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双天の共鳴者  作者: 月山
第二章-1「キメラ襲来」
37/126

戦いの前に


「なにかしら、この人だかりは……」


 戦修学園の生徒会長――天埜春美は呆れたように呟いていた。

 首を傾げた拍子に、柔らかそうな栗色の長い髪がぴょこっと揺れた。


 久々に放課後に空き時間ができ、しかし外は雨天、それに加え友人と予定が合わなかった彼女は「どうせなら魔動機の運用訓練でもしてこよう」と思い立った。

 そして、魔動機専用の屋内演習場――対魔素材と呼ばれる高強度の装甲素材で全ての壁を造り、それによって強靭な耐久力を誇る広大なアリーナへと赴いたのだ。


 だが、そんな彼女を待っていたのは――

 人、人、人。

 どこを見渡しても人ばかり。見学者が待機するための、アリーナの二階部分に設置されている強化ガラスに覆われた観客席には人がごみのように溢れている。これほどの人がこのアリーナに集中するなど、滅多にあることではない。


「いったい、なにが……」


「――春美会長……? こんにちは」


 と、困惑していた春美の耳に、ごみごみとした空気の中でも聞きなれた可愛らしい声が微かに聴こえてきた。そちらを見やると――


「――エリーネちゃん?」


 こちらに向け、朗らかに笑いかけ、小さく手を振っているエリーネがいた。

 彼女は観客席の最前列に陣取り、その隣には彼女の友人たち――神堂寺マサル、八咫神奈々、そして何故か春美の弟である天埜大河がいた。


 春美は観客席の通路を行き交う人を避けながら、彼らに近づいて行く。

 彼らは春美が近くまで来ると会釈をし、


「お久しぶりです、春美会長どの。いつも敏也とエリーネ嬢がお世話になっているようで……」


 まるで二人の保護者であるかのような口ぶりのマサル。


「いやいや、まったくだねぇ。お久しぶりっす、はるみん♪」


 次は、相手は年上であるにもかかわらず、やたらと砕けた感じの奈々。


「ね、姉さん!? なんでここにっ!?」


 そして、頬を引き攣らせながら困惑している大河だった。


「こんにちは、みんな。マサル君と奈々ちゃんは本当に久しぶりね。――あと大河、あなた、どうしてそんなに怯えているのかしら……?」


「う、ううん、なんでもないんだ。なんでも、……ハハ」


「ふぅん……?」


 春美の粘つく追及の視線から顔を逸らし、大河は冷や汗を流していた。

 と、その時、

 ワアァァァ――と、アリーナが湧き立った。その歓声に驚いた春美はびくっと身体を竦ませ、その原因を求めて辺りを見渡した。

 すると、


「――紫苑?」


 薄紫色に全身を染め上げた機体が――紫苑専用にカスタマイズされた第三世代魔動機『レガリア type-S』が、魔動機用の搬入口から歩いて入場してくるところだった。

 しかも、対魔剣を両腰部に装備、両腕部にアームガードを装着、バックパックの追加装備は外され機体の軽量化がされているといった、明らかに近接偏重のフル装備だった。


 それを見た春美はくるりと大河のほうを振り向くと、その頭を両手で挟むように掴み、ギリギリと締め上げた。


「た~い~が~? これはいったい、どういうことなのかしら? どうして紫苑は、あんなにガッチガチに近接装備だけで固めているの? いくらアリーナ内では火器厳禁だとは言っても、限度というものがあるでしょう? もしかして、師匠である私に何の断りもなく決闘でも始めようって腹なのかしら?」


「いたたたたっ! 待って姉さん! 僕は、僕は悪くないんだっ! これは紫苑が……勝手にぃぃっ!?」


 痛みで叫びをあげている大河を見かねたのか、エリーネが困ったような表情で春美に話しかけた。


「本当に弟さんのせいではありませんよ、春美会長。……成瀬さんが、大神くんに決闘を挑んだんです。こんなに人がいるのも、その情報がその場にいた人伝に漏れてしまったからでして……」


「っ……紫苑が……っ!?」


 パッと手が離れ、大河の頭が投げ出される。すると彼はそのまま床に、ゴトッ、と音を立てて崩れ落ちた。

 見ると、大河は口からブクブクと泡を吹いている。いったい、どれだけの力を込めて締め上げていたのだろうか。

 しかし、春美はそれには目もくれず、焦燥に暮れていた。


「紫苑ったら、まだあれを怒っていたのね。……勘違いだって何度も言ったのにっ」


「春美会長は、原因を知っているんですか? ――昼間聞いた話だと、大神くんがあなたに何かしたそうですが……」


「……えっと……」


 エリーネに問われた春美は気まずそうに目を逸らすと、少しだけ頬を赤に染め、人差指と人差指でいじいじしながら、


「……その……この前、敏也君にちょっと相談事をしてね? その時に泣いちゃって……敏也君はわたしを抱きしめながら慰めてくれたんだけど……泣き止んでワタワタしてたところをタイミング悪く紫苑に目撃されちゃって……敏也君がわたしを泣かせたんだと誤解されちゃったの……」


 えへへ、と春美は照れくさそうに笑っている。が、マサルと奈々は身を震わせていた。

 その原因はなんてことはない――隣の席に座っているエリーネから揺ら揺らと怒気が漂ってきているからだ。


(敏也よ、お前はなんと軽率な真似をしているのだ! 恥を知れ!)


(敏ちん、何やってんのさぁ! 知られたら怒られるようなことしないでよぉ!)


 内心で、敏也に対して怨嗟と非難を絶叫する二人。

 エリーネは底冷えのする声で問う。


「……春美会長。それは、いつのことですか?」


「えっと、確か……あなたたちが実地訓練から帰ってきた日かしら?」


「……そうですか」


 ふふっ、ふふふっ、と顔を俯かせた状態で笑っている。長い銀髪で顔のほとんどが隠れていて表情が見えないが、絶対に邪悪な笑みを浮かべているのはわかる。

 怖い、恐ろしい。今にも爆発しそうな爆弾が目の前にあるかのようだ。いや、実際彼女は爆弾だろう。敏也に限定して被害を及ぼすものではあるが。


「まったく……大神くんったら。死地から舞い戻ったその日に盛るだなんて……節操無しなんですから、ほんとにもう……。別に、彼が誰とどうしようが構いませんよ? ええ、構いませんとも。ですが、それでも……何でしょうね、この衝動は」


 エリーネは苦しそうにしながら、胸に、ギュッと握った手を当てる。

 マサルと奈々、春美が顔を突き合わせ、小声で「殺戮衝動では?」「うんにゃ、単純に殺意っしょ」「愛が憎しみに、ってやつかしら?」と言っているが、怒りに染まった彼女の耳には届かない。


「――――とりあえず、お仕置きでしょうか。ふふふふ、腕が鳴りますね♪ 久しぶりですから、うっかり加減を間違えてしまいそうです。……ふふ」


 言いつつ面を上げる彼女の瞳には、ギラリ、と妖しい光が灯っていた。それは殺意であり、失意でもある。

 もし紫苑との決闘に生き残れたとしても、今日が彼の命日となるであろう。


 未だに不気味に笑い続けているエリーネを三人は呆れた様子で眺めつつ、


「……罰則の準備をしておいたほうが良さそうね。当事者としては少し心が痛むけれど」


「同感です、春美会長どの。特に敏也にはたっぷり用意しておいてくだされば、なお幸いです」


「うん、敏ちんはそれだけ罪深いからね。ちっとは反省した方が良いっしょ」



 それからしばらく――

 敏也はいつまでたってもアリーナに現れない。観客席にも動揺が走り始めている。

 だが、紫苑機はその場で微動だにせず、敵の到来を待ち続けていた。


「……敏也君、どうしたのかしら? 彼の身に何か……?」


「エリーの呪詛の念が届いて、呪い殺されちゃったんじゃないですかぁ? 遠隔で呪い殺す魔術なんて聞いたこともないですけど」


「……ふん。あり得ない、と言えないのが恐ろしいところだ。先ほどのエリーネ嬢の取り乱しっぷりを見るとなおさら、な」


「え? そんなに凄かったの? 僕、気絶してたから見てないけど……」


「神堂寺くん、適当なことを言わないでください。私は別に取り乱してません。私はいつだって、どんな時でも冷静です」


(いや、それはない)


 マサル、奈々、春美はそう思っていた。ただ、大河だけは新参なため、疑問符を浮かべながら不思議そうにしている。


 とその時、アリーナの校舎側の扉が勢いよく開き、大きな音を鳴らした。なにごとか、とアリーナ中の視線がそこへと集中する。

 そこにいたのは、竹刀袋を左手で抱え、息も絶え絶えで膝に右手をついている敏也だった。


「……はぁー……はぁー…………っ……間に……あった……?」


《……間に合ってない。遅すぎる。バカトシヤ》


 レガリアに乗って待ち続けていた紫苑が、最高に不機嫌な声で答えた。


「……はぁ……はぁ……すまん」


《……どうして遅れたの?》


「……これを……っ……取りに行ってたんだよ」


 そう言い、前方に、横にして突き出したのは竹刀袋。それを紫苑機のツインアイが不思議そうに見つめている。いったい中には何がはいっているというのか。

 それを知っているのは――



「……あれは――まさか!?」


 エリーネが観客席から立ち上がりつつ、驚愕の声を上げた。

 それを受け、マサルは敏也の手荷物を訝しげに眺める。


「あの時の敏也の刀……か? わざわざ取ってくるなど、それほど強力なのか、あれは?」


「……強力なんてものじゃありません」


「どゆこと?」


 奈々が伺う。エリーネは眉根を寄せ、敏也を批難するような目つきになり、


「……あれは、第三交易都市での戦闘で見えた第三世代の装甲を、いとも簡単に溶断せしめた刀です」


 それを聞いたその場にいた四人が息を呑んだ。まさか――と、全員が思っている。


 敏也の持つ刀の名称は、『炎刀・灰神』。敏也とエリーネが関わっている実験で試験運用されている術式『ギア』が戦いの中で生み出した、詳細不明の魔刀である。


 魔動機の装甲は対魔素材で造られた強固な装甲で覆われている。その装甲は物理攻撃に高い耐性を持ち、魔力を拡散させ、魔術師の放つ術式の威力を大幅に減衰させる能力を備えている。


 そんなものをあの刀は簡単に斬り裂き、破壊できる――それは、あまりにも強力すぎる。少なくともこんな場で使用していいような代物ではないだろう。そもそも、あれはある場所に預けていたはずだ。

 が、


「でも、心配無いわよ、エリーネちゃん」


 穏やかで朗らかな声が全員の耳を駆け抜けた。全員が一斉にその声の発し主である春美を見やった。

 彼女は穏やかな笑みを湛え、アリーナの中心で対峙している二人の様子を楽しそうに見降ろしている。


「どんなに強力な武器を持ってこようとも、紫苑の動きに着いていけなければなんの意味もないわ。だって紫苑は簡単に斬らせてくれるほどやわな鍛え方はしていないから。――あ、でも、もちろん敏也君が交易都市での戦いを経験してどれくらいカッコ良くなったかは見たいけれど、ね?」


 イタズラっぽくウインクしながら春美は言った。


「で、でも、姉さん。敏也君は魔術師なんだよ? 肉体強化を使えば紫苑のスピードにある程度はついていけるだろうし、攻撃魔術で撹乱されたら――」


「その点は、心配しなくても大丈夫よ、大河。敏也君は攻撃術式を使えないから。そうよね、エリーネちゃん?」


「……ええ、そうですが。……それでもあの刀は――」


「それにね、エリーネちゃん」


 エリーネの言葉を遮り、そして、


「敏也君はこんな衆目の場でカッコがつくほど、星の巡りが良くないでしょう?」


 うふっ、と笑いながら、敏也を上機嫌に罵った。



《――真っ赤な刀》


 竹刀袋から取り出され、巻かれていた麻布を取り除かれた後に残ったのは、刀身が真紅に染まった荘厳な刀だった。


《……それが、あなたの切り札?》


 紫苑が戦慄したように問う。その声色からは、今まで出会ったことのないタイプの敵に対しての警戒心がありありと伝わってくる。


「――ああ、そうだ。これさえあれば、お前を倒せる」


 それを聞いた観客たちは「おおおお」と湧き立っている。仮にも魔動科二年生で上位の成績を誇る紫苑に対し、つい先日までは総合成績の下位争いをしていた敏也が「倒せる」などと豪語したのだ。みな、期待に胸を膨らませている。


「――じゃあ、いくぞ」


《――ッ》


 敏也がそう言いながら刀を両手で身体の前に構え、それに反応した紫苑が瞬時に両腰から対魔剣と呼ばれる対魔素材で造られた剣を引き抜き、前方にクロスさせて構える。

 そして、


「――燃えろっ! 『灰神』!!」


《……来るっ》


 身構え――

 ……。

 何も起こらない。


 アリーナは物音ひとつなく静まりかえり、誰もがポカンとした表情で固まっている。


《…………ト~シ~ヤ~》


 怒りに満ちた声。

 紫苑機のツインアイが搭乗者の怒りを体現するようにビカッと光り、敏也を睨みつけている。魔動機の関節がギシギシと軋み、そのせいか、鉄の塊がまるで怒りに打ち震えているように見える。


「あ、あっれ~?」


 敏也はとぼけた調子を装いながら、不思議そうで、焦ったような表情をして刀を見つめている。いくら力んでも、一向に刀は燃え上がらない。第三交易都市の戦闘では、魔力さえ込めれば猛々しく燃え盛ってくれたというのに。


「敏也―。なにやってんだー」


「あはははは、なにあれー。かっこるーい」


「魔術科ならもっとしっかりしろよ、大神ー」


「いいぞー、半端もんー。もっとやれー」


 様々な野次が飛ぶ。

 アリーナは笑いに包まれていた。もちろん間抜けな敏也によってである。



「ふふ、ふふふふふ、敏也君ったら、本当に……っ……期待を裏切らないわね……っ」


「あやつめ……少しは成長したかと思えばこれだ。……情けないっ」


「敏ちん……わたしゃあ言葉も見つからないよ。……つーか、エリーが不憫過ぎて……」


「と、敏也君って……斬新な人だねっ!?」


 四者四様のリアクションだった。春美は手で口を覆い身体をくの字に曲げることで堪えつつも笑いを洩らし、マサルは苦々しい表情で容赦なく貶し、奈々は笑い者にされている彼のパートナーである不憫なエリーネに同情し、大河は気を遣えているのかいないのかよくわからないフォローを入れている。


 そして、肝心のエリーネはというと、


「っ!! ――大神くん!! あなたはっ……いったいどれだけ情けない姿を晒せば気が済むんですかぁ!?」


 強化ガラスに怒りの形相で張り付いた彼女が発した怒号がアリーナに響き渡る。



「うひぃっ!?」


 その怒号を聴いた敏也は身を竦ませた。単に驚いただけではない。これまで彼女によって身に刻まれてきた屈辱や痛みが、その一声で脳裏に再生されてしまったからだ。

 恐る恐る振り返り、上方の観客席を見やる。そこには――


「……っ! ……っ!」


「……うっわぁ……」


 修羅の如く険しい表情をし、獣のように唸りながら敏也を睨むエリーネがいた。時折、ダンッ、ダンッ、と強化ガラスを素手で殴りつけている。


 彼女は肉体強化が使えないという、敏也とはタイプは違うが『半端者』と呼ばれる存在である。しかし、この調子ならいつか強化ガラスを拳一つで破ってしまいそうだ。


 きっと、彼女はなんだかんだ言いつつ敏也に期待してくれていたのだろう。

 だが、それを敏也はこうもあっさりと裏切ってしまった。しかも、多くの生徒たちの笑い者になるという最悪の形で。


(……俺って、なんでこんななんだろう……)


 敏也は盛大に溜息を吐きながら、肩を深く落とした。

 もう、今すぐエリーネの眼前に飛び込んで土下座してしまいたいくらいに落ち込んでいる。たとえ彼女に蹴られたって踏まれたって文句は言うまい、と思えてしまえる。


 と、そこへ、紫苑が祝辞を述べた。


《……トシヤ、あなたは最低だと思う。――いえ、最低を突破していると思う。……おめでとう。あなたは実にすごい存在だと思う》


「……嬉しくねぇよ。てか、傷口を抉るのはやめてくれ……」


 敏也は項垂れている。だが、紫苑はさして気を遣うこともなく問いかける。


《……結局、今のはなにか不具合があった、ということでいいの?》


「……たぶんな」


《ふうん……》


 紫苑はさほど興味がない様子で相づちを打つと、


《……それは、きっとあなたに足りないものがあるから》


「へ?」


《……魔動機だって同じ。どこか配線が断裂してたり、パーツが足りなかったりしたら、ちゃんと動いてくれない。だから、今のあなたも、きっと何かが足りないんだと思う》


「……紫苑」


 紫苑は敏也に助言をくれていた。あんなにも毛嫌いしていた敏也にだ。なぜそうしてくれたかはわからないが、それは今考えることではない。


 今、自分に足りないものとは?

 第三交易都市での戦い――あの時、自分には何があった?


(そんなの、決まってるな)


 エリーネがいてくれた。すぐ傍に、暖かな存在がいてくれた。それがどうしようもなく心を満たし、恐怖で凍てついていた身体を解してくれた。

 そして、自分とエリーネの胸に埋め込まれた術式『ギア』。

 博士が言うには、人の可能性を伸ばす力。それが、あの時は発動していた。


 なら、今は無理なのかもしれない。この魔刀に頼ることはできないのかもしれない。


(……違う。そうじゃない)


 ――力無く垂らしていた左手を少しだけ持ち上げ、その手のひらを見つめる。


 物に頼っては駄目なのだ。あくまで魔刀と術式『ギア』は道具。

 自分が強くなるためには、エリーネを護るためには、自身の力で戦い、道具を制御し、一歩一歩成長していくしかないのだ。

 敏也は手のひらから視線を外し、もう一度エリーネを見やる。


 彼女はまだ怒っている。そんな彼女を奈々と春美がなんとか諌めようとしているが、それでも強化ガラスにへばり付いて離れようとしないようだ。

 だが、なぜだろうか。

 その姿が、その必死さが、どうしようもなく愛らしく見えてしまうのは。


(まったく……相変わらず怒りんぼだな、お前って……)


 敏也はなんだか可笑しくて笑ってしまっていた。少しだけ顔を伏せ、笑いに堪える。その笑いは無邪気で、幸せそうで、満たされているものだ。

 その表情で再度エリーネを見やる。


 ――すると、彼女は赤い顔のままで固まってしまった。そんな彼女の脇にいた奈々と春美は、彼女の顔を不思議そうに覗きこんでいる。


 彼女がどうして突然固まってしまったのか、それが何故なのかは敏也にはわからなかった。だが、彼女を見ていると心が温まり、どこか安心するのだ。

 今は、それだけで十分だった。

 彼は、紫苑機に向き直る。


「――紫苑、悪かったな、変なことになっちまって。でも、ここからは真面目にやるよ」


《……いいの? あなたは万全の状態ではないのに》


「いや、万全だよ。――もう大丈夫だ」


 ニッと笑い、不敵に佇む。そんな敏也を紫苑はじっと見て、小さく笑いを零していた。

 そして、珍しく感情の――喜びの込められた声で言う。


《……ふ、いいよ、トシヤ。そういうことなら、本気で相手をしてあげる。……ううん、違うね。本気で相手をして、トシヤ》


「ああ、――いくぞ!」


 一体の魔動機と、一人の魔術師が前方に駆け出した。

 それを合図に、会場は再び湧き立つのだった。




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