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双天の共鳴者  作者: 月山
第二章-1「キメラ襲来」
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三珠市遊撃戦4


《チッ、あの馬鹿。日頃から油断するなとあれほど――》


 自機のモニターに映っている仕事仲間のみっともない姿を捉えた敵魔動機のパイロットは舌打ちをし、その顔を忌々しげに歪めた。

 そこへ、


《……好機っ!》


 敵のほんの僅かな―一瞬の隙を捉えた紫苑が裂帛の気合とともに操縦桿を操作。

 瞬間、自機がバックパックに装備していたミサイルポッドをパージ。

 そして駆動音を最大に高鳴らせ、スラスターを焼き焦がすのではないかと思うほど推進剤を噴射させ、前方へと躍り出る。


 加速中に、自機の左手に握らせていた対魔剣を敵魔動機に向け投擲――突進し始めた紫苑機よりも遥かに高速で飛来した対魔剣は、敵魔動機の左脇腹へと迫る。

 しかし、


《なめるな、ガキが》


 投擲した対魔剣は甲高い音とともに、巨大なシールドに容易く弾かれた。

 弾かれた対魔剣はクルクルと回転し、敵の傍の地面に突き刺さる。

 ――だが、この事態を想定せずに攻撃を繰り出すほど、紫苑は愚かではない。


(……敵のシールドは今、右方向へ僅かに逸れている!)


《はぁぁあぁぁッ!》


 投擲した対魔剣より僅かに遅れて敵魔動機へと到達した紫苑機が、操縦者の命を受け、右腕に残った対魔剣で敵を右斜め下方向へと打ち据えた。

 超硬度の金属同士がぶつかる音が響き、対魔剣が触れているシールド表面の部分が削り取られる。……それでも壊れない。壊れてくれない。


(……構わない)


 紫苑の口元が凄絶に歪む。

 今の攻撃は盾を壊すことが目的だったのではない。全てはこの時のためだった。


 この間合い、この機会を待っていたのだから。


 ――今、こちらが渾身の力で打ち付けた対魔剣の衝撃によって、シールドの防御範囲が敵魔動機の身体の芯からズレている。


《ッ! ――貴様!》


 紫苑の狙いに気付いた敵パイロットが焦った様子でシールドを戻そうとする――が、紫苑機の対魔剣が盾を押さえこんでいるため、微々たる距離しか動かせない。

 紫苑は魔動機の膂力をフルに発揮させ、盾を使わせまいとしているのだ。


 負荷に耐えかねた紫苑機の右手首、右肘が煙を上げ始め、壊れかけている。これではすぐに抑え込む力が弱まるだろう。――だが、それでも十分な時間を稼げた。


《……もう遅い!》


 ツインアイが輝きを増す。

 声と同時に、紫苑機の左腕が振り被られ、アームガードが稼働――手首の部分の装甲から対魔素材製の短刃が飛び出し――そのまま、拳と刃を敵の頭部へと叩き込んだ。


 装甲を突き破る音が辺りに響き、破壊された部品たちが辺りに飛び散る。


《ぐああっ! ――くっ、このガキィ……っ》


 搭乗者が、破損によって機体に発生した衝撃に揺さぶられ、呻きを洩らした。

 敵魔動機の頭部は紫苑の攻撃を受け、左側頭部を大きく穿たれている。だが、そこから煙とスパークを放ちながらもスラスターを噴かし、機体は後退した。


 数メートルを離しての、再びの睨み合い。


《……ここまで。諦めて投降することを勧める》


《はっ、ガキの分際で粋がるなよ。お前の機体、相当ガタがきているだろう?》


 見れば、紫苑機は右腕部の関節部からは煙が上がり、オーバーヒートしかけている。


《……問題ない。まだ奥の手は残してある。――あなた、大人だからってあまり余裕を扱かない方がいい。私たちを、そこら辺の浅い人間だとは思わない方が身のため》


《チッ、口の減らないガキだ。――この決着は必ず付けるぞ》


 言った後、盾に隠れて見えなかった敵魔動機の足元に何かが転がり落ちた。コンソールを操作し、それを望遠カメラで拡大して――


(ッ! 閃光弾!)


 その物体を理解した瞬間、モニターを覆い尽くすほどの光が生まれた。咄嗟に手で目を覆ったが、それでも目が眩み、視力が大幅に低下してしまっている。


《……ぐっ、魔動機戦闘で姑息な真似を……っ!》


《ハハハ! 実戦を経験していない小娘の言いそうなことだ。だが生憎、ワタシたちは傭兵崩れなのでなぁ。残念なことに、戦いに関する矜持など持ち合わせてはいない。愉しければそれでいいのさ》


《……くっ、この下衆め!》


《――まあ安心しろ。この隙に止めを刺すようなつまらん真似はせんさ。せいぜい、視力が回復するまでじっとしているがいい》


《……待て!》


 操縦桿を握るが、視界がほとんど白黒に明滅しているため、どう動かせばいいのかわからない。足止めすらできないことが歯痒く、下唇を噛み締める。

 敵魔動機のスラスター噴射音が聴こえたが、紫苑にできることは何もなかった。



「紫苑!? ――っ!」


 突然の閃光に敏也が驚き、左腕で目を守りながら紫苑へと声を張り上げた――その瞬間、空から何かが降ってくる気配を察知した敏也が後方へ飛ぶ。

 と、先ほどまで敏也が居た場所が弾ける。


 そして舞い上がった砂煙の中、蠢く姿があった。


《まったく、お互い無様な姿だな、レーヴェ》


 そこにいたのは、紫苑が戦っていたはずの敵魔動機。

 そして飛来した敵魔動機が、レーヴェの腹に突き刺さっていた槍の端をシールドの側面で斬るように払った。

 すると、対魔素材の影響を受けた水の槍が破壊され、辺りへと散っていく。


「っ、確かに、今回は油断し過ぎたな。……おい、とっとと治せ、『ウロボロス』」


 仰向けのままでレーヴェが言うと、彼の全身――その皮膚が妖しげな光を放ち始め、それと同時に腹の傷口が、まるで時間を掻き戻すかのように塞がり始めた。


(術式、もしくは魔具による回復……いや、再生か。どちらにしても!)


 ――黙って見ているわけにはいかない。


「おおおぉぉぉぉぉ!!」


 とっくに限界を迎えている身体に鞭を打つ。そして肉体強化を発動し、空高く跳躍。

 そのまま超重量の斬撃を敵二体へ向け、雄叫びと共に放つ。


《魔術師ごときがっ。――左腕一本で、この『アイギス』を破れるものかっ!》


 敏也の接近を捉えたパイロットが上方を映しているモニターを睨み、忌々しげに言った。

 そして操縦桿を流麗に操作し、魔動機専用大型シールド『アイギス』を上方へと構える。


 詳細不明の刀『炎刀・灰神』と、超硬度の複合兵装『アイギス』が逢い見え――

 ――『アイギス』の表面装甲が紙のように斬り裂かれた。


《ばっ、バカなっ!? こんなこと……在り得ない!》


 敵魔動機のパイロットが動揺に染まった声を上げた。

 魔動機がその動揺を表すかのように後ずさる。腕に抱えている『アイギス』は全壊したわけではないらしく、厚さの三分の一程度を破壊された程度のようだ。


 だが、それでもこの結果は異常に過ぎる。

 対魔剣をいくら打ち付けようと破壊できなかった『アイギス』を炎刀はたった一撃で斬り裂いてみせた。これは、想定外過ぎる事態。


「――止めだ。クソ野郎!」


 敵の『アイギス』を斬り裂いた後、着地していた敏也が下方からコックピットブロックを睨めつけ、再び刀を閃かせる。

 その時、


「ハッ! 隙ありだぜェ!」


「ぐっ!?」


 いつの間にか全快していたレーヴェが身を躍らせ、敏也に蹴りを放った。

 それを敏也は辛くも刀身で受け止めたものの、体制が万全ではなかったため、踏み留まれず吹き飛ばされてしまう。


 派手に吹き飛ばされ、長い滞空ののち着地し、ようやく停止する。

 と、そこは大河機とエリーネがいる場所だった。

 そして、一時的に視力を失っていた紫苑が自機を動かし、仲間の傍に着地した。


「大神くん! 大丈夫ですかっ?」


「ああ、大丈夫。エリーネも意識がはっきりしてるみたいだし……大丈夫なんだよな?」


「はいっ!」


「――よし。……大河! 機体状況はっ?」


《機体稼働率は……二十パーセントかな。でも、辛うじて左腕は動くよ》


 応えた大河が、今にも機能停止しそうな自機に命令――

 命令を受諾した大河機が、地面に膝を着いたままで左足の脹脛から、荒れ狂う黒炎に耐え抜いたコンバットナイフを引き抜き、逆手に構える。


「ん。――紫苑、まだやれるか?」


《……もちろん!》


 そう言いつつ、紫苑は自機の左手に対魔剣を構えさせる。背部スラスターを大きく展開し、いつでも飛び立てることを味方と敵に示した。


 レーヴェと敵魔動機は、敏也たちから離れた場所で彼らを睨みつけている。


 いわば、今の状況は国家組織と反政府組織の対立構図。


「けっ、生意気な餓鬼どもだぜ。今すぐ殺してやりてえ」


《馬鹿がっ。誰のせいでここまで損害を受けたと思ってやがる。いつまでも手を抜きやがってっ! ――とっとと逃げるぞ!》


「んだよ、そりゃ?」


《レーダーに馬鹿みたいに強い魔力反応がある。おそらく国家機関のやつらだ。このままでは逃走ルートを特定される》


「あ? ――なんだよ、面白そうじゃねえか、クク」


《いいかげんにしろ! これ以上時間を掛ければさらに増援が来る。そうなっては、お前はともかくワタシでは捌ききれん!》


「チッ、わーったよ!」


 苛立たしげに言い合いながら、レーヴェは魔動機の手のひらに乗った。すると、魔動機がスラスターを起動させ、推進剤の噴射によって宙に浮き始める。

 そして徐々に高度を上げていくレーヴェが、敏也たちを狂気に染まったその瞳で見据え、


「餓鬼ども、近いうちにまた会おうぜ。そん時は、きっちり殺してやるからよォ!」


 それに対し、紫苑が言葉を返す。


《……その必要はない。あなたたちのような危険人物をこのまま逃がすわけがない。今ここで、因縁は断ち切る》


 そう言いながら、スラスターのフィンを稼働させた。

 そして紫苑機が身を屈め、姿勢を低くし、今にも空へと飛び出そうとする。

 しかし、


「いや、追撃はなしだ。紫苑」


《……っ! 敏也、どうしてっ》


 思い掛けない敏也の静止に紫苑が戸惑いを示した。が、敏也はそちらには意識をほとんど割かず、疲労に揺れる瞳で敵二人を睨み、それを見上げ続けている。


「あいつの能力は危険過ぎる。それに、まだ力を隠してるかもしれない。……そもそも追撃できる状態にあるのはお前だけだ。こんな状況でお前一人に、あいつらの相手をさせるわけにはいかないんだよ」


《……》


 それは仲間を思い遣っての言葉だった。


 本来ならば、仮にも軍属である自分たちは多少の危険を推してでも目の前の敵を追撃するべきなのだろう。敵を少しでも長く足止めし、後続部隊に繋げるべきなのだろう。

 それが、今の自分たちが成すべきことであるはずだ。


 だが、大神敏也はそれを否とする。

 仲間の命が第一だと、それ以外など二の次・三の次なのだと、彼はそう告げているのだ。


 ――未だかつて、紫苑と大河の前では見せたことがないほどの、敵対者に対する怨嗟と憎悪に満ちた表情を伴いながら。


《……わかった》


 言葉の裏に隠された想いに気付いた紫苑は、己の中で猛り狂っていた闘争心を静めた。

 長く息を吐き、強張りかけていた四肢を解す。

 それに合わせるように、自機の発している甲高い駆動音も静まり始めていた。


「ククク、わかってんじゃねえか、坊主。懸命な判断だぜ。――じゃあな」


 そして、やつらの姿は水平線の方角へと消えていった。



 太平洋上に浮かぶ所属不明の艦船。

 それは、魔動機を数十体積んだとしてもお釣りがくるほど巨大なものだった。

 そんな船の内部にある薄暗い格納庫で、三人は会している。


「よう、ジジイ。任務は果たしたぜ」


「チッ、なにが、任務は果たした、だ。ガキどもに翻弄されやがって」


「ヒヒヒ、まあよいまあよい。なんにせよ、当初の目的は果たせたのだ。それに運よく『アナスタシア』のデータも取れたことだしな。これで、あやつらへの面目も立つ。それに、この一件で世界の目は不出来な魔獣たちに向くことだろう。あとは頃合いを見計らうだけだ」


 三珠市にて、成瀬紫苑および『レガリア type-S』と交戦した魔動機――『アナスタシア』を見上げながら不気味な笑い声を上げた老人。

 その皮張った体躯と相乗するかのように存在するギョロついた目が、どこか言い知れない気持ちの悪さを演出している。


「で? 魔獣を生成してる術式はいくつが現存してんだ?」


「およそ七百だ。千あった術式の内、二百程度は囮だったのだから、重畳といったところだろう。散って逝った同士諸君には悪いがね、クヒヒ!」


「ふん、趣味の悪いジジイだな。薄気味悪く笑う暇があったら、とっととアナスタシアを修復してもらおうか」


「ヒヒヒ、生意気だな、小僧。無様にも機体を壊したのは貴様であろうに? しかも機体のみならず『アイギス』まで壊してくるとはな。些か失望したぞ」


「黙れ、卑しい老害め。確かに頭部を破損したのはワタシの落ち度だが、アイギスのほうはイレギュラーが居たからだ」


「ほう? イレギュラー……」


 老人が顎に手を当てながら興味深そうにしている。

 それを尻目に、魔動機のパイロットはレーヴェに向け、言う。


「あの餓鬼はなんだ? アイギスの装甲を一撃で破壊するなど、まともとは思えん。それにあの刀……最後の一撃の時、異様な魔力反応を放っていたぞ。……お前はいったい、何に手を出してしまったんだ?」


「クク、さあな、オレにもわからねえよ。――だが、おもしれえだろ? オレが手を抜いてることを薄々わかっていながら、自分たちの主義主張、意志を貫くために健気にも突き進んでくるガキども……泣かせるじゃねえかぁ。ひと息に踏み潰してやりたくなるぜ、ハハハ」


「……問題はそれだけじゃない。あの赤髪の男と銀髪の女、あいつらは、互いの魔力が混ざり合っていただろう。最初は計器類の誤作動かと思ったが……」


「マジだぜ。そのせいで最初は奇襲を受けたしな」


「……在り得ないことだ。あいつらは見た目からして明らかに血縁関係などはないというのに……」


「ほう! 魔力が? 混ざる? それはつまり、魔力融合ということかっ?」


 突然、老人が身を跳ねさせるように話題に喰い付いた。


「興味深い、興味深いぞぉ。久々に心がざわつく出来事だ。いったい何を触媒に……いやそもそも、今になってそのような愚かな実験に手を出す者がいたなど、ワシ以上に狂っておるな、イヒヒヒヒ!」


 再び不気味に笑い始めた老人に対し、パイロットは苦い顔を向けた。


「気持ちの悪いジジイだな。報酬さえ無ければ、貴様のようなクズに協力などしないものを……!」


「ヒヒ、雇われという自覚はあるようだな? まあ、心配せずとも計画が終わればこの機体はくれてやる。……元々、ワシの物ではないしな」


 と、老人が言うと、それを聴いたレーヴェがアナスタシアを見上げ、


「受け渡しに来たのは随分と綺麗なねーちゃんだったよな。あのねーちゃん、ジジイに会えなくて本当に残念そうにしてたぜ? あんな別嬪さんがジジイとタメ張れるほどの組織のリーダーとは、世の中ってのはわかんねえもんだ、クク」


「……もし通信があったとしても口説くなよ? お前が絡むと話がややこしくなる」


「へいへい」


「ほう? それは残念だ。予定を推してでもワシが行くべきだったもしれん。実に残念、残念だ」


「貴様が残念と言っているのは、相手をバラバラにできなかったからだろう?」


「クヒヒ、よくわかっているではないか。素材が良ければそれだけ実験のやりがいがあるからな」


「けっ、悪趣味なジジイだぜ、ったく」


 そして、場を収めるようとするかのように老人が再び口を開く。


「――なんにせよ、我々は世界の二手三手先を進んでいる。全てを手にする日は近いぞ」



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