敏也とレガリア
「……あなた……そんなに強いのに、……なぜ……?」
「すまないな。周りに余計な被害を出さないように配慮していた結果だ。――まあ、貴様のせいで無意味となったが……」
マサルは右手に何か紙のようなものを握りしめながら、冷たい眼差しで地にひれ伏した敵対者を見下ろしている。
そんな彼の身体には傷一つ見られない。
彼らの周囲は半径約十メートルほどが瓦礫の山と化していた。
つい今しがたまで建物が立ち並んでいたはずの場所が、まるで噛み砕かれ、巻き上げられ、叩きつけられたかのようになっているのだ。
「……ふふ……。やっぱり……あなたが、一番……っ」
そこまで言って敵対者は意識を失った。
「……予想以上に時間がかかってしまったな。早く三人のところに向かわなければ」
マサルは倒した敵にさほど興味を示さず、知覚神経に強化を集中し辺りを探り始める。
と、その時だった。
「おんどりゃーーーー!!」
そんな掛け声とともに何かを殴りつけた音が聴こえ、そして、マサルの目の前を何かが猛スピードで飛んで行った。
飛んで行った物体は、マサルから十メートルほど離れた場所にあるビルの壁に、ビタンッ、と張り付く。
そして、それはビクンビクンと痙攣した後、動かなくなった。
「…………アレはなんだ?」
マサルはこめかみに手をやりながら、アレを殴り飛ばした後こちらに、ズシンズシンと足音を鳴らしながら近づいていた張本人に問う。
「へ? 何って、敵だよぉ? ――――あの凶悪なフォルムっ! 禍々しい雰囲気っ! 野獣のような……いやいや、今はマジで野獣だったかぁ……。――とにかくっ、まさに敵じゃん?」
張本人こと、八咫神奈々は、巨大なゴーレムの肩に乗ったまま、あっけらからんとそう言った。
では、良く見てみよう。
凶悪なフォルムっ(爪は折れ全身ボロボロ)
禍々しい雰囲気っ(使い古された雑巾のよう)
野獣(ただしピクリとも動かない)
これで敵と言われても困るだろう。
「……俺には、お前のほうが悪役に見えるのだが」
彼がそう言ってしまうのも無理はない。
第三者から見ると、三十メートルというほどの巨体を誇る巨大ロボで、ちょっと大柄だが人間のような何かを殴り抜いているのだ。どう見ても悪役である。
マサルがジト目で奈々を見ていると、彼女は慌てて弁解し始める。
「ちょ、ちょっと? そんな目で見ないでよー。あいつ再生持ちだから派手にやるしかなかったんだってっ! 不可抗力だよぉ……」
「……殴り抜く時、ノリノリではなかったか?」
「~♪」
マサルに問い詰められた奈々は、すました顔で口笛を吹きだした。しかし、その顔は汗ダラダラである。
そんな彼女を見ながら、マサルは溜息をつき、
「まあいい。――それで、あれはもう無力化できたのか?」
「たぶんねー。何びゃ……何十発もぶちこんだし、ピクリともしないから限界でしょー。……と、ほら、見てみなよ」
そう言う奈々の目線は、さきほど殴り飛ばした敵に向けられていた。
その敵、獣の身体が一瞬発光したかと思うと、その光が霧散した。
そして、そのあとに残されていたのは意識を失った一人の男と、その男を変質させていた魔剣だった。
「これで大丈夫だねぇ。――――いやあ、楽勝でしたねっ!」
「どうせお前のことだ。余裕だと思ってなめてかかっていたら予想外に強い敵で、……だからこんなものを持ち出したのだろう? 頭から血が流れた跡もあるのだから間違いあるまい」
「……ねぇ、わたしをいじめて楽しい……?」
奈々は、よよよと泣き真似をしながら蹲った。
しかし、蹲っている場所は彼女の操る巨人の肩の上である。
まったくか弱げな少女には見えない。
「馬鹿なことを言っていないで、さっさと敏也とエリーネ嬢の援護に向かうぞ」
マサルはそう言うと、ゴーレムの膝、足の付け根、左肘の順に足場にし、最後に肩に飛び乗った。
それを見て奈々は、しゃがんだまま頬を膨らませ、
「もうっ、マサルはもう少し女の子に優しくしたほうがいいと思うよぉ? そのうちわたしに刺されちゃうかも♪」
「……善処しよう」
「うむ♪ んじゃ、行きますかねぇっ」
そう言うと奈々は、ゴーレムの頬をペチペチと叩きながら「行くよ、ゴーレム」と、巨人に命令を下す。
すると、巨人が地面を揺らしながら歩き始めた。
大地を、まるで地震が起きているかのように揺るがしながら、巨人は進んでいく。
「ねえ、マサル」
と、奈々は突然声色を落ち着いたものに変え、マサルに呼び掛けた。
「なんだ?」
マサルは、そんな彼女の変化にまったくうろたえず、極めて冷静に問い返す。
奈々は真剣な眼差しでマサルを見つめていた。
その目には、戸惑いと疑念が渦巻いている。
「――どうして、敏也とエリーネに第三世代の相手をさせたの? 今のあの子たちじゃ、到底勝ち目なんてないじゃない。それくらい、あなたならわかってるでしょ?」
その言葉には棘があった。マサルを批難するための棘が。
彼女は彼に、何故あんな無謀な判断を下したのか、それを追及していた。
マサルは目を細め、闇に染まった天を仰ぎながらポツリと呟く。
「必要だからだ」
「……何が?」
「……あいつらには、死に立ち向かい、克服する力が決定的に足りていない。――それは無論悪いことではない。俺たちの年齢で死の恐怖をその肌で感じ、それを立ち向かう覚悟へと昇華させた者など、ほとんどいないだろうからな」
そう言い、彼はかぶりを振る。
「だがこれから先、俺たちを待ち受けている戦いでは、それでは駄目だ。そんな甘ちゃんでは、絶対に生き残れない。――これから先に待ち受けているものは、こんな小規模の戦いではないはずだからな」
それを聞いた奈々は、訝しげに顔を歪めた。
「戦争が起こるとでも?」
「――確証はない。が、世界各地で反政府組織が不可解な動きを見せているのはお前も知っているだろう? もちろん、それはただの偶然で、情報自体がデマの可能性もある。単純にやつらの動きが活発になっただけなのかもしれん」
だが、とマサルは区切る。
「万が一そうなった時、……俺は仲間に死んでほしくないのだ。もう、誰かが死ぬのはごめんこうむりたい」
「……マサル……」
「――そんな勝手な理由で、俺はあいつらに試練を与えたのだ。……これが傲慢な物言いだと言うことは自覚している。だが、あいつらが強くなるためには必要なことだった。だから――」
「――もういいよ、マサル」
奈々がマサルの言葉を遮った。
突然のことに驚いたマサルは、ゆっくりと彼女へと視線を向ける。
彼女が彼に向けるその眼差しは、子どもを愛おしく思うかのような、暖かな慈愛に満ちていた。
それは、いつもの飄々とした彼女とは間逆と言っていいほどかけ離れた雰囲気であり、言い知れない懐の深さを感じさせる。
「わかったから。あなたが二人を本当に大切に思っていることは……ちゃんとわかったから。――だから、もういいよ。このことは、わたしの胸に閉まっておく」
「……すまない。心遣いに感謝する」
「うん」
満面の笑みでそう返事をすると奈々は頭を忙しなくブンブン振った。
まるで、自分らしくない部分を振り払うかのように。
その後にいたのは、いつもの緩い表情をした奈々だった。
「んで? 敏ちんとエリーはどこにいるのぉ?」
奈々はそう問う。
しかし、マサルは奈々のほうに目を向けず、ある場所を見つめながら言った。
「……あれだ」
「あれ……って」
奈々は視力を強化しながらそちらを見やる。
その視線の先では、夜空に時折炎が巻きあがり、それを避けるように魔動機のスラスターが輝くのが見えた。
「火……というか、炎? ――てことはエリーかなぁ? ……おっしっ、お姉さん全力で駆け付けちゃうよぉ!!」
そう言いながら奈々はゴーレムに加速を命じる。
命令を受けたゴーレムは歩行から走行へと移行。その逞しい両足で、地面を荒々しく駆け始めた。
巨体が走る振動のせいで、周囲のビルの窓ガラスが割れていく。
「……」
マサルはその光景を怪訝な表情で眺め続けていた。
奈々の知覚神経では、この距離では察知できなかったようだが、彼の知覚神経はその異常を感じ取っている。
(おかしい。感じ取れる魔力が敏也とエリーネ嬢のものではなく、……二人の魔力が混ざり合っている? これはいったい……)
マサルがいくら考えても、その疑問に答えは出なかった。
◆
「これでぇッ!!」
《甘いぞっ、大神君ッ!!》
二つの刃がぶつかり合う。その余波が周囲の大気を震わせる。
そのぶつかり合いは、始めは拮抗していたかのように見えたが、実際には敏也が押していた。
四メートルの巨体が持つ剛腕を、人間が押し返そうとしているのである。
ギチギチと互いの武器が音を鳴らしながら、魔動機の方へと徐々に押し付けられていく。
(不思議だ、身体が軽い。それに、この魔刀は制御できる。――前の時のように暴走しない)
以前、実技の時に無理矢理魔剣を生成した時は大変なことになったのに、なぜ?
そんな疑問が一瞬敏也の頭を過るが、それを振り払う。
今は戦うことに集中しなければ。
柄を握る腕に力を込める。
「っ! ――――いっけぇえ!!」
《くっ!?》
敏也は、瞬間的に最大筋力で刀を強引に振り抜こうとする。
尋常ではない負荷が魔動機の短剣を襲う。
そして、短剣に亀裂が入ったかと思うと、真っ二つに切り裂かれた。いや、正確には溶断されたのだ。敏也の握る刀からは高温の炎が燃え盛っている。
(このまま一気にっ!)
全力で構えていた短剣を折られ、魔動機の体制が崩れている。
それを見た敏也は、振り抜いて地面に向かっていた刀を、強化した筋力にものをいわせ無理矢理向きを変えると、そのまま逆袈裟に斬撃を繰り出した。
「くら……えッ!」
《くぉ!》
このままではコックピットごと溶断されてしまう、そう感じた海堂は魔動機の脚部スラスターを全開で噴射。自身にかかる負荷を無視し、機体を後方に飛び退かせる。
間一髪、コックピット自体は斬り裂かれなかった。が、さすがに完全に躱すことは叶わず、代わりにハッチが斜め下から斬り裂かれた。
溶かされた装甲が、振り抜かれた刀に伴って辺りに飛び散る。
魔動機は後方に飛び退いた後、接地。そのまま接地した足裏から火花を散らしながら減速し、なんとか踏み止まる。
《さきほどよりも良い動きだ。まさか、未熟な君にここまでしてやられるとはな。それはその刀の力か、それとも君自身の力なのか……》
海堂が敏也を称賛した。
《高威力の魔術を使わない上で、これほどとは……》
それが何らかの制約によるのか、それとも使えないだけなのか、海堂にはわからない。
《だが、わたしにも意地がある。大人としても、男としてもな》
そう言うと海堂は破損したコックピットハッチを魔動機の腕で掴み、それを強引に引きちぎった。
引きちぎられたハッチが耳障りな音を立てて屋上を転がる。
そうしたのは、敏也の斬撃でハッチごと内部モニターを引き裂かれてしまったからだろう。であれば、戦闘を継続するためには目視で戦うしか道はない。
解放されたコックピットの中には、溶けた装甲で負傷した海堂がいた。
「大神君、ここからは簡単にいくと思うな」
そう言うと、海堂は魔動機の腕のマニュピレーターを操作し、バックパックの右側にマウントされている対魔剣を握った。すると、対魔剣をロックしていたアームが外れる。
そして、魔動機は長大な剣を前方へと構えた。
その全長は、さきほどまでの短剣の二倍ほどはあろうかという長さだ。
そもそも短剣じたいが人間からするとかなりの巨大さなのだ。それの二倍ともなれば、大きさからくる威圧感は相当なものである。
自らへと切っ先が向いている武器を見た敏也は、刀を両手で構えたままで肩を落とす。
「反則くさいなぁ……その武器」
「言うな。君こそ、対魔素材を溶断するような刀は反則だろう?」
「いやいや、これとそれとじゃリーチ違いすぎるから。というか一発喰らったら真っ二つじゃん、それ?」
「では、そうならないよう頑張りたまえ」
ぼやく敏也に、海堂も飄々と軽口を返す。
「大神くん! 真面目にやってくださいっ! 命がかかってるんですよ!?」
と、そんな敏也を見て、今まで障壁の中で静かに見守っていたエリーネが怒声をあげた。
敵対している二人はその声に愉快気に笑みを零した。
「ふっ、お姫様がお怒りだぞ、大神君。――いいのかね?」
「問題ないさ。後でゆっくり寝かしつけるから……なっ!!」
言い終わると同時に敏也の姿が消える。――瞬時に最大加速したのだ。
それは、およそ常人の肉眼で捉えられるスピードではない。
しかし、
「そんな単調な動きで、――――わたしを斬れると思うなッ!!」
「っ!?」
「大神くんっ!! 避けて!!」
だが海堂には敏也の動きを読まれていた。
数多の実戦を経験し、魔動機、魔術師、その両方との様々なせめぎ合いを経験してきた海堂は、肉体強化を使う魔術師が基本的にどう奇襲を仕掛けてくるのか、それを経験で熟知していた。
魔動機の背後から迫り、その巨体を横一文字に斬り裂こうとしていた敏也。
そんな彼に向け、脚部スラスターによって加速した魔動機の鋼鉄の右足による、後ろ回し蹴りが放たれた。
敏也は斬撃の予備動作を取っていたため、それを完全に躱すことはできない。
彼は刀から離した右腕を咄嗟に構え、それと同時に、魔動機の右足が向かってくる方向とは逆へと、足で地を蹴った。
「ぐぅっ!!」
蹴りを受けた瞬間、右腕が軋む音が聴こえる、が、折れてはいない。
彼はそのまま衝撃に逆らわずに身を任せる。
――眼下に広がる風景は、闇色の空。
いや、違う。蹴りの衝撃で身体があらゆる方向に回転している。
苛烈な衝撃で吹っ飛ばされた敏也は、二つほど向こうのビルの上空へと投げ出されていた。
だが、痛みに顔を顰めながらも、そのまま空中で体制を立て直す。
そして刀への魔力供給を停止。それによって炎を失った刀をビルの屋上へと乱雑に突き刺した。
突き刺された刀は、ビルをまるで豆腐のようにいとも簡単に切り裂きながら、それでも彼の吹っ飛ぶスピードを徐々に低下させていく。両足も同時に使い、無理矢理減速する。
ついに完全に停止した。
それを確認した敏也は刀をビルから乱暴に引き抜き、刀へと魔力を注ぎ込む。そうすることで刀身に再び炎を灯しながら身体の状態を確かめる。
衝撃に逆らわなかったことでダメージ自体は少ないようだ。まだ戦闘継続は可能。
「休んでいる暇はないぞッ!!」
海堂は敏也が体制を直している隙に接近を試みていた。
スラスターを吹かしながら飛翔してきた魔動機が着地し、屋上と接地した足から火花を散らしながら滑走。
それと同時に長大な剣を、敏也を両断せんと横へと薙ぎ払う。
――だが、その動作はあまりにも遅い。
以前襲ってきた槍の男の一撃に比べれば止まっているかのようだ。敏也は戦いを通じ、確実に強くなっている。
防御か、回避か、真っ向から受けて立つか。
今までのように肉体の強化率に頼り切った戦い方ではなく、複数の行動選択肢の中から最適解を導き出す。
「……」
敏也はその一撃を冷静に見切り、屈んで回避。その体制のまま前へと踏み込み、魔動機の至近距離へと近づいた。
魔動機は対魔剣を振るった直後で反撃ができない。海堂はガラ空きだ。
無防備なパイロットへの直接攻撃のチャンス。
「ここだぁッ!!」
敏也は右手で、炎を纏った刀を用いた渾身の突きを放つ。
それは跳躍のスピードまでもが加算され、ただの突きよりも遥かに威力を持った必殺の刺突となる。
唸りを上げ、大気を焼きながら、海堂にその尖端が迫る。
「……ふっ」
だが、それを見た海堂は狼狽などせず不敵に笑い、極自然と操縦桿を操作した。
――次の瞬間、魔動機が全身のスラスターを最大噴射。
機体は敏也の渾身の突きを間一髪逃れ、彼の上方へと覆い被さるように肉迫する。
「終わりだッ大神君っ!!」
海堂の勝利の咆哮と同時に、魔動機が長剣による斬撃を振るう。
「っ! ――燃えろッ、『灰神』!!」
攻撃を躱された直後、危機を感じ取った敏也は瞬時に供給魔力量を増幅。注ぎ込まれる魔力の増大によって、突きの際に燃え盛っていた炎がより強大となり――
そして、右手だけで握っていた刀を左手で強引に構え直す。
ギチギチと身体に負荷がかかるが無視し、そのままろくに足で踏ん張れない体制から両腕で刀を振るい、上にいるであろう魔動機へ向けて炎の斬撃を飛ばした。
長剣と炎の斬撃がせめぎ合う。
魔力を変換して生み出された炎と、対魔素材で造られた長剣が反応し合っているのだ。
「ぬぅぅうう」
操縦桿を握った海堂が歯を食いしばって呻く。
ただでさえ機体を揺らす衝撃に晒されているというのに、それに加え、特大の炎の熱をも至近距離でくらっているのだ。無理もないだろう。
――だが、なんとか競り勝ち、長剣が炎の斬撃を斬り払った。
炎は空中で四散し、儚く消えていく。
「っぐあっ、っ――――」
無理な体勢で刀を振り抜いた敏也は、ろくに受け身も取れずに、そのままビルの屋上へと叩きつけられた。
数回屋上をバウンドし、転がり、ようやく停止する。
「うっ、……ぐ……!」
敏也は全身を襲う痛みに呻く。身体がバラバラになるのでは、と思うほどの衝撃と痛覚が身を揺さぶる。諦めたい――そんな弱音が頭蓋を巡る。
それでも、起き上がる。
手を着き、身体を起こす。
足を張り、立ち上がる。
自分のために。変わるために。
そして、誰よりも――
(あいつを護るために)
決意が灯る。その瞳に、体躯に、心に。
炎が宿る。
「――まだだ!」
落下の衝撃によって口内を切ったことで血を流し、それでも決死に吠えながら、地を蹴り進む。
刀を振り上げる。紅蓮が刀身を中心として螺旋状に吹き荒れる。
目標は、今まさに着地しようとしている敵。
「海堂ぉぉぉッ!!」
敵の名を叫ぶ。
「っ! ――大神ぃぃ!!」
激突。渾身の想いで振られた刀と剣が、剣圧と炎を撒き散らしながら衝突し続けている。
拮抗し、凶器を押し付けあう。
だが、動かない。小刻みに揺れ動くものの、どちらか一方に圧し掛かるような事態には発展しない。
それを見た両者は、互いの獲物を突き放し、斬り結びに移行。
絶え間なく金属音が鳴り響き、対魔素材によって弾かれた紅蓮がビルの屋上を溶かしていく。
手すりが溶け落ち、貯水タンクから水が漏れ、階下が覗く。
刀からは魔力による炎が、剣からは質量による風が吹き荒れる。
高速で、最速で、打ち合う。
正しさではなく、自らの道が強いことを証明するために。
正義も悪も関係なく、譲れないもののために。
「っ!」
「くっ」
両者に疲労が見え隠れする。
武器を叩き付け合いながら敏也は荒く息を吐き、海堂はその身を襲う熱波に顔を顰めている。そして、それを互いに認識し合っていた。
だからこそ、決着を着ける。
敏也は後方へと跳び退き、距離を取った。
「『灰神』! もっと力を貸せ!」
炎刀を横に振り抜き、魔力を込める。
想いに応えるように大火が舞い始める。
空間を焼き尽くすのでは、と見紛うほどの熱量が生み出され始める。
一方、海堂はその様を鋭く見据えながら、息を整えている。
「ふぅーふぅー、……魔術師めッ」
思わず漏れた忌々しげな言葉だった。
それすら自覚する暇なく、操縦桿を操作し、魔動機を動かす。
薄暗い都市の中、全身のスラスターから微かに光を漏らすその姿は、闇夜を行く幽鬼。
カメラが発光し、関節が軋む。
配線を通して命令が駆け巡り、半壊した背部スラスターから紅炎を生む。
そして、機体が飛翔を開始した。
「魔術師如きが――」
魔動機が迫る。対魔剣が振りかぶられる。
敏也は迎撃態勢を取る。
「――わたしの邪魔をするなァァァ!!」
悲痛な咆哮と同時に、両者の獲物がぶつかり合った。
直後、衝撃によって両者はそれぞれ後方へと吹き飛ばされる。
数メートルは軽く滑走し、最後は屋上の手すりへと激突。
辛うじて落ちはしなかったが、それでも多大なダメージを受けた。
「うぁっ」
強烈な痛覚が背を中心に襲う。意識が明滅を繰り返し、絶え間なく神経が危機を知らせる。
それでも両者は立ち上がる。
だが、お互いに、限界だった。
「見事だったぞ大神君。まさか、あの体勢から反撃してくるとは思いもしなかった」
仰向けに倒れていた魔動機を立ち上がらせ、海堂がそう言った。
「あんたも大概人外レベルだって。ここまで動きを見切られるとは思わなかったし、……さっきはマジで死ぬかと思ったよ」
「……そうか。――それはそうとしてだ」
海堂がチラリとコックピット内の計器類に目をおとす。
「そろそろバッテリーと推進剤が限界のようだ。――次の一撃が、わたしの最期になるだろう」
神妙な面持ちで海堂は言った。
魔動機内の計器類は、機体が限界であることを示すかのように点滅を繰り返し、強引な動きを強制し続けた機体各所の関節は、時折スパークを放っている。
「……そっか。じゃあこれで終わりだな」
それを聴いた敏也は真剣な顔つきで、両手で持った刀を頭上へと掲げた。
その刀身が一瞬発光すると、周りで劫火が渦巻いていく。
それを見た海堂は笑っていた。
「くははははは…………まったく、君は律義な子だな。逃げ回っていれば君の勝ちだというのに……わざわざ決着をつけるのかね?」
「……そうだなぁ、自分でも何してんだろって思うよ」
敏也はそう言った後、汗がにじむ顔に穏やかな表情をつくり、かぶりを振る。
「でも、ここであんたと向き合うのをやめたら、俺はきっと後悔するだろうから。……俺は、『テロリスト』としてのあんたは嫌いだ。それに、あんたの仕出かしたことは絶対に認められない。……けど、それでも『人間』としてのあんたは尊敬してる」
横目で、二つほど離れたビルの屋上にいるエリーネを見、なお一層表情を緩める。
「――だって、あんたは情けない俺とは違って、大切な人のために怒ってあげられる……優しい人だ」
その言葉を聞いた海堂は、どこか長年の憑き物が取れたかのような、肩の荷がようやく下りたかのような、そんな安心した表情を浮かべた。
「……そうか、そうなのだな。ああ、そうだ。わたしは……わたしはたったそれだけのことで……。――大神君、礼を言わせてもらう。周りに当たりつける道しか選べなかったわたしだが……君にそう言ってもらえて、少しだけ救われた気がするよ」
そう言って、海堂は魔動機に長剣を構えさせる。
海堂の口元は笑っていた。そして、敏也の口元も笑っていた。
「――死ぬ前に、君のような若者に出会えてよかったと、……今わたしは……心からそう思っている」
「……あんたにそう言ってもらえて光栄だよ、海堂さん」
刹那、二つの影が交差した。




