三珠市遊撃戦2
「『ギア』が起動しているというのは本当かねっ?」
「はい、間違いありません! 観測用プログラムが起動したままですし、彼らの魔力が戦闘の際と同様に消費され始めています」
研究所内の廊下を足早に歩きながら、博士は研究員の報告を聴いていた。
彼が言うには突然、術式『ギア』観測用のプログラムが立ち上がり、敏也とエリーネの魔力量の暫定的な残量を示す数値が変動しているというのだ。
もしかしたら、なにか突発的なアクシデントに巻き込まれ、『ギア』を使わざるを得ない状況に陥っているのかもしれない。
「――確か、二人は今日欠席だったね。学園へは何か連絡は?」
「現在確認中です」
「よろしい」
それからしばらく歩き、研究所内にある、術式『ギア』専用の研究区画にようやく辿り着いた博士は、すぐさまコンソールを弄り始め、観測データの信憑性を確かめ始めた。
そして、
「……観測用プログラムに不備はないようだ。……間違いない、戦闘が行われている。しかし、なぜだ……?」
博士が見つめる画面に表示されているのは、共鳴率五八パーセントという文字と、使用された攻撃術式のおおよその種類、時折擦り減る魔力残量のゲージだった。
「このタイミングで事を仕出かすなど……どこの組織だ……」
しかも、今日という日に限って、なぜ。
苦々しげに呟き、思考に耽っていると、先ほどとは別の研究員が部屋に入ってきて、博士に報告を始めた。
「博士!」
「何かね?」
「確認が取れました。学園側に、エリーネ・フリートハイムから救難信号が届いているとのことです」
「やはり……場所はどこかね?」
「三珠市です」
「! ……そうか、よりにもよってあの場所か」
博士の顔が苦悶に歪む。
忌々しい過去の惨劇が引き起こされた場所。負の連鎖の象徴。
しかも今日はよりにもよってその惨劇が起こった日だ。おそらく、多くの人々が犠牲者の鎮魂のためにあの場所を訪れていることだろう。
そうだというのに、まさか今になってあの場所が再び戦いの舞台となろうとは。
と、その時、
「は、博士!」
「今度はどうした?」
「たった今、政府……いえ、鬼術部隊第一師団から秘匿回線で通信が……」
「……繋ぎたまえ」
指示を受けた研究員がコンソールを操作し、通信者との回線を繋ぐ。すると、モニターに相手の姿が映し出された。
「……やあ、善十郎。『久しぶり』だね?」
《貴様と暢気に挨拶をしている暇などない。事態は深刻で緊急を要する。わたしも今は移動の最中だ》
その言葉通り、どうやら善十郎は人員移送用のトレーラーに乗っているらしく、エンジンの唸る音が時折聴こえてくる。
「いったい何が起こった?」
《襲撃だ。それも、海外の厄介なテロ組織による大規模反抗でな。全世界で被害が出ている上、各国の軍隊や治安維持部隊なども総動員され始めている。我が国も例外ではない》
「ほう?」
博士は感嘆したかのような声を出した。
「しかし、それほど大事になるなど、いったいどんな攻め方をしてきているのだね?」
《……大量の人造魔獣を生み出しているのだ。しかも、その発生源を魔力探知でも大まかな位置しか把握できないほど巧妙に隠蔽した上でな。ただ、被害が山間部などの人気のない場所に集中していることから、おそらくは山中に設置していると推測される》
それを聴いた博士は困ったように肩を竦め、
「なるほど、それは厄介だな。……それにしても、まさかまだ人造魔獣を造る気になる奇人が世にいたとは……」
人造魔獣とは文字通り、人の手によって造り出された魔術生物――つまりは、生体兵器。
その在り方から、一昔前のクローン技術などの画期的な技術などと同様、生命を冒涜する行いだと批難が集中し、九年前の『魔動機大戦』が終結した後、術式及び製造方法は凍結され、禁術として闇に葬られた。
博士の嘆きを受けて、善十郎は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
《ふんっ、悪趣味な人間などいつの時代にも、どこにでもいるものだ》
「まあ、そうだね。……で、その組織の名は?」
《『キメラ』と名乗っている組織だ。我々も一週間ほど前から足取りを追っていたのだが、どうやら奴らの準備が整うほうが早かったようだな》
「情けないことだね、天下の鬼術部隊ともあろうものが」
呆れたようでありながら、小馬鹿にしたような口調で博士は言った。が、それを気にする余裕すらないのか、善十郎は表情を一切崩さない。
《我々とて人の子だ。当然限界はある。……それよりも貴様に伝えておかねばならないことが、あと二つある》
話を挿げ替えるように言い、
《一つは、今回の一件で、今後我々が不測の事態に陥った際には、貴様の力を借りたい。これはわたし個人の嘆願ではなく、現在の鬼術部隊に残っているお前の元部下たちの総意だ》
「双子と大男か。……なら、前向きに検討すると約束しよう」
博士はしぶしぶながらも了承した。これが善十郎個人の頼みであったのなら一蹴したのであろうが、元部下たちの総意と言われるとどうにも弱い。
普段は敏也たち以外の他者に淡々とした態度をとる彼女だが、それでも情というものはある。長年ともに戦ってきた部下たちに頼まれたとなると、断りきることができない。
《二つ目は、九条の姫君からの言伝だ》
「黄竜の?」
古来より『四神の宗家』を纏め上げてきた一族であり、皇族。それが『黄竜』と呼称される者たちであり、この国の実質的なトップだ。
だが、先代が魔動機大戦の折に若くして亡くなったため、その娘である今年齢十歳に差し掛かったばかりの幼子が、現当主を担っている。ゆえに、現在の黄竜の本質は『四神の宗家』の傀儡と言って差し支えが無いのだが……。
《姫君が貴様の実験の被験者について、視えたそうでな。彼らの未来に不穏な気配が満ちているらしい。すぐに手を打ったほうがいいのかもしれんぞ》
幻視――先の世を見通し、災いを避ける力。
それが、黄竜が皇族として祭り上げられている所以であり、四神の宗家が額面上は絶対服従を誓っている理由なのだ。
しかし、本来は自身に近しい人間の近い未来、もしくは状況についてしかわからないはずなのだが。
「……そうか。姫君に礼を言っておいてくれ。……一応、君にも礼は言っておこう。ありがとう」
《……ふんっ、貴様からの礼など不気味以外のなにものでもないな。……では、これにて通信を終える》
「ああ。武運を」
《貴様もな》
そして、ブツリ、と映像が途切れ、通信が終わった。
博士は間髪を入れず、研究員たちに指示を飛ばす。
「非常事態警報発令だ。御陰市の警察及び、治安維持部隊支部に連絡。御陰市に通じる道路にバリケードを築き、検問を敷け。そして、市民たちには自宅待機を命じさせろ。その後、学園に戦闘態勢を取るよう連絡。学生たちにも戦闘の準備をさせるように」
「はっ。しかし、政府からすでに両者へ通達がいっているのでは……?」
「善十郎……いや、鬼術部隊が何故わたしに連絡してきたと思う? ――お偉いさんたちは今、会議と称して手を拱いているのさ。なにせ、四神の宗家は基本的には保守派だからね。連絡は当分先――犠牲がいくらか出て、全てが手遅れとなってからさ。だから、自分たちで考えて動くしかないのだよ」
「……なるほど。すぐに通達します」
「うむ。それと、二年生の訓練班・第十班に所属している魔術科生・魔動科生に召集をかけてもらえるかね? あと、アレの用意を。どちらも急ぎでね」
「了解しました」
「……さて、これが好と成るか、それとも……」
敏也とエリーネの擦り減り続ける魔力残量のゲージに目をやりながら、博士は呟いた。
◆
「黒い炎……」
敏也は目の前で起きた事象を確認するように小さく呟きながら、男が手にしている魔剣を睨んでいる。自身の身体に特に外傷はない。
男が放った先ほどの一撃は、咄嗟に目の前に大量の魔力を練り込んだ巨大なバスターソードを生成し、それを地面に着き立て壁とすることで防御した。
その証拠に、目の前に突き立っている焼け焦げた大剣を構成していた魔力の残滓が風に舞い、それが少しずつ剣の形を失くし始めている。
「へっ、あの一瞬で判断して大剣を生成するなんざ、なかなかやるじゃねえか。褒めてやんぜ、坊主」
男は、サングラスの下から狂喜の視線を送りながら、敏也の次の動きを警戒している。
その声には応えず、敏也の持っている刀が、ガシャリ、と音を鳴らした。
(……どうする。こいつの魔剣を至近距離で喰らったら終わりだ)
今の攻撃――あれは、いくら肉体強化で身体の硬度を上げたとしても、一撃喰らえば行動不能なほどのダメージを負うことになるだろう。
チラリと横に視線を送ると蹂躙の跡が見てとれる。あの黒い炎が過ぎ去った、まだ舗装が残っていた道路は、アスファルトが根こそぎ焼き払われ、覆い隠されていた土が顔を出し、まるで嵐が過ぎ去った後であるかのような様相となっている。
魔力で強化しているとはいえ、人体に喰らえば皮膚は爛れ、下手をすれば皮膚の下の肉、骨まで炭化させられてしまうかもしれない。まさに、再起不能のダメージだ。
(だからって、下がるわけにはいかないよな)
自分が下がれば、狙われるのはエリーネだ。いくら彼女が高強度の魔力障壁を展開できるとはいっても、堪えられる攻撃には限度がある。そもそも、自分たちとこの男の実力には途方もないほどの差があるのだ。
万が一のことを考えると、やはり自分が注意を引き付けるしかない。
「――正念場ってやつか」
敏也は、一筋の汗を頬に流しながら呟いた。
治安維持部隊には連絡が取れなかったが、幸い、学園側へは救難信号が届いている。最低でも二十分、長くても三十分で救援がこの場に駆けつけるだろう。
――それまで持たせさえすれば、自分たちの勝ちだ。
「クク、どうした、立ち尽くして。……時間稼ぎのつもりか?」
男の、こちらを馬鹿にしたかのような耳障りな声が届く。
だが、敏也とエリーネはその程度の挑発に乗りはしない。微動だにせず、その場に留まり、男が動きだすのを待っている。
「チッ、つまんねえな。――だったら、こっちからいくぞォッ!」
我慢の限界を迎えた男が吠える。禍々しい剣を振り上げ、敏也に向けて突進を始めた。
風を唸らせ、地面を踏み砕きながら、まるで重量級の自動車が爆走しているかのような迫力で駆けてくる。
「っ! エリーネ、援護を!」
言いつつ、横へとジャンプし、その突進を躱すことを試みる。しかし――
「そォォらァァッ!」
そのあまりにも速すぎる突進を完全に躱しきることは不可能だった。避けきる前に到達され、その黒々とした凶刃が振り降ろされる。
「ぐっ!」
それを、咄嗟に刀を横にして受け止め、拮抗した。が、男の尋常ではない迫力と筋力に押され始め、敏也は片膝を地面に着く。それでもなお、抗えない。
「ハハハハハハハ! 死ね死ねえ!」
「ッ!」
狂ったように笑う男が、さらに腕に力を込める。少しずつ刃が押し込まれ――
「大神くん! ……術式、展開っ。――あの男をこの世から屠れ! 『グリフォン』!!」
援護用の術式を整え終わったエリーネが、怒りを込めた声で命を紡ぐ。
エリーネの頭上に展開された巨大な術式から生み出されたのは、属性を持たない光の化身。ゴーレムのように周囲の材料から作り出されたモノではなく、純粋な魔力のみで構成された意思を持たない下僕。
存在の維持が難しく、かつ実体を持たないがゆえに現実に干渉はできないが、その一撃は、人の精神にダイレクトに衝撃を与える。
伝説上の生き物を模された存在が、己の獲物である男へとその嘴、その爪を突き立てるため、翼を広げて飛翔を始めた。
そして、その鉤爪を閃めかせ、男を敏也から引き離す。さらに、爪を避ける為に後方へとバックステップで逃げる男を、それに迫る勢いでグリフォンが追跡する。
「ハッ、自動追尾型かっ! その歳で扱えるなんざ、お嬢ちゃんもなかなかだ!」
実体の無いグリフォンの進攻を止めるため、魔力を流した刃で魔力同士の反発を意図的に引き起こし、迎撃する。
魔力同士の反発によってスパークが激しく散る中、両前足と嘴から成る連続攻撃を容易く受け流しながら、男は愉快そうに笑っていた。
その隙に、エリーネは片膝を着いたままの敏也に駆け寄った。
「大丈夫ですか、大神くん!?」
「あ、ああ、大丈夫だ。助かったよ。――このまま連携してあいつを押し止める。エリーネも、チャンスがあればヤツに術式を喰らわせてやれ!」
「はい!」
その会話が終わると同時に、数メートル先で交戦している一人と一体に向かって、敏也は走り出した。それを見送ったエリーネは再び魔力を練り込み始め、二対一となった混戦を見守りつつ、機を伺う。
グリフォンが男の右腕を頭上へと弾いた瞬間、敏也はその懐に踏み込む。
好機、とばかりに気合を入れ、刀で横一文字に男を薙ぐ。が、
「あめえぞっ、坊主!」
「な、これは……っ!?」
バチバチ、と音が鳴り、刀が見えない壁に防がれている。
(……違う。魔力障壁か!)
男は敏也の斬撃に合わせ、瞬時に魔力障壁を展開したのだ。
しかも、刀の表面積分しか展開していないため消費魔力は最小限で、なおかつ、魔力を高密度に高圧縮しているため、その防御能力は極めて高い。
腕に強化を上乗せし、強引に障壁を破ろうと試みる。だが、それでも僅かに食い込む程度で、斬り裂ける気配は見られない。
「くそっ!」
「――ハッハァ!」
ノリに乗った男の声が聴こえたかと思うと、敏也へと右足による回し蹴りが放たれていた。それを見た敏也はすぐに刀を引き、屈んで回避する。
回し蹴りが空を切った直後、グリフォンが雄叫びを上げながら男に飛び掛かり、爪を振り下ろす。敏也は後ろへと三メートルほど下がり、不測の事態に備え、行く末を見守る。
――だが、
「この鳥の相手は飽きたなあ……」
いくらか落胆した声が届き、数瞬の後、グリフォンが爆散した。見ると、男はグリフォンがいた場所に向かって漆黒の剣を突き出していた。つまり、グリフォンに飛び掛かられた直後、その腹に漆黒の剣を突き刺し、黒い炎を噴出させたのだ。
「クク、残念だったな、坊――っと」
男は最後まで言い終われず、身を逸らして攻撃を回避した。――飛来したのは炎の矢。エリーネの放った術式だ。しかもそれは、怪我をして動けずにいる民間人たちへは当たらないように計算され尽くした軌道を描いている。
「もう一発!」
エリーネは再び術式を紡ぎ、そこから炎の矢を投擲する。
それは、ただ単に炎で作られた矢ではない。これまでの攻防の間に練り込み続けていた膨大な魔力を最大で圧縮し、炎の容で顕現させ、高速で撃ち出しているのだ。
その証拠に、男が避けた火矢が着弾した敏也たちから遥かに離れた地点――三珠市沖の海上では、炸裂した術式によって水柱が盛大に噴き上げている。
並の魔力障壁程度ではどうやっても防げないほどの破壊力を持った、一撃必殺の矢。
「こいつはさすがにまじぃな……! 余裕扱き過ぎたか!」
男は強大な力を持つが故の自身の失態を嘆いた後、焦った様子を見せ、次々と撃ち出されてくる火矢を避けることに専念し始めた。
火矢を黒剣か術式、障壁で弾くことを考える――しかし、迂闊に弾けばその瞬間にあの破壊力の炎が至近距離で拡散することになる。それはいくらなんでも不味い。やはり、回避し続けるしかない。
「チッ、めんどくせえな」
だが、エリーネのこの攻撃は、男を倒すことを目的としたものではない。それは――
「……」
敏也が眼孔にギラリとした光を宿し、面を上げた。そして、今まで温存していた最大筋力を発揮し、火矢の飛び交う中を猛然と突き進み、男へと疾駆する。
「っ! ……チッ!」
それを見た男は舌打ちし、迎撃を試みようとした。だが、動こうとする度にその動きを阻害するように的確な位置へと撃ち込まれてくる火矢が、男の活動領域を制限させる。
「くそがァ!」
「これでっ!」
悪態を吐く男へと、敏也が刀を渾身のスピードで斜めに振り下ろす。――左肩から胸、心臓、鳩尾、右腰部へと斬り裂く斬撃。
しかし、
「忘れたか坊主! テメエの刀じゃオレは斬れねえッ!」
またもや障壁の反発を受け、刀が虚空で停止していた。刀はそれ以上踏み込むことができず、完全に押しとどめられている。
男は火矢を避けるほうへと意識を戻し、敏也へは時折視線を向ける程度だ。
(っ、『炎刀』さえあれば……っ!)
――こんな障壁なんか、簡単に破壊できるのに。
悔しげに下唇を噛み締めながら、思う。だが、その情けない弱音を即座に切り捨てる。
まだ、終わりではない。こんなところで、終わらせてなるものか。
「ああぁああぁッ!」
「なにィッ!?」
男が驚きの声を上げた。その視線の先では敏也が刀を投げ捨て、その右拳を振り被っていた。男が思わぬ事態に目を剥く。そしてその拳が、大気を引き裂きながら男へと振り抜かれる。
だが、
「バカがッ! 拳だろうとおんなじだァ!」
敏也の拳は魔力障壁に阻まれ、鈍い音を辺りに響かせた後、完全に停止。
男はそれを一瞥した後視線を外し、火矢へと目を向けた。
その時、
「なぁ、おっさん」
拳を止められ、悲嘆に暮れるように俯いていた敏也が問いかける。
「障壁ってさ、それを展開したままでも、術者は動けるんだよな?」
――第三交易都市での狙撃において、圧倒的な反動によって障壁ごと吹き飛ばされた自分たち。それが脳裏を過る。
ならば、可能。
「…………っ! テメ――」
男が敏也の成そうとしていることに気付き、声を上げ、向こうとする。だが、もう遅い。
「――答えは、アンタの末路で教えてくれよ」
瞬間、供給魔力量を最大に設定し、筋力を己の現時点での極限まで強化。――両足で踏みしめている地面が薄い板を踏み抜くように割れ、右腕の筋繊維が断裂を始め、脳を痛みが駆け抜ける。
それでも、押す。押して押して押して――
「ふっとべえぇぇえぇーッ!!」
阻まれている拳が、阻んでいる障壁ごと男の鳩尾を殴り飛ばした。
人間の限界を越えた筋力で弾き飛ばされた男の身体が、三珠市に残る建物の残骸を幾つも突き破っていく。轟音が立て続けに鳴り響き、そして、それもすぐに納まっていった。
敏也はその場に両ひざを着き、顔を疲労一色で染め、肩で息をしながら、男のふっ飛んでいった方角を眺めている。
「はぁ……はぁ……やっ……た?」
目の前の結果が信じられないとでも言いたげに呟き、
「……はぁ……っ……勝ったぞ……!」
疲労と痛みに染まった顔に達成感を織り交ぜ、言った。
そして、離れた場所にいたエリーネが敏也へと駆け寄り、満身創痍で今にも崩れ去りそうな彼の身体を横から優しく抱き止めた。
「ええ、勝ちましたよ。私たち、勝ったんです……っ!」
エリーネもその結果に歓喜し、そう口にした。
――だが。
どこからか、音が聴こえる。微かに、でも、少しずつ大きくなっている。まるで、飛行機が遥か上空を飛んでいるかのような、そんな音が。
「……大神くん! あれ!」
エリーネが何かを見つけたかのように言い、上空を見つめている。敏也も疲労と酷使したせいで思うように動かない身体を叱咤し、空を見上げた。
――そこには、魔動機がいた。
おそらくは第三世代なのだろうが、量産型とは装備が大きく異なり、その装甲が一回りも二回りも厚いように見える機体だった。そして、さっきの男が吹き飛んでいったほうへと、高度を下げながらゆっくりと近づいている。
「レガリア……じゃない。……友軍機ですか?」
「――いや、そんなはずないだろ。だってまだ、そう時間は経ってないはずだ!」
治安維持部隊が辿り着くのも、学園の救援が辿り着くのも、少なく見積もっても二十分はかかる算段だった。まだ、それほど時が流れたわけではない。
では、あの機体は? なぜ、吹き飛んでいった男の元へと向かっている?
もしや、救助のため?
「じゃあ、あれは……敵?」
「っ、エリーネ、ここからヤツを狙えるかっ?」
「や、やってみます! ここからならそう遠くはないですし、私でも狙えるはずです!」
エリーネが敏也から身体を離し、魔動機のいる方角へと向くと、慌てて術式を展開し始める。先ほどの火矢と同じ術式だ。
「最後の一発ですが、――当てます!」
「頼むぞ」
手のひらを翳し、男の埋もれているであろう瓦礫の、高度数メートルまで下がってきている魔動機へと狙いを定める。そして、
「発射!」
火矢が撃ち出された。ヒィン、と風を切る音を鳴らしながら、超速の破壊が迫る。
しかし、
所属不明の魔動機が身を翻し、左腕に持っていた大型のシールドを構え、盾表面でそれを容易く弾き飛ばした。受け止めた反動すら、ほとんど見られない。
弾かれた炎が、魔動機の後方へと逸れ、瓦礫の山を爆音とともに吹き飛ばした。
「そんな……っ!? どうしてっ!」
「……あの盾、対魔素材の塊か? でも、あんな装備が第三世代にあるなんて……」
少なくとも正規軍ではないことは確かだろう。魔動機はもともと高い耐久性を持っているため、外付けの盾は小型の物ばかりで、あの機体が所持しているような大型のシールドは正規のラインでは製造されていない。
しかも、あれほど見事に魔力を弾く性能は、魔動機の装甲にも、小型シールドにも備わっていない。つまり、独自の研究を進め、対魔素材の能力を有効に発揮させるシールドを開発した者たちがいるということだろう。
《……》
追撃が無いことを確認した魔動機は構えを解き、そのまま降下し、瓦礫の山の陰へと消えていった。
そして数秒後、魔動機が瓦礫を突き破りながら、何かを掴んだ状態で飛び出してきた。
そのまま空中を飛行し、敏也たちから十メートルほど離れた場所に着地すると、それを投げ捨てる。
「……はっ? こいつ、なんでっ!」
「なぜ、無傷なんですか!?」
投げ捨てた物――それは、先ほど瓦礫を突き破っていった男だった。だが、外傷が一つもない。あると言えば、サングラスが割れていること、ジャケットがボロボロになっていること、そして、今投げ捨てられたことで出来た擦りキズぐらいだろうか。
理解しがたい事態に直面し、敏也とエリーネは混乱の極みにいる。
《おい、レーヴェ。起きろ。帰投命令だ》
魔動機から、スピーカーを通して冷淡な音声が届く。そして、その声を受けた男――レーヴェなる人物が目を覚ました。起き上がり、立ち上がりながら、言う。
「ふあぁ……良く寝たぜ。っと、寝たというよりかは、意識を刈り取られたって感じか」
言った後、割れたサングラスを投げ捨て、敏也とエリーネに対して粘っこい視線を送っている。
そんなレーヴェを見据えた魔動機の搭乗者が呆れた声音で口を開く。
《……命令では、この場の人間を適当に殺した後、帰還することになっていただろう。いつまで遊んでいるつもりだ。イカれたジジイがお怒りだぞ。お前、このままでは実験材料にされるかもな》
「おー、そりゃこええな。まだ死にたくねえし、帰るとしますかね。――こいつらを殺してからなぁ……?」
ニマァ、と口元を歪ませ、レーヴェは言った。右手に再び魔剣・フェンリルを生み出し、一歩、二人に近づく。それを見た魔動機に乗っている人物は溜息を吐いた。
「坊主、さっきの一撃はなかなかだぜ。まさか、右腕を犠牲にしてでも一撃を加えてくるとは思いもしなかった。――が、全部無駄だったな?」
敏也とエリーネは身を竦ませ、それでも敵を睨み、応戦しようとしている。
だが、
(まずいっ。このままじゃ……!)
――二人とも殺されてしまう。
自分もエリーネも、先ほどの全力の一幕によって魔力はほとんど残っていない。そのせいか、発動している『ギア』の力も弱まりつつあり、今にも消えてしまいそうだ。
敏也の右腕は過負荷を与えすぎたせいで筋繊維に多大なダメージを負っていて、とても戦闘に用いることができる状態ではない。だからといって、エリーネは近距離では戦えないため、前衛と後衛を入れ替えるわけにもいかない。
また一歩、レーヴェが近づいてくる。
そもそも、迫ってきている男の雰囲気がさっきまでとは明らかに違う。ついに本気になったのだろう。『ジジイ』とやらに責を問われぬよう帰還を少しでも早めるため、そして、自身に屈辱を与えた二人を殺すため、真の実力を見せようとしているのだ。
また一歩、近づく。
「っ……エリーネ、逃げろ! 俺が時間を稼ぐから!」
「な、何を言ってるんです! あなたを置いてなんか行きませんよ!」
「そんなこと言ってる場合じゃ――」
「嫌です! 私は……私はもう絶対に……っ!」
「エリーネ……」
彼女は頑として譲らない。ここでともに死のうとも構わない、とでも言いたげだ。たとえどんな理屈を捏ねようとも、彼女は決して譲りはしないだろう。
後悔と、戒め。それが彼女の心を奮い立たせ、心に一本の折れない芯を通しているのだ。
その力強い眼差しに、とうとう敏也は折れた。
「……わかったよ。……最期まで、一緒に戦おう」
「はい。言われなくても、最初からそのつもりです」
敏也は左手に、残り少ない魔力で短刀を生成し、構える。エリーネも僅かな魔力を絞り出し、小さな術式を前方に展開する。あまりにも拙く、か細い足掻きだ。
レーヴェは、膝を着いた状態で佇んでいる敏也たちから四メートルほどの地点で立ち止まり、そんな往生際の悪い二人を冷たい目で見降ろした。
「おいおい、興醒めだなぁ。こういう時は、あっさり諦めるとこだろうが? なんで抵抗しようとしてんだあ?」
「黙れ、俺たちは諦めが悪いんだよ」
「そうです! 完全に負けるまで、私たちは絶対に諦めません!」
「俺たちは戦う! たとえ死ぬとしても、死ぬ前に、お前の喉笛を斬り裂いてやるっ!」
煌々とした眼光を灯し、二人は言う。その身を寄せ合い、お互いを庇い合うように、護るように、武器を前方へと突き出しながら。
――二人の胸の奥で、熱い何かが疼く。いつか、感じたことのある、力の奔流。
敏也たちの宣言を聴いたレーヴェは心底楽しそうに笑い、身体を悦びで震わせた。
「クク、ギヒヒヒヒ! 良いねえ。良い! 良い! スッゲエ良いぞ、テメエら。もっとだ、もっと見せてみろよ、テメエらの必死な姿を! どっちかが死んでも、オレに喰らいついてくる姿を! オレに見せてみろォォ!!」
狂喜し、荒れ狂い、目を爛々と光らせ、黒剣に黒炎を纏わせ、レーヴェが駆け出した。
――直後。
破壊音が鳴り響き、レーヴェの姿は熱波の中へと消えた。




