時雨と魔剣
シェリーの魔動機は都市の中心部を目指し、ビル群の少し上空を飛んでいた。
その道中で邪魔をしてきた警備班は適当にあしらい、飛行を続けた。
もう時間に余裕はない。最端ルートを強引に突っ切るしか道はないのだ。
(第二プランに移行する前に、核を破壊しなくては……っ)
彼女は焦っていた。
北部を守っていた都市防衛部隊が予想以上に健闘したため、計画に大幅なズレが生じたのだ。それを取り戻そうと、最高速度で魔動機を飛ばしている。
――だが、それが彼女の隙となった。
「――『神滅剣・修羅』、解放」
《っ!?》
そんな冷徹な声とともに、彼女の魔動機が突然の衝撃に見舞われた。
それはさながらハンマーで殴られたかのような衝撃。機体が大きく揺れ、内部にアラートが鳴り響く。
《ぐぅっ! ……くっ、この程度でッ》
何者かの強襲によってバランスを崩した魔動機は地面へ向かって墜ちていく。が、再びスラスターを点火し、空へと舞い戻った。
しかし、
《っ……レーザー砲が!?》
体制を立て直した後、魔動機のモニターを見てみると、バックパックに装備しているレーザー砲が破損した事を知らせる警告が示されていた。恐らく、先ほどの攻撃によるものだろう。
シェリーは悔しそうに唇を噛み締める。
《……連結解除。武装をパージ》
コンソールを操作し、破損した箇所をパージする。すると、小さな衝撃と音を生みながら連結が解かれ、火を噴いていたレーザー砲が道路へと落ちていった。
そして、シェリーは先ほどの衝撃を見舞ってきた相手を見やる。
――その相手は、杉崎統括の副官、時雨と呼ばれた女性だった。
彼女はビルの屋上で、右手で太刀を軽々と持ちながら憮然と佇み、長いポニーテールを風になびかせ、空中にいる魔動機を冷やかな視線で見据えている。
(この女性が、さっき襲ってきたというの?)
シェリーは驚愕していた。
自分はかなりのスピードで飛行していたはずだ。なのに、そのスピードを完全に見切った上でレーザー砲を優先して狙い、正確無比な攻撃をし掛けてきた。その上使った武器は太刀一本。――恐ろしいほどの肉体強化能力をもった人物だ。
「ここから先へは行かせません」
時雨は冷たい声音でそう言い、太刀を構える。すると、その太刀の刀身の周りに黒い靄のようなものが纏わり付き始めた。
(まさか……魔剣っ!?)
シェリーは魔動機の右手に、バックパックに装備していた対魔剣を握らせながら、苦虫を噛み潰したかのような表情をしていた。
(時間がないというのに、まさか魔剣持ちとあたるなんてっ!)
そんなシェリーを――魔動機を見つめていた時雨の身体がゆらりと沈み込み、
「――参ります」
ダンッ、とビルの屋上を蹴り、飛翔した。
それを見たシェリーは即座に反応し、
《なめてもらっては困りますっ!!》
スラスターを噴射しながら魔動機の右手で対魔剣を振るい、彼女を迎え撃った。
剣閃。
絶えず閃き続ける刃たちが、夜の帳に包まれた都市上空で彗星のように鮮やかな軌跡を描きながら瞬いている。
《このっ!》
「ふっ!」
掛け声とともに、閃く刃が激突する。
シェリーは魔動機にスラスターを惜しみなく噴かせ、絶えず高機動力で時雨を圧倒しようとしている。
一方、時雨は斬撃の後、ビルの屋上へと細かく着地。その後すぐさま跳躍を繰り返し、魔動機と違って自由飛行できないというハンデを補っている。
(っ、この太刀はいったい……っ!?)
互角に渡り合っているように思われたが、シェリーの顔は焦燥に染まりつつあった。
(受ける度に……重く……っ)
明らかに斬撃の威力が上がっている。それも打ちつけ合う度にだ。
しかも、それだけではない。時雨自身のスピードまでもが上がり始めている。それはまるで、加速し始めたMT車がエンジンのギアを切り替え、さらなる加速を行うかのごとく。
肉体強化の度合いを高めたのだろうか?
それとも、始めから本気ではなかった?
考えたところで答えはわからないが、早くに決着をつけなければ敗北してしまう。
(コントロール・ルームの制圧用に残しておきたかったけどっ)
不利な戦況を鑑みたシェリーは、魔動機の左手に持たせているサブマシンガンを時雨に向け――時雨はこちらに背を向けながらビルの屋上に着地しようとしている。
狙い撃つには絶好の好機。
《終わりですっ!》
砲身から銃弾が乱れ飛び、それが時雨に向けて雨のように降り注ぐ。
ついに、彼女を捉えたかと思われた。
しかし、
「――無駄です」
彼女が着地すると同時に、背の周辺に魔力障壁が展開された。その障壁によって、飛来した銃弾はその全てが阻まれ、弾かれる。
《くっ! このッ!》
再び発砲。
残弾数など構わず、ありったけの弾薬をつぎ込み、彼女を屠ろうとする。
時雨はそれを横っ跳びで避けながら、黒い靄に覆われている太刀へと目を落とし、
「――もう少し、ね」
その言葉とともに、時雨がビルの屋上を高速で駆け始めた。
ビルからビルへ、銃弾の雨から逃れるように、ジグザグに走行する。
走行しつつ、行く手を阻む障害物――ビル屋上に配置されているフェンスやダクトなど――を容赦なく斬り裂いていく。
《ちょこまかとぉ!》
いつまでたっても当たらない。どれだけ狙いを定めようとも避けられてしまう。
(なに、この強さは? どうしてこんなにも……!)
作戦遂行への焦りが、彼女に対する恐怖が、シェリーの判断力を鈍らせた。
シェリーの操る魔動機が、右手に持った対魔剣を振りかぶり、スラスターを使用しながら時雨に追いすがる。
平静時の彼女ならば、このような迂闊さを見せるはずも、愚かな急接近などをするはずがなかった。
と、時雨が高速で振り返り、
「――この時を待っていました」
その言葉とともに太刀を掲げ、足で減速するとともに屋上を蹴り、シェリー機へと向け飛び立った。
彼女の持つ太刀の刀身を覆う靄が、獲物を見つけた獣のように湧き立っている。
《ッ!!》
それを見て本能的に危機を察知したシェリーは、スラスターの噴射を緩め、魔動機に斬撃を中止させた。
そして、そのまま剣を構えさせ、刀身で時雨の太刀を受け止めさせようとする。
だが、平常時ならば得策であったこの行いは、今この時この相手には愚策だった。
「――屠れ、『修羅』」
一刀両断。その表現が最も正しいだろうか。
魔動機の右肩アーマー、対魔剣、右脇腹、右腰、右足――その全てが、まるで柔らかいものに切れ込みを入れるようにあっさりと斬り裂かれ、斬り落とされたのだ。
《……うそ》
シェリーは、自身の理解を越えた事態に呆然としていた。ゆっくりとビルの屋上へと落ち行く機体を立て直す気力さえ湧かないほどに。
まさか、対魔素材の装甲が、対魔剣が、こうもあっさりと――その上、纏めて斬り払われるなど聞いたことが無い。
ズズンッ、と音を鳴らしながら、シェリー機が屋上へとうつ伏せに墜落し倒れこんだ。
《うあぁ……っ!!》
内部では、けたたましくアラートが鳴り響き、モニターは機体ダメージによるエマージェンシーの表記で埋め尽くされている。
と、少し離れた場所に時雨が着地した。相変わらず太刀の刀身を禍々しい靄が覆っている。いや、さきほどよりも濃度がこくなっているようだ。
《……っ……その武器は……いったい……?》
「……私相手にここまで持ち堪えたあなたに敬意を表して、――そして、冥土の土産に教えて差し上げましょう」
そう言いながら、太刀を横に構え、前方へと突き出す。
「これは私だけの魔剣。銘は『神滅剣・修羅』。――能力は、使用者の斬撃回数とともに加算されていく『ノーリスクの肉体強化ブースト』と、どこまでも高まっていく斬れ味です」
《なっ……》
シェリーは驚愕した。なんだそれは、と。
つまりは、長時間戦えば戦うほど強くなっていくということではないか。
早期決着の決定打たるレーザー砲を失っていたシェリーには、始めから勝てる相手ではなかったのだ。
「――斬り付け続ければ、いずれ神すらも殺せる――ゆえに『神滅剣』。……わたしの敬愛する主が付けてくれた銘です」
時雨が、それまでとは違った穏やかな表情で言った。
そして、そんな彼女を見たシェリーは気付く。彼女の言う『主』こそが、彼女の戦う理由なのだと。
シェリー自身も愛する人のために戦っている。だからこそわかったのだろう。
ならば、負けられない。
誰にも、彼の邪魔をさせられない。させたくない。
とその時、魔動機が彼女の意志に応えるように息を吹き返した。駆動音が徐々に大きくなり、グググ、と機体が起き上がり始める――右足を失っているにも関わらず。
愛機の駆動音が――息遣いが、シェリ―に闘志を取り戻させる。
《……まだ、終わりではありませんっ!》
「……そのようですね。――今度こそ止めです」
両者が剣を構える。
シェリー機の対魔剣は中ほどから折れてはいるが、気迫では時雨に劣っていない。
だがそれでも、勝敗は誰の目にも明らかだった。
◆
「……随分、手こずらされてしまいましたね」
時雨は、激闘の爪跡が残るビルの屋上で一人呟いた。その傍らには、あらゆる部分が破壊され機能停止した魔動機が転がっている。
斬撃はコックピットには直撃していないが、搭乗者がどうなったかはわからない。
つい今しがた決着がついたばかりであり、ようやく一息ついているところなのだ。
右手に持つ太刀からは黒い靄が失われ、それを持つ彼女の顔にはとてつもない疲労が見え隠れしていた。
「……相変わらず、燃費が悪い武器ね」
右手に持った太刀を恨みがましく半眼で見据えながらごちる。
――彼女の言ったそれこそが、この魔剣の弱点。
確かにこの魔剣はとてつもない威力を秘めている。――『肉体への負荷という意味では』ノーリスクの肉体強化ブーストと刀身の理不尽なまでの斬れ味。――が、その代償として常時大量の魔力を喰らっていくという特性があるのだ。
だから、威嚇程度の術式でさえ魔力消費を懸念すると迂闊には使えなくなってしまう。先ほど銃弾を防ぐために使用した魔力障壁でさえ断腸の思いだったのだ。
――それは『解放』の宣言から始まり、それを解呪するまで延々と続く、力の戒め。
使用時間を誤れば自らの命を失ってしまう、諸刃の剣。
だからこそ、杉崎統括は時雨を最後まで温存していたのだ。もしもの場合にのみ、彼女を戦場に投入するために。できるだけ、彼女の負担を軽減するために。
時雨はポケットから端末を取り出し、コールを始めた。
「――こちら時雨。敵魔動機を破壊しました」
《――ご苦労様です。……身体のほうはどうですか?》
応答した杉崎統括が彼にしては珍しく、心配そうな声音で問いかけた。
それを聴いた時雨は仏頂面をほんの少しだけ綻ばせ、
「はい、問題ありません。……ただ、残存魔力量が微々たるものでして、できれば回収班を向かわせてはもらえないでしょうか? 敵魔動機内のパイロットの安否も確かめなければなりませんし……」
《いいでしょう。詰め所に残っている最後の予備戦力をそちらに向かわせます。しばしお待ちなさい》
「了解しました」
そうして通話は終わり、時雨はようやく腰を落ち着け、酷使した身体を休めるように目を瞑った。




