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双天の共鳴者  作者: 月山
第一章「共鳴者覚醒」
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共鳴者


「エリーネ、ここってどう書けばいいんだ? 俺、こういう報告書みたいなのって苦手で、わかんないんだよ……」


「……まったくっ、仕方のない人ですね。……ここは詳しく書く必要はありません。それよりもこちらのほうを詳細に――」


 レポートを書くことが苦手な敏也は、ノートパソコンの画面をエリーネに見せながら、さっそく泣き付いていた。泣き付かれた肝心のエリーネは、口では呆れたように言っているものの、その表情は満更でもなさそうに見える。


 件の四人は、槇ちゃんに怒られた日から一日空け、敏也の部屋に集まり、任務のレポートを書いていた。

 本当は反省文を先に書いていたのだが、ツラツラと自分がいかに愚かであったかを謝罪と共に羅列すればすぐに埋まってしまった。書いている最中に内容がいくつか被っている気がしたが無視した。とりあえず後悔の念が伝わればそれでいいのだ。

 よって、余った時間でレポートを書いているというわけである。


 と、そこで、床に寝っ転がってパソコンのキーボードを叩いていた奈々が、突如エリーネに背後から覆い被さり、


「エッリ~ネ~♪ わたしもわかんないよぅ。手取り足取り、お・し・え・て?」


「……焼きます」


「えぇ~!? いきなりッ!? いくら敏ちんとの甘いひと時を邪魔されたからってそれは時期尚早で――」


「……」


「あっつッ!? めっちゃあっつッ!? 焼けてる焼けてる~!! ごめんなさ~~~いっ!!」


 奈々にからかわれたエリーネは指先に術式を展開し、火の粉を奈々に浴びせていた。ここが屋外だったなら、きっと火球で吹っ飛ばしていただろう。


「……お前たち、少しは静かにできんのか……」


 少々香ばしい匂いに満ちた部屋で、マサルがペンを右手に持ち、紙に書く姿勢のままこめかみに左手をやり、呟いた。

 彼は現在、反省文を紙に執筆中である。

 なんでも、「俺には反省すべき点など一つもないのだが……」とのことで、一向に筆が進まないらしい。さすが、無傷で帰還した人は言うことが違う。


「騒がしいやつらだよな。まったく、けしからん!」


「……お前もだ敏也よ。――というより、発端はお前だぞ」


「……すまないとは思っている」


 エリーネに接近すれば、エリーネが大好きな奈々が騒ぎ出すのは敏也にもわかっていた。

 それでも――


(……エリーネと話したかったっていうのは、勝手な言い分だよなぁ)


 一昨日はそのまま解散となってしまったのでゆっくり話す暇もなかった。

 博士からも「報告は後日」と連絡が来たので二人になる機会もなかった。……それがたった一日程度であっても、敏也には寂しく思えたのだ。


(わけわかんねぇ……なんだか無性に寂しい……)


 なぜかはわからない。

 二人で死線を潜り抜けたからかもしれない。

 二人で困難に立ち向かったからなのかもしれない。

 理由はいくらだって考えられる。でも、自分が寂しいと思っているという事実だけは、どうやっても変えようのない真実だった。


 ――胸の奥で、感情ではない何かが疼く。


 今もなお、奈々と騒ぎ合っているエリーネに目を向ける。

 不機嫌そうな表情で奈々に火の粉を浴びせてはいるが、ちゃんと手加減して、奈々が怪我をしないように気を付けている彼女。


 エリーネが自分に向けて火球を飛ばしてくる時だって、火球を放った後、彼女が一瞬だけ心配そうな表情をすることは知っていた。

 彼女がいつだって優しいということはみんなが知っている。だから、自分たちは彼女を大切に思うし、……時々からかいたくもなるのだ。


(傍にいてほしいなんて……傲慢だな……)


 敏也は自嘲すると、その想いを心の引き出しに無理矢理押し込んだ。簡単には出てこないように、厳重に、何重にも鍵を掛けて。

 この胸のモヤモヤの原因は、エリーネを異性として意識しているせいだとは思わなかった。――何故だか彼は本能的にそう直感していた。

 この気持ちを戦友としての親愛の情だと、今は口にするべきものではないと、それ以上考えてはいけないのだと、彼はそう自分を戒めるのだった。



 次の日。

 博士からの呼び出しを受けた敏也とエリーネは、博士の研究室を訪れていた。


「やあ、二人とも。今回は大変だったそうだね。交易都市側から学園に回ってきた事件の資料は見たから事情は知っているよ。実験もあと二・三日は控えるから、ゆっくり休んでくれたまえ」


 博士は椅子に腰かけたままそう言った。敏也とエリーネはソファに腰掛けて、博士の話に耳を傾けていたが、


「……そんなことよりも。博士、俺たち聞きたいことがあるんですが」


「ふむ? なんだね」


 博士は椅子を軋ませながら、敏也に視線を向ける。


「術式『ギア』ってなんなんですか? ――第三交易都市からの報告書には載っていないでしょうが、今回の戦いで勝手に起動したんです。おまけに、この変な魔刀を勝手に生成して……。いったい、本当は何が目的の術式なんですか?」


 机の上に置かれた魔刀を指差しながら敏也が言った。そしてエリーネが続く。


「お願いします、教えてください博士。……あなたは以前、私たちに術式を埋め込む時に説明してくださいましたよね? これは『人の可能性を伸ばす力』だと。あの言葉は真実なんですか? 私たちはその言葉を信じたからこそ、この実験に参加しているんです」


 二人の詰問を受けた博士は極めて涼しい顔をしていた。――いや、それはまるで我が子の成長を楽しんでいる親のような顔だった。


「……ふむ、嘘ではないさ。ギアは確かに『人の可能性を伸ばす力』だよ。今回勝手に起動したのは、わたしが術式に細工していた術者の保護を目的とした自律型術式のせいだ。……実際、助かっただろう?」


 それを聞いて二人は言葉に詰まる。

 確かに、それがなければ魔刀は生まれず、あのまま成すすべなく、二人とも海堂に殺されていたかもしれない。


「だが、そもそも自立型術式が起動したのは、君たちが『ギア』を起動させるほどの共鳴率に達したからだ。――実に喜ばしいことではないかね? 実験の第一段階は成功したと言ってもいい」


「共鳴率?」


「なんですかそれは?」


「ふむ、君たちにはたしか『術式の相性』と説明していたかな。もっと具体的に言うと、それは君たちの精神がどれだけ相手を許容・受容できるかという数値を表しているのさ」


 博士はそう言って椅子から腰を上げると、窓の外へと目を向ける。


「君たちは今回の戦いで、お互いの弱さと強さ、互いに事情を押し付け合う身勝手さを知ったはずだ。……そして、自分がいかにパートナーを大切に思っているかをね」


 敏也とエリーネはきょとんとした顔を見合わせる。それを見た博士は苦笑しながら続ける。


「それらを乗り越えたことで、君たちの精神は互いを受容し、認め合うことができるようになった。……まあ、まだ表面上のものではあるだろうがね。それが『ギア』を起動させる最初の条件だったのさ」


 そう言うと博士は、敏也とエリーネのほうへ身体を向けた。

 その瞳は二人を労っているかのように優しげなもので、そして、これ以上は聞かないでほしいと言外に告げているものだ。


「……わかりました。でも最後に一つだけ。――この力は、俺たちに不利益をもたらさないんですよね?」


 敏也が真剣な眼差しで博士を射抜く。


「……ああ、もちろんだとも。そして、わたしがこの実験で君たちに望むことは最初に会った時に言った通りだよ」


『――――君たちに、世界に歯止めを掛ける楔に』


「……」


「他に聞きたいことはあるかね? ないのなら検査の後、本日は解散にしようと思うのだが」


「はい、俺は大丈夫です」


「ありがとうございました、博士」


 敏也とエリーネはそう言うと、机に置いていた魔刀を博士に預け、検査室へと向かうため部屋を出て行こうとした。

 だが、敏也は扉の前で足を止めると、博士に問いかけた。


「……博士、もう一つ気になることが」


「む? 何かね?」


「『ギア』が起動したとき、――俺たち、誰かの声を聴いたんです。……小さな女の子の声だったと思います」


「――っ」


「……博士? どうなさったのですか?」


「――いや、何でもない。……それはきっと気のせいだよ。近くに小さな女の子はいなかったのだろう?」


「はい、そうですが――」


「あまり気にしすぎないことだ、敏也、エリーネ。――君たちは、極限状態の中にいたのだから」


 博士は、それ以上敏也たちに語ろうとはしなかった。



「不利益……か。実験の果てに待つものは、きっと不利益にはならないよ。それは必ず君たちの財産となる。……きっと」


 一人になった部屋で自分に言い聞かせるように呟く博士は、どこか不安げな雰囲気を纏っていた。


「二人が聞いた声は、まさかとは思うが……」


 博士は机の引き出しを開け、中に入っていた写真を取りだした。

 そこには、今とは違い髪の長い博士と、もう一人別の女性が写っていた。とても仲がよさそうな雰囲気の写真だ。


「……『御柱みはしら計画』は君たち若者の未来を作るためのもの。

 そして君たちは――『共鳴者ハーモニクス』なのだ」



「あ~あ、肩こった。検査って相変わらずかったるいなぁ……」


「まあまあ。もう終わったんですし、いいじゃないですか」


 ぼやいた敏也に、エリーネはクスッと笑った後そう言った。

 敏也とエリーネは検査を終えたのち、研究所から歩いて学生寮に戻るところだった。

 舗装された歩道の脇にある桜の木たちが緑の葉を垂らしている姿が、始まりの季節がとうの昔に終わった事を表している。


「……」

「……」


 二人は無言だ。だが、それは気まずいものではなく、気心の知れた仲に流れるような、穏やかな沈黙だった。


 歩道を歩いていると、桜の木の葉の隙間から零れる昼下がりの日光が、チラチラと目に入り、眩く思う。それに少しだけ目を細めた敏也が口を開く。


「さっきの博士の話、どう思った?」


 エリーネは歩きながら、木葉に遮られた空を仰ぎながら答える。


「……きっと、話してくれていないことはたくさんあるでしょうね。でも、博士に悪気はないんだと思います。まだ私たちが知る必要がなくて、知ったところで理解できないというだけで」


 穏やかな表情で彼女はそう言った。その眼差しには一片の曇りもない。

 彼女の言ったことに敏也は全面的に同意だった。


「そうだな。――『ギア』の起動条件だって、口で言われても、きっと理解できなかっただろうし」


 敏也も彼女に習い、空を仰ぐ。

 他者を受け入れるなど、口で言うのは簡単だが、実際にそうするのは難しい。自分とは考え方の違う人間を口先だけでなく、本当の意味で受け入れることが簡単であるはずがなく、また、あるべきではないのだ。

 だから、博士が自分たちに話さなかったのはきっと正解だ。もし話されていたら、自分たちは躍起になって失敗していたに違いない。


 ――もしそうなっていたら、こんな穏やかな時間も訪れなかった。


「私は……あなたに出会えて、……良かったと思っています」


「……」


 エリーネは視線を前方に向けて言った。

 敏也も視線を前方に向け直し、歩き続ける。


「私、初めて実験の説明で呼び出された時、正直『なんでこんな人と一緒に実験をしなければいけないの?』と思っていました」


「……へぇ」


 その言葉に傷つき、心の内で涙を流す敏也。


(こんな人でごめんなさいねッ。そりゃあ情けない男ですよぉ……)


 エリーネはそんな彼の心情に気付かず、話し続ける。


「……でも、あなたは私が思っていたよりもずっと優しくて、強くて。……最初はあなたをほとんど無視していた私に、根気よく話しかけてくれましたよね」


 彼女の口元が緩む。


「でも、私……本当は嬉しかったんです。……祖国から留学してきたばかりで、友達が一人もいなくて、寂しくて。本当はみんなと仲良くしたかったのに、どうすればいいのかわからなくて……。――――でも、あなたが居てくれた」


 彼女は敏也の顔を見る。


「だから……ありがとう。あなたが居てくれて、私は救われたんです」


 その表情はとても言葉では言い表せないほど……いや、言い表したくないほど、誰にも教えたくないほど綺麗だった。

 混じり気のない純粋な親愛の情を示す彼女は、今だけは、敏也だけのものだった。


 そこで、いつかの春美の言葉を思い出した。


『エリーネちゃんはね、素直じゃない子なの』


 敏也は、フッと笑みを零す。


(……でも、時々は素直になるみたいですよ?)


 救われた気がした。それは、この手を暖かな陽気が包み込んでくれたかのようで。

 何もかもが報われたかのような、大空を見上げたかのような、緑に覆われた広大な大地に立ったかのような、そんな清々しい気分だ。


「……ああ。――俺も、お前に会えてよかったよ」


 短く返す敏也の表情は、毒気の抜けた穏やかなものだった。



 学生寮の前まで戻ってくると、そこにはマサルと奈々が居た。


「うおーいっ、二人ともぉ! これから『任務お疲れさまでした☆ これからも細々頑張ろうね♪ 会』やろうぜぇ!」


「……お前のネーミングセンスは壊滅的だな……。――とにかくだ! たまには労いも必要だろう! 今回は皆、頑張ったのだからな!」


 敏也とエリーネの姿を見つけると、二人は間髪いれずに、少し離れた位置にいる彼らに届く大きさの声で言ってきた。

 そんな二人は、笑顔で手を振りながら敏也とエリーネを迎えている。

 その様子を見て、敏也とエリーネは短く笑い合う。


「ははっ、そうだな。じゃあ、たまには御影市まで行ってパーっとやるか。どうせ俺たち休みなんだからさ」


「ふふ、そうですね。授業を受けている人たちには悪いですが、私たちはまだ休暇中ですから。たまには羽目を外すのもいいですよね」


 そう言って、二人は駆け出した。――仲間の待つ場所へと。




 そして、ここから少年たちは歩み始める。

 二年後に待ち受ける、全ての終わりに向けて。




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