してみると、現在部隊はほとんどが出撃中にも拘わらず、二十近い魔動機が立ち並んでいる。そして、整備師たちが忙しなく動き回り、魔動機のメンテナンス作業を行っていた。


「予想以上に数が多かったんだろ。俺たちが駆り出されたくらいなんだから」


 敏也も奈々と同様に、うんざりとした表情で言う。と、エリーネが首肯し、


「そうですね。出撃する前に軍の人が『急に数が増えた』と言っているのを耳にしましたし。バリケードが突破されたのはそのせいでしょう」


 現在、この街に限らず、人が暮らす集落にはバリケードと検問が敷かれ、移動が制限されている。それは単に、魔獣の進攻を阻むためである。

 と、マサルが溜息を吐いた後、首を振り、


「だとしてもだ。数が増えたといっても、これは増えすぎだ。事実、俺と八咫神が派遣されてから今日までの六日間、バリケードを突破するような数の魔獣は現れなかった」


「それってつまり、状況はどんどん悪くなっていってるってことか? 勘弁してくれよ」


 敏也は盛大に肩を落とした。他の三人も同じようにしている。今頃、魔動機の格納に追われているであろう大河と紫苑がここにいれば、彼らも同様にそうしていただろう。


 ただでさえ退院してからすぐさまこちらに送られ、あーしろこーしろという命令に従い、物資をせっせと運ばされ、ついに今日こんにち、戦いにまで引っ張り出されたのだ。しかも内容は、『魔獣の蔓延る市街地に赴き、逃げ遅れた市民を保護せよ』だ。


(正直、正規軍に付いて行ったほうが楽だっただろうな。なんだよ、あの数)


 本音を言うと、敏也は任務中怯えていた。なにせ、漆黒の体躯を持った二メートル強の物体が、四足歩行で目を赤く煌めかせ、口からは唾液を撒き散らし、群れを成してダカダカと走ってくるのだ。それはもう恐ろしい上、不気味極まりなかった。

 先ほど、シェルターを警護していた軍人に引き渡した男の子とて、あの光景を目にしてしまっている。きっと、消えないトラウマをその身に刻まれてしまったことだろう。


(やるせないな、どうにも)


 意識せず、拳を握り込んでいた。歯を食い縛っていた。このような事件を引き起こした『キメラ』などという組織が憎い。引き裂いてやりたい。レーヴェも、あの魔動機も、まだ見ぬキメラの首領も。その悉くを斬り裂き、無理矢理懺悔させてやりたい。

 もっと力があれば、きっと護れた。

 もっと、もっと力があれば。

 もっと……。


〈――くすっ〉


「っ?」


 誰かが笑った。否、音が聴こえた。

 敏也は周囲を見渡してみるが、傍に居る三人は疲れ切ったように目を瞑り、笑った素振りは見られない。では、今の笑い声は? しかもそれは、以前どこかで聴いたことのあるような――


「……みんな、お疲れさま。大丈夫?」


 と、格納庫の奥から帰ってきた紫苑が労いの言葉を掛けてきたことで、敏也は辺りを探ることを止めた。きっと気のせいだったのだと、そう自らに言い含めて。

 エリーネ、奈々、マサルは顔を上げ、その後に手を持ち上げて大丈夫だと示す。

 紫苑の後ろには、肩をダルそうに回しながら歩く大河の姿があった。


「あー、疲れたー。肩が凝り固まっちゃってるよ」

「……鍛え方が足りないからそういうことになる。もっと自主訓練をするべき」

「僕は整備班を進路として考えてるから、あまり身体を鍛えることには興味ないんだけどなぁ」

「……そんなことを言っていると、卒業する前に死ぬことになる。考えを改めるべき」

「わかったよ……少しは鍛えるから」


 うんざりした様子で大河は了承した。

 きっと彼には今後、紫苑からのスパルタ指導が待ち受けているはずだ。なにせ、紫苑の身のこなしは魔術科に負けてはいない。魔術を使えない身でありながら、あれほど見事に動き回るためには相応の訓練が必要なはずだ。

 それは、並の人間が経験すればすぐにへこたれるほど過酷なものに違いない。


(大河、俺はお前のこと、忘れないぞ)


 訓練中に倒れ伏し、力尽きてしまった大河の姿を思い浮かべ、敏也は胸中で別れを口にするのだった。



今回の更新で溜めていた分が尽きましたので、週に二回ほどの更新に落ち着くようになるかと思います。

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