87話
「いやはや…儂もそこそこ長く生きたつもりじゃが、今日程驚いた日はないわい。」
ロイドがそんな事を言った。
現在、彼は移動の真っ最中。
少し前をルルが、横をライアンが走る。
ロロナは肩に乗ったままだ。
「して、ルルよ。ワッズの件はどうなったのじゃ?」
「あー…それね。凛が道具を改良しちまってね。多分、これからはメンテナンスが不要になると思う。」
「改良にメンテナンス不要?その凛と申す者は鍛冶師なのか?」
「鍛冶師じゃない。じゃないんだけど、なんて言うか…凛は何でも出来るんだよ。強いのはさっき言った通りだし、土魔法を応用して屋敷とか店を建てたって聞いてる。」
「魔法で家を建てた、じゃと?そんな話今まで聞いた事ないが…出来るもんなのかの?」
この世界の常識として、魔法=戦闘に関するものがほとんど。
他に回復魔法や、(クリーン等の)生活魔法等が挙げられる。
しかしそれ以外で一般的、それも日常生活の一部に転用するとの考えはない。
例えば風呂。
普通の人達や冒険者は生活魔法の『水生成』で水を用意し、その水を用いて濡らした布で体を拭いたりする。
お湯は少量からそこそこの量であれば、水生成に炎系初級魔法ファイアボールをぶつけて沸かす。
大量であれば上記のやり方を繰り返すか、水熱上級魔法スコールドボールを水や氷魔法で冷ます等の方法がある。
今でこそサルーンに公衆浴場があり、利用する者達は習慣になりつつある。
それでも入浴は貴族の嗜み的な所があり、そう思っている者の方が圧倒的だ。
「あたいもそうだった。けど実際、サルーンに存在しちゃってるしねぇ。それにあれとかあれとか、あたいの大好きなあれだって…。そうそう、さっきの道具についてだけど、フォレストドラゴン位なら問題なく解体出来るはずだよ。むしろ、1つあれば後は要らないんじゃないかな?」
「何じゃと!?フォレストドラゴンクラスを解体するとなれば、特殊な道具を幾つも使ってようやくと言ったところじゃのに…。」
「若干白っぽくなったってだけで、見た目自体は変わってなかった。あたいも一応調べてはみたけど、正直さっぱりだったよ。ワッズはミスリルとアダマンタイトが練り込まれてるって言ってたけどね。」
「「アダマンタイト!」」
「ほう。希少なアダマンタイトを、それもわざわざ解体用の道具に、か。」
ライアンとロロナが興奮し、ロイドは勿体ないと言いたげだ。
王国は鉱石資源が乏しく、帝国からの輸入に頼っている部分がある。
その帝国でもアダマンタイトは中々採取出来ないとか。
それでも尚、見栄を張りたいのか力を誇示したいのかは分からないが、今でもアダマンタイトを使った武具の製作依頼を出す貴族は一定数いる。
その事でロイドは頭を悩ませており、そんなものに回す位ならと考えても仕方ないかも知れない。
「試しに少し魔力を通してみたら、ダイアウルフがまるで紙みたいに切れてね。しかも骨ごといっちまったもんだからワッズに怒られたよ。だからって訳じゃないけど、ワッズは毎日楽しいみたいだぜ。」
「あやつめ、なんと羨ましい…そう言えば、さっきベヒーモスの名前が出ておったな。儂も名前だけで、非常に怖い魔物としか聞いてはおらんのじゃが…ルルは実物を見たのかの?」
「ああ。死体を見させて貰った。死んでも尚存在感があると言うか、物凄い迫力だった。あんなのが目の前に現れたら、あたいは何も出来ないまま死ぬって思ったね。そのベヒーモスも凛が1人で倒したらしい。しかも無傷で。」
「…その凛とやらは何者なのじゃ。もはや世界最強を名乗ってもおかしくないではないか。」
「本人はまだまだ強くなりたいって言ってるけどね。」
「見上げた志じゃのぉ。」
「僕は今のままで十分かな。愛するハニー達さえいれば満足だし、ね。」
ライアンは南にある魔素点の帰りで今回紅葉達にした訳だが、王都内に13人もの彼女がいる。
いずれも美人ばかりで、言い寄って来た所を口説いた結果こうなった。
ルルは違うみたいだが、甘いマスクで黒鉄級冒険者ともなるとモテる。
ただ、本人は満足しておらず、今も切っ掛けさえあれば増やそうとしている。(ルルは可愛いと思ってはいるが、見た目が幼いを理由に対象外らしい)
それと話に出た魔素点だが、王都の周りには2ヵ所の魔素点が存在する。
王都から西にある平原では、ゴブリンやウルフ、コボルトを始めとする、鉄級から銅級の強さを持つ魔物が。
そして南南東にある湿地帯には、オークやオーガとそれの上位種。
それとハイサハギンが進化し、2足歩行する様になった蜥蜴の魔物、銀級のリザードマン。
更に、シーサーペントが進化し、複数の頭を持つ多頭竜で下位竜でもある、魔銀級のハイドラ等が。
どちらの魔物も、基本的に魔素点から出る事はない。
…が、過去に放置し過ぎて溢れ、周囲の街や村、そして王都に被害を及ぼした事が何度かある。
今では定期的に遠征任務が組まれ、その度に高位の冒険者達が赴き、たまに犠牲を出しながら魔物を間引いている。
「はぁ。現在進行系で増やそうとしてる癖に何言ってんだか。」
ルルの呆れた様子の突っ込みに、ロイドとロロナが何度も頷く。
「紅葉が綺麗なのは分かるけど、あんたじゃ高嶺の花過ぎて無理。それに、ああ見えてとんでもなく強いしね。あの中じゃぶっちぎりで1番だよ。」
「…そんなにかい。」
「そうさ。一昨日フーリガンに寄った時も…って。見えて来たね。」
「フーリガン?その話詳しく聞かせて━━」
「うっさい。今はあんたよりも紅葉達だ。あたいは先に行かせて貰うよ!」
ライアンにとってフーリガン…鬼王は何度も煮え湯を飲まされた相手であり、最も苦手とする相手でもある。
そしてルルの物言いから紅葉達は鬼王とは無関係だと分かったが、ルルは肝心な部分を有耶無耶にした状態で加速し、先に進んでしまった。
「え、ちょっ!ああ、もう!後で絶対話して貰うからね!」
ライアンはそんなルルに手を伸ばし、その手でガシガシと頭を掻いてからロイドと共に追い掛ける。
紅葉達の周りには人だかりが出来ており、ルルは多少苦労しながらも彼女の元へ到着。
そこで紅葉、月夜、小夜、玄と遥が、ブルーシートの上でお菓子を配っている光景を目の当たりに。
また、彼女達の所に暁と旭の姿はなく、辺りを探すも近くにはいなかった。
2人は人ごみの先にある馬車の近くにおり、そこでも人だかりが出来ていた。
オズワルドが話し掛けられたのを機に、人が群がり始めたからだ。
暁は紅葉とアイコンタクトを取り、このままだと危険かも知れないとの判断から旭を連れて移動。
すると若い女性達が自分達の存在に気付き、次々と声を掛けられる羽目に。
先程の手合わせで暁が強いと分かってファンになったらしく、(硬派である暁だけが)やや困った様子で対応していた。
オズワルドはオズワルドで談笑中。
馬車や馬達にも人が集まり、べたべた触ったり撫でたりする。
「ちょっと、少し目を離した隙に何が起きたってんだい。」
「…あ、ルル様。お帰りなさい。」
紅葉は(人ごみに揉まれたからか)やや疲れた顔のルルに気付き、笑顔で話し掛けた。
これにルルは面食らい、「お、おう…ただいま。」と呟く。
「どうやら、皆さんこちらに興味がおありの様でして…。」
「あー…分かった。そりゃそうだ。あたいだって朝夕の食事の時に出るお菓子が唯一の楽しみ…ひっ!!」
紅葉は両手で皿を差し出し、その上に乗るお菓子類を見てルルは得心が行ったらしい。
苦いながらも呆れた顔に。
しかし周囲から「なんて羨ましい」とばかりにギラついた目を向けられ、身を竦ませた後に紅葉の後ろへ隠れた。
これに紅葉がコロコロと笑い、「わ、笑わないでおくれ!」と真っ赤になりながら憤慨する。
「…ふむ。確かに美味いの。」
「じいじ、私も!私も!」
「…あら?失礼ですがどちら様でしょう?」
ロイドは皿の上にあったクッキーを手に取り、口の中へ放り込んだ。
両手を広げながら欲しがるロロナにも1枚渡し、紅葉が彼に水を向ける。
因みに、ライアンは人ごみに入れず、何度も入ろうとしては弾かれるを繰り返している。
「儂はルルの祖父でロイド。この子は妹のロロナじゃ。孫が世話になったと聞いてな。」
「これはこれはご丁寧に。私、紅葉と申します。凛様の名代で参りました。」
ロイドはロロナにクッキーを与えながら自己紹介を行い、紅葉は皿を両手で持ったまま丁寧にお辞儀をする。
ただそれだけなのだが、ロイドは紅葉の流れる様な、それでいて洗練された動きに内心舌を巻いた。
(…成程。所作に全く隙がない。ルルが言っておったのは強ち嘘ではないのかも知れんの。)
「…? 何か?」
「いや、失礼。今まで、貴殿程に美しい女性を見た事がなかったものでな。つい見惚れておった。」
「まぁ、お上手。」
「お爺…。」
ロイドの物言いに紅葉が口元に手をやり、ルルとロロナがじと目を向ける。
2人はロイドの浮気が原因で祖母と別れた事を知っており、また悪い病気が出たのではと考えたらしい。
勿論今回は違うのだが、ロイドは言い訳よりも話を進める方が先だと判断。
咳払いを交えながら口を開く。
「さて、いつまでも紅葉殿達をここへ置いておくのは失礼じゃ。ささ、王都の中に案内して進ぜよう。」
そう言ってロイドが案内しようとするのだが、ここで待ったが入った。
受付をする兵士だ。
そこにいる4人の内の1人が、見張りとの名目で紅葉達の近くに配置された。
「あの、ロイド様…勝手をされては困ります。」
と言いながらも、右手にはちゃっかりとクッキーが握られていた。
どう見ても堪能している風にしか見えず、説得力に欠けると突っ込まれてもおかしくない状況だったりする。
「馬鹿者!!何が勝手じゃ!孫のルルを助けてくれた恩人の部下じゃぞ!?王都へ入れるのに実績もクソもあるか!!」
「ひっ!?」
「それに、ライアンと戦って勝てる程の猛者じゃ。彼らが話の分かる御仁だから良かったものを、もし暴れでもしてみろ。お主らに彼らが止められるのか?」
「それは…。」
「それを言われちゃうと僕も少し困るかなぁ。」
兵士は人伝いで、ライアンは直接鬼人達の強さを知っている。
(紅葉達にそのつもりは全くないが)仮に暴れた場合、王都は壊滅的な被害を受けるとの予想を2人は立て、互いに見えない位置にいながら困ってしまう。
「ライアン、聞いておるのじゃろ?お主もお主じゃ!近頃は鍛練をあまり行っておらんそうじゃな?」
「うひー!まさかのとばっちり来たーーー!」
そんなこんなでブルーシートを片付ける等の準備をし、一行は人々に見送られながら王都に入る。
「『…と言う訳でして、今はロイド様が先導する形で商業ギルド本部へ向かっている所です。』」
「『そうなんだ、ロイドさんに感謝しないとだね。』」
「『ええ、仰る通りです。』」
「『ところで…王都ってどんな感じ?他の所もそうだったけど、全体の様子とか建物の特徴を聞いてなかったと思ってさ。)」
「『ええっと…全体の様子に建物の特徴、でしょうか?そうですね…。』」
紅葉は凛至上主義。
凛を神と崇め、凛の言う事は絶対遵守。
つまり彼が全てであり、彼のやる事なす事にしか興味がない。
故に目的を完遂するに重きを置くあまり、王都やこれまでに訪れた都市や街の建物に対し、全く関心を示さなかった。
紅葉は凛に促されるまま周囲を見回し、遠くに見える王城を含め、建物の大部分が白色で統一されている旨を伝える。
それ以外として、(ロイドが教えてくれた)木で造られた冒険者ギルド本部、豪華な造りの女神教教会と商業ギルド本部の報告も併せて行った。
後に、鍛冶ギルドは茶色の煉瓦で組まれているとも教えられた。
凛はそれらを受け、救助の際に訪れたフーリガンがボロボロながらも全体的に少し黒っぽく、サルーンは石造りや木造が半々だった事を思い出す。
「『やっぱり、住む所によって建物は変わるんだね。』」
「『そうですね。そろそろ商業ギルドに着くそうなので、一旦念話を切らせて頂きますね。』」
「『うん、分かった。また何か進展する様だったら教えてね。』」
「『はい。それでは失礼します。』」
こうして、2人は再び念話を終えた。
しかしそこから30分も経たない内に紅葉が凛へ連絡を入れ、彼を驚かせるのだった。




