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双天の共鳴者  作者: 月山
第一章「共鳴者覚醒」
22/126

細やかな決意


「あ~、しんどい」


 奈々は瓦礫の下でぼやいていた。

 その身体は埃まみれで、頭を切ったのか、少し血が流れている。

 さきほどの獣の一撃は相当効いた。自分がいったい何枚の壁を突き破ってここまで来たのかわからないほどだ。


 だが、とりあえず獣から逃げることには成功した。このままやつの魔力切れまで待ってから、やられた分以上にボコればいい。

 ――それが定石。揺るぎない勝利への近道。


「いや~、それにしても、咄嗟の判断だったとはいえ、瓦礫の中でじっとしとくというアイディアはなかなかでしたね。ほ~ら、見て御覧、さっきの化物はいつまでたっても襲ってきやしない。わたしってばさっすがぁっ!」


 ……でも……。


「……なんか、あったまきた」


 不機嫌そうに呟いた奈々は、瓦礫の下の僅かな空間で痛む身体をもぞもぞと動かすと、ポケットから警備班の端末を取りだした。

 そして、通話ボタンを押す。

 数コールの後、相手に繋がった。


「はろ~、ご機嫌いかが? 杉崎統括」


《ごきげんよう……と言いたいところですが、まだ深夜ですね。それで、何か御用ですか?》


 話が早くて助かる、と奈々はほくそ笑む。


「いや~、ちょっとムカつくやつがいるんでぶっ潰そうと思うんですけどぉ……そのために許可していただきたいことがあってぇ……」


《なんでしょうか? よっぽどのことでなければ許可しますが》


 それを聴いて、奈々の口元がニマァと歪む。


「たいしたことじゃないですよぉ? 許可していただきたいのはぁ……ビル群を数十メートル規模で塵にすることです☆」



 獣は探していた。さきほど殴りとばした獲物を。

 あの程度で死なない相手であることを本能的に感じ取っていた獣は、今もこうして獲物の潜伏先を探していた。


 その目――爬虫類を思わせる目がギョロギョロと動き、周囲に少しでも動くものがないかと探し続ける。

 と、その時魔力のうねりを獣は感じた。場所はすぐ近く。――きっとさっきの獲物だ。


 獣は駆け出した。

 その脚力を持ってして、すぐに辿り着く。

 ……そこには。


「アハッ、いらっしゃい、醜い化物さん。これから、わたしを怒らせたことを後悔させてあげるね」


 奈々は宙に浮かせた瓦礫の上に座っていた。少々埃のついた身体から、膨大な魔力と怒りを滲ませながら。

 その下には、おびただしい量の瓦礫の山。


「さあ、起きなさい! ゴーレムっ」


 両腕を大きく広げながら発せられたその言葉とともに、魔方陣が現れる。それは、普段彼女がゴーレム生成に使う魔方陣よりも各段に大きく、複雑なデザインだった。


 その魔方陣が地面に吸い込まれると同時に、地面とビルに幾千もの閃光が奔る。

 そして、閃光が過ぎ去った後、大地が震え始めた。――いや、大地が震えているのではない。獣の足元にあるビルの破片が浮き上がり始めたのだ。

 しかも、ビルの破片だけでなく、破損していないビルまでもがボロボロと崩れ――むしろ分解され、彼女の元へと集まっていく。


 金属音と様々なものが砕け組み合わさる音が、夜の都市に響きわたる。


「いつもは土クズだけど……今回は特別製だよ。――さあ、存分に暴れなさい!」


 いくつものコンクリートや鉄筋、果てにはガラス片まで取り込んでそれは完成した。


 それは一体の巨人。

 それは一つの山。

 それは、周りのビルよりも頭一つ分ほど大きい体躯をした巨大なゴーレムだった。


 彼女はそれの肩に乗り、獣を冷たい眼差しで見降ろしている。

 獣は震える。彼女と自分の生物としての格の違いを感じ取ってしまったから。その目の冷たさが、圧倒的な実力差に裏付けされたものだと理解してしまったから。


「っ」


 獣は後ずさる。

 それを見た彼女は楽しそうに笑った。


「あれぇ? 怖がってるのぉ? でも、安心しなよ。目を覚ました時には何も覚えてないから」


 巨人がゆらりと動く。

 そして、彼女は笑みをさらに冷たくする。


「――――だって、覚えていられないぐらい殺すんだもの」


 次の瞬間、巨人の鉄槌が振り下ろされた。



「はぁ……! はぁ……!」


 エリーネは息も絶え絶えな様子で、道路わきの歩道で座り込んでいた。彼女の頭上からは街灯の明かりが照らしつけている。


 ここは四人が別れた交差点よりもずっと詰め所に近い地点だ。

 彼女が走り出してから何分が経っただろうか。確かなのは、エリーネは体力が限界になるまで、敏也に言われた通り逃げたということだ。


「はぁ……私……はぁっ……なんで……っ」


 あの場から彼を置いて逃げ出したことに対する罪悪感が彼女を苛む。

 なぜ一緒に戦おうとしなかったのか。

 どうして彼を置いてきてしまったのか。

 なぜ、なぜ? 次から次へと自分を責める言葉が浮かんでくる。


「私は……ただ、怖かっただけじゃないですかっ……」


 あの時の自分の頭の中にあったのは、自分が無力だということではなかった。

 この場から逃げ出したい、魔動機から逃げたい、ただそれだけだった。


「……大神くんに、あんなこと言っておいてっ!!」


『あなたは一人じゃありません』


 そんなことを言っておいて、結局自分だけ逃げて、彼を一人にしてしまっているではないか。

 なんてズルいんだろう。

 なんて卑劣なんだろう。

 彼女の瞳から涙がこぼれおちる。


「……っ……大神くんはっ!!」


 最後まで彼は、自分を気遣ってくれていた。守ってくれた。


「…………嘘じゃないって……言って、くれたのにっ……」


 落ち込んでいた時に、彼は気遣ってくれた。

 そして、嘘ではないと、優しくそう言ってくれた。

 ――それなのに、あろうことか、自分が裏切ってしまった。


「うっ……っ……あぁぁ」


 堰をきった涙が止まらない。

 それから数分の間、彼女は泣き崩れていた。


~~~~ 


 涙を流し項垂れていた彼女の耳に、遠くから戦闘音が聴こえてくる。

 ――まだ、誰かが戦っている。懸命に、生きようとしているのだ。


「……っ……私はっ……」


 ここでじっとしていれば、もしかしたら助かるのかもしれない。


「……八咫神さん……」


 恐ろしい思いを、しなくて済むのかもしれない。


「……神堂寺くん………」


 だけど、そんな自分を、きっと許せない。


「…………大神くんっ!!」


 涙の跡を刻んだ顔で仲間の名を呼ぶ。

 そして、彼女は立ち上がる。

 その眼にはもう、怯えなど見られなかった。


「早く……戻らないとっ」


 彼女はそう言うと、もと来た道を駆け出した。



 ――同時刻。四人が別れた交差点を直進した地点。


「……ちったあ加減しろよ、ポンコツめっ」


 敏也は瓦礫の山の上で仰向けに横たわり、夜空を見上げている。

 身体のいたるところから血を流しているが、傷自体はそう深くはないようだ。

 ――だが、心が折れていた。


 敏也はあれからずっと魔動機と戦っていた。

 しかし、高火力の魔術が使えず、普通の武器しか作り出せない敏也では、いくら魔動機の隙をつこうとも有効な一撃を与えることはできなかった。

 どれだけ斬りつけても、どれだけ殴っても、よくて傷がつく程度だった。

 どれだけ刃が折れようとも、立ち向かったというのに。


 ついには魔動機の巨体による強烈な突進を喰らい、吹き飛ばされ、小さなビルを半壊させ、今に至るというわけである。


(エリーネ…………ちゃんと………逃げたよな……)


 ただそれだけが気がかりだった。

 最初に魔動機と斬り結んだ時、彼女が走り去るのは目にしたから、きっと逃げているはずだ。そう自分に言い聞かせて時間を稼いだが、それでも心配だった。


(……あいつ……普段からもっと笑えばいいのに………)


 気力が萎えた今、頭に浮かぶのは彼女の顔だった。

 数時間前に一度だけ、心から嬉しそうに微笑んでくれた。

 あの笑顔をもう一度だけ……。


(……俺が死んだら……泣いてくれんのかな……)


 想像してみる、彼女が泣いている姿を。だがそれは――


「っ……ふざ、けんなっ……」


 敏也は歯を堅く噛み締め、血に濡れた拳を握りしめる。

 それは絶対に許せなかった。

 許せるはずがなかった。

 彼女を泣かせる存在など。

 ――たとえそれが、自分自身だったとしても。いや、自分自身だからこそだ。


 見上げている空に魔動機が現れた。そのまま急降下し、満身創痍の敏也を押しつぶさんとしている。

 重量のある機体が重力によって、より威力を持って飛来した。


 辺りに響き渡る炸裂音。

 そして、辺りを土煙りが包み込んだ。


《終わりだ、小僧》


 魔動機のパイロットの声だ。それは、この戦いで彼が初めて発した声だった。


 土煙りが晴れた。

 ――――だが、魔動機の下には肉片一つもない。血痕すらない。敏也はいない。


《なにっ!?》


 パイロットは動揺していた。

 さっきまで満身創痍で横たわっていたはずの彼がいないのだ。避けられるはずがない、そう踏んだからこそ止めを刺そうとしたというのに。

 魔動機のセンサーで敏也の姿を探す――

 と、その時だった。


「うあああぁぁあぁぁ!!」


 そんなやけくそのような叫びとともに、魔動機を衝撃が襲った。アラートが鳴り響く。


《ぐぅっ、この、往生際の悪いッ!!》


 突如背後から届いた衝撃に揺られながら、パイロットは機体を反転させ、敵対者の姿を捉える。


 そこには、刀を握った敏也が立っていた。肩で息をしながら、血を流しながら、足を震わせながら、それでも眼には、明確な殺意を宿らせて。


「倒す」


 確認するように敏也は言う。


「絶対に、倒す」


 決意を、意志を、言葉にする。


「お前なんかにっ!! ……お前なんかにッ!!」


 決死の形相で喉からその言葉を絞り出すと、敏也は魔動機に斬りかかった。ボロボロの身体を無理矢理強化し、鬼神のような気迫を見せながら。


 その斬撃を魔動機は左手に持った短剣――短剣とは言っても人間にとっては長剣といっていいもので容易く受け止めた。


《ふっ、いい顔になったな、小僧!》


 その声には愉快さが滲んでいる。


《それでこそ戦いに生きる者の顔だ。―――さっきまでの貴様は見るに堪えんクソガキだったぞ。まあ、警備の連中もさっきまでの貴様と同じ、温室育ちの量産品だったがな》


「……勝手なことをっ!! 人殺しの分際で……わかったように言うなァ!!」


《……確かに人殺しだ。ここに来るまでに何人殺してきたかわからんからな。――だが、貴様はそれを罪だというのか?》


「……何!?」


 とその時、魔動機の腕力によって刀が弾かれ、敏也の身体が宙に浮く。

 しかし、彼は空中で体制を立て直し、瓦礫の山の向こうにある道路に着地した。


「……どういう意味だ!?」


《言葉通りの意味だ》


 刀を構えなおしながら問いかけた敏也に、魔動機のパイロットが答えた。


《――小僧、人を殺すことは罪だと思うか?》


「当たり前だろうがっ! 考えなくてもわかることだッ!」


《そうだ。当たり前のことなのだ。悪事を働けば裁かれる、もし罪から逃げればどこまでも追われる。それが世界のシステムであり、あるべき姿だ。――だが、人を殺したことが罪だというのなら、なぜ殺したにもかかわらず裁かれていない人間がいる? 惨劇を引き起こした人間は等しく裁かれるべきではないのか!?》


 魔動機の右足が、まるで搭乗者の怒りを表すかのように瓦礫の山を荒々しく踏み付ける。


《わたしは忘れん! わたしたちの居場所を壊したものを! それを造りだした悪鬼どもを!!》


「……なんだ………お前、なんのことを言ってんだ!?」


 熱に浮かされたように怒りに任せしゃべり続けるパイロットに、敏也が問いかける。

 すると、怒号が返ってきた。


《九年前の惨劇ッ、貴様とて知っていよう!!》


「っ」


(九年前の惨劇? ……それって)


 魔動機による無差別虐殺。


「……あんた、あの事件の生き残りか?」


《そうだ。――わたしはあの日、魔動機の実験が行われていた基地にいたのだ。近隣の街にはわたしたち軍人の家族もな。――しかし、わたしたちのような一介の軍人には何も知らされていなかった》


「じゃあ、あんたは元軍人で……アレを……あの化物を止めようとしたのか?」


《……その物言い…………貴様……いや、君も被害者だったか。――ならば》


 そう言うないなや、彼はコックピットハッチを開けてその姿を晒した。

 そのコックピットには、体中に裂傷や火傷の跡をつけた屈強な男が座っていた。


「どうだ? 国に言わせれば『名誉の負傷』というやつだぞ。……実に滑稽なものだ。死にきれず、仲間の死から目を背け、生にしがみついた罪の烙印だというのに……」


 彼は自分の傷を嘲笑いながらそう言った。


「……何があったんだ? あんたはあの基地で生き残ったんだろっ? ――あの時っ、軍の施設で何があったんだよっ!?」


 敏也は刀の切っ先を震わせながら彼に向け、怒鳴りつけた。

 あの事件の始まりの場所にいた人物が目の前にいる。あの事件の発端を知ることができるかもしれない。

 だが、その男は首を振った。


「わたしも詳しい事はわからん。突然の襲撃――いや、暴走だったのだ。わたしも魔動機で必死に応戦したが……気がついた時にはわたしの機体は大破していて、辺りは焦土となっていたよ。……あの後わたし独自に調べてみたが、第二世代魔動機の改修プランは、軍のデータベースから完全に抹消されていた。……まるでそこには見られたくないことが載っていたかのようになっ」


 そう言って彼は奥歯を噛み締めた。


「政府はっ、――四神は! 結果を求めるあまり、安全性などまったく考慮に入れず改修を急いだのだ。――その結果があれだっ!! 研究者たちは無慈悲な殺戮マシーンを造り上げ、だというのに、実験を主導した人物たちはあれを不幸な事故だと、まるで想定していなかったのだと、そう冷たく切り捨て、真実を闇へと葬ったのだッ!!」


 彼が怒りに身を任せ、計器類を叩いた。


「許せるはずがない、許していいはずがないであろうっ!?」


 男は叫ぶ。


「償うべき人間が償わずに生きながらえる、この世界のシステムのどこが正しいっ!? ただ毎日を生きてきただけだというのに、ある日突然命を奪われる世界のどこが美しいっ!? 懸命に! 生きる為に戦ったわたしたちに残されたのはっ、『家族の死』と『仲間の死』だッ!! この怒りをどうすればいいというのだ!?」


「……」


 敏也は答えられない。この男の叫びに込められた感情が重すぎるから。


 恐らく今回襲撃してきたテロリストの大半は、九年前に各国で起きた虐殺事件で何かを失った人々なのだろう。その時に真摯に彼らと向き合っていれば、こうはならなかったのかもしれない。


 だが、時の為政者たちは判断を誤った。事実を闇に葬るという最悪の形で。

 それに加え、交易都市などという友好の証を各国に造り、まるでほんの数年前の戦争などなかったかのように振舞っている。……戦争以前からの友好国以外とは、水面下で争い続けながら。

 それが、余計に彼らの気を逆撫でした。


 被害者たちは声を大にして叫んだのだろう。

 何故こんなことになったのか?

 どうして自分たちはこんな辛い目にあっているのか?

 だが、誰もその声に耳を傾けなかった。

 無残に踏みにじられたことで怒りと憎しみをその身に宿した彼らは、九年もの間、ずっと燻り続けてきたのだ。

 ――復讐の機会を、今か今かと待ち構えながら。


 その気持ちを、敏也は理解できる。彼も同じ被害者なのだから。

 もちろん政府からの補償はあった。敏也のように孤児になった子どもには、成人するまで学費や生活費を援助すると大々的に確約した。――だが、事件の詳細については、どれだけ待とうとも世間に公表されることはなかった。

 結局、事件は実験中の不幸な事故として処理された。


 だからこそ、敏也の胸の内でも怒りは燻っている。ろくに説明もなくはぐらかされたことに対しての怒りが。

 なぜあんなことになったのかという疑念は、浮かべば浮かぶほど怒りに変換されてしまう。

 きっと、仇を目の前にしたら斬りかかってしまうだろう。――でも……。


(俺は……) 


 沈黙し俯いたまま、刀を握った右腕をだらんと垂らした敏也に、男が問いかけた。


「君の名はなんという?」


「…………大神だ」


「そうか。わたしは海堂だ。…………大神君、君はどう思うのだ? 同じ被害者として、この国を、この世界を、壊してしまいたいとは思わんか? ……いや、きっと壊せはしまい。だが、わたしたちがこの都市を墜とせば世界にいる同胞は必ず立ちあがる。そうなれば、この世界を変えられるかもしれんのだ!!」


 この襲撃が成功すればきっと彼らの活動は活発化するだろう。世界中にいる、怒りを抱えながらも自分を制し、騙し騙し生きている人々も決起するのかもしれない。

 これが始まりなのだと、自分たちがきっかけなのだと、海堂は言っている。


 彼は敏也を歓迎するかのように手を伸ばす。


「……君さえ賛同してくれるのなら、我々と共に来たまえ。他国の者もいるが、彼らは拒みはしない。我々は国籍などという垣根を越えた次元にいるのだ」


 海堂はそう力強く語り、敏也を見る。

 その視線を受けて、敏也はぽつぽつと言葉を紡ぎ始める。


「……俺には……あんたが正しいのかどうかなんて、わからない。……家族を失ったことは辛いさ。それなりに仲が良かった気がするし、あの事件で全部狂ってしまったから」


 ――もう、ぼんやりとしか思い出せない家族の顔。きっと……笑顔だった。


「……なんでこんなことになったんだって、そう思って眠れなかったことだってたくさんある」


 ――何もかもが壊れて、焼けていく。人も、物も、灰になっていく。


「だから、煮えたぎるくらいの怒りを感じたこともある。あんたの話が本当だとしたら、この国に仇がいるんだろう」


 ――全てが終わっても、一人で泣いて、蹲るしかなかった。誰も、手を差し伸べてはくれなかった。


「だけど今の俺には、誰かに復讐する気も、そいつを見つけ出そうとも思えないんだ」


 ――ずっと、自分を誤魔化して生きてきた。ずっと、生きる理由なんてないと、そう言い訳して、逃げ続けてきた。


「……今は、それよりも……!」


 ――もう一度、手に入れた大切なもの。春美、マサル、奈々、紫苑……そして――


「……それよりも、やらなきゃいけないことがある。何もかも失くして、流されるままに生きてきたけど……そんな俺でも、やらなきゃいけないと思えることが見つかったんだっ」


 ――銀色の少女の後ろ姿が、脳裏でチラつく。それはどこか、寂しそうで……。


 力無く垂れていた右拳を握りしめる。ガシャッ、と刀が音を鳴らした。


「もう、後悔はしたくない。――だからっ、俺はあんたたちとは歩めない!! あんたたちの目指すものは、きっとあいつを壊すから! そんな結果なんて、俺は嫌だ!!」


 力強く宣言し、今度こそは刀の切っ先を鋭く海堂に向けた。

 その眼にはさっきまでの淀んだ殺意ではなく、澄んだ強い光が灯っている。


 己が身を震わせていた底知れない恐怖など、いつのまにか消え去っていた。


「あいつを護るために俺は戦う! 俺があんたを止める!! ――――たとえっ、あんたを殺す結果になったとしても!」


〈何かが、動きだそうとしている〉


「……っ……大神くんっ!!」


 突然声がしたかと思うと、敏也は横から人影に抱きつかれていた。


「!? お前っ……エリーネ!?」


 予想外の珍客に敏也はうろたえる。

 だが、そんなことはお構いなしに、エリーネは敏也の身体をぐいぐい締め付けてくる。


「良かったっ! もう間に合わないんじゃないかとっ……。……生きていてくれて……本当にっ……」


「ちょ……エリー……ネ、タンマ………締まっ……てか、傷……」


 首が締まっていることと傷が痛むことで敏也の意識が遠のく。

 敏也が持っていた刀は、ガシャッ、と音を立てて地面に落ち、消滅した。


 そんな彼を敵でありながら見かねたのか、海堂が助け船を出す。


「……お嬢さん、大神君の首が締まっているぞ。それと傷口も圧迫しているゆえ、相当痛んでいるはずだ。……離してあげなさい……」


「え? きゃ、ごめんなさいっ、大神くん!」


「……ごほっ………ぐっ………っ……。……はぁ……まあ、気にしなくていいよ」


 ようやく解放された敏也は、疲れた顔で溜息を吐いていた。

 そこに、どこか悟った表情の海堂が最後の問いを投げかける。


「……大神君、彼女が君の、……『やるべきこと』なのだな?」


「ああ、そうだ」


「? なんのことですか? ……ってそれより! どうして敵と仲良くおしゃべりしてるんですか大神くん!?」


 海堂と敏也の問答を見て今更ながら驚いたエリーネは、敏也の両肩を両手で掴み、ユサユサと揺すり始めた。

 それを無視しながら、海堂は話を続ける。そんな彼の顔は、どこか穏やかで。


「ふふふ、そうだな。……あの事件を経験していようと君はまだ若い。新たに大切なものが見つかるのも当然というものだ」


 その目を哀しそうに伏せる。


「……………君を少々羨ましく思うよ。わたしたち大人はもう、立ち止まってしまったからな……」


 そう言った後、表情から柔らかさが消え、兵士のそれになる。


「――サシで決着をつけようではないか。――――君の道とわたしの道、どちらが正しいのかではなく、どちらが強いのかを。……彼女を巻きこみたくはあるまい。五分後、ビルの上までのぼってきたまえ」


 そう言うと、海堂はコックピットハッチを閉め、魔動機のスラスターでビルの上へとのぼっていった。

 それを見送り、残された二人は見つめ合う。


「……大神くん、ごめんなさい。……私、戻ってきてしまって……」


「……いや、俺も悪かったよ。一緒に戦うって言ってたのに、結局一人で戦うことにしたのは俺だしさ。…………ごめん、お前を一人にしちまって」


 そう言って彼は頭を下げようとした。しかし、それをエリーネが慌てて制す。


「あ、謝らないでください! ……あなたの判断は正しかったと思います。きっと、間違ってなんていなかった。だって……あのまま戦っていたら、私は死んでいたでしょうから」


 そう言った後、彼女は敏也の左手をそっと自分の両手で包みこんだ。


「……でもっ、今度は一緒にいます。―――一緒には戦えなくても、あなたを一人には……もう二度としませんっ!!」


 その眼には強い決意が感じられた。

 それが、その言葉が彼女の紛れもない本心であることを示している。


〈カチリ、と何かがあるべき場所に嵌る音がした〉


 敏也は彼女の決意に、万感の想いを持って答える。


「――ああ、一緒に行こう。…………でも、離れたところでじっとしてろよ?」


「はいっ!!」


 そうして敏也は、エリーネを抱えて飛び上がった。




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