戦いの終わり
「……ふむ、上出来だ二人とも。この短時間で、よくここまで制御したものだ」
研究所の椅子に腰掛けながら、監視カメラの映像を映したモニターで敏也たちの狙撃後の光景を見ていた博士はそう言った。
部屋は薄暗く、博士の他には人影がない。
――だが、その部屋に響く声は、二つ。
「……君も悪かったね。彼らに無理矢理活躍の場を与えさせる役をやらせてしまって」
《いえいえ、謝罪など必要ありませんよ。テロリストを撃退するためには、少し人手が足りませんでしたから。――――せいぜい利用させてもらいましたよ。あなたの可愛いモルモットたちを、ね》
その冷やかな声は秘匿回線を通したもので、博士とモニター越しに対話している杉崎統括のものだった。
博士は表情を少々不愉快そうに歪めると、
「……彼らをモルモットなどと呼ぶのはやめたまえ。あの二人は、わたしにとってはそこそこに重要な存在なのだ」
《……よく言う。冷酷な本性を隠しているくせに……彼らを騙している分際で、浅ましくも善人を気取るつもりですか? ――彼女を殺したくせに……ッ》
「……」
杉崎統括の声には怒りがこもっていた。だが、すぐに薄い笑みで取り繕う。
《……まあいいでしょう。で、これであなたへの借りは返したと思ってもよろしいのでしょうか?》
「ああ、構わないよ。……まあそもそも、君がわたしを恨みこそすれ、借りを感じる必要はどこにもなかったのだがね」
《……僕ら――いえ、僕なりのケジメです。これでもうあなたに協力することはないでしょう。……それでは》
杉崎統括は一方的に通信を切った。
それを気にせず、博士はモニターに映る二人を愛おしげに眺めながら、
「無事でよかったよ、敏也、エリーネ。――――わたしの……世界の小さな希望たち」
◆
その光景を見ている者がもう一人だけいた。
歳は十代後半だろうか。かなり整った容姿をした男性だ。上はシャツで、下はチノパンというラフな若者といった服装。――しかし、彼は異常だった。
その人物は空中で静止しているのだ。
ありえない、空中で静止するなど熟練の魔術師でも難しいというのに。
空中で静止するためには姿勢を維持し続けるだけの大量の魔力と、それをコントロールし続けるだけの洗練された技術が必要なのだ。
そして、おかしいのはそれだけではない。
――彼は、魔力を放っていない。つまり、姿勢維持のための術式を使用していないのだ。
異常な彼は第三交易都市のはるか上空で、水面を焼く獄炎と、それを放った人物たちを冷めた眼差しで見つめている。
「……彼らが、可能性の一つ。――今まで感じたことのない力、それを持つ彼らが、光明となるのだろうか」
彼は一人呟く。
「……だが、このままでは審判は覆らない。今更どれだけの可能性が生まれようと、人の罪は消えはしない」
言った直後のその瞳は、見た者を震え上がらせるほど、底知れないほど凍てきっていた。
「――いずれその罪は償ってもらうぞ。高い知能を持っているにも拘らず力を正しく使えず、使わず、――『マキナ』という悪魔まで産み落してしまった、お前たち人類には」
そう言った後、青年の姿はいつの間にか消えていた。
◆
「いってぇ…………エリーネ、怪我ないか?」
「……はい、あなたが庇ってくれたおかげで……なんとか……」
二人は発射直後、あまりにも反動が強すぎたため、エリーネが展開した魔力障壁ごと吹き飛ばされたのだ。
しかし、奈々が咄嗟にゴーレムに二人を庇わせ、さらに敏也がエリーネを庇ったので事無きを得た。………ゴーレムが倒れ込んだビルは大参事だが。
そして今現在、二人は活動を停止したゴーレムの上で並ぶように寝そべっている。
「……うまくいったな」
「……はい」
そう言いながら、二人は白み始めた空を見上げていた。と、そうしていると、突然どちらともしれず笑い始めた。
「は、ははは……やればできるじゃん俺たち。何が半端者だってんだっ」
「まったくです。私たちを散々からかってきた人たちに見せてあげたいくらいですよ」
笑いが収まった後、エリーネは再び小さく笑み、言う。
「…………ふふ、でもきっと、あなたがいたからこそうまくいったんでしょうね」
エリーネがそう言いながら優しげに微笑み、敏也を見つめる。
「それを言うなら俺もだよ。それにさっき言ったみたいに、お前がいれば何だってできるって……あの時はそう思ったんだ。……どうしてかはわからねえけど」
「……わたしもです。……『ギア』が起動してからですよね? さっきの……なんというか……万能感? のような感覚って」
「……ああ」
今はその万能感は消え去っている。
術式の効力が切れたのか、それとも二人に魔力が残っていないせいだろうか。
そもそも、何故エリーネの魔力だけでなく、敏也の魔力まで無くなっているのか、それすらも二人にはわからなかった。
それにしても、さっきのあれは本当になんだったのか。自分たちの意志とは関係なく勝手に起動して、勝手に消えて、おまけに変な刀は生成するなど。
とにかく学園に帰ったら博士に聞いてみるしかない。
「敏也、エリーネ嬢、無事か?」
「エリ~、怪我してないかね~?」
そんなことを話しているとお迎えが来たようだ。道路をマサルと奈々が走ってくるのが見えた。
敏也は先に立ち上がり、エリーネに手を貸して立ち上がらせる。そして二人に無事であることを伝える。
「ああ、二人とも無事だ。……あと八咫神、俺の心配もしろよ……」
「野郎なんてどうでもいいんだぜっ☆」
奈々は片眼をバチーンと閉じながらそう言った。
それを聴いた敏也はむっとしながら、後で手刀喰らわせよう、と内心決意する。
「さあ、敏也。これはお前の刀だろう?」
そう言ってマサルは、刀身が真紅に染まった刀を差し出してきた。だが、敏也からの魔力供給が断たれているそれは、もう炎を灯していなかった。
「おう、ありがとな」
マサルから刀を受け取ると、それをジッと見つめる。
(火、近くで見るの怖いはずなのに……これを使ってもまったく怖くなかった。……なんでだ?)
必死だったから恐怖を感じる暇もなかったのだろうか?
理由はわからない。
(……なんにせよ、もう必要ないから消しちまわないとな)
そう思い、解除を念じる。――が。
「…………あれ?」
「どうしたんですか大神くん? いつにも増して間抜けな声をあげて」
「これ……消えない……」
「……へ?」
それを聞いてエリーネも間抜けに驚いた声を上げる。そんな二人を見たマサルと奈々が訝しげに顔を歪め、
「実体化を解除できないのか? お前が創ったものなら消せるはずだぞ」
「……敏ちん、そこまで不憫な子だとは思わなかったよ……よよよ」
「さっきから! やってるけど! 消えないんだよっ! ……あと八咫神っ、腹の立つ泣き真似はやめろ!!」
敏也はそう言いながら、刀をブンブン振りながら解除を念じ続けるが、いつまで経ってもそれをまったく受け付けないその刀。
結局、その刀は学園に持ち帰ることになった。
◆
「それにしても、馬鹿げた威力だったな。いくら爆発物を積んだ船だったからといってあれほど強力な火柱が立つとは……」
「だねぇー。わたしあれ見た瞬間超ビビったもん。思わずマサルに飛び付きかけちゃうくらい♪ ……危なかった~」
「それは良かった。抱きつかれていたらお前を斬り捨てなければならないところだったぞ。命拾いしたな、八咫神」
「ムカッ…………マ・サ・ル~、可愛げがないぞぉ? ちょっとは残念そうな顔したらどうだい? 一応美少女だぞ~、可愛いんだぞ~?」
ほれほれと、奈々はマサルに自分を見せつけ始める。しかし、それを見て、聞いたマサルが、彼女をバカにしたように笑う。
「――ハッ、俺は幼女趣味ではないのだ」
「ちょっ――幼女じゃねーよぉッ!! 背丈はそれなりにあるからッ!! ちょっと発育遅いだけだからッ!! ちっと胸小さいだけだからぁ!!」
「みなまで言うな、八咫神よ。吠えれば吠えるだけ惨めに見えるぞ。だがな、――希望を持て」
ビシッと、エリーネを指差す。
「同年代であれほど圧倒的なポテンシャルを見せているエリーネ嬢がいるのだ。恐らく……万に一つ、お前にも可能性はある。――お前を信じろッ!!」
「……いやいや、比較対象が圧倒的過ぎて敗北の未来しか見えませんよ隊長……。あっしに、当たって爆発しろとでも言うんすか?」
「――ならば諦められるのか? 人から幼女呼ばわりされて、悔しくないのか? ――納得できるのか八咫神よ?」
「くっ、――――わたしは……あの人に、勝ちたいッ!!」
「そう、その意気だ八咫神よ! もっと燃え上がるのだ!」
「はい、ししょー!!」
敏也とエリーネは、二人から距離を取った場所でそれを眺めていた。
「なにやってるんでしょうね、神堂寺くんまで一緒になって。……彼はあんなこと言う人じゃないと思ってたんですが……」
両腕で自身の身体を守るように抱いたエリーネがそう言った。
彼らの珍態に半眼を向けていた敏也が答える。
「……仕方ないさ。俺たちほとんど寝てないから、徹夜明けのテンションみたいになってんだよ。……まあ、あそこまでハッチャけてるマサルは久しぶりに見るけど」
敏也は、未だに発育についての談義を催している二人を、呆れた様子で観ながら言った。
「……だからって、……あんな話題で私の事を出されても……」
困ります……、とエリーネは小さく呟いた。
それを聞いた敏也は彼女へと視線を向けながら言う。
「まあ、エリーネはスタイル良いから仕方ないだろ。八咫神みたいに……ちょっとあれだと、羨ましくなるんじゃないか?」
「そういうものですか…………ぇ?」
「ん? どした?」
「……」
「?」
エリーネは少しだけ頬を赤くし、敏也を見ていた。が、敏也のぽかんとした様子を見てすぐに不機嫌そうな顔になる。そして、溜息を吐きながら、
「……ハァ……あなたも相当疲れているようですね。……早く帰って寝たらどうですか? ――むしろ、そのまま目覚めないほうが私の精神衛生上、ひじょーによろしいんですがっ」
「ひ、ひどっ……なんで怒ってるんですかエリーネさん?」
エリーネはジト目で見てくる。
「胸に手を当てて考えてみたらどうです?」
「……」
敏也は言われた通りしてみたが、さっぱりわからないといった様子。
(え~、なんなのさ。褒めたじゃん。怒らせるようなこと言ってないじゃん!)
内心文句をつけるが、口には出さず、
「と、とにかく一度詰め所に戻ったほうがいいんじゃないかな~、と思うんですが。……エリーネさんのお考えは如何様でしょうか……?」
「……あなたの好きなようにすればいいじゃないですかっ」
エリーネは不機嫌さを精いっぱい表現するように頬をプクーっと膨らませ、彼から顔を背ける。それを見た敏也は、タラーっと冷や汗を流した。
それから詰め所に戻るまでの間、エリーネの機嫌は最悪だった。




