灰の神
半壊したビルの壁面を足場にしながら二人がビルの屋上に辿り着くと、そこには海堂の駆る魔動機が佇んでいた。
《……結局連れてきてしまったか。……いいのか?》
「問題ないさ。あいつはただの観客だからな。……後ろで障壁張って引き籠ってるだけだ」
その言葉通り、エリーネは敏也と海堂から距離のある場所で障壁を展開していた。
彼女の目は敏也を心配そうに見つめている。
《……そうか。ならばいい。――――武器を出したまえ。わたしは丸腰の相手をなぶるような鬼畜ではないのでな》
「ああ、ちょっと待っててくれ」
そう言って魔力を練り上げ武器を生成しようとした、その時だった。
「っ!?」
心臓がドクンと跳ねた。――いや、心臓ではなく、それに近い場所にある何かが脈動した。
そして、その何かは脈動を続けている。
(な……んだっ!?)
「ぐっ……」
胸を抑え、その気持ちの悪さに呻く。体中から脂汗が噴き出してくる。
と、視線をエリーネのほうに向けると彼女も胸を抑え苦しんでいた。そして、展開されている魔力障壁が彼女の体調に合わせるように、まるでノイズ混じりの映像みたいにブレ始めた。
《? どうしたっ、大神君》
海堂が二人の様子を訝しんで問いかけてくる。だが、敏也は答えられない。
(この感覚って……実験のっ!?)
「……エ、エリーネっ!!」
掠れた声で彼女の名を呼び、駆け寄る。
エリーネは苦痛のあまり障壁を維持できなくなったのか、無防備な状態で胸を抑え、屋上にへたり込んでいる。
敏也は彼女の傍に寄ると、その肩に手をまわし、彼女の身体を支えた。
「……うっ……大神くん、これって……」
「ああ、実験の………術式が不安定な……っ……同調を示した時のだっ」
二人は自分たちの認識が同じであることを確認すると、対策を講じる。
「っ……なんでかはわからねーけど、勝手に起動してるみたいだな。……一度展開して、破壊しよう」
「そう、ですね……っ……このままでは、戦いどころではないですし……」
お互いの意思の確認が済むと、問題の術式を展開しようとする。
――しかし。
〈精神共鳴率五十%オーバー。術式『ギア』、起動〉
そんな――まるで機械が発したような無機質な声が、二人の頭に響いてきた。
〈――――初回起動であることを確認。有視界領域に敵性個体を捕捉。
――初回起動時におけるセーフティー起動。
術者の安全確保のため、術式の自立制御を開始。
――これより術式及び、魔力の同調を開始します〉
次の瞬間、二人の胸元から術式が、それもただの術式ではなく、彼らが実験でテストしている術式――『ギア』が展開された。
二つの歯車が、二人をそれぞれ核とするように並んでいる。
「なっ!?」
「ど、どうしてっ!?」
自分たちが意図するよりも早く展開されたことに二人は驚きと戸惑いを示す。
しかし、術式は止まらない。
〈術式連結。――――同調開始〉
その声と共に二つの術式が噛み合わさる。そしてそのまま回転を始める。
スピードが徐々に速まっていく。
『ギア』から溢れだす光が、魔力が拡散する。
――一瞬、世界が白に染まった。
《――ザザッ――わた――しを――ザッ――殺してっ――》
「!?」
突然、ノイズ混じりの少女の声が二人の脳裏を駆け巡った。
その声は聞いたことのない人物のもので、今にも泣き出しそうな声質で……だが、今はそれを気に留める余裕など彼らにはなかった。
『ギア』は変わらず回転し続けている。
〈本術式の起動者をオオガミ・トシヤと確認。
――素体コード:オオガミ・トシヤ。魔力因子の欠落を確認。武装魔術への微弱な影響、攻撃魔術への深刻な影響あり〉
素体?
魔力因子?
聞いたことのない言葉だ。
〈付与者コード:エリーネ・フリートハイム。魔力因子の欠落を確認。肉体強化魔術への深刻な影響あり〉
次はエリーネのことを調べたようだ。また聞きなれない言葉を使っている。
〈――素体及び、付与者間に欠落因子の合致は確認できず。よって、付与者より魔力因子の同調を開始します。
――工程終了。生成開始〉
その言葉が終わると同時に、二人の目の前に魔方陣が展開された。だがそれは攻撃用の術式ではないようで、静かに発光しているだけのものだ。
が、突如、それが輝きを増す。それはまるで、夜空で煌々と光を放つ流星のような瞬きだった。
そして目の前の魔方陣から何かが生まれ始める。
魔方陣から引きずり出されるように出てきたものは、刀。刀身が真紅に染まり、柄や鍔は厳かな雰囲気を放つ、荘厳な闘刃だった。
〈……実行中にエラー発生。
――検証……許容範囲と推定。
――生成物コードを制定…………『炎刀・灰神』、生成完了。
――これより本プログラムは、術式維持へと移行します〉
あっという間に全てが終わり、二人は呆然としている。
さっきまであれほど荒れ狂っていた歯車は消え、魔力も落ち着いている。
ただ、二人の目の前にある異質な空気を放つ刀だけが、さっきまでのことが現実で起こったのだということを表していた。
「今のって……いったい……」
「……私たち…………どうなったんでしょうか?」
お互いに目を向け身体の調子を確認するが、どこにも変わった点は見られない。
《……いったい、何が起こったのだ? ――――いや、何をした?》
海堂が戸惑った様子で問いかけてくる。その問いに敏也は首を振って答える。
「………俺たちにもわからねえよ……」
そう言いながら、エリーネの肩からそっと手を離し、立ち上がる。
――彼の諦観したような表情と言葉が、突然脳裏に蘇る。
『覚悟のないお前にはわからないだろうな』
――彼女の後悔と憐憫を滲ませた戒めが、何かによって揺り起こされる。
『後悔しない道を選びなさい』
その情景を噛み締めながら刀の柄に手を伸ばし、それを掴む。
(そう、何もわからない。――けど、きっとこれが、後悔しない道だから)
掴んだ刀を勇猛に振るい、切っ先を海堂に向ける。
「本番だ、テロリスト……ッ!」
その刀身からは、風に揺ぎながらも燃え盛る、猛々しい炎が灯っていた。




