派閥のTOP
背中に感じる温もりと、ゆったりとした歩幅の揺れで玲緒は目を覚ます…
目を開けると、視界に飛び込んできたのは義玄校長の艶やかな黒髪だった。
「いい匂い……ん……あれ……?」
「おや、目が覚めたかい?」
頭上から降ってくる義玄の優しくも重みのある声。
自分が校長におんぶされていることに気がつき、玲緒は慌てて身体を離そうとする。
「うおっ!? こ、校長!? なんで俺……っていうか下ろしてくれ!」
「ふふ、暴れないでおくれ。しーちゃんの治療が終わったばかりなんだからね」
「おいおい、起きるなり騒がしいガキだな」
隣を歩く山田が呆れ顔で鼻を鳴らす。反対側には、心配そうに覗き込むしーちゃんの姿もあった。
「大丈夫、玲緒くん? まだ身体痛むでしょう?」
「あぁ……いや、怪我はもう平気だけど……なんで校長が俺を背負ってんだよ」
「山田に運ばせようとしたら『俺の身長で背負ったら引きずるだろ』って拒否されてね。私が連れてきたのさ」
(確かに山田の身長じゃ無理か……)と思いつつも、気まずそうに頭を掻く玲緒。
(そういえば山田のやつ、俺に怪鬼がないって知ってて笑ってたのに……羅壊天との戦いのときは笑うどころか、諦めるなと言った。何なんだ、こいつ?)
ふと、周囲の雰囲気がいつもと違うことに気づく。
廊下の壁は重厚な黒塗りの石造りに変わり、空気は肌がヒリつくほど重く澄んでいた。
「なぁ……ここどこだ?」
「ここは、酒呑童子がこの鬼の世界に作った城——『鬼ヶ城』だ」
「そしてここが……」
山田が足を止めた先には、巨大な扉があった。その奥からは、禍々しいほどの「何か」が溢れ出している。
玲緒が雰囲気に飲まれそうになっているのに気づいた校長は、背からそっと下ろした。
「ああ、そうだったね。君は鬼気に弱いんだった。じゃあ、しーちゃんたのめるかな?」
「はい、校長!……玲緒くん、少しこっちを向いて」
そう言うと、しーちゃんは玲緒の頭に手をかざして唱えた。
「『鬼守り(おにまもり)』」
すると、さっきまで全身を押しつぶしそうだった圧迫感が、すっと消えていく感覚があった。
「すごいな!」
「すごいでしょーー!」
「さすがだよ、しーちゃん」
校長がボソッと呟く。
「じゃあ、入るよ」
重厚な黒扉が開くと、そこは闇に沈んだ巨大な宮殿のような空間だった。
漆黒の柱や壁に彫られた龍が怪しく浮かび上がる中、真っ直ぐ伸びる一本道の両脇には、手前から左に4人、右に2人の鬼が立ち並んでいる。
右側にいる2人は白い布で顔を隠しており、奥側の1人は正座をしていても分かるほどの身長がたかかった。左側には、脇に刀を置いている鬼の姿があった。
その先で高々と聳え立つ黒い大階段の中腹には、さらに別格の威厳を放つ二体の鬼。
右側にいる鬼は、体長5メートルはあろうかという巨躯に2本の角が生え、恐ろしい面構えをしている。左側の鬼は対照的に整った顔立ちで、身長は2メートルほど、頭には一本角が生えていた。
どちらも、どこか人間に近い姿をしている。
そして階段の最上段、静かに光が差す場所には——誰も座っていない大きな玉座が「空席」のまま佇んでいた。
(なんだこの場所……息をするのすら重ぇ……)
圧倒的な静寂と重圧に、玲緒は思思わず息をのんだ。
校長が膝をつき、恭しく頭を下げる。
「お集まりいただきありがとうございます。鬼童丸様、温羅様」
(あいつらが、鬼童丸と温羅……!)
すると、階段中腹の右側にいた巨魁の鬼——温羅が口を開いた。
「おい、俺を呼び出しておいて、つまらねぇ話だったら許さねぇぞ!!」
左側にいた整った顔立ちの鬼——鬼童丸が嗜める。
「まあまあ落ち着きなされ、温羅殿。あまり私の部下をいじめないでくださいよ」
「チッ、お前のところは、教育がなっとらんな、まぁいい、ちゃっちゃと話をしろ」
校長は、少しうなずく
「『元黄鬼』茨木童子が単独で行った『鬼逃がし』につきまして、新たな進展がございます」
「ほぉー、そうか聞かせてみろ」
「それは私からではなく、この子からの話を聞いていただきたく存じます」
すると、手前の道左側に座っていた鬼が尋ねてきた。
「君は、誰かな?」
「えっと……俺の名前は玲緒。その、茨木何とかの弟子だ!」
鬼童丸が驚いたように言った。
「ん? 茨木さんの弟子?」
温羅が大口を開けて豪快に笑い飛ばした。
「ガハハ! あいつ、7年前に『黄鬼』をやめてから弟子なんか育ててたのかよ! へー、おもしろい!」
温羅はひと息つくと、玲緒を見下ろした。
「で、茨木の弟子なのは分かった。そいつが何の用だ?」
校長が言葉を継ぐ。
「彼は、茨木童子が行った鬼逃がしの現場にいた当事者です。あの時何があったのか、彼の言葉でお聞きいただけますでしょうか」
「あぁ、分かった。だがその前に、名を聞いて名を返さないのは筋違いだろう。俺の名前は温羅じゃ」
続いて左側の鬼が優しく名乗る。
「私の名は鬼童丸だ」
温羅が腕を組んだ。
「名は言った。はよ、何があったか教えろ」
(すげぇ偉そうだな……)
心の中で毒づきつつも、玲緒は意を決した。
「……じゃあ、話す」
玲緒は、あの時の出来事を校長たちに話したのと同じように必死に伝えた。
最初は退屈そうに聞いていた温羅と、真面目に耳を傾けていた鬼童丸。だが二人は、ある一文を聞いた瞬間、同時に制した。
『——大戦争の始まり』
温羅はその言葉を聞くや否や、歓喜に満ちた表情で叫んだ。
「ガハハ! あいつはそう言ったか!」
対して鬼童丸は、顔を曇らせて問い質す。
「……本当に、あの人はそう言ったのですか?」
「あぁ、間違いない」
温羅がニヤリと口角を上げ、鬼童丸へと視線を向けた。
「なぁ鬼童丸、そろそろ決めるべきなんじゃねぇのか? ——あの椅子に座るやつを」
その一言は、玲緒の肌が粟立つほどの全員の恐ろしい殺気が空間を満たした。
鬼童丸は静かに息を吐く。
「……そうですね。大戦争が起きるということは……恐らく『柊』だけでなく、あの『大豆』や『鰛』までもが本格的に動き出すということ。人間どもの討伐勢力が総力を挙げて攻めてくる前に、王の件は避けて通れない問題です。……ですが、どう決めますか?」
「そんなの決まっておろう! 俺とお前でどちらかが死ぬまで戦い、勝った方が王になる。それでいいだろうが!」
「温羅殿は、話を聞いていなかったのですか?」
「あぁ?」
「茨木さんは『大戦争の始まり』と言ったのです。ここで私たちどちらかが欠けてしまえば、貴重な最高戦力を失うことになります」
「なら王はどう決めるってんだ?」
「大戦争が起こるというなら、戦力の強化が必須になります。そこで『五色鬼』を集結させ、投票で決めるというのはどうでしょう」
「バカか! あいつらが俺らの言うことなんて聞くと思うかよ! それに『黄鬼』は茨木が辞めてから空席だ。そこはどうすんだよ?」
「勿論、考えはあります」
「ほぉー?」
「五色鬼は、黒鬼である閻魔大王以外は封印されています。ですので、封印したまま推薦をしてもらう。そして黄鬼には『風神・雷神』を招集して任命する。これなら文句はないでしょう」
「おい待て待て、風神・雷神は神だろ。そんな奴らが五色鬼になれるわけねぇだろ! それに、王になった後に封印を解くんだろ? その後に俺たちが殺される可能性も……」
「その可能性はございません。鬼王になった者には、ある一つの能力が与えられます」
「あーなるほどな、王が不在になって1000年経つから忘れとったわ……『絶対の鬼王』か!」
「ええ。配下の鬼は絶対に抗えず、逆らった者は死に至る能力です。それに、風神・雷神が『神』という理由で反対されるなら、閻魔大王だって神ですよ」
「あいつは『獄卒(死界の鬼)』の統率者だから許されてるんだよ」
「風神・雷神は当時の王・酒呑童子様側に付き、共に戦った存在です。現代では鬼と恐れられ自由気ままに旅をしていますが、その実力は五色鬼として十分でしょう」
「だが風神・雷神は二人だろ。投票はどうすんだ?」
「あの二人は『二人で一つ』のようなもの。投票権は1票として扱えば問題ありません」
「あぁ……オッケーオッケーそれは分かった。なら、こちらからも提案させろ」
「ん?何でしょう」
「戦力はいくらあってもいいだろう? そこで『藤原4鬼』も招集する」
その言葉が出た瞬間、鬼童丸と義玄校長の纏う空気が鋭く冷え切った。
「……藤原4鬼ですか…………、まぁ、いいでしょう……」
「——お待ちください!」
二人の対話を遮り、道の一番手前、左側に座っていた鬼の一人が声を上げた。
「彼ら藤原4鬼は人間に付き、最終的に我々を裏切った者たちです! 彼らを仲間にするなど、我々は到底反対です!」
その瞬間、鬼童丸が目を血走らせ、底知れぬ圧迫感とともに一喝した。
「阿久留王。誰が喋って良いと許可を出しましたか?」
「ん……!」
「あなた方の賛否など求めていません。今後の決定を下すのは我々です。……口を挟むな」
「も……申し訳ございません……」
「……失礼いたしました。話を戻しましょう」
鬼童丸は何事もなかったかのように表情を戻すと、温羅へと視線を向けた。
「藤原四鬼の招集、承認いたしましょう。ですが一つだけ聞きたいことがあります」
「なんだよ」
「あなたは人に復讐したいはず。なのになぜ、人間側についた藤原四鬼を招集などするのでしょうか?」
「そりゃあ、簡単な話だ。確かにあいつらは一度裏切った。だが、主である藤原千方は人に裏切られ、負けた後は行方不明になっておる。同じ人に裏切られた鬼として彼らを見捨てることはできねぇんだよ。理由はただそれだけだ、文句あるか?」
「いえいえ、聞きたかっただけですよ。……では、まとめましょうか」
鬼童丸は全員を見渡すように静かに言葉を紡ぐ。
「日本との大戦争に備え、新たな鬼王を決める。そのために戦力である五色鬼と藤原四鬼を集結……封印された者はこちらに回収する。その後、王を決めるための投票を行い、三代目鬼王を選出。さらにその後、日本との大戦争に備え準備を進める。……これでよいですね?」
「あぁ——構わん」
「それでは、命令を放ち……」
「だが俺は、一つだけ聞きたいことがある」
温羅が鬼童丸の言葉を制した。そして大階段の上から、太い指でまっすぐに玲緒を指さす。
「なんです?」
温羅の眼光がギラリと怪しく光り、その威圧感が直接に玲緒へと注ぎ込まれた。
「お前は師である茨木を失い、人を恨んでいるはずだ。……そこで問おう!」
一息の静寂の後、謁見室全体を揺るがすような温羅の咆哮が響き渡る。
「——お前は、どちらにつくのだ!?」
次回も楽しみにお待してくれたらさいわいです!!




