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双天の共鳴者  作者: 月山
第二章-1「キメラ襲来」
38/126

敏也vs『type-S』


(まずは、紫苑の操縦技術を見極める)


 突進しながら、敏也は思考する。

 紫苑の圧倒的な操縦技術は以前に少しだけ見た。そして、生身の彼女の類稀な身体能力も。魔術を使えないにも関わらず、あれだけの動きができる人間などそうはいまい。


(油断大敵。最初の一撃は全力で斬りつける)


 両手で刀を持ち、身体の右側面へと構える。

 前方からは紫苑機がスラスターを吹かせながら迫っている。――その右腕が、振りかぶられた。


「……今!」


 それに合わせるように、真っ向からぶつけるように、渾身の力で斬撃を見舞う。


 金属音――そして、敏也の身体が後方へと吹き飛ばされていた。


 肉体強化を掛けているにも関わらず、数秒と踏ん張れず、まったく対抗できなかった。敏也が吹き飛ばされるその様は、まるで強風に舞う紙のようだ。

 一瞬、まさか――と思考が停止したが、すぐに再起動させる。


「っ! ……くそっ」


 予想外の事態に驚き、悪態を吐きつつも両足で着地し、滑りながら速度を緩める。上履きと床が擦れることで嫌な音が鳴り響くが、身を竦ませている余裕などなかった。

 なぜならそこへ、


《……この程度じゃないよね?》


 紫苑機が追撃を繰り出すため、飛翔を開始し、敏也の目前まで近づいていたからだ。

 そして、紫苑機は鋼鉄製の床に着地しながら、すぐさま両手に持った対魔剣による剣閃を放った。腕をクロスさせた状態から発生させた薙ぎ払い。二筋の軌跡が、前方から向かってきている。


 敏也は先ほどの結果を鑑み、不用意に受けるのは危険と判断し、回避を敢行。


「うぉっ!?」


 間一髪、アリーナの床に張り付くようにして二連撃を躱したが、敏也の頭上を凄まじい剣圧が過ぎ去っていった。風圧によって髪がバサバサとなびき、身体を打ち震わせる。


(今の、本気でぶった切りに来てたな)


 内心で冷や汗をかきながら、すぐさま立ち上がりつつ――そして、斬撃の余韻のせいで防御が手薄になった紫苑機に斬りかかる。下段から斬り上げる構えだ。


「ここだっ!」


《……良い反応。――でも》


 その瞬間、紫苑は魔動機にスラスターを噴射させ、後方へと飛び退く。

 これではもし掠ったとしても、たいしたダメージにはならない。――この決闘を見ていた誰もがそう思っていた。

 しかし、


《……っ! これは、なにっ?》


 飛びずさりながら着地した紫苑機のモニターに、機体ダメージを示す警告文が示されていた。――損傷個所は、機体胸部。先ほどの一幕で敏也の攻撃が掠めた箇所だ。

 胸部装甲表面に、縦一筋の浅い切傷が走っている。


《……掠めただけで削り取ったというの? 対魔装甲を……?》


 強靭な耐久性を誇る対魔装甲。

 それを切っ先だけで、規模は小さいなれど破壊するなんて――確かに、敏也がわざわざ時間をかけて持ちだしてきただけのことはある。しかも、あれでまだ不完全だという。

 完全な状態ならば、いったいどれほどの――


「――なに止まってんだよ! 紫苑っ!」


《……!》


 その怒号で、呆けていた紫苑は我に返った。そして即座に操縦桿を操作し、機体前方に対魔剣を構えさせる。


 そこへ敏也の持つ刀が閃き、紫苑機の剣と衝突する。火花を散らしながらギリギリと拮抗し――次の瞬間には、敏也はまた弾き飛ばされていた。


(くそっ、なんでだっ!?)


 手は一切抜いていない。なのに、赤子の手を捻るように簡単に斬り払われてしまう。第三交易都市では魔動機と迫り合えたというのに、今回は悉くあしらわれてしまう。


(カスタム機がここまで厄介だなんてな)


 この、量産型のレガリアを大きく上回る馬力は恐らく、大河お手製のカスタマイズ・チューンナップの賜物だろう。そうでなければ、この状況の説明がつかない。

 メンバー増員の際に言っていた大河の言葉。


『右手首を捥いで帰ってくるなんて、日常茶飯事だよ』


 それがなによりの証拠。


 そもそも本来のレガリアは、そうそう壊れはしないはずなのだ。

 レガリアは仮にも正式採用機であり、正式量産機。おまけに性能は各国のお墨付きである上、続々と量産され、それぞれの部隊に配備されている。

 なのに、不良の噂はまったくと言っていいほど聴こえてこない。

 つまりは、


(――機体強度を度外視しての馬力と機動力の強化)


 それこそが大河が紫苑機に施した改造であり、紫苑が切望した魔動機なのだろう。


 敏也は思考しつつ、再び両足で着地――そして床を何度か蹴ることで後方へ跳び、体制を立て直しながら吹っ飛ぶ勢いを殺す。

 そして、紫苑機に向けて再び奔り出した。今の彼の脳裏には、一つの案が浮かんでいる。


(まだ完璧じゃないけど)


 一つの可能性。圧倒的な膂力を発揮し、魔術師を軽く相手取れてしまう紫苑に対抗できる、拙い足掻き。

 駆けつつ刀を構え、意識を肉体へと集中させる。

 ――紫苑が右手の対魔剣を振り上げ、迎撃体制を取っている。しかし、そちらには最低限の意識だけを向け、自らの内へと意識の大部分を集中させる。


(急げ。魔力を必要量だけ練り上げろ)


 自分に命ずるように、そうなることを欲するように、切に念じる。


《……斬るっ》


 斬撃と掛け声が頭上より、烈風を伴いながら敏也を両断せんと迫り――


「――させるかっ!」


 それを敏也が、刀を力任せに打ち付けることで弾き飛ばした。


《……っ、今のは……》


 紫苑機が、渾身の斬撃を正面から弾かれた衝撃によって、後方へと二・三歩後ずさり、それから驚愕したかのような声が聴こえてきた。

 紫苑が、コックピット内で訝しげな表情を浮かべ、


《……もしかして、一瞬だけ強化を強引に上乗せした……?》


「もうバレたかっ! でも!」


 敏也はそう言いつつ跳び上がり、紫苑機の頭部目掛け、追撃の斬撃を振るう。そしてその瞬間、腕に、足に、否――全身に、通常よりも多い魔力を流し込む。

 直後、全身に作用していた肉体強化術式が増大した魔力に反応し、敏也の身体能力を肉体の限界・許容量を大きく越えて強化した。


「っ!」


 ビキッ、と筋繊維が過負荷に軋む感覚が不快感となって敏也を襲う。全身が引き攣りかけたかのような違和感が生まれる。が、歯を食いしばってそれを黙殺し、刀を高速で振り下ろす。


《……なんて無茶を》


 紫苑は苦い顔で言いながら魔動機を繰り、その斬撃を対魔剣の刀身で受け止めた。だが、さっきまでとは違い、紫苑機の腕部が斬撃の威力によって微かに揺れ動く。

 敏也はそれから無理に押し込もうとはせず、自ら紫苑機の対魔剣の腹を蹴ることで跳躍。そして、紫苑機から距離を取りつつ、軽やかに着地した。


 その後、ヒュッ、と刀を横に振り、敏也は先ほどの試みがうまくいったことが嬉しいのか、愉快そうに笑っている。


「はは、なかなか良いアイディアだろ?」


《……そんなわけない。やっぱりあなたはバカ。下手をしたら死んでる》


 ――通常、魔術師が肉体強化を行う際は、自らの肉体に負荷がかからない限界値を予め算出し、強化術式を掛ける。それは、もしそうせずに肉体の限界強度を越えた力を発揮すると、身体が自身の発する膂力の負荷に耐えきれず、自壊してしまうからだ。


 そして、敏也が行ったのは斬撃の瞬間や跳躍の瞬間に普段よりも多い魔力を肉体に流し込み、一瞬だけ通常の強化時の限界を越えた能力を発揮し、尚且つ身体への負担を最小限に抑える技法だ。


 だが、そうしても当然リスクがあり、うまく利用したとしてもそれなりに負担はかかる上、時間の配分を誤れば肉体が崩壊し、死んでしまう場合もある。

 これは熟練の魔術師でもそうそう利用したりはしない、危険な技術なのだ。


 批判された敏也は、それでも表情を変えはしなかった。


「いいんだよ。……生憎、俺は肉体強化しか能が無いからな。こうしないと、強いやつとは戦えない」


《……だからって、そういう無茶はどうかと思う。だって、あなたのことを心配してくれている人はいるはず。その人たちに、胸を張ってそれを言えるの? 『戦うために必要なんだ』と。『だから自分が壊れてもいいんだ』と》


「……その時はその時だ。それに、身体が壊れそうになったらさすがに自重するさ」


 敏也は紫苑を突き放すように言い放った。

 それ以上言うな、と。それくらい言われなくてもわかっている、と。

 そんなニュアンスで、冷たい意味合いの言葉だった。


 すると、それを聴いた紫苑が呆れるように、諦めるように溜息を吐いた。そしてそれはまるで、聞き分けのない子どもを前にした大人のような息遣いだ。


《……そう。なら、これ以上は何も言わない。そもそも、私にはあなたを止める権利がないから》


「権利?」


《……うん。だって私は、あなたのことを何も知らないから》


「……はは、そうだな。……そうだったな」


 そうだ。自分はこの子の飾らない素直な物言いが気に入ったのだった。

 この、傲慢でもなく、軽薄でもなく、ただ淡々と事実だけを述べる紫苑という子。

 一見、不器用にも見えるが、それでいて器用な生き方。

 確固たる実力を持ち、努力で自分を裏付け、孤高に生きる彼女のその歩みは、きっと他者には真似できない尊いものだ。


 だからこそ、敏也は思う。

 ――応えたい。彼女が、半端者である自分などに求めた『決闘』に、きちんと応えてあげたい、と。


 敏也は腰を少しだけ落としながら武器をしっかりと握り直し、彼女に声をかける。


「……お喋りはお終いにしよう、紫苑。そろそろ行くぞ」


《……いつでも》


 両者はそれを合図に前へと踏み出す。


 まず仕掛けたのは敏也。

 彼は最大筋力を一時的に発揮し、己の姿を掻き消すほどのスピードをその身に宿し、前へと踏み込む。

 紫苑機の懐目前まで高速で踏み込みつつ姿勢を低く保ち、そのまま足元に潜り込むと、その両足を揃えて横薙ごうと一撃を放つ。


 だが紫苑は、その一瞬の内に放たれた攻撃に即座に反応。

 彼女の繰る操縦桿による指令を受け取った魔動機が関節を軋ませながらジャンプし、その攻撃を悠々と躱した。

 そして、その直後に空中で右手の対魔剣を縦に振るい、紫苑機の動きを目で追っていた敏也に斬撃で返礼した。


 このままでは両断されて――


(防御――いや、躱せる!)


 敏也は紫苑の反撃に対し、身体を最低限の距離だけ右に反らした。

 すると振り下ろされた対魔剣は床に轟音を鳴らしながら激突し、接地した紫苑機の剛脚がアリーナに地響きを生んだ。

 その瞬間敏也は、剣によって叩き割られた床の破片が身体に当たるのを無視し、そのまま前進していた。そして、紫苑機の右腕を足場にして跳躍。右手の対魔剣を躱すことでできたこの隙に急接近を試みる。


 ――狙いは先ほどと同じ、頭部。

 決闘とは言っても所詮は模擬戦。別に命の遣り取りをしているというわけではないのだから、ここさえ破壊してしまえば紫苑も食い下がろうとはしないだろう。

 そうなれば勝ったも同然だ。


「おおおっ!」


 気合いとともに、身体の左側面に刀を振りかぶり――


《……まだっ》


 紫苑がその言葉と同時に、左手の対魔剣を、振り下ろした直後の右腕の上を滑らせるように横に振り抜いてきた。鋭利な刃が敏也に迫る。


「っ!」


 刹那、横目でそれを捉えていた敏也は、咄嗟の判断で再び肉体強化を増幅し、構えていた刀をすぐさま振り抜き、自身に迫りつつあった対魔剣にぶつけ、それを弾き飛ばした。


 しかし空中で応戦したためか、衝突の反動で敏也の体制が崩れ、対魔剣が迫ってきた方向とは逆へと吹き飛ばされた。身体が気持ちの悪い浮遊感に囚われている。

 いや、それよりもまずいのは、空中では身動きが取れないことだ。


「ぐっ、やば……っ!」


 アリーナの壁まではまだ距離がある。これでは壁を蹴って逃げることさえできない。



 その瞬間、


「っ! まずいぞ!」


 観客席で、今まで黙って試合を眺めていたマサルが焦ったように言った。


「……大神君っ」


 そして、強化ガラスに手を着いたままのエリーネが、目の前で絶え間なく繰り広げられている死闘の光景に神経を磨り減らした様子で呟いた。



《……勝機!》


 紫苑はその隙を逃しはしない。

 彼女は斬撃同士の衝突が終わった瞬間にスラスターを最大噴射させた。

 すると強烈なジェット音が広大なアリーナに響き渡り始め、魔動機のスラスターから推進剤が惜しみなく噴かされ、轟音をさらに高鳴らせながら紫苑機が飛び立った。

 そして、吹っ飛んでいる敏也へと追い着く。


《……ここまでっ》


 紫苑機の両手の対魔剣が左右で若干のタイムラグを挟みながら閃き……――ギラリと、敏也の瞳が紫苑機を睨めつけた。


「ここッ!」


 その言葉とともに敏也の身体が空中で一回転。

 そして、最初に到達しようとしていた左の対魔剣の刀身に、回転の威力を加えた刀を上方からぶつけ――そのまま腕に渾身の力を込め、己が身体を持ち上げた。

 対魔剣を踏み台に、紫苑機の頭部に迫る。

 掬いあげるかのような動きで炎刀が――真紅の輝きが近づいている。


《っ! しまっ――》


 紫苑はまんまと裏を掻かれていた。

 絶対に避けられないと思い、勝負を決しようとした心の緩みを突かれてしまったのだ。

 地に足が着いていないせいで姿勢制御ができないのであれば、敵の攻撃を利用して体制を変えればいい――そんな、肉体強化という強力なカードを持っている魔術師だからこそ成し得る、出鱈目な理屈と行動。


《……くっ!》


 ――だからといって!


 むざむざ斬られるつもりなど毛頭ない。だが、今から複雑な操作を入力したところで愛機は着いて来られない。徹底的にチューンしているとはいっても、所詮は量産機。


 一般兵の反応速度に合わせて設計されているレガリアでは、紫苑の卓越した操縦技術に追随できないのだ。どれだけ素早く操縦桿を操作したとしても、実際に動きに反映されるのはワンテンポ遅れてから。

 それは、以前から反射速度の速いパイロットから指摘されてきた魔動機の欠点。


 ゆえに、紫苑はせめてもの悪足掻きとして、魔動機の両足にあるスラスターの内、左足のものだけを最大で稼働させた。


(……これでも反応が鈍い)


 愛機が自分の反応速度に着いて来られないことが歯痒く思え、唇を噛む。

 アンバランスな運動エネルギーを与えられた魔動機の体制が右斜め後ろへと反れ――

 ガガッ、と左肩の装甲の前から半ば辺りまでを『炎刀』が削っていく。


「なっ、これを避けんのかよ!?」


 余程、今の立ち回りに自信があったのだろう。その声は驚愕と無念さに染まっていた。

 彼は、紫苑に対しての迂闊な追撃は危険と判断したのか、そのまま紫苑機の背を蹴り距離を離すと、アリーナの床へと舞い戻った。


 紫苑も無理に反撃はせずに、魔動機をその地点にゆっくりと着地させた。


 敏也が息を整えつつ紫苑機を見やると、何故かその場に着地した状態で立ち止まったままで、そのツインアイが敏也を油断ならないさまで見据えていた。


《……その刀とあなたの力、思っていたよりも厄介。正直……面倒》


 そう言った後、紫苑機のツインアイが左肩、自分が持つ対魔剣へと順に目を移らせた。

 ――対魔剣の刀身には僅かではあるが、刃毀れが見受けられる。恐らく、敏也の刀を受け止めた部分だ。



「対魔素材を破壊する刀……ううん、そんな単純な物ではなさそうね……。あれが、敏也君がテロ事件を生き延びることができた一因なのかしら? ――ね、エリーネちゃん」


「……ええ、そう言っても過言ではないと思います」


 値踏みするかのような視線を炎刀へと向けたままの春美が言い、敏也が無事なことに安堵したエリーネがほっと一息を吐きながら応えた。


「にゃるほどね~。……最初は見かけ倒しの刀かと思ったけど、あんだけ対魔素材と打ち合って壊れない武器なんてイレギュラーにもほどがあるって。実体化を解除できないことがマイナス要因にならないくらい有用じゃん」


「ふむ、確かにな。『対魔剣には対魔剣を』というのが一般の定説だ。それを易々と破るあの刀は、異常に過ぎる」


 奈々が茶化すようにしながらも、世の魔術師が知れば驚愕するであろう事実をさらりと述べていた。そして、顎に手を当てたマサルがそれに頷き、肯定する。


「……対魔剣に拮抗……それ以上の強度を持った刀だなんて、いったいどんな魔力組成なんだろう。気になるな~。それを魔動機に活かせればもっと良い機体が……ブツブツ」


「……大河。不気味だから、下衆な笑みを浮かべて呟くのはやめなさい」


 何かのスイッチが入ってしまった大河に、春美は苦い顔をして注意した。



 炎刀がもたらした意外な戦果に、敏也は顔には出していなかったが驚いていた。


(炎は出せなくても、斬れ味だけは健在なんだな)


 ちらりと視線を『炎刀』へ向ける。

 魔力を炎に変換できずとも、刀身の斬れ味には変換されているようだ。

 恐らく、最初に刀へと流し込んだ魔力が威力を発揮したのだろう。如何せん可能不可能の基準がわからないが、何も出来ない鈍よりはよっぽど良い。


 予想外ではあるが、これは思わぬ収穫。

 正直、魔刀の特殊能力なしでどう紫苑を倒すか、頭を悩ませていたのだ。この刀が対魔装甲へ有効な一撃を与えられるというのなら、きっと勝機もある。


 ――対魔剣を一撃で溶断できずとも、回数を打ち込めば切断できる。


《……仕方ない。剣が全部折れる前に、あなたを倒す》


「できるのかよ? たった二本で」


 そう静かに宣言した紫苑に対し、敏也は挑発的な笑みでもって応える。

 だが、


《……勘違いしないで、トシヤ。――誰が、二本だけだと言ったの?》


「……は?」


 その言葉とともに、紫苑機の両腕部――肘から手首――そこに増設されているアームガードが稼働し、装甲の一部が上方へとスライドしたかと思うと。

 スライドしたアームガード、その装甲の肘の辺りから、ガシュッ、という音を鳴らしつつ、鋭利な短刃が迫り出してきた。しかも、お次は同じように両手首付近の装甲部分からも飛び出してきた。

 アームガードが上方へとスライドしたのは、関節の稼働を刃で損なわないようにするためだろう。


 ――手に持っている対魔剣も合わせると、六本の刃。


 敏也は脂汗と冷や汗、その両方で肌を湿らせながら、その光景を見守っていた。


「…………あの、紫苑さん? その数は反則じゃないっすか?」


《……そんなことはない》


「ね、紫苑さん。これこれー、これ見てー。俺ねっ、一本なの。刀一本だよ? いいの? このままやったら虐殺になっちゃうよ?」


《……ノ―プログレム。なぜなら、今の私とあなたは敵同士。敵を屠るためには手段を選んでいる余裕はないの。……先に謝っておく。ごめんなさい、トシヤ。…………ミンチになって》


「嫌に決まってんだろっ!? つうか、お前が言うと冗談に聴こえないんだよっ!!」


《……今のは冗談。でも、この状態で戦うことを許してほしい。足の仕込みは出さないと約束するから》


「まだあんのっ!? ――ちょっと、大河ぁ!! お前んとこの相棒、仕置き人でも目指してんのかっ!? なんでこんな危ない玩具持たせたんだよ!」


「…………僕のせいじゃないよ~」


「改造したのお前だろうがっ!!」


 アリーナから観客席へ、敏也から大河への批難が飛ぶ。


《……トシヤ、どうか大河を責めないであげて。確かに大河は『隠し武装は男のロマンだよね! グヘヘ』と笑いながら、嬉々として発注していたけど》


「やっぱりお前の趣味じゃねえかっ!!」


 そう叫んだものの、大河はしゃがみ込んで敏也の批難の視線から身を隠していた。

 現在進行形で彼の趣味のせいで生命の危機に晒されている身としては、後で彼に仕置きをする必要があるかもしれない。


 そうしていると、紫苑がいいかげん痺れを切らしたようだ。


《……行く》


「っ、待て待て待て! いくらなんでも、こんな数は――うわぁっ!?」


 文句を付けようとしたら、今の今まで頭があった場所を凄まじい勢いで対魔剣が過ぎ去っていった。ギリギリ躱したが、咄嗟に動かなければ首が飛んでいたかもしれない。


 それからはもう、酷いものだった。


 紫苑機の右腕の対魔剣が迫り、それを刀の刀身に滑らせ、躱す。躱した右腕が戻ってきて肘の刃が襲いかかり――屈んで、躱す。そうしていたら左手の殴打――という皮を被った、手首の刃による刺突が放たれ――身を逸らして、躱す。と、思ったら、躱した左腕のアームガードと刃によるバックナックルが迫り、下から腕を蹴り上げて、躱す。そうして敏也のバランスが崩れたところに打ち込んできた鋼鉄の蹴りを、足の裏で蹴り返して、躱す。度重なった鋼鉄との接触による痛みで「いったぁぁ!?」と悲鳴を上げたところへ、上方から振り下ろされた二本の対魔剣が迫り……間一髪、片足による横っ跳びで、躱す。

 ひたすら躱す。


「――――もう嫌だー!!」


 敏也は悲痛な叫びを上げ、最大筋力で床を蹴ることで後方へと数メートル跳躍し、紫苑機から距離を取った――が、彼女はすぐさまスラスターを噴かせ、敏也に追いすがる。


 ビュンビュンと音を立てながら、六本の刃による乱舞を敏也に放つ。


《……ミーンーチ。ミーンーチ》


「怖いこと、淡々と呟くのやめろっ! あと、舌噛むぞっ! ていうか、本気!?」


《……ふふ》


「誰か助けてーーーーっ!!」


 敏也はひたすら逃げ回った。



 観衆たちは驚いていた。敏也は、最初はまるで駄目駄目だったにも関わらず、今では、魔動科二年生で上位に君臨している紫苑相手に善戦しているのだ。

 信じられないものを見たかのようなどよめきが観客席を満たしている。


 そんな中、エリーネたちはというと――


「あらあら、紫苑もだけれど、敏也君すごいわ。あの臆病だった彼がここまで戦えるようになるだなんて。……交易都市では、よっぽど扱かれたようね」


「あの連撃を悠々と躱すなど、まさかここまでできるようになっているとはな。少々間抜けではあるが……」


「確かに。今の敏ちん、なんか別人みたいだよねぇ。……うんにゃ、確かに雰囲気変わったなぁ、とは思ってたけどさ」


「紫苑にあそこまで着いていけるなんて……敏也君はすごいねっ」


 四人が、観客席で思い思いの称賛を述べる。

 だが、強化ガラスの前に立っているエリーネ――皆が感想を述べるまではハラハラしながら敏也を見守っていた彼女が、不機嫌そうに言う。


「……最初から小道具に頼らず真面目にやっていれば良かったんです。そうしていれば、恥をかくこともなかったのにっ」


 そんな彼女の背後に春美が回り込み、お腹辺りに腕を回すと、彼女を抱きしめた。


「ふふっ、相変わらず素直じゃないわね、エリーネちゃんは。彼にちゃんと言ってあげたらどう? 『大神くん、頑張って!』って」


「ちょ、近いですよ、春美会長――って、私が彼にそんなことを言うわけないじゃないですかっ!」


「あら、そうかしら? もし観衆の目が無かったら、あなたはそうすると思ったのだけれど」


「しませんっ! ……だって、私が大神くんを応援する理由がありませんし? 彼が成瀬さんにミンチにされようがどうでもいいですし? それに、さっきのことはまだ許してませんからっ!」


「…………そう、わかったわ。…………まったく、この子ったら」


 自分の腕の中でもがきながら、必死に誤魔化そうとしているエリーネを見て、春美は苦笑した。何も特別な意味で言ったわけでも、からかったわけでもないのだ。

 ただ、応援してあげなさいと言っているだけだというのに意地を張って。どうせさっきのことはもう許しているだろうに、それを認められなくて。


(本当に不器用な子……だからこそ、可愛いんでしょうけど)


 それがとてもいじらしく思えて、放っておけない。きっとこれは彼女の魅力の一つだろう。だから彼女の友人たちは、この子を温かく見守っているのだ。


(でもね、エリーネちゃん。いつまでも、一緒にいられるわけじゃないのよ?)


 世界には争いが溢れている。人の生き死にがかかった戦場など、規模さえ目を瞑ればどこにだってあるのだ。自分の身近な場所に、すぐ隣に。

 実際、彼らが遭遇した第三交易都市でのテロなど、その最たるものだろう。もしかしたら、明日には誰かが死んでいるかもしれない。それは、あり得ない話ではないのだ。


 だから、いざとなった時に後悔してほしくなくて、彼女に素直になるように促した。


(今すぐには無理でも……いつかは……ううん、近いうちに……)


 どうか素直になってほしい、と春美は願っていた。



《……いいかげん諦めて、トシヤ》


「諦め……たら……はぁー……死ぬ……はぁ……だろうがっ!?」


《……》


 三メートルほど離れ、対峙したまま睨みあい、互いの動きを警戒する。


 紫苑機の対魔剣は、魔刀との度重なる打ち合いのためか刃毀れがひどくなっており、もはやボロボロになっている。残りの刃も同様だ。

 だが、魔動機自体はまだまだバッテリーや推進剤に余裕があるらしく、損傷度合いについても、左肩と胸の損傷を含めても軽微だと言えるだろう。


 一方、敏也はもう限界のようだ。先ほどから息が上がり、汗は止めどなく流れ、身体は疲労を表すかのように前屈みになっており、今にも倒れ伏しそうだ。

 しかし、その手に持っている『炎刀・灰神』だけは刃こぼれひとつなく、試合開始前の状態から変化していない。


(……し、しんどい! もうやめたい……っ!)


 とは思っても、紫苑が満足してくれるまで終わることはないだろう。

 その時――


《……もういい、トシヤ》


 そんな声が聞こえたかと思うと――紫苑機のコックピットハッチが開き、そこから疲労を顔に滲ませた紫苑が現れた。汗によって頬に長い紫色の髪が張り付き、それがなんとも言えない雰囲気を放っている。


「……もう十分。この戦いは引き分けにしよう」


「……いいのか?」


「……うん」


 彼女は頷きながら返事をすると、魔動機の胸部から飛び降り、スカートを押さえつつ、長い髪を振り乱しながら優雅に着地をすると、敏也を見据えた。

 敏也はその敵対心を感じさせない視線を受け、構えを解いた。


「……別にあなたを殺すつもりなんてなかった。ただ、確かめたかっただけ」


「確かめる? 何を確かめたかったんだ?」


「……決まってる。これから先、あなたたちとともに戦っていくにあたって信用できるかどうかを。……もちろん、あなたを対戦相手に選んだのはそれなりに私怨があったせいでもあるけど」


「お前……嫌がってたわりにちゃんと考えてたんだな」


 てっきり、班を組むことを本気で嫌がっているのだと思っていた。だが、どうやらそれは大いに違ったようだ。彼女は彼女なりに、真剣に悩んでいたのだ。


「……当然。あなたは一応ではあるけど、師匠が認めた人物。なら、あなたの提案は一考には値する。……たとえ、どれだけ師匠に失礼な態度を取ろうともっ。淫行に……ぐっ……及ぼうともぉ……っ」


 血の涙を流しそうなほど悔しそうにしている。そんな彼女を見た敏也は呆れ顔になり、


「まーだそれ言ってんのか、紫苑。だから誤解なんだって……」


「……うん、それも手合せしてわかった。あなたは師匠を傷付けてはいない」


「お、なんだそれ。手練れ同士は通じ合うってやつか? いやー、俺もそこまでの強者になっちゃったかー」


 敏也はにやにやと笑っていたが、紫苑は首をふるふると横に振り、


「……違う。私のあの程度の攻撃に一々オーバーリアクションを取るような情けない人物が、あの師匠を襲えるはずがない。たとえ、師匠が生身であろうとも」


「…………春美さんの本気ってどんだけ強いんだよ。しかも、生身かよ。……そんなんじゃさ、春美さん一生独身――」


 とその時、観客席のほうから「誰が一生独身ですってぇっ!?」と怒りの咆哮が聴こえてきたが、決して目を向けはしない。たぶん、視線だけで殺されてしまう。

 というか、距離が離れている上、強化ガラス越しだというのに、普通の会話レベルの声量でよく聴こえるものだ。地獄耳といっても限度というものがある。


「……大丈夫。もしも師匠が生涯独身を貫くことになったとしたら、私がちゃんと面倒を見るからっ」


 紫苑は洗濯板を張りながらそれに手を当て、鼻息荒く意志表明をした。


「お前、相変わらず春美さんが大好きなのな。あの人のことなら何でも知ってそうだ」


「……大体は把握している。――例えば師匠の伝説には、突如暗闇から襲いかかってきた男を蹴り飛ばし、逆に服を引ん剥いて街角の電柱に聖者のように飾り付けたという逸話があって、他には――」


「やめて! それ以上言われると春美さんのイメージ崩れるから! 俺の中では優しいお姉さまなんだから! ……ていうか、そんな恐ろしいことしてたのかよ、あの人……」


「……真か否か、それを決めるのはあなた。つまり、噂」


「……なんだよ、それ……」


 肉体的な疲労のみならず、精神的な疲労もピークに達した敏也は、そのまま膝を着いて項垂れた。


 それが、観客たちには戦いの終わりとなったのだろう。

 アリーナには少ないながらも、健闘した彼らを称える拍手が鳴り始めていた。


 戦い終えた二人は、その拍手を身に浴びながら、


「……なにはともあれ、お疲れ様。…………敏也」


「! ……ああ。お疲れ、紫苑」


 観客席に向け、胸の前で控えめに手を振る紫苑から届いたその声に、敏也は極めて穏やかな声音で応えるのだった。




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