派閥と、同級生
「同級生……?」
「ふふ、そうだ。今日から君を、この『鬼王学園』の生徒として正式に迎え入れよう」
「同級生、か」
俺はその言葉を聞いて、鈴木と環の顔を思い出す。
いろいろあって忘れていたが、あいつらは無事だろうか……。
「なぁ校長、最後に一つ聞いてもいいか」
「あぁ、いいぞ」
「あの戦いでの被害は……どれくらいになったんだ?」
「被害か。京都府、奈良県、三重県、福井県、滋賀県、大阪府、兵庫県が壊滅したよ」
「……そうか」
あいつらは、もう……。
胸の奥が冷たく冷え切っていくのを感じた。
「それがどうかしたかい?」
「……いや、何でもない」
「そうか。では、3時間後にまた会おう。山田、ちゃんといろいろ教えてやるんだぞ」
「了解です」
「じゃあ、教室へ行くぞ」
校長室を出ると、山田がひらひらと手を振りながら廊下を歩き出す。玲緒としーちゃんもその後に続いた。
歩きながら、玲緒の頭の中には校長の言葉が重く残っていた。関西一帯の壊滅——鈴木や環、人間界で過ごした日常はもう戻ってこない。握りしめた拳にぐっと力を込め、玲緒は暗い感情を胸の奥へ押し込めた。
「なぁ、山田。俺17歳ってことは、2年生なんだよな」
「あぁそうだ」
「さっき2年生は3人って言ってたけど、俺が入って4人になるってことか。どんな奴らなんだ?」
「聞きたいか?」
山田は前を向いたまま、フッと口角を上げた。
「うちの学校にはな、親を亡くして一人で生きてきた奴が多い。それゆえに、一癖も二癖もある奴ばかりだ」
そう話し終えると同時に、山田は『二年』と古風な文字が刻まれた大きな木製の扉の前で足を止めた。そして、特に気にする様子もなく、そのまま扉に手をかけて開けようとする。
すると、隣にいたしーちゃんがすかさず手を伸ばして止めた。
「山田、何か忘れてない?」
「あ? なんだよ急に」
「はぁ……鬼の世界の説明、まだしてないでしょうが」
「あーー忘れてた。それじゃあ軽くパパッと説明しちまうか」
山田は頭を掻きながら玲緒へと振り返り、ガラリと雰囲気を変えて真剣な目つきになった。
「この鬼の世界は、二つの派閥に分かれている。一つは、この学校もそうだが、鬼一人一人が守る術を持ち、生き続けて鬼の世界を存続させることが目的な鬼童丸きどうまる率いる【存続派】。
そしてもう一つが、人を激しく恨み、どんな手段を使ってでも人間に復讐することを目的とした温羅うら率いる【復讐派】だ」
「どんな手段でも……」
「そうだ。自分たちの命すら使い捨てにしてでも人に爪を立てようとする奴らでな。この二つの派閥は考え方が根底から違うから、常に争いが絶えない。……この鬼の世界のことは大体こんな感じだ、わかったか?」
「ああ、わかったよ」
「じゃあ、入るぞ」
ガラタァン!と重い音を立てて扉が横に滑ると、教室内の空気が一気に伝わってきた。
中は予想以上に広く、使い込まれた木の机と椅子がいくつか並んでいた。入るや否や、窓際の席に座っていた一人の女子が身を乗り出して言った。
「ねぇねぇ先生、先生しつもーーーん」
「どうしたー、呉葉」
「やったーーー、その隣にいるのは誰?」
すると隣に座っていた、眼鏡の片方の髪をかきあげた男が呆れたように息を吐く。
「おいおい忘れたのか? 恐らくだが、あの日本から来た鬼だろう」
「……うん、多分そうだね」
そう優しく言ったのは、少し暗そうな見た目をした男だった。
「ふっ、正解だ。今日からお前らの仲間になる『玲緒』だ。仲良くしてやってくれ」
山田はニヤリと笑うと、玲緒の背中をポンと叩いた。
「じゃあ、とっとと、お前らも自己紹介しろ」
「はーーーーい!」
真っ先に手を挙げたのは、元気いっぱいの女子だった。
「じゃあ私から自己紹介するね! 私は呉葉くれは。よろしくね!」
続いて、眼鏡で髪をかきあげている男が立ち上がる。
「やれやれ……私の名前は羅壊天らかいてん。知の鬼・羅刹天らせつてんの血を引く者だ。足だけは引っ張るなよ」
「……あ、次は僕の番だね」
最後に、少し暗い雰囲気を纏った男が控えめに微笑んだ。
「えっと、僕の名前は天そら。よろしくね、玲緒くん」
「……ああ、みんなよろしく」
玲緒が挨拶を返すと、急に呉葉が思い出したように手を挙げた。
「はーーーーーい! 先生しつもーーーん!」
「どうした、呉葉」
「玲緒くんって何怪鬼なんですか?」
その質問が出た瞬間、教壇の山田が爆笑した。
「ぷふぁっww ぶははは! 聞かないでやってくれww」
「ちょっと、山田くん笑わないでよ!」
見かねたしーちゃんが即座にツッコミを入れる。馬鹿にされたと思った玲緒は、胸を張って言い返した。
「おい……っ! 俺は『4怪鬼』だぞ!」
すると、眼鏡の位置をすっと直しながら羅壊天が冷ややかに言い放つ。
「あの……本当に4怪鬼ですか? 私には、彼に4怪鬼ほどの気配があるとは到底思えないのですが」
「あぁん!? 喧嘩売ってんのか!?」
「事実を指摘したまでです。校内での私闘など非合理的でしょう」
「四の五の言ってねえで、不満があるなら表出ろや!!」
「イケイケー! やっちゃえーーー!」
なぜか目を輝かせてノリノリで応援し始める呉葉。
「ええっ、ダメだよ喧嘩なんて……!」
おろおろと止めようとする天。
「そうだよ、喧嘩はダ——」
しーちゃんが止めに入ろうと言いかけた瞬間、山田がすっと前に手を差し出してそれを止めさせた。
「いいじゃないか、やらせてみよう。……悪いが羅壊天、相手してやってくれるか?」
「ちょっと、山田くん!?」
「言ったはずです。非合理的なことはやらないと」
「……へっ、ホントにいいのか?」
「は?」
「こいつが『茨木童子の弟子』だとしてもか?」
その瞬間、3人の口がポカンと開き、視線が一気に玲緒へと集まった。
「「「え」」」
綺麗にハモった声が教室に響く。数秒の沈黙の後、羅壊天は眼鏡をクイッと押し上げた。
「……それは、非常に合理的な理由が見つかりましたね」
「決まりだな」
山田がニヤリと不敵に笑うと、低く呟いた。
「——『川霞み』」
山田の妖気が広がった瞬間、周囲に濃い霧のような霞が立ち込めた。次の瞬間、教室の風景が引き裂かれ、周囲はまったく別の空間へと変貌していた。
「なんだよ、ここ……!」
「安心しろ。ここは俺が作った特別戦闘空間だ。存分にやり合え」
「すげぇな……鬼ってこんなこともできるのか」
「はぁ……こんなことすら知らないなんて、本当に茨木童子の弟子なんですか、彼は!」
「あぁ、そうだ」
「……まあいいでしょう。位置につけ」
羅壊天と玲緒が向かい合い、緊張感が漂う。そして、山田の雑な合図が響き渡った。
「よーーい、どん!」
山田の合図と同時に、玲緒は地面を思いっきり蹴り飛ばした。一直線に突っ込み、羅壊天の顔面へ向けて全力で拳を叩きつけようとする。
だが、羅壊天は落ち着き払った様子で呟いた。
「——『鬼化』」
その瞬間、羅壊天の体が禍々しい妖気を纏い、鬼の姿へと変貌する。そして、勢いよく突っ込んできた玲緒の拳を、片手で受け止めた。
ガシッ!と重い衝撃音が響く。
「……おい、ちょっと待て。なぜ鬼化しない?」
「あ? 鬼化ぁ? そんなの俺ができるわけねぇだろ!」
あまりにも当然のように言い放つ玲緒に、羅壊天の額に青筋が浮かぶ。
「……おい、ちょっと待ってください。鬼化ができないということは……あなた、本当は『怪鬼』なんて0じゃないですか!?」
「え!?」
ガバッとしーちゃんの方を振り返り、玲緒の頭の中が真っ白になる。
(どういうことだ……? 俺、『0』だったのか……!?)
しーちゃんのお世辞を真に受けていた事実を知り、衝撃のあまり玲緒の動きが完全に止まってしまった。
「おいおい、そんなことで動きを止めていいのか?」
今まで玲緒の数値を馬鹿にして笑っていた山田が、急に低い声で言った。
「おい、羅壊天。鬼化ができない相手に鬼化で戦うのは非合理的か?」
「当たり前でしょう! 分かりきったことです!」
「……どうだろうな。おい玲緒、鬼化ができないから何だ? お前の師匠は、鬼の強さは怪鬼の数値が全てだって教えたのか?」
「……っ!」
「立って見せろよ、玲緒。お前は誰の弟子だ?」
山田のその一言が、玲緒の胸の奥にガツンと響いた。
脳裏に、あの日の光景が鮮明に蘇る。師匠との厳しい稽古の中、師匠——茨木童子が言っていた言葉だ。
『格上だろうが、攻撃が届かまいが、倒れるまで拳を振り続けろ。相手が「しつこい」と思い始めたら、そこからが俺たちの本番だ』
——そうだ。俺は、あの茨木童子の弟子だ!
「うおおおおおおおっ!!」
玲緒の目から迷いが消え、咆哮とともに再び拳を振り抜く。
そこからは凄まじい死闘だった。鬼化もできず、術も使えない生身の玲緒が、泥臭く、何度倒されても羅壊天へ喰らいつき続ける。羅壊天の容赦ない攻撃を身体中に浴びながらも、玲緒はただひたすらに拳を振るった。
10分、30分、1時間……そして2時間。
「ハッ……ハッ……!」
ついに体力の限界を迎えた玲緒は、そのまま地面へと崩れ落ちる。
「……勝負あり、だな」
山田の宣言とともに戦闘空間が解除され、教室の風景が戻ってきた。玲緒は完全に気絶していた。
しーちゃんが玲緒の元に走り寄り、治療を始める。
「おい、羅壊天。どうだったこいつとの戦いは?」
「どうもこうもありません。彼はしつこく粘るだけで、強くもない。そして、鬼としては雑魚ですよ」
「本当にそうかな? お前、最初の一発を手で受け止めたとき、腕折れてたろ」
「……………………」
「しかもお前は『6怪鬼』だ。そんなやつが、人の姿をしたやつに腕を折られたんだぞ?」
「……私は少し油断しただけです」
「そうかよ」
フンと鼻で笑う山田。すると、呉葉が目を輝かせて身を乗り出した。
「ねぇねぇ、次私もやってみたーーい!」
「無理だよ、呉葉ちゃん。玲緒くん、気絶してるから……」
「あ、そっか! えへへ」
天に優しく諭され、呉葉はてへっと頭を掻く。そこへ、気絶した玲緒を治療し終えたしーちゃんが、怒りマークを浮かべて山田へ詰め寄った。
「ちょっと山田! どういうつもりよ!? これから幹部たちに会うのよ!? その直前になんでこんなことさせたの!?」
「…………」
「ねぇってば!」
「まあまあ、とっとと保健室へ運んでやれ」
「『運んでやれ』って、もう!はいはい、わかりましたよ!」
しーちゃんはプンプンと怒りながらも、呆れたように玲緒の身体を抱え直す。
「ってわけで悪いが、こいつは今日はこれで早退だ。……天、あとは頼んだぞ」
「え、あ……は、はいっ!?」
急に指名された天がおろおろと声を裏返らせる中、山田としーちゃんは気絶した玲緒を連れて教室を後にした——。
鬼の世界って色々難しいですね笑
そして7話はついに上層部に合います。
これからの目的・目標などが決まるお話しになってます。
よろしくお願いします。




