94話
「…何のつもりだ。」
ダークボールが後頭部へ直撃。
黒い煙がある程度晴れた頃に向けられる、カリナの顔。
ただ、話しぶりや表情こそ平淡そのものだが、その視線は鋭い。
彼女は無抵抗だった上、衆人の視線があるにも関わらず攻撃されたのだから当然と言えよう。
しかも見た感じ、ダメージは皆無。
ダークボールが当たった箇所から小さい煙が上がってはいるものの、それだけだった。
彼我の力量差をまざまざと見せ付けられた3人は気圧されて後ろへと下がり、しかしトレイシーだけが負けじと1歩前に出る。
「あ、あんたが私達の誘いを断るから悪いのよ!」
「はて…私達は既に他人同士だと伝えたはずだが?」
「あんたはそのつもりでも私達にとっては違うの!いいから一緒に来なさい!」
「何度も言わせるな。お前達と関わる気は一切ない、馴れ合うなぞ以ての外だ。」
まるで取り付く島もないカリナに、このままでは埒が明かないとトレイシーは思案。
「くっ…闇よ、我が呼び掛けに応じ、敵を貫け…ダークネススピア!」
ならばとローブで覆われていない部分…顔面なら多少は影響があると踏み、闇系中級魔法ダークネススピアを発射。
先程は突然の事態に面食らったとの理由で騒ぎにはならなかったものの、流石に2度も魔法を撃たれれば異常でしかなく。
辺りから悲鳴が起き、巻き添えに遭いたくないとワタワタ逃げる者も。
「甘いな。」
尤も、カリナからすれば全く脅威に値しない訳で。
落ち着き払った様子で腰に差した2本の剣の内の片方を抜き、向かって来た黒い槍を一閃。
真っ二つになったダークネススピアは綺麗に消え失せ、周囲から驚きの声が上がる。
又、カリナの鮮やかな剣筋に見惚れ、おぉ…と感嘆の声を漏らす者もチラホラ。
「魔法を…斬った?」
「てか、魔法って斬ろうと思って斬れるものじゃないだろ。しかも中級だぞ。」
トレイシーとエイジャが目を見開き、
「赤い、剣…。」
結構な魔力消費で気持ち息の荒いカサンドラ含め、周囲の視点がカリナが持つ剣に定まる。
その剣は刀身部分が赤く、それ以外が黒で構成。
太陽の光を跳ね返すかの如く、ギラリとした輝きを放っていた。
「これはフレイムタンと言ってな。所謂魔剣と呼ばれるものに該当する。」
魔剣とは、特殊な材料を一流の鍛冶師が鍛え上げ、属性や魔力を秘める様になった剣の事だ。
非常に高価な為に王都や帝都等しかなく、所持しているのがかなりの金持ちや有名な冒険者だったりで、一般人が見る機会はまずないと思って良い代物。
『魔剣!?』
そんな貴重なものが今正に目の前にあるのか、と表現するが如く全員が白目を剥く。
特に、一緒にパーティーを組んでいたエイジャ達の驚きぶりは凄く、顎が外れそうな位だった。
「嘘は言っていない…ほら。」
カリナは刀身部分に炎を纏わせ、ボォォッ、ボォォォォッと音を立てながら軽く振るデモンストレーションを披露。
人々は食い入る様に彼女を注視、先程とは違った意味で驚いてみせる。
証明は十分とばかりに炎を消し、鞘に剣を収めたカリナ。
周りの残念がる声をスルーしつつ、身を翻す。
「もう良いな?私はこれで失礼させて貰うぞ。」
再び歩き出し、ハッとなったエイジャが慌てて彼女を追い掛ける。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「…しつこいぞ。まだ何かあるのか。」
ピタリと止まったカリナが振り向くのだが、今度は嫌悪感を露にし、目付きも無関心寄りから冷たいものへと変貌。
エイジャは一瞬身を竦ませ、しかしここで逃げられては色々と不味いが故、口を開くしかなかった。
「…!い、いやぁ、その魔剣の事の話とかもっと聞いてみたいなぁ、なんて。」
この言葉に人々は期待に目を輝かせ、
「そうか。だが、今話さなくてもその内知る様になるだろう。ではな。」
カリナの返事でバッサリ斬られ、再び悲壮感に襲われる。
「ま、待てって。そうだ、もう1本の方の剣は━━━」
「そちらはミスリルとアダマンタイトの合金製だ。」
「ミスリルにアダマンタイト!?しかも合金…ってそんな事が出来るのかよ!?」
エイジャは歩くカリナを追い掛け、尚も引き留めようとする。
咄嗟にフレイムタンではない方の剣についての情報も得はしたが、初めて耳にする組み合わせ。
カリナではなく言い出しっぺの方の足が止まり、周りも案の定騒然となった。
その後も、エイジャはひたすらカリナに声を掛け続けた。
少し距離を置き、カサンドラ達が付いて来る形で…だ。
和解の為の交渉は諦めたみたいだが、どうにかしてカリナの関心を引き、油断したところで剣を奪うつもりでいる。
ただ、カリナはのらりくらりとかわすだけ。
任務を全うすべく前へ前へと進み、歩みを止める素振りすら見せない。
(凛様に甘えたい凛様に甘えたい凛様に甘えたい凛様に甘えたい凛様に甘えたい凛様に甘えたい凛様に甘えたい凛様に甘えたい凛様に甘えたい凛様に甘えたい…)
訂正、凛に甘えたいとの思いでいっぱいだったらしい。
表情こそ真面目そのものだが、後ろから彼に抱き付き、スリスリと頬擦りをするとのイメージを脳内でひたすら描いていた。
「この…いい加減止まれってんだよ!」
そんな感じでエイジャへ一切ベクトルが向かなかったからか、先に我慢の限界を迎えたのは彼女だった。
カリナの右肩を掴もうと、後ろから手を伸ばす。
「…しつこいですねぇ。」
瞬間、エイジャの手首は掴まれた。
それも、カリナの足元にある影から伸びる、とても細長く黒い腕の様なものによって。
「えっ…?」
エイジャは否が応でも立ち止まり、カサンドラ達も得体が知れないもの見たとばかりに硬直。
動きが止まったとの意味ではカリナも同じで、やや呆れた顔付きに。
「六花、私は出て来るなと言ったはずだがな。」
「そ、そう言わないで下さいよ姐さぁん。」
そう言いながら影から姿を現したのは、どこかカリナに似た女性だった。
ただ、あくまでも雰囲気が似ているだけで、彼女よりも細身で少し背が高く、髪は赤に近い紫ではなく濃い紫色。
ギョロリとした目にギザギザ状の歯と、人間離れした見た目をしている。
それでいて今は困った雰囲気を醸し出すと言う、何とも不思議な感じの女性だった。
「…ただ、このオネーサン達の鬱陶しさにちょーーーっと苛々して、なんて。」
「「「ひっ!」」」
六花と呼ばれた女性は獰猛な笑みを浮かべ、視線をカリナからエイジャ達へ移行。
エイジャ達から悲鳴が上がり、内2名がその場から後退り、恐怖のあまり互いを抱き締め合った。
「六花、私は大丈夫だから戻れ。」
「キシ、分かりましたよ…。」
カリナが左肩に手を置くを合図に、渋々と言った感じで六花は影の中へと戻る。
「い、今のは何!?」
「六花の事か?あいつはドッペルゲンガーだった者だ。今はデスストーカーで、私の相棒でもある。」
「ドッペルゲンガー…って魔物じゃないか!お前、魔物なんて従えてんのかよ!」
へっぴり腰のエイジャが叫び、カサンドラ達はドン引きしながら何度も頷く。
周りの者達は驚きこそしたものの、中には「え?今の魔物なの?」「確かに。人間には見えなかったもんな。」「魔物を従えてるって事は、彼女はテイマーとか?」と。
六花に興味を示す者も少なくなく、むしろ結構な割合で好感触だった。
カリナが言った通り、六花は当時ドッペルゲンガーだった。
ド◯クエのシャ◯ーみたく、人間の上半身部分を縦に伸ばした様な見た目をした魔物だ。
そんな六花を、昨日凛の前に連れて来たのは火燐。
あまりにもボロボロだった彼女を見た凛が事情を聞いたところ、火燐が動き回った際に出会い、襲い掛かろうとした為反撃したとの事。
驚きからの憐れんだ視線を凛がドッペルゲンガーへ向け、火燐の単独で行動するカリナに丁度良いのではとのセリフに食指が動く。
その黒い体から玄冬や玄と同じ冬→雪に至り、『六花』と命名。
名付けの影響により、六花は銅級のドッペルゲンガーから金級で濃い灰色のシャドウストーカーを経、魔銀級の強さを持つ濃い紫色のデスストーカーへと進化。
その日の内に六花をカリナに引き合わせ、影からサポートする役として紹介。
挙げ句、火燐が六花にカリナを守り、余計な真似をするなと脅しも掛けた。
カリナを弟子の1人として火燐が可愛がる一方。
六花はたまたま使えそうな奴を見付けたとの感覚てしかなく、六花からすればいきなり拉致しておいて巫山戯るなと文句の1つでも言いたいところ。
しかしデスストーカーとなった今でも尚、凛どころか火燐やカリナの方が自分より強さが上。
彼女が今後を生き抜くには、火燐達の命令を従うしかない。
…と言いつつ、食事はしっかりと堪能。
今のやり取りの間ですら色々と表に出てしまっているのはご愛嬌(?)。
因みに、ドッペルゲンガーはアンデッド系の中でもゴーストの類いに位置付け。
触る事が出来ない=物理攻撃が全く通用せず、普通は魔法を使って攻撃するしかない。
そんな相手を火燐は燃える拳でタコ殴りに…とだけ。
ドッペルゲンガーは『物質化』なるスキルを生まれ持ち、先程のエイジャの時みたく部分的に相手へ触れる事が可能。
それを応用し、ドッペルゲンガーが攻撃を仕掛けたタイミングを突いたカウンターでも倒そうと思えば倒せる。
ただ、死ぬとその場で消滅するが故で人々。
その中でも特に冒険者からは取り分け忌み嫌われ、見付けた時点で逃げるか弱点である炎か光属性の魔法で倒すが主な対策となる。
「…このオネーサン、何か失礼っすねー。姐さん、やっぱ殺っちゃっても?」
「ひぃっ!?」
顔だけをにゅっと出してキシシシ…と笑う六花にエイジャが引き攣り、その様子を見たカリナが嘆息。
「ダメに決まってるだろう。これ以上は目立ちたくないと言うに…後で(火燐に)報告するぞ。良いんだな?」
六花はもう1つ、種族特有のスキル『擬態』を所持。
これは自分を相手…今回の場合だとカリナに似た姿に変えると言うものなのだが、使い手の技量が高ければ高い程より本物に近くなる。
ただ六花は生まれてまだ日がそれほど経ってないのもあり、まだまだ未熟。
なのでこの通り、少し人間離れした感じの見た目に。
つまり六花は立っているだけでも非常に目立つ。
可能な限り静かに行動したいカリナ的に、とてもではないが一緒に歩かせられない。
加えて、ご覧の通り好戦的な性格をしている事から、しばらくは影に潜ませるとの方法を選ばざるを得なかったのも仕方ないと言えよう。
「キシ、キシシシシ…やだなー姐さん、冗談に決まってるじゃないですかー。それじゃ、アタシはこの辺で失礼するっす!」
これ以上カリナの機嫌を損ない、後で火燐に怒られるならまだしも、下手すれば再び半殺しの目に遭うと六花は判断したのだろう。
困った笑みを浮かべ、逃げる様にしてカリナの影の中へと引っ込むのだった。




