幕間2
車内に居るのが学園のデータベースに登録されている人物のみだからか、それとも不審物を搭載していないからか、敏也たちを乗せたバンは結界に阻まれることなく素通りすることができ、敷地内に入ることができた。
そして、黒のバンが停車したのは学園敷地内にある魔動機の格納庫前。
そこから見えるのは、大きな倉庫とその目前に広がる切れ込み入りのアスファルトの広大な大地である。
学生寮は、ここからさらに奥へと進まなければ見えてこない。
「ふむ、本当にここでいいのかね? なんなら、寮の前まで送っていくのだが……」
博士は運転席から顔を覗かせ、荷物を抱えた敏也たちを眺めている。
「いえ、大河と紫苑に会っておきたいので。多分、大河の機体が修理中ならここにいるでしょうし、この前のこと、ちゃんと礼を言っておきたいんです」
「む、ということは、彼らにまだきちんとした礼を言っていないということかね?」
「ええ。私たちはあの後、即入院でしたから。一応、天埜君にはあの時、軽くはお礼を言っておいたのですが。その後も警察や治安維持部隊からの事情聴取ばかりでしたし……」
「そうかそうか。それならば納得だ。では、早く行――おっと、その前に、だ」
一度は顔を引っ込めようとした博士が、再び身を乗り出した。
そして、
「二人とも、今後『ギア』を作動させたとしても、敏也は攻撃魔術を、エリーネは肉体強化を使おうとしてはいけないよ」
「え?」
「それは……どういうことっすか」
二人は困惑した眼差しを博士に向ける。
「敏也、君は病院で全身の検査を受けたね?」
「はい」
「――その時の結果なんだが……君の脳には若干の内出血が見られた」
「は――はぁっ!?」
唐突に衝撃の真実を告げられた敏也が目を剥き、手から荷物を取り落した。
「なんすか、それ! くも膜下出血だか、そんな病気ですかっ? 俺、死ぬんですかっ? ってか、退院してから言わないでださいよ!! もう心配ないのか、それとも余生はいつもの日常を過ごせってことか、どっちとも判断できないじゃないですか!!」
「おおおおおおお、おちつつついてください、大神くん。まだそうと決まったわけではありません死ぬとも決まっていませんきっと大丈夫です。ええ、そうですともっ。だからいいですか、慌てず、深呼吸して落ち着くんです。ほら、吸ってー………………」
エリーネの顔がみるみる赤に染まっていく。無論、苦しさによってである。そしてついに堪え切れなくなったのか、ゴホッ、と咳き込んだ。
「エリーネ、息を吸ったら吐かないと死んでしまうよ? いくらなんでも慌て過ぎだ、まったく」
「げほっげほっ、すみ……ませ……ん」
「ほら、エリーネ、大丈夫か? 苦しくないか?」
「っ…………ええ、少しましになってきました」
咳き込んだエリーネに対し、敏也は彼女の背中を優しく撫でながら様子を伺っている。
それを疲れたような半眼で眺めながら、博士が困ったように眉根を寄せていた。
「あー、続きを言っても?」
「すみません。どうぞ」
「……さっきも似たようなやりとりをしたような気がするんだけど……」
「ごほんっ。取り敢えずだ。その患部に関してはすでに治療済みだから安心したまえ。その証拠に――敏也、君はやたらと苦い薬を飲まされただろう?」
「あぁ……あの毒薬かと思うくらい苦いやつですか。口に入れた途端噴き出しちまうとか劇薬にもほどがありますよ? 『なんで錠剤なんだカプセルにしろよ』と思ったのはアレが初めてです」
「ははは、そうかそうか。――さて、それは置いておくとしてだね」
「置いとかないでくださいよ……」
博士は敏也の愚痴を黙殺し、続ける。
「その内出血の原因と目されるのが『ギア』によって運用可能となった君たちの欠点――つまりは苦手分野だったのだよ」
「それは、なにか根拠があってのことですか? 他にも原因は考えられるのでは? 例えば、戦闘中に頭を打ったせいですとか、他のなんらかの要因によって発生しただとか」
エリーネが信憑性を確認するためなのか、真剣な表情で問い掛けた。
だが、
「ああ、もちろん。至極単純な証明によってね。だろう、敏也?」
話を振られた敏也は、う~ん、と唸りながら考えを纏め、
「……多分だけど。――まず、肉体強化は身体の表面だけじゃなく、内部にも及ぶってのが前提にある。筋力の上昇とかがその最たる点だな。で、そもそも俺は頭を打ったぐらいで内出血するほど肉体硬度が低いわけじゃないし、前の戦いでは自分が認識する内には頭を打っていない。つまり、他の原因しか考えられないってことになって、消去法で『ギア』が原因ってわけ……になるのかな? それに、攻撃魔術を使った時、とんでもない頭痛がしたし」
「まあ概ねそういうことだよ。エリーネは『肉体強化』については理論の上でしか理解していないだろうが……ああ、気に障ったのなら謝るよ。今の言い方は少し気配りが足りなかったね」
「いえ、今の私は……その……そんなことを気にするほど……小さくないといいますか……それよりも大切なことがあるということに気付けたといいますか……。と、とにかく、続きを!」
エリーネはなにやらブツブツと言い、仕舞いには焦ったように博士に促していた。
「ふふ、いいだろう。――つまりだね。強化された皮膚を破り、肉を裂き、その内側へと突き立てられるような武器ないし術式でなければ、魔術師の肉体内部を破壊することは不可能なのだよ。ま、強烈な振動兵器などを駆使すれば話は別だろうがね」
「……つまり、身体の内にある『ギア』が原因で間違いない、ということですか」
「うむ、残念だがね。それで、わたしたち研究員が至った結論はこうだ。――『ギア』が魔術を代替行使した結果、それによって発生した何らかの力場が、大神敏也の脳にダメージを負わせた――。まあ、使わなければ大事に至ることはないだろう。よって、解決策が見つかるまではさっき言った行動は慎むように」
「了解っす」
「わかりました。……せっかく肉体強化が使えるようになったのかと思ったのに……」
エリーネは返事をした後、残念そうに、拗ねたように呟いた。
それを聴いた博士と敏也は顔を見合わせた後、同時に吹き出し、
「ぶっ、くっくっく、いやはや、我々と出会った当初とは大いに変化したものだね、エリーネ。実に素直で可愛らしい反応だ」
「ははは、まさかお前がそんなこと口に出すなんてな。人って変わるもんだなー」
「な、なんなんですかぁ! 二人とも、何がそんなにおかしいんですかっ? どうしてニヤついてるんですか? 私、何かおかしなことしましたかっ? ねえ、二人とも!」
二人の笑い声に混じり、エリーネの慌てた声音が辺りへと響く。
それから敏也と博士は一しきり笑った後、乱れた息を整え、
「ふぅ。――さて、それはともかくだ。彼らに礼を言いに行くというなら、わたしも同行するとしよう」
と、エンジンを止め、ドアを開き、車から長い脚を投げ出しながら博士は言った。
「博士も? どうしてですか?」
敏也はなぜ博士が礼を言いに行くかわからず、即座に聞き返していた。
質問を受けた博士は至極当然だとでも言いたげに胸を張り、
「ふむ、なぜなら、君たちは仮にもわたしの研究分野で預かる身だ。それに、先日の一件で彼らを三珠市に向かわせたのもわたしだしね。相応の誠意を見せる必要があるのさ」
「なるほど。でも、仕事のほうはいいんすか?」
「ああ、多少はね。融通が利くんだ、わたしは」
「? ……まあいいや。で、エリーネ。そろそろ機嫌直してくれないかなー?」
そう言った敏也が、恐る恐るといった動きの流し目でエリーネを伺う。
エリーネは敏也と博士から顔を逸らし、腕を組み、不機嫌そうに頬を膨らませていた。
「……別に、機嫌が悪いわけではありません」
(いや、そんな恰好で言われてもね)
どこからどう見ても不機嫌である。それ以外の何があるというのか。
と、困り顔で彼女への対応に思いを馳せ、立ち竦んでいた敏也に博士が耳打ちする。
「敏也」
「なんすか?」
「エリーネの機嫌を直す秘策を教えてあげようか?」
「あるんすか、そんなの?」
「ああ、バッチリさ。効果覿面、成功率百パーセント、絶対無敵、八面六臂の活躍を誇ってきた伝統の技だ。間違いない」
「……途端に胡散臭くなったんすけど。三流の詐欺師でも、もうちっとマシなキャッチコピー貼りますよ」
「……ふむ、かつての頭でっかちの部下はこういう手に引っ掛かったのだが……時代は移ろうということか」
「誰ですか、そのいろんな意味で可哀そうな人は。あんまりからかっちゃ駄目ですよ。恨まれますからね、ほぼ確実に」
「……む、そういうことは九年ほど前に教えてほしかったのだが……」
それを聴いた敏也は困ったように眉根を寄せた。
「無茶言わないでくださいよ……。その頃の俺はガキンチョだったんですから。っていうか、すでに嫌われた後ですか」
「ふっ、最近再会したのだが、奴からの嫌味が酷くてね。このままではふとした拍子に殺害してしまいそうなので、ほとほと困っていたんだ」
「なんつー物騒な……駄目ですよ、んなことしちゃ」
「わかっているさ。四分の三殺し程度に止めておくつもりだよ」
「全然わかってない!? ……ったく、エリーネもこの人に何か……って、そうだった。博士、早くエリーネの機嫌を直す秘策を教えてくださいよ。もうこの際、胡散臭い方法でもいいですから!」
「ふむ、いいだろう。なあに、策とは言っても簡単さ。――デートに誘うのだよ」
「…………え?」
「デートさ。逢引といってもいい」
「……いえ、そういうことではなくてですね。……なんでデート?」
いや、それよりもだ。デート、それはあれなのだろうか、ちょめちょめなのだろうか。
(厭らしいなぁ、俺の頭。まあ、健全な十代だし、仕方ないよね!)
妄想が加速し始めた己の脳を肯定し、敏也はうんうんと頷く。
「……敏也、鼻の下が伸びているよ」
「はっ!? ――やだなあ、伸びてるわけないじゃないっすか。冗談やめてくださいよ」
「なら何故鼻の下を押さえたんだい? なにかエリーネで妄想していたのでは――」
「さあ! 博士! 続きを!」
「……そんなに大声を出したらエリーネに聞かれてしまうよ? ……まあいい。ともかくだ。喧嘩をした男女が仲直りする定番はそんなものだろう? 特に、この年頃の女の子はそういったものに憧れを抱くものさ」
「まあそれはなんとなくわかりますが。だからってこんな世界情勢で……」
そもそもデートスポットなどどこも寂れた倉庫街のような有様だ。
店はどこもかしこもシャッターが下り、ショッピングモールの歩道を駆けるのは紙くず程度であり、その様はまるで閑古鳥すら逃げ出した後であるかのように見える。
だが、博士はどうやらそういった場所を訪れろと言っているわけではないらしく。
「そう難しく捉えることはあるまい。全てが丸く収まった後、彼女を連れてどこかに出掛けてあげればいい。そして、そうする約束を取り付けてしまえばいいのだよ」
いつか一緒にどこかへ行こうと約束せよ――博士はそう言っているのだ。
それを理解した敏也は、博士に対し渋面を作りながら半眼を向け、
「それで、あいつの機嫌が直るんですか?」
「ああ、ほぼ確実にね」
「……気が重いんですけど」
「……何故だい?」
問われた敏也は、自分たちからは少し離れた場所にいるエリーネへと目を向けた。
今、彼女は微風に制服と銀髪を靡かせながら、遥か大空を見上げている。
その空は、今この世界がかつてないほどの混乱の最中にあるとは思えないほど澄んでいて、そんな空を仰ぎ見ている彼女の瞳も、同じように澄み渡っていた。
美しい、と心から思う。
そのしなやかな指先も、それがそっと押さえている銀髪も。
普段の生活の中、時折発する凛とした声も、いじけたように呟く声音も。
ただ共にいてくれる彼女を、誰よりも美しいと思うのだ。
だが、だからこそ――
「俺は、あの子に相応しくないんです。たとえそれが、実験のパートナーであったとしても」
「……」
「俺は弱いし、意気地がないし、心が何よりも脆い。だから俺は、あの子が倒れそうになった時に、ちゃんと受け止めてあげられる自信が持てないんです」
「……いつかそんな弱い自分が、彼女を傷付けてしまうのではないか――と?」
「ええ。……心配なんです。傷付けたくないんです。あの子のことを」
敏也のエリーネを見つめるその眼差しは淡い切なさと暖かな慈愛に染まりながらも、自らへの失望、そして懸念にさえも染まっている。
自分の弱さは、自分が誰よりも知っている。
だからこそ、これ以上あの子に近づくべきではないと、そう思うのだ。
しかし、
「――それは違うよ、敏也」
「……違うって、何がですか?」
同じようにエリーネを見つめている博士の諭すような声音が、敏也の耳には届いた。
「いいかね、敏也。君はエリーネを高尚な存在に見過ぎているんだ。だからそこまで深刻に考え、想いで心が雁字搦めにされてしまい、身動きが取れなくなってしまう」
「……なんすか、それ。――成績優秀、容姿端麗、一部を除けば人に優しく接する。そんなあいつほど優れている奴が、他にいるんですか?」
まさに、高嶺の花だ。この手をいくら伸ばそうが、届くはずがない。決して届いてはいけない。そうあるべきではない。……ないはずなのだ。
「その他人を括り付けるような考え方が誰よりも君自身を縛り付け、君の中の可能性を殺している。そう、たとえどれほど優れていてもエリーネは…………か弱い女の子でしかないのだよ。なのに、どうして君は……」
「……」
「敏也、どうか今はその考えを胸の内に納め、エリーネに声を掛けてあげてほしい」
「……わかりました」
敏也は諦めたように溜息を吐き、渋々ながらエリーネの元に向かっていった。
◆
「大丈夫だよ、敏也」
頬を赤く染めたエリーネと頭を掻きながら何かを言っている敏也を、博士は遠くから目を細め、眺めている。
「近いうちに垣根は崩壊する。その時、君のその鎖は消え去るだろう」
◆
「あれ? 敏也君? エリーネさん? それに……博士さんも? 二人とも退院したんだね。おめでとう。それにしても君たちは、ここで何してるの?」
並んで入ってきた三人の人物に対し、挨拶をしてきた少年。
格納庫内では、作業着姿の大河が自機――第二世代魔動機メシアの傍らでマニュアル片手に佇んでいた。その他に学園常勤の整備班や生徒の姿が見られないのは、ほぼ全員が各地へと派遣されているからだろう。
「いや、お前と紫苑にこの前のお礼を言っておこうと思ってな。で、紫苑は居る?」
「ううん、今はちょっと休憩中でね、そこら辺を散歩してくるって言って出て行ったよ。紫苑ってば、姉さんや薫さんと一緒に、さっきまで四時間もぶっ続けで修理を手伝ってくれてたから」
そう言いつつ綻ばせたその顔には、呆れと一緒に喜びも散りばめられている。
「そっか。それでお前の機体、修理はいつ頃終わるんだ?」
大河機を見上げながら敏也が言った言葉に、大河も習うように見上げつつ、
「う~ん、そうだね……。――壊れた装甲に関しては、僕の機体が第二世代ってこともあってか予備パーツが学園に沢山あったからクリア。ついさっき全て交換し終えて、塗装も済んで、今は連結部分の最終調整中だよ。――でね、修理に一番時間が掛かったのは関節部分なんだ。なにせ、黒炎のせいで四肢の関節パーツがめちゃくちゃでね。応急修理程度では動かないほどだったんだ。だから全面交換しようと思ったんだけど、どうにも先輩たちが自分たちの機体――特に第二世代は関節の摩耗が激しいから、そこが破損した時の為に在庫を任務地まで一通り持って行ったらしくてね。製造工場から取り寄せなきゃいけなかったからそれまで作業がお預けでさ。で、今朝になってやっと届いたからさっそく交換したんだ。……それで後は、実際に動かしながら不具合がないか確かめつつOSの微調整をして、重心移動や接地圧、空中での姿勢制御プログラムの最適化。それと、僕が普段使う武器との簡単なマッチングと各アタッチメントの調整……かな」
「あ~、つまり?」
「あ、ごめん、ややこしかった? 簡単に言うと、午後の作業で不具合が出なかったら、明日にでも出撃できるってこと」
「……始めからそう言ってくれれば良かったんだよ。説明やたら長いし」
「ごめんごめん、ついね」
申し訳なさそうにしながらも大河は笑っている。どうやら大河は相変わらずのようだ。
半ば呆れ気味に肩を竦ませながら、敏也は再び魔動機を見上げた。
「魔動機……か……」
「大神くん? どうしたんですか?」
と、いつの間にか隣に来ていたエリーネが敏也の横顔を覗きこんでいた。
「ん? いや。俺たち魔術師も魔動機に乗れれば怪我とか少なくて済むのになー、と思ってさ」
「はは、確かにね。でも敏也君、魔動機にはリミッターが掛かってるから無理だよ?」
「だよな。……なんで魔術師は魔動機に乗っちゃ駄目なんだろうな。――大河、何か知ってるか?」
「ううん、そこら辺は『魔動機には、コックピット内で魔力を感知した場合に緊急停止する機能が組み込まれている』ってことぐらいしか教えられてないよ。調べても、その部分の資料についてはほとんどないしね」
「……ふーん」
「多分、基本的に耐久力の高い魔術師が魔動機に乗ると、無茶苦茶な動きを可能にしてしまうからじゃないかな? というか、それくらいしか僕らに思い付く理由なんてないんだけど」
「――大河君」
と、その時、格納庫の隅辺りに置かれている机の前に移動していた博士が、何やら資料片手に大河の名を呼んだ。
「はい? どうしました――かっ!?」
普通に返事をしようとした大河は、博士が持っているものを見た瞬間、明確に狼狽を示し、声を詰まらせていた。
「どうした、大河?」
「なぜ、天埜くんは顔を真っ赤にしているんですか?」
「あ、あはっははは、何でもない、何でもないよ!」
大河はブンブン首を横に振り、誤魔化そうとしていたが、
「大河君、これは君が書き連ねた設計書かね?」
資料を手に携え、敏也たちのところまで歩いてきた博士が言った。
「うっ……はい、そうです……」
それは消え入りそうな声での肯定だった。自分で拵えた設計書とやらが、それほどまでに恥ずかしいのだろうか。
「恥ずかしがり過ぎじゃないか、大河?」
「ですよね。そういうのって、そこまで恥じることなのですか?」
と、敏也とエリーネが揃って言うと、大河は真摯な光を宿した双眸で敏也を見、
「敏也君、君ならわかるはずだよ」
「え?」
「言ってしまえばこれは……若さゆえの過ちなんだ」
「大河、お前……っ」
(それはつまり……アレか。若い世代が程度の差はあれ、必ず発症してしまうという例の病なのか。その症状の一種なのか)
大河の言わんとすることを理解した敏也は、ほろりと涙を一滴流し、
「そうか。辛いな、これは本当に辛いっ。お前は泣いていい、泣いていいんだ!」
「敏也君、わかってくれたんだね。嬉しいよ! 辛いけど!」
「……あなたたち、気持ち悪いですよ。どうして二人揃って泣いているんですか?」
冷やかな視線を向けてくるエリーネの放った言葉に二人はどこか悟ったような目をし、
「エリーネにはわからないさ。この……胸を引き裂かれるかのような想いは」
「そうだね。エリーネさんには悪いけど……そういうものなんだ」
「……なんなんですか、もう」
エリーネは二人のその抽象的な物言いを聞き、疲れたように息を吐いた。
と、その三者の反応を敢えて無視しながら博士が口を開いた。
「ふむ、大河君。君はなかなか優秀なようだね。特にこの、結界発生装置の小型化及びデチューン案に関しては、まだまだ基礎設計部分が拙いながら、画期的な個所も見受けられる。……それにこのフレーム案、随分熱心に書き直した跡があるが、それほどまでに試案を重ねたのかね?」
「え、ええ。僕の相棒――あー、魔動科の成瀬紫苑がよく機体を壊しちゃうので、そのために専用機、というか専用パーツを試行錯誤してるんです。でも、彼女の操縦の癖に対応させようとするとどうしてもフレーム強度の引き上げや設計段階からの見直しが必要でして……」
頭を掻きながらの大河の発言に対し、博士は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせ、
「む? 確か、紫苑君は第三世代の搭乗者だったね。なのに、自機を壊すほどの動きをさせるというのかね?」
「はい。その……特に手首やひじ関節の摩耗が酷くて……。実戦形式の演習の後では、腕部に関して言えば毎回オーバーホール並の整備が必要になっています」
それを聞いた博士は考え込むように顎に手を当て、
「ふむ……彼女の踏み込みと機体性能の均衡が取れていないのか。それとも、ただ単純に魔動機が脆いだけなのか。どちらにしても、紫苑君は興味深いな」
「あはは……学生の身じゃ、ワンオフ機の作成なんて無理ですよね……はは……」
「さて、どうだろうね。――それはさておき、後でこの設計書を持って第一研究区画の私のオフィスまで来たまえ。君に面白いものを見せてあげよう」
「? はあ」
その突然の申し出に、大河は疑問符を浮かべながら返事をした。
その時、
「あら? 敏也君、エリーネちゃん、おかえりなさい。身体の調子は良さそうね?」
「やあ、大神君、エリーネちゃん」
「……おかえり、二人とも」
敏也たちが格納庫の入口辺りから聴こえてきた声たちに振り返ると、そこには天埜春美、佐上薫、成瀬紫苑が作業着姿で佇んでいた。
「ありがとうございます、皆さん。ご心配をお掛けしました」
「どうも、ただ今戻りました。――春美さん。作業着姿でも綺麗ですね」
「うふふ、ありがとう。でも、エリーネちゃんの前で私をからかおうとしないほうがいいと思うのだけれど?」
ニッコリと微笑んで言われた言葉の意味に敏也が気付いた時には、彼の隣に居るエリーネがまたしても不機嫌そうな表情をしていた。
「……へえ、大神くんってそういうことを軽々しく女性に言えてしまうような人だったんですね。幻滅しました、あなたがそこまで軽い男性だったなんて」
「あ、あの……エリーネ? 今のは冗談だったというか、そういう邪な理由で言ったわけじゃなくてね?」
「尚更性質が悪いです。反省してください」
「……はい、すみませんでした」
「ははは、エリーネちゃんは相変わらずしっかりしているようだね?」
その光景を緩めた表情で眺めていた薫がそう言った。それに対し、敏也は首を傾げ、
「あれ? 佐上先輩って、エリーネと親しいんですか?」
「親しいというか……――ほら、一か月前くらいに君たち、罰則を喰らっただろう? その時、エリーネちゃんはあたしらと一緒に御陰市の清掃活動をしたんだよ。で、その時にちょっとお話をね」
恐らく、第三交易都市に行く一週間ほど前に引き起こした諍いのことだろう。
「なるほど、あの時ですか。その節はうちのエリーネが大変お世話になりまして……」
その畏まりながら発せられた言葉を聞いたエリーネはぶっすーと頬を膨らませている。
「なに私だけが生徒会に迷惑を掛けたみたいなことを言ってるんですか。あなたも同罪ですよ」
「えー、そんなことねえよ。お前の方がほんのちょびっとだけ上だろ」
「小さい人ですね。そんなことに拘っているようでは成長できませんよ?」
「余計なお世話だっての。エリーネこそ、もっとしおらしくなったほうがいいんじゃないか? 貰い手が見つからないぞ、そんなんじゃさ」
「――黙りなさい。その口を閉じないと消し飛ばします」
「やるか? この距離なら俺の圧勝だぞ」
「なら、一撃を喰らいながらでも格納庫ごと吹き飛ばしてあげましょう。それならあなたも一緒に死ねますね♪」
「ごめんなさい。調子に乗ってました。だからそんなことはやめてください」
「ふふ、わかればいいんですよ、わ・か・れ・ば」
「……この野郎……っ」
得意げな顔で身を少し反らせながら言ってのけたエリーネに対し、敏也は額に青筋を浮かべながらも、言い合いで勝てないことがわかっているからか必死に笑顔を保っている。
「はは、話に聞いた通り、君たちは仲が良いね」
佐上薫はそう呟くと口元をさらに緩ませ、可愛い後輩たちの諍いを見守っていた。
「それはそうと、どうして理事長がここに?」
「「理事長?」」
天埜春美が放ったその単語に、睨み合っていた敏也とエリーネが揃ってそちらを見た。
春美の視線を追い、その先を見やると、
「む? なあに、気まぐれさ。すぐに持ち場に戻るので、気にしなくてよろしい」
ひらひらと手を振る博士がいた。
「え? 博士が……理事長? 戦修学園の?」
「まっさかー。万年欠席の理事長が博士のはず……ないよな?」
その同意を求めるように送られた二人の視線を春美は呆れた顔で受け止め、
「あなたたち、知らなかったの? 二人とも理事長が主導されている実験でお世話になっていると聞いていたから、てっきり知っているものかと……」
「知りませんよ! 行事や集会の時、いつもいない人のことなんて知ってるはずないじゃないですか!」
「……あーそっか。だからさっき『融通が利く』とか言ってたのか」
気炎を吐くかのように捲し立てたエリーネと、どこか得心のいった敏也であった。
博士――理事長はそんな二人を見比べながら、
「む? 言っていなかったかね?」
「「聞いてません!」」
「それは失敬。うっかりしていたよ、はっはっは」
愉快そうに笑う博士を見た敏也とエリーネは半眼で彼女を見やる。
「理事長としての仕事はちゃんとしていらっしゃるのですか?」
「おい、エリーネ、聞かなくてもわかるだろ? 碌に生徒とか教員の前に姿見せない人が理事長の仕事してるわけないじゃん」
「言われてみれば確かにそうですね。私としたことが『うっかり』していました」
「ははは、まったく、エリーネはちょっと抜けてんなあ」
「ふふ、ごめんなさい。うふふふふ」
「ははははは」
「……教えるのを忘れていた事は謝るので、機嫌を直してくれないかね?」
博士は拗ねた子どもをあやす親のような表情をしながらそう言った。
それでも変わらずじっとりとした視線を送る二人と、困ったように眉根を寄せる博士を見かねたのか、春美が助け船も兼ねて話題を換えた。
「まあ、それはそれとして。――理事長、この前のお話、お請けしようかと思います」
「あたし――いえ、わたしも天埜春美に同じく、お請け致します」
居住まいを正しながら春美と薫が言った言葉に、この場にいる全員の視線が集まった。
その中でも博士は先ほどまでの所帯染みた表情を一変させ、不敵な笑みを浮かべると、
「ふふ、そうか。我々は君たちを歓迎するよ、天埜春美君、佐上薫君」
「ちょっと姉さん! 薫さん! いったい何の話?」
「……話が見えない」
三人の遣り取りに困惑した大河と紫苑が、会話に割って入っていた。
「大河、紫苑、心配しなくても大した話じゃないわ。――わたしたちの進路の話よ」
「進路?」
「……それはどういう……?」
「いえね、理事長に前々から直々に、来年度の発足を目途とした新設組織があるからそこに所属してみてはどうか――ってお誘いを受けていたのよ。で、今その返事をしたというわけ。……まあ、まだ暫定的ではあるけれど」
「あたしは半ば巻き込まれる形だったけどね。『この子は相棒なので一緒に考えます』だなんて、困ったお嬢さんだよ、まったく」
ニヤついた表情で頭を振った薫を春美はジト目で睨み、
「あら? わたしが理事長から誘われている時につまらなそうな顔をしていたのは誰かしら? しかも、理事長はわたしに促されずとも後であなたを誘うつもりだったにも拘わらず」
「ふふん、そういう君こそ、理事長と話している最中に心細そうな視線をあたしに送ってきていたじゃないか。忘れたのかい?」
「なに?」
「なんだい?」
二人は顔を突き合わせ、口角の片方を吊り上げながら、首に掛けてある魔動機の起動キーに手をやっている。そんな二人の間にあるのは、一触即発の空気だった。
「ふ~ん、春美さんと佐上先輩でも喧嘩するんだな」
「意外ですね。いつも仲が良いのかと思っていました」
敏也とエリーネはその様を暢気に眺めながらそんなことを言っている。
「ちょ――ちょっと喧嘩は駄目――敏也君たちも止めて――というか姉さん! いいの? そんなこと勝手に決めて……」
慌てて止めに入りそう言った大河に対し、春美はさほど発言内容に興味がないようで、
「あの人には関係ないことよ」
「そんなっ、だからって――」
「……大河? 師匠? 何の話ですか?」
「ううん、なんでもないわ、紫苑。なんでもね」
「……師匠……」
眉を不安そうに寄せ当惑しながら言った紫苑に春美は歩み寄ると、その頭頂部を優しく撫でた。その時の春美の表情は、暖かさを滲ませながらも、どこか哀しげだった。
(この人にも、まだまだ抱えてるもんがあるんだな)
敏也はそんなやりきれない思いで、口元を緩めている彼女を見詰めていた。




