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双天の共鳴者  作者: 月山
第二章-1「キメラ襲来」
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魔動科合流


 それと時を同じくするものの、場所は移ろい、戦修学園。

 この学園では、一週間前に起こった第三交易都市でのテロ以降、一つだけ変わった事がある。

 それは、敏也たちが所属する実地訓練班・第十班の面々の、学園での扱いである。


 同級生たちからは生暖かい称賛の眼差し、後輩たちからは煌めく羨望の眼差し、上級生たちからはギラつく対抗の眼差しを頂くようになったのだ。

 理由は明白。テロに遭遇し、その解決に尽力し、見事に成功したからだ。


 おまけに交易都市から送られてきた報告書はかなり良い内容が記されていたそうで、敏也はそれまで主に実技の成績が不振であったにもかかわらず、実習の輝かしい戦績のおかげか、総合成績の中位陣へと一気に名を喰い込ませた。


 それにしても、第十班がテロ解決に関わった事は伏せられているにも関わらず、いったいどこから情報が漏れたのだろうか。


 そんな自らの現状を鑑みた敏也は、暢気な声と表情で言う。


「なんにせよ、これで路頭に迷う心配が無くなった事は喜ばしいなー」


「……あ~、敏ちん、帰る家無いもんねぇ……」


 受け答えしたのは八咫神奈々。小柄な背丈と燦然と輝く八重歯がトレードマークのぺったんこ。つまりはお子様だ。


 それはそれとして、敏也には帰る家がない。

 彼は九年前の戦争の折に起きたとある事件で家族を全て失ったため、身寄りがないのだ。ゆえに、もしこの学園から追い出されでもしたら、この歳にしてホームレス確定である。


 渋い顔をしていた奈々が、急に不敵な表情になり、


「もしそうなったらさぁ、エリーに養ってもらえば?」


「ちょ、ちょっと八咫神さん! どうして私なんですかっ?」


「え? だってエリーってば、敏ちんの関わってる実験のパートナーっしょ? 敏ちんがいなくなったら困るんじゃないの?」


 ニヤニヤしながら奈々が言う。だが、それを聞いたエリーネは真顔になり、


「彼の代わりはいくらでもいます」


 それを聞いた敏也は、この世の終わりのような表情を浮かべた。


「そ、そうなのか、エリーネ。……ごめん、なんか俺……勘違いしてたみたいだな。そっか、俺、別にいなくなってもいいやつなんだな……」


 ズーン、とでも聴こえてきそうな勢いで敏也は落ち込んでいた。肩を落とし、顔は机に着きそうなくらい伏せられている。その姿は、実に痛々しいものだ。

 そんな彼を見たエリーネは狼狽を示し、


「え、え、大神くん……? じょ、冗談ですからっ! 本気にしないでください!」


「……いいんだ。ほっといてくれ。俺、霞みでも食んで生きていくよ……」


「あぁ…………もうっ! 謝ってるじゃないですかぁっ! 機嫌直してくださいよ!」


「へっ、やだね。俺の心はやさぐれてんだよ。それにさっきのは冗談でも酷いっての。この傷は、ちっとやそっとじゃ癒せないからなっ!」


 わざとらしく腕を組み、不機嫌そうな顔をエリーネから逸らす敏也。

 彼の肩を揺すりながら、泣きそうな顔で謝り続けるエリーネ。


 そんな普段の関係とは間逆な彼らを奈々は眺めつつ、口元をニンマリと楽しそうに歪ませていた。

 と、そこへ、


「……はぁ……。いつもと変わらず騒がしいやつらだな」


 そう言いつつ、第十班の一員である神堂寺マサルが彼らの近くの席に座った。

 ――ここは彼らの教室。もうじき次の授業が始まる上、なにやら班ごとに固まって座れとのお達しがあったため、こうして集まったわけである。

 奈々が、自分の席の近くに座ったマサルを見ながら、


「やー、なんだか交易都市の一件以降、二人のパワーバランスが良い感じになってきてるみたいだねぇ? 敏ちんがエリーに謝らせる場面なんて、今まで一度もなかったじゃん?」


「……そうだな。確かに変わったな。どうやら敏也には、戦いに対する気構えのようなものと、エリーネ嬢を許容できるだけの余裕が生まれ始めているようだ」


「およ? さっすが、名家の跡取りの御酔眼は違うねぇ。そこまでわかっちゃうとは」


「茶化すな、八咫神よ。これは、我々が以前から求めていたことだろう?」


「……そうだね。――やっとだよ」


「ああ、長かったな」


 二人は満足げで、優しげで、とても暖かげな眼差しを、未だに仲良くいがみ合っている敏也とエリーネに向けていた。

 彼らは以前から、敏也とエリーネが抱える危うさをずっと危惧していたのだ。


 敏也は、いつだって何かから逃げようともがいていた。その身の内にどす黒い激情を抱えながら、心はいつだって孤独で、一人で蹲っていた。


 エリーネは、異国からたった一人で留学してきて、誰にも頼ることができず、相談することもできず、おまけに素直ではないものだから、一人で気丈に振舞うしかなかった。


 そんな彼らの友人であるマサルと奈々は、彼らの現状をなんとかしたいと思っていた。だからこそ、度々説教のような真似をして、なんとか奮い立たせようとしていた。

 そんな折、第三交易都市での激闘を通じて、敏也とエリーネの心は強く結びついた。堅く、容易には断ち切れないほどに。


 これから先、二人の心を揺るがす何かが起こったとしても、その繋がりが彼らに道を誤らせはしないはずだ。


「手間のかかるやつらだ」


「まったくだねぇ」


 二人は苦笑しつつ、それでもどこか愉快げに呟いた。


 と、その時、授業開始を告げるチャイムが校舎に鳴り響いた。廊下からは、教室外にいた生徒たちがバタバタと慌てながら教室に駆け込む音が聴こえてくる。

 そして、どうやら彼らの担任の槇ちゃん先生が来たようだ。教室のドアが開き、


「はいはーい。みなさん、席についてくださいねー」


 いつもと変わらず元気な槇ちゃんはそう言いつつ、教壇のところまで歩いて行く。

 彼女の声を聞いた生徒たちは皆しぶしぶ席につき始めた。

 もちろん、先ほどまでキャンキャン喚いていた敏也とエリーネも、お互いに頬を不機嫌そうにぶっすーっと膨らませた状態で手近な席に座っていた。


 しかし、全員が席についたというのに、なぜだか教室にいる生徒の数がいつもより少ないような……。


「では授業を始めますねー。――というよりも、今日はちょっとしたサプライズがあるのですが……」


 それを聞いた生徒たちは皆その顔を強張らせた。

 槇ちゃんが言うサプライズなんて嫌な予感しかしないんだが、というのが生徒たちの本音であったが、言ったところで事態は好転しないため、誰もが渋い顔で口を噤んでいる。

 そんな生徒たちの心などいざ知らず、槇ちゃんは声を張り上げる。


「――実は、みなさんの訓練班に、新たにメンバーが追加されることになりましたー、パチパチー」


 口で言いつつ手で拍手している。

 そんな彼女を見て、彼女の言った内容を吟味し終わった生徒たちは口をあんぐりと開け、間抜けな顔を晒していた。――が、


「……あの、槇先生。それは、いったいどういうことですか?」


 エリーネは片手を挙げながら、この教室にいる生徒を代表して質問した。


「先生は以前、原則的にメンバーは変わらないと仰っていませんでしたか?」


「ええ、そうなんですが……。――十日ほど前のことです。交易都市でテロが起きましたよね? そこで巻き込まれた上、再三帰ってこいと連絡をしたのになかなか帰ってこなかったお馬鹿な訓練班がいましてねぇ……?」


 目を笑わせていない状態で口元をニヤァと歪ませた槇ちゃん。その視線が、とある人物たちを睨めつける。傍から見ると、とても不気味だ。


 そんな彼女の視線を受け、ビクッ、と身体を震わせた三人――敏也、エリーネ、奈々。だが、当事者の一人であるはずのマサルは、涼しい顔で窓の外の雨空を眺めている。


(……し、仕方ないじゃん! 監禁されかけたんだもの! 端末取られてたんだもの!)


 とは、敏也の言い分である。

 第三交易都市に到着した日の身体検査の時に携帯端末は没収され、返してもらったのは学園に帰る当日だったのだ。その時見た着信履歴の恐ろしさといったら……。


「――少し話がズレましたが……。大規模なテロが国内でも起きるようなったこと、そして、テロ組織が第三世代魔動機『レガリア』を複数所持している現状を鑑み、見習いであるあなた方を学園の庇護下から出すのはあまりにも危険だとして、理事会が緊急で協議を行ったそうです。――今後、実地訓練を続けるかどうかを」


 そこで一度区切り、


「協議の結果、結局、実地訓練は続けることにはなりましたが、それには一つだけ条件が付加されることになったのです。――それがメンバーの増員です」


 魔動機――それは、戦闘に堪えうる魔力を持たない人々が操る人型戦闘用モジュールだ。おそらく、メンバーが増員されることになった一番の要因はこれだろう。

 第三世代はとてつもない実力を秘めている。相応の操縦技術を持った人物が搭乗すれば、そこら辺の魔術師など一瞬で屠られてしまう。死体が残れば運が良い方だ。


 実際、第三交易都市の戦闘でも、百名近くいた治安維持部隊の八割近くが帰らぬ人となり、未だに遺体が発見されていない人もいるのだ。


 教室は静まり返っている。みな、気付いていた。

 魔術科は全員が班に割り当てられている。そして、それを解体して他の班に組み込むなどという話は誰も聞いていない。

 さらに、レガリアに対抗するためには高位の実力を持った魔術師か、最新鋭の魔動機一機、もしくは旧型の魔動機が数体は必要となってくる。

 つまり、補充要員は少なくとも魔術科ではない。

 ということは――


「ではみなさん、入ってきていただけますか?」


 槇ちゃんが教室の入り口へと目をやりながら言った。

 すると、ドアが開き――十余名の人物たちが入ってきた。きっと魔動科生だ。

 その中には成瀬紫苑という名の、紫に近い色の黒髪をした少女もいた。以前、敏也とエリーネが魔動科三名と諍いを起こした際、生徒会長と共に助けてくれた女の子だ。


 彼らは教壇の前に整列すると、引き締めた表情、憎々しげな表情、怯えた表情など、それぞれが別の表情で直立している。そんな中で、紫苑だけはボケーッとしていた。


「えー、もう言わなくてもわかるとは思いますが……補充要員は魔動科の同級生たちです」


 槇ちゃんのその朗らかな声は、誰の耳にも届いていなかった。

 誰もがその異邦人たちを、自らの仇敵たちを、油断ならない様子で警戒していたから。



 教室にいる生徒の数が妙に少なかったのは、魔動科生が来ることもあってか、別のクラスで顔合わせをするように班を分けたからだった。


 それから各科の顔合わせ――という名の班分けが始まった。

 槇ちゃんが言うには、今回は教員が勝手に決めるのではなく、年がら年中不在の理事長殿直々の勧めもあってか、生徒たち自身が決めることになったらしい。当事者である生徒たちにとっては、実に七面倒な催しだ。


 そのことに関して、クラスメイトの一人が愚痴を零したのだが、


「こら、そこ! 理事長への文句は慎むように! 忙しい方なんですから」


 そう注意されていた。そして、気を取り直した槇ちゃんは表情を緩め、


「さあ、それでは計五名になるよう、好きにわかれてください。あ、十班の子たちは六名になるようにですよ」


 と言った。もともと敏也たち十班は他の班と違い、四名だったせいだろう。

 魔術科、魔動科、それぞれの生徒たちがじろじろとお互いを品定めしている中、敏也は自分の座っている席の近くまで来ていた少女――一応知り合いである紫苑に、おっかなびっくり声をかけた。


「よ、よう、紫苑。久しぶり……だな?」


「……オオガミっ……トシヤッ。……師匠の……仇ィ!」


「ひっ、待って! お前、この前俺に制裁したじゃんっ! 殴り飛ばしたじゃんっ! この前のことは反省してるからっ! 春美さんにも謝ったから!」


「……」


 紫苑は憎悪に染まった眼差しで敏也を睨みながら、猫が敵を警戒するように、フーーッと唸っている。


 彼女がこのような状態に陥っているのは敏也のせいだ。なぜなら、紫苑の敬愛する師匠――学園の生徒会長である天埜春美を敏也が泣かせた……と思われているから。

 あれは不可抗力と誤解による悲劇だった、というのが事実なのだが、紫苑はそんなことは知る由もない。そして、知ったところで許してくれるかどうか定かではない。


(言い逃れできない状況で所業だったとはいえ、……これはっ)


 敏也がビクビクしながら紫苑に対峙していると、背の方角から――


「……おーおーがーみーくん? 春美会長にいったいどーんな卑猥なことをしたんですか? ――答えなさい。可及的速やかに」


「ひいっ!? お前までっ!? 待ってくれエリーネ、これは誤解なんだ! 俺は別に卑猥なことなんて――」


「――病院で看護師さんについて語りながら性癖を暴露してきたあなたにそんなことを言われても……信用できませんっ」


 プクーっと頬を膨らませながらエリーネは言った。その様は非常に可愛らしいのだが、紫苑の殺気を身に受けている今は、見とれる余裕などない。

 と、そんな彼らを椅子に座ったまま眺めていた奈々が楽しげに笑い、


「アハハ、敏ちん、エリーに卑猥な話するなんて、なかなかやるねぇ。そんなにエリーを怒らせたかったの? ――もしかして、マゾ?」


 はっとした風に言った奈々に対し、敏也は気炎を上げる勢いで対峙する。


「ちげえよっ! っていうか、マゾはお前だろ!」


「ああんっ? わたしはマゾじゃねーもんっ! エリーに叱られるとちょっと良い感じになるだけだからっ!」


「うわあぁぁぁ!! とんでもねえ変態じゃねえかっ!! ――この変態が」


「ちょ、いきなり平静に戻んのやめてくんない? マジで傷付くんすけど…………あ、でも、敏ちんに罵倒されるのもなかなか……」


「……何言ってんだ、お前。マジで引くんだけど……」


「うへへ、敏ちんは最近まで『俺関係ねーし』オーラが強かったからイマイチ乗れなかったんだけど……これなら及第点かなぁ……?」


「……エリーネ、助けてっ!」


「――八咫神さん? いい加減にしておきましょうね?」


 敏也からの救援要請を受けたエリーネが、青筋を浮かべた顔で降臨する。


「お、おう、もちろんだぜ、エリー。でも誤解しないでねぇ? わたし、全然そんなつもりないから。別にエリーの『愛しの大神くん』を取ったりしないから、安心して情……ほぱぁっ!?」


「なに口走ろうとしてるんですか、八咫神さん? ――今度は……顎、消えますからね」


「……ラジャー」


 突然放たれた火球のせいで顎から煙を上げながら、奈々がコクコクと頷く。

 そして、


「ところでさ、敏ちん」


「なんだよ? また変なこと言ったら殴るからな」


「……おいおいー、女の子にそんなこと言っていいのかい? 男が廃るんじゃない?」


「アホか。あらかじめ肉体強化を掛けてから人をからかうような奴なんかに、遠慮なんていらねえだろ? な、エリーネ」


「ええ、まったくです。八咫神さんは用意周到過ぎなんですよ。――さっきだって、本当は消し飛ばす勢いで撃ったのに……」


「……あはは、じ、冗談だよね? エリー……ってちょっとぉ! 目ぇ逸らさないでよ、エリー! こっち見てよぉっ!! ――――と、まあそれはそれとして、まさかバレてたとはねぇ?」


「当たり前だっつーの。お前がエリーネからのお仕置きを予期してないわけないからな。つーか、さっさと要件言えよ」


「んじゃ、遠慮なく。……紫苑って子、放っておいていいのかい?」


「「……あ」」


 言われて思い出した敏也とエリーネが視線を向けた先に居たのは、憤怒の形相のまま敏也を睨み続けている紫苑だった。



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