93話
30分後
スクルドの北側に位置し、他の3方向と比べ少し高台。
スクルドを治める領主を始め、貴族達が住まう貴族区と呼ばれる場所。
その人通りの少ない道をカリナは1人、緩やかに坂を下る形で歩いていた。
ただし服装はドレス…ではなく、前回来た時と同じ姿。
心ここにあらずと言った感じで軽く下を向き、何かを考えている様だった。
「カリナの姐さん。先程から黙ってますが…どうかしたんですかい?」
そこへ、どこからか女性と思われる声が。
普通ならここで足を止め、周りを確認する等のアクションを起こすものなのだが…カリナは一切顧みる事なく前へ進み続ける。
「六花か。シンシア達について考えていた。」
「シンシア…誰でしたっけ?」
「オークションで凛様が最初に購入された少女の事だ。一応お前もあの場にいたし、凛様が話されたのは聞いていただろう?」
カリナは凛達の傍でボディーガードとして控え、六花と呼ばれる者もそれは同じだった。
尤も、凛達にボディーガードが必要かと問われれば返事に困るところではあるのだが。
「キシシシシ、そう言われましてもねぇ…アタシは直接見たとかじゃありませんし、何より人間の区別なんてつきませんって。姐さんもそれは同じでしょう?」
「悪かった…とにかくだ、シンシア達はいきなり拉致された挙げ句、商品として売られる形となった。昨日購入した者達も同様の手口だったが、酷いものだと思ってな。」
シンシアとミラ達は獣国内で、リリアナは商国の宿で就寝中のところを襲われた。
ミラ、エラ、リリアナの3人は自分達が捕らわれただけで済んだものの、シンシアは母親と共に奴隷商へと連れていかれ、一緒にいた父親は重傷を負う羽目に。
そして昨日、カリナが調査を兼ねてヴォレスを訪問。
市内に3箇所ある奴隷商を全て回り、100名近い奴隷を購入した中にいたのがシンシアの母親。
保護、からの再会を先程シンシアと果たし、2人の喜び合う姿に凛達は感動を覚えたとか。
「そう言う意味ではアタシも似た様なものだと思うんですがねぇ…それはそうと。アタシはてっきり、さっきの男性の事でも考えているのかとばかり思ってましたよ。」
「さっきの男性…もしかしてフレデリック様の事か?」
後、厳密にはさっきじゃなく昨日なとカリナが補足。
「名前を言われてもアタシには分かりませんが、恐らくその方で合ってるかと。そのフレデリック様とやらの番にはならないんですかい?」
「私がか? うちの実家は貴族ではあるが…貧しい男爵家だからな。フレデリック様は次男とは言え、伯爵だ。いくらなんでも釣り合いが取れないだろう。」
「そんな事ではないと思うんですがねぇ。(やれやれ、旦那も可哀想に…)」
当人が不思議がるのに対し、六花から返って来たのは哀れみを含めた呟きだった。
カリナ達が凛の領地からスクルドへやって来た手段。
それは徒歩でも飛行でもなく、ジラルド伯爵家に設置したポータルでだった。
切っ掛けは昨日の昼過ぎ、ガイウスから届けられた一報から。
デイジーが再び屋敷へ突撃…もとい来訪しただけでなく、今回は兄である長男アントンと三男ヘクターも一緒との事。
連絡を受けた凛は美羽や火燐と共にガイウスの屋敷へ足を運び、今回来た理由を尋ねた。
ヘクターは単純に暇だったから。
アントンはデイジーから齎された、強くてカッコいい女性がサルーンいるとの情報を確かめにが理由との事。
割と暇人のヘクターはともかく、アントンは午後からも仕事があり、スクルドで噂の火燐なる人物を一目見たら帰るつもりでいた。
ついでで同行と見せ掛け、密かに戦力を分析。
必要とあらば、火燐を捕縛或いは殺すのも視野に入れていた。
何故なら、本来であれば今頃はサルーンを攻め落とし、スクルドの領地を広げている予定だったからだ。
国からの命令で軍備を整え、実行するまでもう間もなくとの段階まで来ていた。
ところが、ワイバーンの件で待ったがかかり、フォレストドラゴンやアダマンタートルで強い冒険者がいるのではと慎重になり、バーベキューで(食べれなかったとの意味で)悔しがった。
そして強いゴブリン達やそれなりに有名だった盗賊の一味をあっさりと蹴散らし、ジラルド家が誇る兵達を歯牙にも掛けず倒した火燐へ注目が集まるのは必然。
一応、相当な美人だとの情報は事前に得てはいたが、実際に見て思ったのが枠組みを軽く超えている。
傾国級、若しくはそれ以上の美や輝きを放ち、捨て置くにはあまりにも勿体なさ過ぎる。
その様な考えを抱いたが故か気付けば凛達を口説き始め、しかし中々思うように話が進まない事に業を煮やし、権力をチラつかせた辺りで息を切らせたフレデリックが到着。
フレデリックはアントン達兄妹を叱責、凛達へ対しては伯爵の次男とは思えない腰の低さで謝罪を行う。
これに、アントンが公衆の面前で辱しめを受けたとフレデリックに詰め寄り、デイジーとヘクターも同意。
フレデリックは彼らを一喝。
自身がある程度魔物について分かるからか、屋敷の庭や当主の書斎に飾られたアダマンタートルだったものの一部。
及び、それを飲み込んだ存在を倒せるだけの実力を有した人物を無理に勧誘する行為は良くないと諭すと、一応は納得して貰えた。
そこへ、凛がアダマンタートル(幼体)を庭へ飾ったのかを尋ね、フレデリックが肯定。
話の流れでジラルド伯爵家へお邪魔する事に。
領主屋敷にて、フレデリック達の両親でジラルド伯爵家当主のランドルフ、ランドルフの妻で伯爵夫人のアシュリンと凛達は面会。
挨拶を済ませ、やがて屋敷の敷地内に入ってすぐ右の位置にあった、アダマンタートルの話へと移行。
見映えを良くする目的で、剥製にしたい旨を聞かされる。(オークションで出品した竜2体の剥製のネタはここで出た)
興味が湧いた凛は、それまでやらなかったアダマンタートルの解析をこの場で行い、躍動感のある剥製を作製。
大層気に入ったランドルフは、親交の証として(凛がヴォレスで提示した)身分証を凛へ手交。
そのお返しにと、アダマンタートルの向かい側に立った凛がインフェルノドラゴンの剥製を用意。
ポカンとする一同を他所に、「よいしょっと」と口にしながら配置した。
インフェルノドラゴンはファイアドラゴンが進化。
黒鉄級中位となって全長15メートル弱にまで成長した、真っ赤な鱗で前身覆われたドラゴン。
しかもそれが今にも襲い掛からん(捉え方によってはアダマンタートルを捕食しよう)とする態勢でいきなり現れたものだから、ランドルフ親子は挙って絶叫。
尻餅を突き、泡を吹く等する。
しかし凛からこれも剥製だとの説明を受け、安堵の後に喜ばれた。
…心做しか、足元がガクガク震えていた風に見えなくもなかったが恐らく気の所為だろう。
ともあれ、今後もお邪魔しに来るからとの理由で空いている部屋を1つ借り、中にポータルを設置したとの流れに。
因みに、カリナはカリナ・ヴァン・バイサスが本名で、実はスクルドに籍を置く男爵家の次女だったりする。
歳の離れた長女がおり、既に嫁入り済み。
貧しいながらも一応は貴族だと知られている為か、今までトラブルらしいトラブルはなかった。
その様な状況下でも強力な呪いを掛ける程にトレイシー達から憎まれていたとも言えるし、或いは夜の内にいなくなれば周りが勝手に失踪したと捉えるに違いないと安易な考えに至ったとも言えよう。
それとフレデリックについて。
彼はカリナの事を10年前から知って以降度々市内で見掛け、その度にコッソリ裏で手を回してはトラブルを未然に防いだ、縁の下の力持ち的な存在。
そんな彼が先日凛と一緒に来たカリナを見てすぐに雰囲気が変わったと感じ取り、説明を求めた。
仲間に裏切られ、奴隷商に売られて死にそうだったところを凛に拾われ、救われたと聞いて怒りを露に。
フレデリックはカリナの両手を取り、これからは自分が君を守る…と、赤いながらも意を決した表情での告白。
ただ、彼女は元々あまり異性に興味がなく、しかも今は凛の役に立ちたいとの想いが全て。
故に、良く分かっていない様子で「はぁ…」と答えるだけで終わり、どよーんと悲壮感漂う程に気落ち。
凛、美羽、ランドルフ、アシュリンは苦笑い、アントン達や火燐はニヤニヤ笑いながら2人を眺めていた。
2時間後
カリナは再び孤児院を回り、挨拶やトランプを使っての遊びや食料を配布。
勿論トランプは地球で売られている紙製のもので、プレイしたゲームはシンプルにババ抜きのみ。
ルールも分かりやすく、すぐに大人気となった。
トランプは各孤児院に3セット、それとは別に遊び方が載った説明書を渡してある。
また、希望があれば受け入れる態勢が整っている旨を伝え、次に来た時にでも返事を貰えればとの言葉を残し、それぞれ後にする。
スクルドで行うべき用事を済ませ、家に帰って両親に会い、次の場所へ移動する為にジラルド伯爵の屋敷方面へ向かう。
「よ、ようカリナ。」
目的を果たし、帰路の途中だった彼女は声を掛けられ、そちらに視線をやる。
「…お前達か。」
「あ、ああ。久しぶり、だな。」
カリナの視線上に、戦士のエイジャ、魔法使いのカサンドラ、呪術師のトレイシーの3人が立っていた。
カリナは少し悲しげに、エイジャがややぎこちない笑顔で呟く。
(偶然を装っているみたいだが…さて。)
カリナは凛と1歳と2ヶ月位しか違わないものの、彼への全幅の信頼があるからこその甘え。
しかしエイジャ達とパーティーを組み始めた時は対等に、しばらくしてからはこちらの方が年嵩だからと責任や上下関係が発生した為に今の様な形となった。
ついでに彼女は現在、黒鉄級に近い強さ。
これは凛がリンク越しに少しずつ魔素を流し、底上げを図った結果でもある。
その副産物でか感覚は鋭くなり、主君から賜った気配察知の効果も相まって、先程から尾行していた存在を複数確認。
今は既に離れ、当人らから報告を受けたエイジャ達がここで待ち伏せていたのではないかとの推測を立てる。
「無事だったんだね。」
「無事?一体何を━━━」
「そこら辺についても話がしたいからさ、一緒に食事でもどうだい?」
エイジャはカリナの言葉を遮り、右手の親指で後ろの建物を指し示した。
カリナは目を閉じ、首を左右に振る。
「断る。こう見えて忙しく、色々とやる事があるのでな。」
「ちょっと!折角あたし達が誘ってあげてるのよ!?なのにその言い草は何!!」
事を荒立てない様にとの配慮は、トレイシーの叫び声よって無意味と化した。
周りの者達は何事だと一斉にこちらを向き、エイジャが軽く舌打ち。
カリナは一瞬だけ、咎める視線を前方に向ける。
「不要だ。今後一切、私はお前達と関わるつもりはないからな。だからこちらの事も放っておいて欲しい。」
カリナにとって、エイジャ達の存在自体最早どうでも良い。
むしろ些事でしかない彼女は早々に話を切り上げ、この場を去ろうとする。
「そ、そんなの信じられないわ!!」
反対に3人は死活問題。
特にトレイシーに至っては、未遂と言えどカリナを殺そうとした。
その件が世間に知れ渡りでもしたら奴隷落ちする可能性が非常に高く、決して有耶無耶では終わらせられない。
終わらせる訳にはいかない。
(適当にこの場をやり過ごそうたって無駄よ。後で絶対報告するに違いない…そうなったら私は破滅!そうよ、どうにかして和談に持ち込んで━━)
トレイシーは声を荒げた後、心裡であれこれと考えを巡らせるもすぐに中断させられる。
「悪いが時間がない。お前達をどうこう以前に興味もないしな。では。」
そう言って、カリナが再び歩き出したからだ。
これにエイジャが慌て、段々と離れて行くカリナを指差す。
「お、おい、どうするよ?あいつ行ってしまうぞ?」
「…追い掛けるしか。」
「だよな。なら行くぞ…トレイシー?どうかしたのか?」
カサンドラに促されたエイジャが踏み出そうとするも、俯くトレイシーの方に意識が向いてしまう。
「…るな。」
「え?」
「ふっざけるんじゃないわよ!あたし達に興味がない!?カリナの癖に良い度胸してるじゃない!!━━━闇よ、我が命に従い敵を滅せ。」
「トレイシー!?お前、こんな人が沢山いる場所で━━━」
「ダークボール!」
トレイシーは止めようとするエイジャに目もくれず持っている杖を前へ突き出し、闇系初級魔法ダークボールを発動。
撃ち出された黒い玉は真っ直ぐカリナへと向かい、彼女の後頭部へと直撃するのだった。




