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双天の共鳴者  作者: 月山
第一章「共鳴者覚醒」
21/126

北方の戦域


 ――場所は変わり、治安維持部隊詰め所、オペレーションルーム。


「――あまり芳しくないですねぇ」


 杉崎統括は椅子に腰掛けモニターを見上げながらそう呟いた。そのモニターには、先ほどB班の増援として向かった班や、他の地域で敵を殲滅し北部へと向かった班のバイタルサインが示されている。

 だが、それが一つ……また一つと消えていく。


「……北部にいるのは相当な手練れのようですねぇ。いやはやなんとも見事なものです。――時雨」


 と、誰かの名前を呼ぶ。

 ――その名前の持ち主は、杉崎統括の後方に佇んでいた副官の女性だった。


「はい、主」


 杉崎統括の事を『主』と呼ぶ女性。そのことから、二人の間にはなにやら言い知れぬ関係があるように思えた。

 杉崎統括は彼女を横目でチラリと伺うと、


「こうなれば仕方ありません。――魔剣の解放を許可します。北の敵を屠りなさい」


「畏まりました」


 その言葉が発せられると同時に、彼女の姿は霧のように消えていた。



 その頃の北方の戦前はひどい有様だった。

 幸いリニア発着場は戦火を逃れていたが、その他の地域は瓦礫の山となり、さらには火の海となっている。住民の居住区ではないにしても、その被害は甚大なものだ。


 ――そして、それを行ったのはテロリストの所持する魔動機である。

 奴は闇夜を煌々と照らす獄炎の中で悠然と佇み、頭部センサーをしきりに稼働させながら敵対者の様子を伺っている。


 と次の瞬間、そのバックパックに搭載されている全長二メートルほどの試作型重レーザー砲が、右肩に担ぐ形で前方へ展開。

 その直後、発射口が光を生む。

 そして、瓦礫の陰に隠れ、決死の抵抗を続けている警備班の面々を薙ぎ払った。


「ひっ……うわあぁぁぁああぁーーー……――――」


 展開していた障壁ごと焼き払われ、断末魔の叫びを上げながら、また一人が光の中に消えていった。それを見た仲間たちは恐怖に顔を染める。

 そこへ魔動機が、右手に持っているサブマシンガンを向け発砲。銃口が火を噴き、薬莢が排出され、目標に命中した弾が、まるで紙に穴を空ける様に瓦礫を削り取っていく。


 弾丸が雨のように振り注ぎ、瓦礫の陰に隠れている人物たちを足止めしていた。

 恐らく、レーザー砲のエネルギー再チャージまでの時間を稼ぐつもりなのだろう。現在、レーザー砲は、先ほどの照射によって砲身内部に発生した熱を、蒸気として放出している。

 次に撃たれてしまえば、全滅してしまうかもしれない。


 だが、警備班の闘志は潰えていない。すでに自軍の魔動機部隊は全滅したにもかかわらず、それでもなお、抗い続ける。


「――っ、怯むなッ!! せめて! 住民の避難が済むまではここに足止めするのだッ!!」


 B班の班長と思わしき人物が、恐怖を無理矢理振り払い、味方を鼓舞する。


「……はい!」


 B班の面々がそれに応える。誰もが恐怖に顔を引き攣らせながら。


「術式を展開せよ!!」


 弾丸の雨の中、瓦礫の陰から飛び出しながら班長が叫ぶ。それに応え、十名近い隊員たちも躍り出た。

 そして、おびただしい数の術式――魔方陣が、彼らの前方に展開される。


「一斉掃射!!」


 その言葉と同時に、火・水・土・風・雷の属性の攻撃が、魔方陣より迸る。火は大地に燃え盛る炎を押しのけ進み、水は大地を削りながら迫り、土は巨大な岩石を生み出し、風はあらゆるものを消し飛ばしながら、雷は全てを貫き、――それら全てが敵魔動機へと集束した。


 ゴウッ、と衝撃波が周囲を襲う。

 建物の残骸を吹き飛ばし、地を焼いていた炎を消し飛ばし、人すらも吹き飛ばそうとする余波。炸裂した魔術によって烈風と化した大気の奔流。

 隊員たちは障壁を展開し、それに耐える。身体を襲う衝撃に顔を歪めながらも懸命にその場に留まる。


 いったい何秒経っただろうか。

 衝撃波は止み、あたりに静けさが戻ってきた。


「……各員、警戒を怠るな」


 班長がそう言い、ゆっくりと、魔動機のいた場所へと近づこうとする――が。

 ジジジジジ、そんな何かを充填するような音が聴こえてきた。


「っ!」


 それを聴いた隊員たちは、バッと身を翻し、周囲を警戒する。しかし、どこにも機影は見られ――


「――上だッ!!」


 隊員の一人が叫ぶ。全員が空を見やる――だが、それは遅すぎた。

 高エネルギーを撃ち出したかのような甲高い音が鳴り響いたかと思うと、先ほどまで警備班がいた一帯が、一瞬で焼き払われた。


 バオッ、と爆発音が鳴り響き、巻き上がった爆煙と赤い炎が、夜の街を紅蓮に染める。


 その炎に照らされている青色の魔動機が、金属じみた収納音を鳴らしながらレーザー砲を待機状態に移行させ、その様を眺めていた。


《――皆さん、申し訳ありません。どうぞ恨んでくれて結構です。……これで作戦の第一段階はクリア、ですね》


 スラスターを噴射しながら空中に静止している魔動機の搭乗者が、内部でそう呟く。

 中にいるのは女性。色素の薄い金髪を後ろで纏め、憂いを帯びた表情をしている二十代後半かと思われる人物だった。


《……エネルギー残量は……約半分。これならまだ……》


 計器に目を向けながら女性が呟く。

 レーザー砲を数回使ってしまったことでだいぶエネルギーが減ったようだが、まだ戦闘継続は可能だった。

 光学兵器を搭載した事によるエネルギー消費の増大。それが第三世代の弱点の一つ。


《海堂隊長、きっとうまくいきます。あなたなら、きっと……》


 女性は思い返す。ここに至るまでの自分たちの軌跡を。



 彼女の名はシェリー・アンカーソン。

 米国のただの一般人で、ただの大学生だった。――九年前のあの日までは。


 気がついた時には全てが終わっていた。

 目を覚ませば、そこは瓦礫の海。

 一緒に談笑していた友人は瓦礫に押しつぶされたことで絶命し、見ず知らずの人の死体はパチパチと音を立てながら火に焼かれ、至るところで燃え滾る炎によって町の空はまるで血を流しているかのように紅く染まっていた。


 その紅い空に、光点が一つ。

 初めは、翼を広げた天使かと思った。けど……。


「……ま……どう、き……?」


 ――ピチャリ……。

 恐る恐る自分の手を見てみると、友人の流した血がついていた。

 ついてから、しばらく時間が経ったのだろうか? それは少しだけ乾き、粘り気を帯びているような気がした。


「……あ……ぁ……あぁぁ……」


 へたりと座り込んでいる彼女の身体がガクガクと震え、ガチガチと歯が鳴り、喉から掠れた音がせり出してくる。

 目の焦点が定まらない。


「……ぁ……あぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁっぁぁ!?」


 ――意識が、悲鳴と狂気で塗り潰されていく。


~~~~


 彼女がまともに思考できるようになったのは数ヶ月後。

 病院で長い日数を過ごし、彼女の精神は少しずつ落ち着いてきていた。

 友人の死は依然頭をよぎるものの、薬の服用でかなり回復へと向かっている。


「……お父さん……お母さんっ……」


 日の光が差し込んでいる窓の外へと虚ろな目を向けながら、涙を流す。

 両親の死は確認されていなかった。だが、数カ月も経ったにもかかわらず行方がわからないということは、きっとそういうことなのだろう。


(……わたし……)


 今は亡き両親への愛情だけが、彼女の精神を支える唯一の柱だった。


~~~~


 それからさらに数ヵ月、彼女はようやく退院できることになった。


 ほぼ一年ぶりに見る外の景色は、とても言葉では言い表せないほど美しかった。

 ――それは、あんな地獄が顕現した世界だとは到底思えない。


「まずは住む場所探さないと!」


 グッと拳を握り、希望に満ちた表情で彼女は歩き始めた。


 だが、そんな彼女の生きる意志を打ち砕く事実が、すぐそばまで迫っていた。


~~~~


「ふぅー、……ちょっと狭い部屋だけど、あそこにしちゃおう」


 宿泊施設のベッドに寝転がりながら彼女は呟く。

 昼間の内に不動産屋をまわり、狭いながらも家賃の安い部屋を見繕ってきたのだ。


(……いくらお父さんたちの残してくれた財産があるとは言ってもね……)


 そう思いながら、彼女はおもむろに部屋に備え付けてあるテレビの電源を入れた。

 入院していた病室にはテレビがなく、娯楽の類もなかったため、久しぶりに観るテレビに彼女はワクワクしていた。


 リモコンを手に取り、再びベッドに戻り、座る。

 数秒の後、テレビに映像が映し出される――が、その番組に彼女は驚愕する。


「……なに、これ……?」


 その画面に映し出されている番組のテロップは――『一年前の真実。政府が口を噤んだ事件の真相とは!?』――だった。 


《それにしても、なぜ魔動機は暴走したのでしょうか?》


《わかりません。研究の関係者は死亡したか、行方不明になったかのどちらかですから。――実験を主導したとされる政府要人も今はどこにいるかまったく掴めていない状況です》


《逃げた――と?》


《まるで陰謀論のようですが、あり得るかもしれませんね。なにせ、関係機関はろくに事件の詳細を公表せず、被害者に補償金を出しただけですから》


《――では、他の国でもほぼ同時に、我が国で起きた悲劇と似た事件が起きていたことについては、どう思われますか?》


《――偶然……の一言で片づけるには出来過ぎていますね。それに、他の国も同じように口を噤んでいることも不信感に拍車をかけています》


《なるほど。貴重なご意見ありがとうございました。――さて、一旦コマーシャルを挟んだ後、次の――》


 彼女はベッドの上でペタリと座り、青い顔をしながら、コメンテーターと専門家の会話を聴いていた。


「……なんで? どうしてまだ終わってないの?」


 全部終わったと思っていた。

 自分が入院している間にあの悪夢は終わってしまっていて、たくさんの大切なものを失くしたけれど、これからまた穏やかな日常が戻ると信じていた。


 それが彼女の希望。

 それが彼女の傷口を固めていた補修剤。

 ――だが、そんなものはまやかしだった。甘えだった。

 ギリッ、と歯を食いしばる。まだ可憐な少女の面影の残る顔を憎しみに歪ませる。


「……ゆる……さない……」


 口にしようとは思っていなかったにも関わらず、怨嗟の声がこぼれ出す。


「……ぜったいっ……」


 涙が頬を伝う。

 怒りに染まった思考の中に、愛しい両親の笑顔と、かけがえのない友人だった人物の姿が過る。そんな彼らを奪った存在が許せない。


「……ころして……やる……っ!!」


 それは、とても彼女には似つかわしくない、殺伐とした言葉と声音だった。


~~~~


 それからの彼女は職に着き、必死に資金を溜めていた。

 一時の感情でテロリズムに走るのは簡単だ。でも、そんなことではあの事件の真相は暴けない――そう思った彼女は機が熟すまで堪える道を選んだ。


 毎日毎日、作り物の笑顔を顔に張り付け職場と家を往復するだけの反復作業。そして、いつだって身を焦がす憎しみ。

 それらは、彼女の精神をじわじわと蝕んでいった。

 ――そんな生活を、彼女は四年も続けたのだ。


(……もう疲れた。……死んじゃおっか……)


 そう思い始めてしまうほど彼女は擦り減っていた。憎しみも、怒りも、何もかもが希薄化してしまうほどに。


 ある夜、仕事帰りにふらふらと街を歩いていると、いつのまにか治安の悪い地域に迷い込んでしまっていた。

 薄暗い路地裏からこちらを伺っている人影がある。それに気付いた彼女はほんの少しだけ怯える。


(……走って逃げよう)


 彼女が弱々しい意志でそう決心し、走りだそうとした時だった。


「君、こんなところで何をしている?」


「……え?」


 驚きそちらを見やると、そこには大きな荷物を抱えた、傷だらけの異国の男性が立っていた。

 異国人にしては流暢な英語だったし、彼にとっては、ここは異国の地であるにもかかわらず、まったく物怖じをしていない様子だ。


 ――それがシェリーと、海堂と呼ばれる男との出会いだった。


 彼女は海堂の不思議な、器の大きさを感じさせる雰囲気に呑まれ、そしてとっくに限界を迎えていたこともあってか、いつのまにか心中を吐露していた。

 毎日が辛いこと、仇が憎くて憎くて仕方がないこと、生きることが辛いこと、その全てを吐き出していた。

 それを海堂は表情を少しも変えずに聞き入っていた。


 そして全てを聴き終えた後、彼は彼女に手を差し出しながら優しげな表情で言う。


「ならば、わたしと共に来い。――わたしたちと共に、世界に復讐しよう」


 彼女は迷わずその手をとった。


~~~~


 それからの毎日は、仲間たちとの訓練と、政府から身を隠すための移動の日々。だが、彼女の心は満たされ、幸福だった。

 初めてだった、家族と友人を失ってから、これほど暖かな場所で過ごすのは。

 知らなかった、誰かを愛しく思うことが、これほど心を満たすものだとは。

 ――彼女はいつしか、海堂を愛するようになっていた。


(……でも、海堂隊長は奥さんのことを、まだ……)


 海堂が反政府活動を行っているのは、奥さんや部下をあの事件で失ったからだそうだ。そして、彼はまだ亡くなられた最愛の妻を愛している。


(……なら、せめて……あなたの力になります)


 それが彼女の戦う理由だった。

 もう、憎しみも怒りも関係なく、誰かを大切に想う気持ちが、彼女の生きる原動力となっていた。



《必ず成功させてみせる!》


 空で佇む魔動機が、光の噴射とともに第三交易都市の中心部を目指し飛び立った。


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