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双天の共鳴者  作者: 月山
第二章-1「キメラ襲来」
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三珠市遊撃戦3


《……目標地点到達。作戦行動開始。――ブースター、パージ》


《同じく、目標地点到達。ブースター、切り離します》


 二人――二体の魔動機が、空を駆けている。

 彼らはその飛翔をサポートしていた外付けブースターをバックパックから切り離し、これから戦闘状況への介入を開始するのだ。

 ガコン、と音がし、機体の重量が軽くなる。と同時に、魔動機内のモニターに切り離しが正常に終了した事、そして、OSが通常状態に移行した事を示す文が表示されていた。


 切り離されたブースターが、沿岸部の海上へと墜ちていく。


《うむ。ブースターの処遇については回収班を向かわせるので気にしなくてよろしい。――幸い、交戦区域となる場所には民家の類が存在しない。よって、要救助者のみに注意を払い、存分に暴れたまえ》


《……了解》


《了解です》


 二人に、ある人物からの通信が届く。


 二人はそれに頷き、コックピット内のレーダーに捉えている四つの反応を示す光点――二つは彼らの仲間、残り二つは恐らく敵であろう者に注意を移した。

 その後、二体の魔動機、その内の一機が急制動を掛け、機体を軋ませながら滞空する。


《これより狙撃モードに移行します。――君は突撃して》


《……わかった。任せて》


 その魔動機が両手に抱えていたスナイパーライフルを構えた。

 さらに、側頭部から眼前へ回り込むように展開されたスコープと、魔動機に内蔵されている高性能プロセッサ――魔動コアによって補正を受けたターゲットサイトで狙いを付ける。

 そして――


《狙撃、開始!》


 一発が放たれ、続けざまに二発、三発と撃つ。

 今にも敵に襲われそうな仲間たちを救うため、そして敵の気勢を削ぐため、弾幕を形成する。

 多少仲間たちが危険ではあるものの、狙撃でなければ彼らを救えない。

 そう判断した搭乗者は狙撃を敢行したのだ。


《……突撃する》


 狙撃が始まった直後、もう一体の薄紫色の機体が推進装置を最大稼働させた。


 噴射炎が大気を焼き、烈風にさえ掻き消せないほどの轟音を響かせる。

 それによって発生した圧倒的な威力を身に纏い、機体は猛スピードで降下を始めた。


 気圧が目まぐるしく変化し、途轍もないGがパイロットを襲う。

 が、常人に比べて強靭な肉体を持つ彼女にとっては、さほど苦にならないものだ。


(……間に合って!)


 心の内でそう願い、操縦桿を強く握り込み、さらなる加速を開始した。


 ――一筋の流星の如く、蒼穹に噴射光で軌跡を描きながら、機神が戦場に降り立つ。



「ぐぅっ……! ……なんだっ?」


 敏也は突然の事態からエリーネを庇いながら、驚きの声を上げた。


 今にも飛び掛かってくるのでは――と思われたレーヴェが突然劫火に包まれ、消し飛んだのだ。さらに二発目が先ほどよりも僅かに逸れた場所に着弾し、三発目は敵魔動機が構えたシールドへと直撃した。


 おまけにこちらにもそれらの攻撃による衝撃波が飛んできたため、いったいどちらを狙った攻撃なのかさっぱりわからない。


 何が何やらわからない。疲労のせいか、思考が碌に纏まらない。

 それはエリーネも同様で、庇われた体制のまま敏也の胸に頭を預けるようにしている彼女も、突然の出来事にポカンとした表情で停止している。

 と、その時、


《ふん、増援とは、意外と早かったな。レーダーに映っていた速度からして、ブースターでも使ったか?》


 敵魔動機の搭乗者が面倒そうに言い――


《……お前たちは、私の仲間たちを傷付けた。その落とし前は付けさせてもらう!》


 薄紫色の機体――『レガリア type-S』に乗った紫苑が、彼女にしては珍しく怒りに染まった声で言いながら戦場に舞い降り――

 そして、高高度からの落下スピードを加算した斬撃を閃かせ、シールドを構えた敵魔動機へとそれを見舞った。


 甲高い音を鳴らしながら剣と盾が衝突する。が、どちらにも破損の時は訪れない。


《っ? これは……》


 紫苑はすぐにその盾の異常性に気付き、無理に攻撃を続行せず、スラスターで姿勢制御を行いながら自機を後方へと翻させた。

 その直後、再びの狙撃――上空より、三発の弾丸が敵魔動機へと飛来する。


《ふんっ、この程度》


 魔力で生み出されたわけではない、ただの火薬仕込みの弾丸。

 それを敵魔動機の持つ盾はいとも容易く弾く。

 そして、弾かれた弾丸たちが跳弾し、周囲の瓦礫を破砕し、その直後に爆発した。


《……くっ! ――大河! こいつに狙撃は危険。あなたは敏也たちの護衛を!》


 相棒に指示を飛ばしながら、瓦礫と粉塵の舞う中、紫苑機が敵魔動機に再び肉迫する。

 凄まじい速さで接近し、そのまま、盾の防御範囲が及んでいない場所――無防備な頭部を狙い、右手の剣を突き出す。


 それを敵魔動機は巨大なシールドを動かし、からくも受け止めた。


《ほお? 正確な攻撃だ。なかなかやる。久々に骨のある相手に巡り逢えたものだ》


 敵魔動機の搭乗者が、感動したかのように称賛を洩らした。

 だが、紫苑はその声を無視。

 スラスターから噴射光を撒き散らし、機体を低空で縦横無尽に駆けさせながら二本の対魔剣を高速で閃かせ、盾を構えた敵魔動機をその場に釘づけにしている。


 剣と盾が衝突するたびに火花が散り、金属音が鳴り響く。


 と、その時、敏也たちの傍に新たな魔動機が降り立った。

 ――第二世代魔動機『メシア』。それを改良し、改造し、さらには様々な装備を追加できるように各部にアタッチメントを追加した機体。


「……大河」


 大河の機体だ。フォーメーションの練習の際に、敏也たちは何度か目にしている。


《紫苑!》


《……大河はそこで待機。こいつは私が片付ける》


《……わかった! 気を付けて、紫苑》


 返事をした大河が、魔動機に膝を着かせ、コックピットハッチを開いた。そして、中から大河が顔を出し、


「大丈夫? 敏也君! エリーネさん!」


「ああ、大丈夫だよ。来てくれたんだな、二人とも」


「本当に助かりました。もう、どうしようもなくなっていましたから……」


「ううん、気にしないで。仲間だもん。それに、間に合ったのは『博士』って人のおかげだよ」


「博士の?」


「うん。なんでも敏也君たちが『ギア』……だっけ? それを起動した事がわかったらしくてね。救難信号も届いているし、きっと戦闘状況に陥っているだろうから今すぐ救援に向かってほしいって、ブースターを貸してくれたんだ」


「そうだったんですか、博士が……」


「うん。もうすぐマサル君や奈々さん、教官たちもトレーラーで到着するはずだよ。あ、それと……これっ! 預かってきたよ」


 そう言いつつ一度コックピットに引っ込んだ大河が引っ張り出してきたのは竹刀袋――『炎刀・灰神』の入った袋だった。

 それを大河は魔動機の胸元からポイッと投げ、敏也に渡す。


「助かる。――っていっても、俺たちにはもう魔力がほとんど残って無いし、紫苑一人でどうにかしちまいそうだけど……」


 見れば、紫苑は敵魔動機を圧倒しているようだ。

 敵は終始防戦一方で、紫苑の攻撃を防ぎ続けている。

 しかし、


「ううん、そうでもないよ。だって、あの紫苑があれだけ打ち込んでいるのに、敵はほとんど移動していないし、損傷もしていない。紫苑が放つ攻撃を全て盾で的確に防いでいるんだ。――並の敵じゃないよ」


 紫苑と敵の攻防を見据えている大河の声は緊張を帯び、その瞳は焦燥に暮れていた。


 今まで本気の紫苑の攻撃をここまで正確に見切り、防いで見せた魔動機乗りはそうはいないのだろう。いるとすれば、紫苑の師匠である春美くらいだろうか。

 と、その時――


《――レーヴェ、そろそろ終わらせろ。もう飽いた》


 敵魔動機の搭乗者が紫苑機の斬撃を弾き飛ばしながら言い、


「へいへい」


 敏也たちの目の前で燃え盛っていた大火の中から、皮膚を熱によってズタボロにしたレーヴェが現れた。


 その右腕に持った『フェンリル』からは、周囲の紅蓮を漆黒へと塗り潰さんが如き禍々しい炎が吹き荒れている。


「まだ死んでなかったのか!?」


「いけません! もう障壁を展開する魔力も……っ!」


 敏也とエリーネには、もう、その場から動く体力すら残っていない。


《……大河! 敏也! エリーネ!》


《貴様の相手はワタシだ》


 仲間の危機に救援に向かおうとした紫苑機の前に、敵魔動機が盾で殴打を繰り出しながら立ち塞がった。


《……くっ、そこをどけぇぇ!》


 盾による攻撃を避け、紫苑は咆哮しながら魔動機を繰り、敵魔動機へと斬りかかる。


「ッ!」


 一方、レーヴェの姿を捉えた大河は素早くコックピット内に戻るとハッチを閉鎖し、魔動機の操縦桿を握った。

 すると、大河機が稼働を始め、敏也たちの前に飛び出す。

 そして、手に持っていたスナイパーライフルを乱雑に構え、発砲した。


 この距離ならば精密に狙いを定める必要などない。目標に対して着弾は必至。

 しかし、


「喰え、『ヨルムンガルド』」


 銃を構えた直後、レーヴェが左腕を前方に突き出し、手のひらを翳していた。

 すると、手首から上が仄暗い水の底のような深淵の色に染まり――そこへ、スナイパーライフルから発射された弾丸が呑み込まれた。


 爆発も衝撃も生まれない。


 始めから、そこに納まるべきだったかのように、なんの軋轢もなく吸い込まれていった。


 その光景を目撃した敏也、エリーネ、大河は驚愕し、目を見開いている。


《そんなっ!? いったい、なにが――》


「大河! たぶん、そいつの固有術式だ! 今すぐそこから離れろ!」


「危険です! 今のを見る限り、何を吸収できるのか――」


《でも! 今引いたら……》


 ――背後から攻撃を受けることになる。それは戦場で最も警戒すべきことだ。

 三人が問答をしているうちに、レーヴェが黒剣を閃かせようとしていた。


《くっ、やらせない!》


 大河機が即座に反応し、二本の腕を交差させ、防御の姿勢を取った。すると両腕部に装着させてある小型シールドが稼働。表面積が増す。

 が、


「しゃらくせえんだよ! ――纏めて消し飛ばせェ! フェンリル!!」


 直後、黒い破壊が生まれ、三人はそれに呑み込まれた。

 まるで津波が押し寄せたかのような凄まじい衝撃が周囲を襲い、瓦礫を吹き飛ばしていく。


《……みんなっ!》


《ふん、呆気ない幕切れだな》


 刃を敵の持つシールドへと押し付けていた紫苑機の中から、紫苑の悲痛な叫びが響き、敵魔動機の冷淡な声がそれに続いた。

 だが、黒炎が四散し、土煙りが晴れた後、


《……ぐっ、……まだだよ……!》


「へっ、さすがは世に聴こえた魔動機の対魔装甲ってか? 第二世代ごときの紙装甲の分際で、オレの黒炎によく耐えたもんだ」


 全身の傷が回復し始めているレーヴェが嘲笑う。


 バチバチ、と全身から損傷によるスパークを散らし、スナイパーライフルは消し飛び、装甲のいたるところを破損している大河機が、両ひざを地面に着いた状態で佇んでいた。


 一方、その内部では大河がコンソールを操作し、機体状況の把握に努めている。

 そして大河機の頭部が、油を差されていないブリキ人形のようにギシギシと動き、レーヴェを睨んだ。


「へっ、第三世代ならもっともつだろうに、つまんねえなァ、第二世代ってのは!」


《くっ》


 大河が己の迂闊さを嘆くように歯噛みをする。

 その時、大河機の後ろに横たわっている敏也とエリーネが微かに身じろぎした。

 どうやら黒炎の熱によって疲弊してはいるものの、生存しているようだ。


◆ 

 

 それをモニター越しに見た紫苑は安堵し、それでも操縦桿を必死に動かしながら、思う。


(今すぐあそこへ向かわなければ。――なら、もう……)


 焦燥に染まった表情の紫苑が、コンソールへと――


《駄目だ! 紫苑!》


《っ、……大河?》


 彼女のその思考と行動を読んだかのように、そして彼女を思い留まらせるため、大河が紫苑機への直通回線を用い、声を張り上げた。


 レーヴェは死に掛けの獲物が放つ決死の反撃を警戒してか近づくことはせず、安全に止めを差すために黒剣に再び炎を灯し始める。


《まだ駄目だ! 増援が来るまで戦線を維持しなければならないのに!》


《でも……ぐっ! このままじゃ、三人とも……っ》


 紫苑は敵魔動機の盾を前面に押し出した突進を自機の対魔剣で防ぐ。

 そして、衝突によって発生したノックバックによって搭乗機を後方へと押され、地面を鋼鉄の両足で引き裂きながら勢いを殺しつつ、焦るように言った。

 だが、


《……僕がなんとかする。――ううん、堪えて見せる》


《……絶対に無理! やめて、大河が死んでしまうっ》


 増援が来るまで先ほどの攻撃を堪える? ――無理だ。どれほど多く見積もったとしても、大河がそれまで持つ可能性は数パーセントもない。増援が来る前に消し飛ばされてしまうのがオチだ。そんなことをさせるわけにはいかない。

 今すぐ、どうにかして脱出してもらい、逃げてもらわなければ。

 しかし、通信機越しの大河の声は笑っている。


《大丈夫だよ。だって、僕だって男だからね。無茶して生き残るのなんて、わけないさ》


《……やめて、大河。――っ、この……邪魔をするな! ――お願いだから!》


 敵魔動機を盾ごと蹴り飛ばし、大河にそんなことはやめるよう懇願し、バックパックの両側に装備しているミサイルポッドから小型弾頭を六発発射し、そのまま離脱を試みる。


 盾に着弾し、爆発。烈風が火炎を内包して逆巻く。


 が、爆煙の中から敵魔動機のメインカメラが発光したかと思うと、盾の外周部から四本のアンカーが飛び出した。


 煙の中から突然飛び出してきたそれに虚を突かれ、自機の右足を絡め取られてしまう。


 そして、アンカーが巻き戻され、紫苑機もそれに引っ張られてしまいそうになる。

 なんとかスラスターを噴かせて引き寄せる力に抗うものの、右足を引っ張られているせいで体制が悪く、思うように姿勢制御ができない。


 少しの間抵抗したものの、結局、元いた場所へと引き戻されてしまった。


《……いいかげん……っ!》


 忌々しげに言葉を洩らしながら魔動機を操作。

 紫苑機が轟音を響かせながら両足で着地し、古びたアスファルトを踏み砕く。それと同時に対魔剣でアンカーを寸断し、自機の右足を自由にした。


 そして、再び近接戦が始まる。


《……なんて、カッコつけてみてもさ、機体がほとんど動かないってのが本音なんだけどね……》


《っ》


 大河機のコックピットハッチ付近は相当酷くやられている。

 これではハッチを開いて脱出することはできないだろう。


 それにハッチだけではなく、全身の装甲が融解しかけている。関節部など、モーター部分が熱にやられ、ショート寸前のようだ。

 さらに、コックピット内では先ほどからアラートが鳴りっぱなしで、モニターなどは機体の損傷を示す表記で埋め尽くされている。


 大河機はもう死に体だった。


 力を溜め終わったレーヴェが黒剣を頭上へと掲げ、今にも振り下ろさんとしている。


《ごめんね、紫苑。後は――って》


《……大河? どうし――》


 二人が言葉を途中で止め、目を見張った。


「……はぁ……はぁ……」


 二人が驚くのも無理はない。

 疲労困憊の敏也が左手で竹刀袋を杖のように突きながら、大河機の前に出てきたのだ。


《ちょ、ちょっと――敏也君! なにしてるのさっ? 早く僕の後ろへ!》


 幸いまだ生きているスピーカーを起動させ、敏也へと呼びかける。

 だが、返事がない。意識がはっきりしていないのだろうか。それとも、敢えて無視しているだけなのだろうか。


 敏也の姿を捉えたレーヴェが口元をニンマリと歪め、


「坊主、ありがとよ。けっこう楽しかったぜ。その礼と言っちゃあなんだが、苦しまねえように一瞬で焼いてやるよ」


「……せ……い」


「……あん?」


《敏也君?》


「……せ……ない」


 微かな声が、戦場に紡がれる。そして、


「やらせない、――絶対に!」


 決死の覚悟を宿した瞳でレーヴェを睨む。

 その言葉と同時に、竹刀袋が内からの高熱によって燃え上がる。


 所有者の想いに応えるように、杖として突いていた『炎刀・灰神』が刀身に巻かれていた麻布をことごとく燃やし尽くし、その壮絶な姿を現した。


 業火が渦巻き、圧倒的な熱によって大気が翻り、その場に風を巻き起こす。


 と、その時、大河機の後ろに横たわっているエリーネが熱された大気に当てられたためか呻き、その空色の双眸が微かに開かれ、満身創痍で佇む敏也の後ろ姿を見つめた。


「……大神……くん……」


 敏也は碌に動かない右腕をダランと垂らしたまま、よろめく身体を動かす。

 そして、地面に突き刺さっている炎刀を左手でようやく引き抜くとそれを逆手に持ち、後方へと構え、迎撃態勢を取った。


「クク、なんつー熱量だよ。最高だな! っかし、もったいねえ。良い武器だが、宝の持ち腐れだ。てめえみたいな死にぞこないが振るうにはな。……クク、ククク、そんな体たらくでオレと張り合おうなんざぁ――百年はええぜェッ!!」


 直後、禍々しい剣が振り下ろされ、黒炎による津波が押し寄せ、


「ごほっ、――応えろ『灰神』! 大層な名前に相応しい力を……見せてみろぉぉッ!!」


 刹那、真紅の刀身の輝きが増し、膨大な熱量を顕現させる。

 残った魔力を『炎刀』へとありったけ注ぎ込み、その力を増大させる。

 そして、左手で刀を猛然と振るい、赤炎を迫りくる黒炎へと放ち、相殺を試みた。

 だが、


「クク……ハッハッハッハッハッハ! 諦めろ、坊主! その程度の火力じゃあ、フェンリルには勝てねえぜッ!」


 レーヴェが高らかに笑い、炎を放ち続ける黒剣を敏也たちへと翳しながら言った。


 赤い火炎は敏也たちを護ってはいるものの、それ以上は黒炎を押し返すことができず、徐々にではあるが押され始めている。

 踏ん張っている敏也の足が地面へと僅かに埋没し、魔力の残量を示すかのように、彼の顔が苦悶に歪む。目の前が霞み、意識がブラックアウトしかけている。


「ぐっ、か…………くそぉ……っ」


《敏也君!》


《敏也!》


 大河と紫苑の声が聴こえる。――――いや、二人だけじゃない。もう一人……。


「おお……がみ……くん……!」


 微かではあるが、エリーネの声が聴こえる。そう、後ろにはエリーネがいる。


「負けて……たまる……か……っ!」


 自分が負ければ、エリーネが死んでしまう。それだけは嫌だ。絶対に嫌だ。


 ――胸の奥の疼きが、ざわめきが強くなる。錆び付いた歯車が動こうとしている。


 この感覚は、おそらく『ギア』だ。

 ギアが以前と同じように胎動を始めた。否、新しい何かが目覚めようとしている。


 得体の知れない高鳴りを感じる。それは、遥かに積み上げられた砂の中から隠されていた何かを探り当てようとするかのような、曖昧で途方もない感覚。


 正体の知れない力が再び脈動を始めている。それに対する不安が脳裏を駆け巡る。

 魔力の解放を続けると、取り返しのつかない場所まで進んでしまう気がした。

 だが、止めてしまえば黒炎が全てを――エリーネを無に帰してしまう。

 

〈共鳴率六○パーセント、オーバー。

 アンロックしますか? 

 イエス・オア・ノー?〉


 無機質で無慈悲な声が、聴こえた。

 何をアンロックすると? そうしたら、いったい何が起こるというのか?


(知った事か……ッ!)


 選択の余地などない。

 鬼が出るか、蛇が出るか。その時になって盛大に後悔すればいいのだ。

 今、自分にできる最善は、生き残るためのあらゆる可能性を模索すること。


 たとえ悪魔との契約であろうとも、今この時に限っては、きっと最善なのだ。


(『イエス』――だッ!)


 敏也は回答した。

 そして、『ギア』がその回答を受け取った直後、敏也とエリーネの、熱に浮かされていたように混濁していた意識が澄み渡り――


〈回答受諾。セーフティー解除。封印区画……同調魔力因子を解放します〉


 瞬間、赤い炎が勢いと量を増した。


 唸る赤炎が猛然とした勢いで黒炎を呑み込み、端から順に貪り、喰らい始める。


 いきなり炎の勢いが増すなど、敏也とエリーネの魔力が回復したのだろうか。いや、その様は魔力が回復したと言うよりも、新たな発生源が生まれたかのようだ。


「っ! これは……っ」


「魔力が……?」


 停止しかけていた『ギア』が再び最大稼働を始め、二人の魔力を再融合させ始める。それによって莫大な魔力が生み出され、溢れ出た魔が炎刀へと流れ込む。


 ――紅蓮の炎が漆黒の炎と拮抗を始めた。


「……んだ、こりゃあッ!? なんでいきなり――」


 レーヴェが突然の事態に表情を驚きで染める。

 と、敵対者のその表情を敏也が双眼で捉えた瞬間だった。


〈――攻撃魔術の一時的な行使が可能〉


「は……?」


 いきなりの音声ガイダンスに敏也は思わず刀を取り落としそうになった。

 だが、危ういところで柄を握り直し、気を取り直して魔力を炎刀へと注ぎ続ける。


(攻撃魔術の行使?)


 自分は攻撃魔術を使えないはずだ。だからこその半端者なのだ。だからこそ、ここまで無様に傷付いている。


 だが、もしかしたら本当に使えるのかもしれない。

 なぜなら、術式『ギア』とは力。人の可能性を伸ばすモノなのだから。


 それに、このまま迫り合ったところで勝てるとは限らないのだ。


 現に、いくら炎刀に注ぐ魔力を増大させようと、レーヴェの放つ黒炎は同じように規模を増大させ決して押し負けはせず、紅蓮と衝突を続けている。

 なら、一縷の望みに賭け、やってみるのもいいかもしれない。


 思い立った敏也は、意識を集中させ、行使を試みた。


「……なんかよくわかんねえけど……こうかっ!?」


 炎刀の制御の片手間に拙いイメージを脳裏で紡ぎ上げ、魔力を練り込む。


 ――想像したのは、槍。蒼い水で模られた、いかなる盾をも貫く最強の突撃槍。


 以前、森林公園で見えた白銀の槍使い。その人物が垣間見せた強さの結晶、類稀なる槍術が、敵を屠る『強さ』をイメージしようとした敏也の脳裏を過った結果だった。


〈――ロード終了。式構築……術式、展開〉


 直後、敏也の頭上に蒼い魔方陣が展開され――

 そして数秒とせず、そこから想像通りの攻撃が放たれた。


 投擲された水の槍が、進行方向に存在する紅蓮と漆黒を当然のごとくまとめて貫く。


「なにぃっ!?」


 驚きの声の直後、予想外の反撃に立ち竦むレーヴェの腹に、水の槍が容赦なく突き刺さった。

 それは皮膚を裂き、肉を抉り、臓物を突き破る。そしてそのままレーヴェごと地面を数メートル奔り、大地に突き刺さると、その身体を縫い止めた。


◆ 

 

「大神くんが……攻撃魔術を?」


《エ、エリーネさん、これって、いったいどういうこと? 敏也君って、攻撃魔術を使えないんじゃ……?》


 エリーネと大河は驚きで目を見張りながら、そう呟いた。

 そして、大河の疑問を受けたエリーネは、自分にもわからないと言いたげに首を振り、


「――ただ……」


 朦朧とした意識の中で聴こえた声――


『共鳴率六○パーセント・オーバー』


『アンロックしますか?』


 彼はきっと、あの声に応えたのだ。

 そしてあれが、なんらかの変化を自分たちに与えたと考えるのが妥当だろう。

 ――ということは、自分も、もしや……。


◆ 

 

 想定外の出来事に数秒硬直していたレーヴェが現実に意識を戻した。

 そして、驚きに目を剥き、痛みで顔を歪め、口から血を噴き出しつつ、言う。


「ゴホッ……なんだ? いったい、どうなってやがる? ぐっ……なんで、魔力が回復した……?」


「う……あぁ……いってぇ……」


 だが、敏也はそれに答えることができなかった。

 それは、攻撃魔術を行使した直後に鈍痛が頭を襲ったことで炎刀を落としてしまい、左手で頭を押さえながら、地面に倒れかけてしまったからだ。


「なんだよ……これ……なんでいきなり……」


〈検証――――、適正が皆無であるにも関わらず攻撃魔術を行使した事による反動と推定。数十秒程度で鎮静化すると推測〉


「……勧めてきたやつが、偉っそうに……!」


 痛みで顰めていた顔に、不機嫌さを交えることでさらに顰め、毒づき、


「先に言っとけよ……このやろう……」


 これでは実戦では使えない、痛みに染まった頭でそう断じた敏也は、文句を垂れつつ、頭から左手を離し、地面に落としてしまった炎刀を拾い上げる。

 そして、大地に仰向けで磔とされているレ―ヴェを見、


「これで終わりだ……おっさん。もうすぐ増援が来る。あんたも、あんたの仲間も、揃ってブタ箱行きだ」



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