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双天の共鳴者  作者: 月山
第一章「共鳴者覚醒」
26/126

重ねた手のひら


 じきに夜明けとなる、空が徐々に白み始めた時。


「エリーー! 敏ちーーん! 無事っすかぁーー?」


 そんな、やたらと元気で暢気な声が遠くから聴こえてきた。


 そちらへと目をやると、巨大なゴーレム――というか巨人が、奈々とマサルを乗せて走ってくるところだった。

 それを見たエリーネは呆気にとられている。


「……なんだかとんでもないものに乗ってきましたね、八咫神さん……」


「えへー、すごいっしょ? 褒めてーエリー、頑張ったわたしを褒めてぇ~」


 エリーネの居るビルに着くと、奈々はゴーレムから颯爽と飛び降り、彼女にすりすりと擦り寄った。


「はいはい、偉いですねー、すごいですねー」


「むぅ、エリーが冷たい。――ひどいと思わない? マサル」


「……そんなことより、敏也はどこだ、エリーネ嬢?」


 奈々は「ブー、そんなことってなんだよー」とぼやいている。そして、マサルに問われたエリーネは言いにくそうに口を開いた。


「……あそこです。大破した魔動機のすぐそば……」


 エリーネは指をさした。

 その先は、エリーネたちの居るビルから少し離れた場所にある、別のビルの屋上。

 二つに折れ、焼けているかのように煙をあげている魔動機の剣。

 二の腕辺りから斬り落とされた魔動機の両腕。

 そして、無残に大破した胴体の陰に、刀を持ったまましゃがみこんでいる敏也の姿があった。


「……あいつは何をしているのだ?」


「どったの、敏ちん」


 疑問を口にした二人に、エリーネが言う。


「……今は、そっとしておいてあげてください。――最期なんです」



「……君の勝ち……だな……大神君」


「あんたもさすがだったよ」


 ひしゃげた機体に押しつぶされかけている海堂と、疲労を顔に滲ませた敏也は、最期の会話をしていた。

 そう時を置かずに、海堂は力尽きるだろう。


「……わたしに勝った君には、悪いのだが…………君では、この都市を護れない…………今すぐ……逃げ……たまえ……」


「……どういう意味だ?」


「すぐに、わか……る」


 海堂はそう言った後、目を瞑り、口を開かなくなった。

 死んでしまったのだろうか? 

 それとも意識を失っただけ? 

 敏也にはわからなかった。だが、確かなことは一つ。


(……理由があったとはいえ、人を傷つけた)


 それを悔やむつもりも、悪く思うつもりもない。

 だって、力を振るわなければならない理由があったのだから。

 ――だが、自分の力は護る力であると同時に、使い方次第ではだれかを傷つけるものであるということを、彼は改めて重く感じていた。


「……海堂さん。俺はあんたのおかげで……戦う覚悟ってやつが、やっとわかったような気がするよ」


 それは、マサルや春美に指摘されていたこと。

 ――お前には戦う覚悟がない、と。……そんなことは誰に言われずともわかっていた。自分が、生きることから逃げていたということは。

 その覚悟の無さが、森林公園での後悔に繋がった。シュンとレンは、今も病院で治療中だろう。護れたはずの存在だったのに心が伴わず、護れなかった。


 だが、海堂との戦いを通して、自分がするべきこと、自分がしたいこと、それをはっきりと見つめることができた。

 だから、敏也は戦う覚悟を持つことができた、立ち上がることができたのだ。

 ――そして、過去と向き合うきっかけも……。


 キンッ、と音がした。見ると、大破した魔動機の装甲の裂け目から菱形の物体――魔動コアが迫り出してきている。

 魔動コアは魔動機の心臓部。全ての動きを統括する中枢部。言うなれば、命。

 敏也はそれを炎刀で容赦なく突き刺し、破壊した。

 そして、


「……もし、俺たちの仇を見つけることがあったなら、必ず報いを受けさせるって……約束するよ」


 それが、海堂との別れの言葉だった。

 敏也は炎刀をコアから引き抜きながら立ちあがり、離れたビルの屋上に居る三人のもとへ向かうため、屋上を力の限り蹴った。

 数秒の飛翔の後、彼らのいるビルに着地する。


「もう……いいのですか?」


「ああ、もう十分だ。これ以上は……辛くなる」


「……そう、ですか」


 そう言いつつも辛そうな表情で帰ってきた敏也を迎えたエリーネは、彼の左手を両手でそっと握った。


「……どうしたんだ?」


「辛い時は、人肌に触れていると安らぐそうです。……少なくとも、私はそうですから。……だから少しの間だけ……こうしておいてあげます」


 エリーネは少し恥ずかしそう頬を染め、伏せがちな視線で時折敏也を見ていた。

 そんな彼女を見た敏也は不思議と穏やかな気持ちになっていた。


「……はは、ありがとな、エリーネ」


「……はいっ」


 お互いに見つめ合う。

 それは短くも暖かく、安らかな時間で、敏也の疲弊した心を癒してくれていた。


「――んんっ! お二人さん、わたしらを忘れてはいやせんかねぇ?」


「お前たちがイチャつくのは別に構わんのだが、さすがに現段階では時と場所を弁えてもらえるか? まだ戦闘は終わっていないぞ」


 そんな敏也とエリーネに届いたのは、生暖かい視線で彼らを見ていた奈々とマサルによる二人への批判だった。


「あっ……いや、別にイチャつくとかそんなんじゃないし……なっ、エリーネ?」


「そ、そうですよ。これはイチャつくとかではなくてですねっ。なんといいますか、仲間を気遣うといいますか……一種の治療?」


 二人してしどろもどろに言い訳をする様はとてもおかしなものだった。しかし、手は握られたままである。

 そんな二人をじとりとした目で見ていた奈々だったが、表情を緩め、


「ま、何にしてもこれでわたしらの役目はおしまいっすよねぇ? D班が全滅してたら歩兵もここまで来てるはずだしぃ」


「そうですね。向こうは向こうでうまく切り抜けたのでしょう」


「よしよし。……んじゃ、帰って一緒に寝よーよっ、エリー」


「お断りします身の危険を感じます半径五メートル以内に近寄らないでください。……焼きますよ?」


「ひっ、ひどいっ。エリーひどいよっ。わたしはただ、エリーを愛でようと思っているだけなのに!」


「それが駄目なんですっ!!」


 ギャーギャーと喚きながらいつものやりとりをし始めた二人を尻目に、敏也とマサルは小声で会話をしていた。


「……敏也よ、これで終わったと思うか?」


「いや、まだあるらしいぞ。海ど……テロリストにそう聞いたんだ。――俺ではこの都市を護れない、逃げろって」


「? どういうことだ……。北の地域の魔動機には警備班が大勢駆け付けている。いくら第三世代といえど破壊されているはずだ。それとも、まだ向こうには何か手があると……?」


「……さあな。すぐにわかるとは言ってたんだが……」


 二人で考えてみるものの、さっぱりわからない。

 業を煮やしたマサルは決断する。


「……ここでこうしていても仕方あるまい。一度詰め所に戻り状況を整理しよう。――八咫神! エリーネ嬢! 一旦帰還するぞ!」


 マサルの声にみんなが頷き、帰還しようと身を翻した、その時。


 ピピピピ、と警備班の端末が鳴り始める。発信源はマサルの所持している物だ。


 全員がその音に思わず足を止める。

 マサルは端末を取り出し応答。そして、通話の声が全員に聴こえるようにスピーカーモードに切り替えた。


「……神堂寺です」


《ああ、神堂寺君ですか。どうやら死んではいなかったようですねぇ。他の方々もご無事ですか?》


「……ええ、全員無事です。我々が受け持った敵は無力化しました」


《それは重畳。お疲れ様です――――と言いたいところなのですが、少々問題が起きましてねぇ……》


「問題?」


 通話相手である杉崎統括が心底面倒そうに言った。


《……海上保安庁が、第三交易都市近海を走る艦船を捕捉したそうです。それはどうやら都市の南側へ真っ直ぐ直撃するルートのようでして。しかも先ほどその船がなんなのか、その情報がテロリスト側から声明として送られてきましてねぇ……》


「……その船がなんだと?」


《大量の爆薬と火の術式を積んでるそうなんですよ、その船》


「!?」


 四人が息を飲む。


《知ってのとおり、南端は未だ建設途中の区画です。それはつまり、交易都市の骨格が剥き出しであるということ。……もちろん万が一に備えコーティングはしてありますが、大量の爆薬の前では無力です。要するに……》


「その区画で大規模な爆発が起きれば、フロートを支えている骨格に深刻な影響が出る可能性がある――そういうことですね?」


 マサルが杉崎統括の言わんとしていたことを言う。


 交易都市が建設されているフロートは、いくつもの一定の大きさのフロートが組み合わさってできたものである。そして、その全てのフロートを支える骨格を纏める役割を担っているのがコアと呼ばれる中心ブロックなのだ。


 人間で言ってみれば神経が集中している脊髄、都市機能の中心という意味では脳全体だと言えるだろう。


 核は都市の中心部、その真下にあり、そこに何かしらの不具合が生じればフロートの連結は崩壊する。――つまり、第三交易都市は海の藻屑となる。


《そのとおりです。そして、迎撃しようにも警備班は北における『レガリア』との戦闘でほぼ壊滅状態、そもそも今から南端へと向かっても間に合いません。南にいるはずのD班は、先ほど歩兵を殲滅したそうですが行動不能なほどのダメージを負っていますし、海上の自動迎撃システムはやつらに破壊されています》


 杉崎統括は溜息をつき、続ける。


《要するに手詰まりです。――よって作戦はこれまで。これより交易都市から撤退を開始します。すでに民間人のシェルターへの避難は完了。シェルターは脱出艇になりますから心配は無用でしょう。残るは公的機関の職員のみです。あなたがたも即刻退避なさい。――この戦いは、我々の敗北です》


「……了解しました」


 通信はそれで終わった。


「……やっばいじゃん。ここにいたらお陀仏だよっ! 早く逃げようっ?」


「そうだな。ここに残る理由はすでにない。――――撤退だ」


「……そうですね。そうしたほうが賢明だと思います」


 三人はそう言い、奈々の操る巨大ゴーレムに乗ろうとする。

 が、一人だけ動こうとしていない人物がいた。


「敏也っ! 何をしている!!」


 マサルが怒鳴りつける。咎めるように、急かすように。

 それでも敏也は、船が迫ってきているであろう方向を見つめていた。


(……海堂さん、あんたは自分たちごとこの都市を沈める気だったのか? 罪を犯した自分を裁くために)


 ――そのために犯行予告を送って警告した。

 きっと街中での戦闘では、せめて都市の住民が避難できるように注意を引きつつ時間を稼いだのだろう。もちろん南端から部隊を引き離す意味もあったのだろうが。


 さぁっ、と風が敏也の頬を撫でる。


 正直に言ってしまえば、人が死なないのであれば、こんな都市がどうなろうと知った事ではない。だが、今逃げていいのか、それを迷っていた。

 今から避難して、四人で無事に逃げ切れるのだろうか?

 シェルターに入れば必ず助かるのか? 

 そもそも、間に合うのか? 

 ……必ず助かる保障など、どこにもないではないか。


(『君ではこの都市を護れない』……か。確かに俺には無理だろうな。……けど)


 今、ここで、自分が後悔しない道とは?


(――いや、まだ手はある。可能性でしかないけれど)


 敏也はゴーレムのほうを振り向く。そして、それに乗ろうとしていた奈々に言う。


「八咫神っ! ゴーレムの腕を持ち上げてくれッ! 限界までだ!」


「へ? どゆこと?」


「いいからっ、早くッ!!」


「わ、わかったよぉ……」


 ズズズ、と持ち上がっていくゴーレムの手のひらの上に敏也は飛び乗った。そして、限界まで持ち上げられた手の上で、敏也は南を見やる。


(……ここからならっ!)


 敏也はゴーレムの手から飛び降り、ビルの屋上にいるエリーネのそばに着地する。そして、刀を屋上に突き立てた後、エリーネを向く。


「エリーネ」


「な、なんですか、大神くん?」


 突然真剣な顔と声で名前を呼ばれ、エリーネは困惑している。


「お前の力を貸してくれ」


「え?」



「ほ、本当にやるんですかっ!? 逃げなくていいんですかっ?」


「理屈の上では成功するはずだろ。それにここは海の上だぞ。どこに逃げたって確実に助かる保障なんてないさ。――なら、ここで抗うべきだ」


 エリーネは、ゴーレムが限界まで持ち上げた手のひらの上にいた。

 そして、その傍らには敏也もいる。


~~~~


「船を破壊するだと?」


「マジで言ってんの? 敏ちん。こっからどんだけ距離あると思ってんの……」


 敏也の提案はこうだった。


『遠距離魔術を得意とするエリーネが、最大魔力を練り込んだ攻撃で船を狙撃する』


 単純だが、成功すれば敵船は交易都市の沖で轟沈。それで都市への被害は最小限で済むはず。そして、遠距離はエリーネの独壇場だ。


「本気に決まってんだろ。それに、エリーネならきっとできる」


~~~~


 そうして、今のこの状況となったわけである。

 エリーネが術式を展開し始める。


「術式、展開――『ベルヴェルク』」


 しゃがんだ彼女が左腕を前方に伸ばし、手のひらを翳す。すると、魔方陣が手のひらの向こう、数センチ先に展開され、そこから砲身が現れた。

 それは、スナイパーライフルの砲身をそのまま巨大化させたような形状をしており、貫通力と狙撃能力に秀でているように見える。


 そのまま、遥か彼方に見える水平線へと手を向ける。すると、魔方陣ごと砲身が動く。どうやら彼女の左腕と砲身の照準は連動しているようだ。


 敏也は水平線のかなたへと視線を向け続けている。それは、いつ件の船が現れてもおかしくはないからだ。


「エリーネ、どうだ?」


「……やっぱり無理です。……だって私には……あんなに遠くを狙う事なんて……」


 エリーネは不安で泣きそうな顔をして言った。


 彼女は身体能力を強化できない。だから、視力も一般人程度しかない。

 単純に見ても、ここから南端まで三キロメートルはあるだろうか。

 そんな距離を強化もなし、スコープもなし、大気の観測データもなし、地球の自転の考慮の仕方もわからない、そもそも減衰率とは? ――そんな状態で目標を狙うのは、あまりにも無謀なことだった。


 だが、敏也はエリーネならできると信じていた。何故かはわからないが、できるという確信があった。

 その発生源は、胸の内に埋め込まれた術式の、熱い疼き。


「俺が狙いをつける。――エリーネは俺の合図と同時に発射してくれ」


 敏也はそう言ってエリーネのそばにしゃがみ込み、彼女が彼方へとかざしている左手に自分の左手をそっと絡めた。そして、右腕が彼女の右肩を支える。

 その様は、まるで敏也がエリーネを背中側から抱き止めているかのようだった。


「お、大神くん……!? これって……」


「落ち着けって。魔力が乱れてるぞ」


(? ……俺、なんでこいつの魔力がわかるんだ? 普段は大きさぐらいしかわからないのに……)


 そう疑問を抱くが、すぐにそれを頭から追い出す。


「……でも、これでも当たる保障なんてどこにも……」


 エリーネは、それでも不安そうに言った。

 だから、敏也はエリーネに自分の素直な気持ちを伝える。

 彼女と重ねた手のひらに、微かに優しく力を込める。


「……さっきの戦いな、お前がそばに居てくれて良かった。お前が居てくれなかったらあの刀は出て来なかっただろうし、……きっと、勝てなかったと思う」


「……大神くん」


「――エリーネ。どっちが前で戦うとか、後ろで戦うとかは、もうなしだ。――お前にできないことは、俺が絶対に何とかする。お前を狙ってくる敵がいたら、絶対に止めてみせる。……だから俺に、お前の力を貸してほしい。お前に……一緒に戦ってもらいたいんだ」


「……でも、……私――」


「大丈夫だよ、エリーネ。――俺たちなら、二人なら、きっとなんだってできるから」


 彼女の弱音を遮り、すぐそばに――誰よりも近くにいる彼女へと微笑む。

 それを見た彼女は、それまで不安げだった表情を緩め、つられたように微笑んだ。

 その顔にはもう、不安など見られなかった。そして彼女は敏也に、先ほどまで強張っていたはずの自身の身体をふわりと預け、微かに笑い、言う。


「……しっかり狙ってくださいね。……外したら許しませんよ?」


「……任せとけ」


 その言葉が終わるとともに、二人から膨大な魔力が溢れだした。

 そして、二人から溢れだした魔力が術式を介さずに大気に影響を与え、風を巻き起こし始める。それはまるで、ビル街を駆け巡っていた突風がこの一点に集中し始めたかのようだ。

 その溢れだした魔力たちは、エリーネの制御能力によって徐々に圧縮され、砲身へと凝縮されていく――



「うっひょー、すっげーな、二人とも…………あり? この魔力なんか……変?」


「……」


 二人からほどよく離れたビルの屋上で、吹き荒れ始めた風に目を細めている奈々とマサルは、二人の様子を見守っていた。そして、彼らの放つ魔力が異質であることに気付く。


(……また二人の魔力が混ざりあっている……。これはどういうことだ? しかも単純に感知しただけでも、さきほどまでの二人の残存魔力量よりも多いだと? こんな現象――――可能性があるとすれば、二人が関わっている『実験』か……?)


 本来、自身の魔力と他者の魔力が混ざることは起こり得ない。

 それは、魔力はそれぞれが特徴や色のような固有性質をもっており、通常は反発し合うからだ。もし無理に混ぜあわせ術式を行使しようとすれば、拒絶反応を起こし、下手をすれば術者へ反動が返ってくる。最悪の場合、死だ。


 しかし、過去に成功した者もいたとされ、その人物たちは圧倒的な戦闘能力を発揮したそうだ。ゆえに、裏社会では利益を目的として研究を続ける者がいたという。


 そういった背景もあり、あまりにも危険だとして魔力融合に関する研究は禁忌とされてきた。


「……二人の実験を取り仕切っている博士とやらは、とんでもないマッド・サイエンティストのようだ」


 マサルは一人、苦々しくごちた。



「魔力圧縮継続。砲身への充填率、九十パーセント。……船はまだですか?」


「……見えた」


 視力を限界まで強化した敏也がそう言った。

 水平線の果てに小さな影が現れる。それは、水飛沫を上げながら水上を爆走していた。


「……確かにあれは特攻だな。あのスピードは止まる気ゼロだ。まあ、たまたま紛れ込んだ調子に乗ってる民間船だったら気の毒だけど……」


「……早く狙ってください。近くで爆発させたら意味がありませんから」


「ああ、わかってるよ」


 敏也はエリーネの左手を動かしながら思っていた。


 これが、何かを終わらせ、何かが始まるきっかけだと。

 これから先、当たり前のことが、当たり前ではなくなっていくような、何かが変わっていくような、言いようのない不安を感じる。


(……それでも)


 敏也は、水平線へと目を向けているエリーネの横顔を見る。

 溢れた魔力の余波ではためく銀髪。その優しげでありながらも、内に秘められた強固な意志を感じさせる眼差し。そして美しいながらもどこか儚げな容貌。


(それでも……この子といっしょなら)


 進んでいける気がした。越えていける気がした。


 たとえこの選択がどんな結果を産み落そうとも、きっと、後悔なんてしない。


 再び敵船を見やる。

 敏也の瞳孔が、限界まで見開かれる。

 

 ――手のひら、砲身、船、その全てが重なり――照準が定まった。

 

「――今だッ!!」


「――撃ちますッ!!」


 その言葉を引き金に、砲身から、高圧縮された火の弾丸が撃ち出される。

 発射と同時に発生したソニックブームが二人の乗っているゴーレムの装甲を削り取り、周囲のビルのガラスを、壁を、その悉くを吹き飛ばす。


 エリーネは自分と敏也を反動から守るため、発射と同時に残り少ない魔力を練り上げ、魔力障壁を展開した。――が、残存魔力が微小なためか、それは前方を護る程度の範囲しかない。


 弾丸は、ほんの一瞬にも満たない時間で敵船へと到達する。

 それは船の装甲を紙のように突き破り、燃料と爆発物に引火。

 ――一瞬の閃光。


 そして、海上を数十メートルに渡って焼き尽くす極大の火柱が、夜明け前の黒い海を紅蓮で塗り潰すかのごとく、凄絶に立ち昇った。




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