天埜大河
敏也たちに忘れられていた紫苑は、元から吊りがちな目尻をさらに不機嫌そうに吊り上げていた。
「その……俺たち、お前を無視するつもりはなかったんだぞ、紫苑」
「そ、そうですよ、成瀬さん! 私たちは悪気があったわけでは……」
「……ふぅ……まあいい。仕方ないから許す。――エリーネだけは」
「あの……紫苑さん? どうして俺だけ許してくれないんですか?」
「……言わなければわからないの? そこまで知能が低いの? そんなことだから情欲に脳が支配されて師匠に襲い掛かったりするんじゃないの? そんなあなただから――」
「成瀬さん、少しだけ待ってあげてください。今、教室中からの殺意を受け流すために大神くんが弁明を始めていますから」
と、言われた紫苑が呆れた風なエリーネの視線を追うと、そこにはギラギラとした視線で敏也を見る者たちが教室の中ほどで徒党を組み、ヒソヒソ話をしていた。
しかも、その全員が魔術科生である。その一方では、取り残された魔動科生たちがそれが何事か理解できず、各々教室内で立ち尽くしている。
そして、そんな魔術科の群衆の目前には、手をあたふたさせている敏也が居た。
「え、なに、敏也そんなことしてたの? 普段はやる気なさそうにしてるくせに」
「そっちのやる気はあったってことっしょ? マジうけるわ」
「それ、うまく言ったつもり? ものすごくつまんないからね」
「んなことより、そういうことしたって事実のほうが問題だろ?」
「ひっどーい。そんなことするような人じゃないと思ってたのに」
「おい、大神っ! てめえ、エリーネにあんだけ構われてるくせに何やってんだよ!」
「半端半端と思ってたけど、やる時はやるやつだったんだな」
「おいおい、相手は誰だよ。『師匠』ってだけじゃわかんねーぞ」
「さあ? あの紫苑って魔動科のやつから辿っていけねえかな」
「この際魔動科のやつでもいいや。おーい、誰か、情報に聡いやつはおらんかねー」
「ほいほーい、そこはこのあっし、八咫神奈々に任せてもらいやしょう」
「頼もしいな、奈々! さあ、マルホシの交友関係を洗いざらい吐くんだ!」
「いつかやると思ってました!」
「おいこら、待てや! 面白がって話を膨らますな――ていうか、なんで八咫神まで混ざってんだよ! 戻ってこい! ――あと最後のやつ、里中ぁ! お前、それ言ってみたかっただけだろ! そもそもな、これ全部誤解だから! もし噂にでもしたら、一人一人闇討ちかけるからな!!」
「お前、俺たちに勝てんの?」
「近距離でしか戦えないお前が?」
「やだあ、敏也ってば。何言ってんのよ。あんた、私にだって勝てないじゃないの」
「そういや、あんたが敏也と戦った時、五発目くらいで腹にヒットしたよね?」
「あたしの時は七発目だったなあ。攻撃を広範囲にばら撒くと楽だよね」
「特に、烈風とか仕掛ければ吹っ飛んでいくよな、面白いくらいに」
「あー、障壁張らないとああなるんだなー、って勉強になったよな、あの時は」
「はは、諦めろ、大神。お前じゃ、気配察知された瞬間即お陀仏だ」
「……お前らなあ……」
「あ、やばい、こいつ……キレるぞっ!」
「別に暴れてもいいけどさー、机とか壊さないでよー? 敏也ー」
「あれ? 今回はエリーネとの喧嘩抜きで罰則になりそうだね。実に珍しいじゃないか。いやはや、敏也とエリーネの喧嘩はもはや魔術科の名物と言っても過言ではないのに、これは由々しき事態ではないかいっ!?」
「――ちょっと、里中くん、それはどういう意味ですか? まるで私と大神くんがセットみたいな言い方に聞こえるんですが。――頭を出しなさい。焦がしてあげますから」
「うわっ!? 思わぬところに火種が……――南無阿弥陀仏。里中よ、安らかに眠れ」
「「「南無南無」」」
「ギャー」
いつの間にか元の位置に戻り、その様を遠巻きに眺めていた敏也が言う。
「……おーい、エリーネ~。そろそろやめとかないと、槇ちゃんがキレるぞー。戻ってこーい」
呼び掛けられたエリーネは、頭から煙を上げている里中の胸元から手を離し、
「――あなた、なに他人事みたいな顔してるんですか? そもそも、最初に怒りそうになってたのはあなたじゃないですか、大神くん!」
「いやだって……里中の頭を目の前でアフロにされちまえば嫌でも冷静にもなるって」
「さ、里中ー! 傷は浅いぞ、しっかりしろー!」
「ぐふっ、す、すまない……おれは……ここまで、みたいだっ。あとは……ま、かせ…………た」
「里中ーーーーッ!! アフロになっただけなのにどうしてそこまで苦しんでるんだー!」
「――よし、ふざけるのはここまでにして、真面目に班分けするぞ!」
「そうね。槇ちゃん、さっきから眉ピクピクさせてるし。そろそろ爆発しちゃいそう」
「ううん、わたしたちの若さに嫉妬してるってこともあるんじゃないかな?」
「……あんた、それ目の前で言ってきなさいよ」
「嫌よ。わたしは里中と違って馬鹿じゃないから。――って、うわ、聴こえちゃったんじゃない? 槇ちゃんこっち睨んでるよ目が光ってるよ!」
「そろそろ本気でやばいな。あの顔は『そろそろやめないとぶち殺しますよ』だ」
「じゃ、解散するか。魔動科のやつらも頬を引き攣らせてるしな! はっはっは」
「ふふん、おれたちの強さに恐れ戦いているようだね! 見なよ、彼らの怯えた顔を!」
「……いや、引かれてるだけだからね。勘違いしないでよ」
「……ツンデレ?」
「違うわ!」
「ごふっ」
「里中ー! 瀕死なのにどうしておれの腕の中でボケてツッコミを入れたんだ里中ーっ!」
もはや阿鼻叫喚。止めようとする者がいないため、魔術科の誰も彼もが暴走していた。
と、そこへ、
「騒ぐのはそのくらいにしておけ。みっともないぞ」
今まで席に座ったまま窓の外を眺めていたマサルが、頬杖を着いたまま面倒そうに横顔と視線を向け、喧噪の中でもよく通る声で一言を発した。
すると、
「神堂寺がそう言うなら仕方ないな。……別にビビったわけじゃないぞ!」
「そうねー。――ったく、あんたたち、あんまりはしゃぐんじゃないわよ!」
「お前がそれを言うか? 馬鹿じゃねえの? むしろ、馬鹿?」
「――あん? やるか、こら。舐めんなよ、この低ランカーがっ」
「あ? んなの所詮総合成績順で、強さの序列じゃねーだろ? やっぱ馬鹿だな」
「……言ったわね、この減らず口っ。一組で四番の実力、存分に見せてあげるわ!」
「やめろやめろぉ! やめるんだ、君たち! 二人とも馬鹿か! 争いは何も生まないんだ! ほんっと、君たちは馬鹿だな! さあ二人とも、今すぐ冷静になるんだ! せっかく場が収まりそうなときに――ってごほぁっ」
「さ、里中ーーーーっ!」
と、口々に言いながら、自分たちが元いた場所へと戻っていった。そして、再び魔動科の生徒たちと対峙し、不穏当な雰囲気が満ち始める。
恐らく、皆、不安だったのだ。
今まで敵として相対してきた魔動科生たちと『仲間』として向き合うことが。
だからこそ、敏也たちの珍態をこれ幸いとして乗りに乗り、騒ぎ立て、揺れる心を誤魔化そうとした――そんなか細い、子供じみた足掻きだったのだ。
それにまんまと利用されてしまった敏也とエリーネ、そして奈々も、紫苑が仁王立ちしている席の近くへと戻ってきた。
「――で、結局こちらの女性が我々の班に入るのか?」
マサルの言葉を聞いた紫苑は、敏也を半眼で睨めつけ、
「……オオガミトシヤがいるなら拒否する」
「お前はいったいこちらの女性に何をしたのだ? 敏也よ……」
「こいつには、なんもしてねえって。――なあ、待ってくれよ紫苑! ほんとっ、申し訳なかったと思ってるから! 二度としないからさ、許してくれよ」
「――と、言ってますが。どうします? 成瀬さん」
いつの間にか呆れ顔になっていたエリーネが二人を見ながら尋ねる。
が、
「……絶対に、イヤ。師匠の敵は私の敵。つまり、トシヤは敵」
「だから……悪かったって言ってんじゃん……」
彼女は不機嫌そうな顔で言うと身を翻し、悲嘆にくれる敏也をそのままに、その場を去ろうとした――その時だった。
「す、すみま……せん……っ! はぁ……はぁ……魔動機の……はっ……整備してたら、遅れちゃって……っ……あれ……?」
教室のドアを壊すかのような勢いで開き、肩で息をしながらの人物が姿を現した。
――ボサボサの栗色の髪、 眼鏡、童顔で垂れぎみの目、平均よりも低い身長、弱々しい声。性別は服装や声からしておそらく男。
そんな彼を見た敏也の眉根が寄り、その表情が思案顔になった。
(? 誰かに似てるような……)
ちらっとエリーネを伺ってみると、彼女も不思議そうな顔でその人物を見ていた。どうやらエリーネにも見覚え……というか、誰かに似ていると思っているようだ。
突然の闖入者に教室が静まり返っていると、今まで事態を静観していた槇ちゃんが、
「遅いですよ、天埜君。時間に余裕を持って行動しなさい。以後、気をつけるように」
「……すみません。…………?」
槇ちゃんが彼を叱責した。彼は謝った。だが、彼は不思議そうな表情を浮かべ、教室のある一点を見つめ始めた。
彼の視線の先にいるのは――敏也。よろめいた身体が机にぶつかり音を立て、震える人差指で『天埜』を指し、口をわなわなさせ、表情を驚愕一色に染め上げている敏也である。
敏也の脳裏に、天埜春美が以前言っていたことが断片的に過る。
――休日……魔動機……ハッスル!
「っ……異常性癖者ぁぁぁーーーーー!?」
「え……ええぇえっぇぇぇぇえぇえー!?」
教室に二人の叫びが響いた。
◆
「うぅ……ひどい……。僕、これからどんな顔で学園生活をおくればいいのさ……」
「……いや、ほんとにすまん。あまりにも驚いたもんだから、つい。…………とりあえずさ、お前、うちの班に入らないか?」
「……うん、いいよ」
「……いいのかよ」
しくしくと天埜くんは泣いている。彼の放つ雰囲気は、もうこの世の終わりだとでも言いたげだ。しかし、彼が泣いてしまうのは、無理もないことだろう。
彼はこれから先に待っているはずだった華々しい学園生活を『異常性癖者』のレッテルを貼られて過ごすことになったのだ。一部の男子からは羨望の眼差しをもらえるかもしれないが、女子一同からは冷たい罵倒と視線をいただくことになるはず。
それは、あまりにも救いがない。
(強く生きてくれ……! お前ならきっと大丈夫だから)
敏也は無責任にもそんなことを考えていた。いずれ、エリーネから天罰が下るであろう。
彼のいる席の周りには、エリーネ、マサル、奈々、紫苑が集まっている。そして――
「……大河。不本意だけど、とりあえず挨拶して」
敏也への敵対心を必死に押し殺し、無表情を装った紫苑が無情に急かした。
少しは気を使ってあげてほしいものだ。彼は新たな業を、よりにもよって他者の手によって背負うことになった直後なのだから。
それを受けた彼は泣き顔になっていた表情を引き締め、
「くすん……う、うん。――こほんっ。……はじめまして、みんな。僕は天埜大河っていいます。搭乗機は第二世代魔動機メシアの改修機。元々は紫苑と班を組んでた相棒で、生徒会長である天埜春美の……一応、弟です」
「! やはり、あの御仁の弟か。よくよく見てみれば、どこか面影があるな」
「へ~、確かにはるみんに似てるねぇ。その髪の色とか♪ ……ボサボサだけど」
マサルと奈々が納得したように頷きながら大河を値踏みしている。その視線を受けた大河は恥ずかしそうにはにかんでいた。
と、大河は急にはっとすると紫苑のほうを向き、
「そんなことより――紫苑っ、君、やっと自分から人に関わることができるようになったんだねっ!? ――感動だなぁ……知らない人には威嚇しかできなかった君が……ぐすんっ」
なにやら一人で感無量といった感じだ。終いには鼻まで啜っている。この他者を寄せ付けぬ突っ走り感、まさに生徒会長の弟さんといったところだろうか。
(というか、マジで人見知りなのか紫苑って。いろいろあったから、俺たちはそんな素振り見たこと無かったけど……)
内心で、紫苑の知らない一面に対して感慨深げな思いを抱く敏也。
だが、
「……勘違いしないで、大河。私はこの下種であり、屑であり、ゴミでもあり、塵芥でもある、――そんな家畜以下の存在に話しかけられただけ」
無表情で敏也を、ビシッ、と指差し、彼女は言った。
その物言いを受けた敏也は「うぐはっ」と呻いて机の上に寝そべるように蹲った。彼女の言動がよほどショックで骨身に染みたらしい。
そんな彼の頭をエリーネが、優しげな表情を浮かべながら「よしよし」と撫でていた。
どうも最近、彼女の敏也に対する態度が軟化してきているようだ。以前なら、こんな場面では憮然とした態度で便乗し、罵倒してきたであろうに。
そんな敏也を尻目に、他の面々は挨拶を交わし始めた。
「とりあえず、自己紹介済ませちゃおうよ。――わたしは八咫神奈々ね! たいちゃん、しおちゃん、よろしくぅ☆」
「……たいちゃん?」
「……しおちゃん?」
相変わらず非常にうざったい態度で自己紹介した奈々。大河と紫苑は呼びなれない渾名に困惑している。そして、
「……。……神堂寺マサルだ。二人とも、よろしく頼む」
そんな奈々に唸りながら半眼を向けた後、マサルが至極普通に挨拶した。
「私はエリーネ・フリートハイムです。成瀬さんには、以前お世話になりましたね。天埜くんも、これからよろしくお願いします」
エリーネは敏也の頭を撫で続けながら自己紹介した。そして彼女は続けて、
「この人は大神敏也です。……今はちょっと電源が落ちているようですから、使い物になりませんけど……」
「……よろしく……」
突っ伏している敏也が、泣きそうなほど弱々しい声で続いた。未だに復活の兆しは見られない。さっきの罵倒が、よっぽど心に来たらしい。
と、そこで、
「……待って。自己紹介はしたけど、私はこの班に入るとは――」
紫苑が苦虫を噛み潰したような表情で何かを言おうとした。だが、
「あはは、何言ってるのさ、紫苑! 君みたいなコミュニケーション能力に乏しい子が、せっかくの誘いを断っちゃだめでしょ? ――いいね? 紫苑」
「……」
大河は笑顔なのにどこかそら恐ろしさを感じる雰囲気で言いながら、紫苑の背後に回り込み、手で彼女の口を塞いでいた。
そして、肝心の紫苑はどこか不服そうに眉根を寄せてはいるものの、なぜか彼に逆らおうとはせず、大人しく頷いている。
そんな様を、敏也は涙目のまま、机に顎を乗せた状態で見やりながら思っていた。未だに頭は撫でられ続けている状態だが。
(なんか、春美さんと同じ臭いを感じるな……)
自分の言い分を押し通そうとするところとか、紫苑をなんだかんだで手玉に取ってしまうところとか。ひょろっとしているように見えて、彼は意外としっかりしているようだ。
大河は紫苑の口から手を離すと、にこやかな笑顔を彼女に向け、促す。
「ほら、紫苑。自己紹介して」
ようやく解放された紫苑は、恨みがましい目で大河をたっぷり二秒睨み、その後無表情に戻ると、淡々とした口調と声音で自己紹介を始めた。
「……成瀬紫苑。魔動科。搭乗機はレガリアのカスタム機。……よろしく」
「ちょっと、紫苑ってば! もっと愛想良く――って、それより、ちゃんと機体名言ってよ! 『レガリア type-S』ってさ! せっかく僕が名付けてあげたのに!」
「……やだ。恥ずかしい。由来を聞かれたら顔から火が出そう」
「紫苑の名前から『S』を取っただけじゃない! 何が不満なのさっ」
「……全て。私の要求スペックを何一つ満たしていない。最悪の欠陥機、アレは」
不機嫌そうに顔を逸らしながら彼女は言った。それを聞いた大河はショックを受けたようで、涙を滂沱と流しながら頭を抱え、
「うわあぁぁっぁああ!? 仕方ないじゃないか! 設計から始めて組み上げるほどの予算は貰えないんだからぁ! 追加装備と微調整が精々だよ!」
「ほう、大河……でいいか? ――お前は、魔動機のカスタマイズができるのか?」
マサルが驚いた様子で問いかけた。
「ぐすっ……。う、うん、一応ね。……姉さんの相棒の人や本職の技術者に比べたら、まだまだだけど……」
「ほへぇ~、すっごいね~。第三世代が生産され始めてまだ一年も経ってないのに、もう追加装備やら微調整ができるなんて。いやいや、マジですごいよ」
奈々が目を輝かせながら絶賛していた。そんな彼女を見たエリーネは、意外なものを見たような顔をしている。
「八咫神さんがそこまで褒めるなんて、よっぽどのことなんですね?」
確認するような口ぶりで話しかけた。
すると、奈々は「まずった……」とでも言いたげな表情をした後、
「……あ、うん。魔動機ってさぁ、結構複雑な構造してるし、前時代の兵器とはまた違った配線やら機構があるからさ、いろいろと面倒なんだよぉ」
「そうなんですか……。でも、どうして八咫神さんはそんなことを知ってるんです?」
「……あ~、わたしの親、一応……魔動機の技術者だから……。あの人たち、第二世代の開発あたりから関わってたらしくてさ。ちっさい時にいろいろと……ね」
「そ、そうなの!?」
突然、大河が喰らいついてきた。まるで、飢えた魚が目の前に餌の付いたルアーを投げ入れられたかのようだ。その豹変っぷりに、この場にいた全員の視線が大河に集中した。
そんな彼を見た奈々は若干引き気味で、
「う、うん、そうだけど……?」
「いいなぁ! 親が技術者だったら、いろいろ聞けるのに! マニュピレーターの硬度を維持したまま、可動範囲を柔軟にするためにはどうすればいいのか、とかさ。だって紫苑ってば、いっつもむちゃくちゃな使い方して魔動機を虐めるんだもん! 『……動かし過ぎた』とか言って、右手首を捥いで帰ってくるとか、日常茶飯事だよ? 正直、勘弁してほしいよ、まったくっ! 整備する僕や、学園常勤の整備班の人たちの身にもなってほしいよね! この前なんか、体育館裏で魔動機使って乱闘騒ぎ起こしたんだよ? 僕は必死に止めたのに、ろくに説明もせずに『……友の危機』とか言いながら親指グッとして、姉さんと一緒に飛び立つしさ! ――僕の胃のほうが危機だよっ!! おまけに、魔動機の両手をオイル塗れにして帰ってきたんだよ? せっかく整備して、塗装し直したばかりだったのにっ。それに――」
と、急にスイッチが入ってしまったようで、なにやら不満やら愚痴やらを捲し立て始めた。主に紫苑への不満のようだが。
そんな彼に、敏也たちは苦笑しながら適当に「うん、それでそれで?」と相づちを打ち、その様子を見守っていた。
こういう時は食べすぎたり飲みすぎたりした時と同じで、全て吐かせてしまうに限る。
「……大河、うざい」
紫苑が小さく、いじらしく、申し訳なさそうに呟いた。
◆
それからしばらくして大河の不満暴露大会は終わりを告げ、彼は先ほどまでの自らの痴態を恥じ、小さく縮こまっていた。そんな彼を終始恨みがましく睨み続けていたのは他でもない、紫苑である。
その後、追加メンバーの名前や所属を名簿に書き記し、そのタイミングを見計らったかのように、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
どうやら他の班たちもなんとか追加メンバーを得ることができたらしく、お互いに冷や汗を掻きつつ、ぎこちないながらも挨拶を交わしていた。
だが、それは言外の圧力があったからである。
それはなにかというと、槇ちゃんだ。
敏也の淫行疑惑以後は、それまで教室の隅にいたはずの槇ちゃん先生が教壇のところに移動し、その後ずっと腕を組んで仁王立ちし続けたのだ。
そしてその目が教室のあらゆる場所をギョロギョロと睨めつけ、その顔が、その佇まいが、オーラが、「班組むのを嫌がったら、ぶっ飛ばしますよ?」と告げていた。
つまり、生徒たちに与えられた選択肢など、一つしかなかったのだ。
ちなみに、彼女は凄腕の魔動機乗りであり、仮にも当時の魔動科をトップの成績で卒業したエリートだ。普段の彼女の素振りからはそうは見えないが、怒らせると非常にまずいタイプの人間であることは、言動の端々から伺える。
そんな彼女が魔術科の担任を引き受け、座学の授業を受け持っているのは、ひとえに『魔動科卒業生が魔動科を贔屓しないようにするため』なのだ。
彼女に至ってそんな心配は必要ないとは思うのだが、数年ごとに本領ではない学科を受け持つことがこの学園の教師の慣習となっているので仕方がない。「別に左遷というわけではないので、誤解しないように!」とは槇ちゃんの言である。
彼女が何故、教師を目指したのか。何故、治安維持部隊へ行かなかったのか。何故、優秀な魔動機乗りが所属する『日本軍鬼甲部隊』に入隊しなかったのか。そこは謎に包まれている。
「はいはーい、メンバーを名簿に追加したら、わたしのところまで持ってきてくださいね。今日中にお願いしますよ。データベースに打ち込まないといけませんからね」
彼女はそう言って去っていった。そして、魔動科生たちも疲れた様子で、魔術科の教室からぞろぞろ出て行き、魔動科の教室へと帰っていった。
と、そんな時。
「……トシヤ」
「っ、なんでございましょう、紫苑さん。早く帰らなくてよろしいので?」
「……畏まらなくていい。――今日の放課後、魔動機の演習場まで来て。演習場の使用許可は私が取っておく」
「なぜに?」
「……決闘。もし来なかったら、――殺る」
「Why?」
敏也は目を点にし、声を裏返らせながら聞き返した。が、紫苑はそのまま何も言わず帰っていってしまった。
そうしてぽつんと残された彼の身体を屋内なのにも関わらず、ビュオォォォ、と冷たい風が過ぎ去っていく。
その様子を見守っていたエリーネが、
「……大神くんも、大概不運ですね」
と同情するように言い、溜息を吐いた。




