88話
「『え?ロイドさんが商業ギルドと揉めてる?実はロイドさんもフォレストドラゴンの素材が欲しかったとか?』」
「『いえ、フォレストドラゴンの取引自体は滞りなく終わりました。ですが…。』」
「『ですが?』」
「『ルル様が、ベヒーモスだーと口を滑らせてしまいまして…。』」
「『あ〜、原因は間違いなくそれだね。』」
「『はい。それで商業ギルドの方々がロイド様の所へ向かい、今の形に。どちらも、伝説級の魔物だからとの理由で譲る気はないみたいですね。』」
「『要は、商業ギルド本部の人達とロイドさん、その両方がいる前でって訳か。こうなるって分かりそうなものなのに、何でそこで言っちゃうかなぁ…。』」
商業ギルド本部は冒険者ギルド本部の向かいにあり、先触れの甲斐あってか迅速にフォレストドラゴンの取引が終わった。
しかしここで安堵したのか油断したかは分からないが、ルルが「次はうちだね!ふふふ、ベヒーモスだ。ベヒーモスがあたいを待ってるぜ!」と上機嫌で漏らしてしまう。
これに商業ギルド側が猛抗議。
ロイドも始めこそ来孫の暴露に唖然としていたが、商業ギルドはフォレストドラゴンを購入したから十分ではないかと突っぱね、どちらがベヒーモスを購入するかで対立する形に。
凛はトラブルメーカーかな?と思いつつ、話を続ける。
「『それで、ルルさんは?」』
「『どうやら落ち込んでるみたいですね。』」
「『…一応、責任を感じてはいるんだ。仕方ない、ここはひとまずロイドさんに折れて貰うとしようか。』」
凛は紅葉と話を詰め、紅葉がこのままベヒーモスの売買も行う旨を伝えた。
ルルは嘘だろと言いたそうな表情となり、ロイドは怒りを露にし、反対に商業ギルド員達は挙って喜び合う。
ロイドは納得いかないとして詰め寄ろうとし、紅葉は右手の人差し指を口元に持って来るのを見て思い留まったのか溜め息をつく。
紅葉達はフォレストドラゴンを出した所とは別な倉庫に案内され、後程ここにベヒーモスを運んで貰えれば良いと言われた。
紅葉は自分が空間収納スキル持ちだと告げ、部屋の真ん中へ移動。
無限収納からベヒーモスを取り出し、床に置いてみせる。
案内した者は1人で、まさか紅葉が空間収納スキル持ちとは思わなかった様だ。
様々な意味で驚愕し、他のギルド員を呼ぶと言ってこの場を後にした。
そうしてベヒーモスの査定が始まるのだが、商業ギルド本部全体がちょっとしたお祭り騒ぎになった。
ギルド員達は歴史や記録、それと簡単なイラストを見てそれなりにベヒーモスの情報は知ってはいたのだが、やはり実物だと違うらしい。
次々にベヒーモスへ群がっては感動し、ライアンとロイドもそれは同じ。
ただ、ロロナはベヒーモスの迫力に怖がって涙し、ルルはそんな彼女を宥めていた。
ベヒーモスは無傷状態のものを再現。
商業ギルド側はどうやって仕留めたのかを不思議がるも、傷はなければないに越した事はないのではとの紅葉の意見に賛同。
希少性や状態の良さから黒金貨2枚の価値が付き、紅葉達を驚かせた。
1時間後
「さて。紆余曲折あったが、ようやく帰って来れた。」
ロイドが複雑な顔で告げた。
ここはダグウェル武具店最奥で、紅葉達、ロイド達の他にライアンとゴーガンの姿もある。
「紅葉殿、先程儂を止めようとした理由をお聞かせ願えるかな?」
ロイドは最初、これ程の大物を見逃せと言うのかと思ったが、紅葉程の者がそんな事を言うはずがない。
自分を納得させる何かがあるのだろうとの考えに至った。
すると自然と怒りが収まり、商業ギルドへ軽く謝罪。
ベヒーモスを買い取るかどうかはそちらに任せると伝えた。
商業ギルド側はロイドに悪いとして買い取りを断る…訳もなく、むしろ憂いがなくなったとばかりに満面の笑みで査定に入るのを腹立たしく見ていた。
「それとゴーガン、お主が遅れた理由もじゃ。」
「畏まりました。」
「…はい。」
ロイドは今頃になって姿を現したゴーガンに白い目を向け、紅葉は粛々と、ゴーガンは申し訳なさそうに返事する。
ゴーガンは王国のグランドマスターとなった知り合い…元パーティーメンバーであるハンナなら紅葉達を何とか出来るかもと思い、彼女を頼った。
しかしハンナはパーティーを組んだ時から人族至上主義。
それに亜人嫌いでもあった。
加えて、グランドマスターになった事で更に拍車がかかったらしく、すぐに口論となった。
それからしばらくして我に返り、いつまでも時間を掛けてはいられない。
今なら何かしらで進展したのではとの判断から、ロイドの元へ向かう事に。
その目論見は当たり、ひとまず難は逃れた様だった。
…が、ルルとロイドから何故今来たと言いたげな、(最後に会ったのが物心付く前の)ロロナは誰このおじさん?との顔を向けられる。
その30分後
「がははは!いやー、実に楽しいわい!まさかこんなに美味い酒が存在するとは思わなんだ!」
ロイドはウィスキーを一気に呷り、空になったグラスを置いてから豪快に笑ってみせた。
テーブルの上には幾つもの酒が並べられ、その全ての蓋が開封済み。
その向こうにライアンがおり、酔い潰れたのか背もたれに体を預ける形で眠っている。
「お爺ー!あたいにも飲ませておくれよー!さっきも言ったけどサルーンを出てからほとんど飲んでないんだってばーーー!」
ロイドの横にはルルがおり、自分も飲みたい彼に催促を。
ロロナはアップルジュースをくぴくぴと飲み、ゴーガンも疲労の色を隠せないでいる。
ロイドはゴーガンから先に話を聞き、グランドマスターに協力を仰ぐつもりがただ喧嘩しただけで終わったとの報告を受け、彼を激しく叱責。
次に紅葉達の方に視線を向け、紅葉達は自分達も怒られるのかと思い、揃って体を強張らせる。
しかしすぐ朗らかに笑った事で安堵し、サルーンから王都に来るまでの経緯を尋ねられた。
紅葉達はこれに答え、合間にルルが補足する形で進めていく。
話題はワッズが使う解体用の道具へ。
ロイドは紅葉に詳細を求めるも、自分達はその辺の説明は受けていないから分からないと告げられ、残念がる。
そこからフォレストドラゴンの話になり、バーベキュー、トイレ、商店や喫茶店、酒場へと移っていく。
ルルはバーベキューや商店・喫茶店の試食・試飲会に参加しており、出されたものがいかに美味いかを。
トイレは毎回ポータブルハウスにあるトイレを利用し、あれの良さを知ってしまうと普通のに戻れない事。
酒場で提供される酒の味は勿論、種類の多さについて身振り手振りを交えて熱弁。
それら1つ1つにロイドがリアクションを取り、特に酒の話になると物凄く喰い付いてみせた。
ドワーフは鍛冶以外にも、石材や木材、工芸や装飾と言った職人が多い。
それらは、共通点として頑固者、そして大酒飲みである事が挙げられる。
ロイドも漏れなく当てはまり、頑固者で無類の大酒飲み。
しかも自分が知らない酒を美味そうに語られれば、否が応でも興味を引くと言うもの。
酒の話になった途端目の色が変わり、最後は紅葉に詰め寄った程だ。
紅葉は気圧され、先にベヒーモスの件を…と言い掛け、すぐに(先程商業ギルド本部で十分に驚いたからか)そんな事はどうでも良いと返され、えぇ…?と困惑。
直後にルルからやんわりと諭され、渋々倉庫へ案内し、ベヒーモスを出すよう促す。
そして紅葉がベヒーモスを出したかみたか(空間収納内に)酒もあるかを尋ね、あるとの返答に是非見せて欲しいと頼む。
一行はロイドの部屋に戻り、紅葉はテーブルの上に缶に入ったビールやチューハイ、ハイボール。
小さな瓶に入ったワインや日本酒、ウィスキー、ブランデー、それにグラスや氷、水や炭酸水を用意。
その場でちょっとした(?)飲み会が始まった。
ロイドとライアンは上記の順で試飲。
チューハイの甘いに釣られそうになったロロナへジュースを用意し、彼女に飲ませる。
ロイドは飲み進める毎に機嫌が良くなり、ウィスキーやブランデーの所で最高潮に。
反対にライアンはウィスキーで酷く噎せ返り、一気に酔いが回ったのか寝てしまった。
「疲れました…。」
紅葉が準備し、お酒等の説明に果てはロイドにお酌と。
1人で全てを熟す羽目になり、疲れた顔を見せる。
お酒はいずれも少量だった為、あっと言う間に終わった。
ロイドがほとんど1人で飲んでしまい、ルルが彼に恨みがましい視線を向ける。
彼女は立場的に飲もうと思えば飲めたのだが、移動中はゴーガンやオズワルド、紅葉達を含め、誰一人としてアルコールを飲まなかった。
ここで自分1人だけが飲むのも悪いと思い、我慢する事にしたのだろう。
ただ、凛に救われてからサルーンを発つまで、それも前日は浴びる程飲んだにも関わらず…或いは飲み貯めるつもりで飲んだからなのか、日増しに苛々が蓄積していく。
見兼ねた紅葉が、夕食の準備中に味見と称し、本直しをルルに飲ませた。
本直しは味醂を焼酎で割ったもので、紅葉のお気に入りでもある。
これに、ルルは新たな発見に出会えたとして喜んだとか。
「の、のう紅葉殿。これらの酒を王都にも卸しては貰えないだろうか?」
「それは…恐らく厳しいかと。以前、凛様はサルーン以外にお店を出す予定はないと仰っておりましたので…。」
「何じゃとーー!?」
ロイドが驚愕し、ルルは悲しみのあまり崩れ落ちた。
「…なら!言い値で構わないから容器ごと売っとくれよー!」
しかしすぐに立ち直ったかと思えばカサカサカサ…と床を這いずり、そのまま彼女の足にしがみ付いた。
「ルル様!?お戯れが過ぎますよ!?」
これに紅葉は非常に驚き、ロロナや暁達はドン引き。
その後、立ち上がったルルが「ここもサルーンみたくポータルを設置して構わない」と話し、(ポータルと言う単語が聞き慣れない)ロイドは意味が分からないと言った表情をする。
「ポータルは場所と場所を繋ぐ門の様なものでして。恐らく今回の場合、こちらの部屋とサルーンを繋いで欲しいと言いたいのだと思われます。」
「なんと…!儂は魔法関係に疎いから良く分からんのじゃが、実際そんな事が可能なのかの?」
「可能か不可能かで言えば可能です。ですが、仮にポータルを設置したとしましても、私の主である凛様に連なる者でなければ通行出来ませんので…。」
「それならあたい、凛の配下になる!」
『えっ?』
「あたい、死にかけた所を凛に助けられてから、ずっと何かの役に立ちたいって思ってたんだよ。まぁ、そんな風には見えないだろうって自覚はあるけどさ…。」
(自覚、あったのですね…。)
(自覚、あったんだ…。)
紅葉達が酷い。
(うぅ…酒飲み勝負位しか取り柄のなかったルルが…長生きはするもんじゃの。)
(お姉ちゃん、やっと無職じゃなくなるんだ。)
ロイドとロロナはもっと酷かった。
「あたいは、家族みたいな鍛冶の才能がない。けど、酒に対する情熱なら誰にも負けない。だからこそ、そこでなら役に立てる…と思う。」
「成程…。」
最後は尻窄みになたものの、紅葉はルルの説明に一理あると思った。
ルル以外の家族全員…祖父、両親、兄妹皆に鍛冶の適性がある。
ロロナがここにいたのは偶然でなく、勉強の一環としてだったり。
幼い彼女にもある鍛冶の適性、それが何故かルルだけ皆無。
その影響でルルは鍛冶の仕事が出来ず、それでも何か手伝いがしたいとの希望から、ロイドの知り合いであるワッズの元へと訪れる様になった。
今回は盗賊と言うイレギュラーが起きたものの、彼女は銀級冒険者位の強さがあり、往復自体は十分に可能だった。
紅葉は再び凛に連絡を入れた。
「『ルルさんのお酒好きは凄まじいね。とは言え、これを断ったりでもしたらお酒の為にサルーンへ行くって言い出しそうなんだよな…。危険な目に遭わせる位なら、取り敢えずは希望に沿わせてみようかな。悪いけど、大丈夫そうな場所にポータルを設置して貰える?』」
「『畏まりました。ロイド様に伺って来ますね。』」
このやり取りの後、紅葉はロイドに空いてて安全そうな部屋がないかを尋ね、この部屋の隣なら使って良いと答えられる。
ただ、失敗作や不要な物を押し込んでおり、片付けてくれたらとの条件も下された。
紅葉はすぐに片付けを行い、クリーンで綺麗にしてからポータルを設置。
迎える準備を整えた旨を伝え、すぐに凛がやって来た。
「貴方がロイドさんですね?初めまして。僕が紅葉達の主で、凛と申します。」
そう言って、凛は自分よりも少しだけ身長の低いロイドへ向けて頭を下げるのだった。
本直しですが、関西では柳蔭と呼ばれてるとか。
こう言う時日本語って素敵だし奥が深いなと思います。
残念ながら飲んだ事はありませんがw




