88話
時刻は戻り、午後1時過ぎ
《ご報告です。楓様の眷属達が目標を発見致しました。》
リビングにて。
凛がカリナを見送った直後、ナビからその様な報告が届けられた。
凛とナビは楓にある調査を要請。
その為の手段としてティンダロスの猟犬達を王都方面へ向かわせたとの運びだ。
彼らは地上を走るだけでなく、地中や空間に潜っての高速移動も可能。
また、嗅覚や気配の察知・遮断能力にも優れ、召喚主の楓に準じた強さを持つ。(現在だと魔銀級上位クラス)
その為、早ければ1時間以内。
遅くとも午前中には連絡が来るだろうとの見通しを凛は立てた。
ところが、報告が届けられたのは調査開始から1時間以内でも、午前中でもなく、昼食が終わった後である今だった。
(思ったよりも時間が掛かったな。)
凛はティンダロスの猟犬達ですら対応出来ない、何か不測の事態でも起きたのかと考え始める。
《その点を含め、幾つか問題が発生しました。》
凛はナビからの話にやはりと思いつつ、不思議そうな表情で尋ねてみる事に。
「問題点?」
《はい。実は━━》
ナビによると、ティンダロスの猟犬達は北西へ向かいつつ、互いを補う様に3方向へ別れる形で探索を行っていたのだそう。
開始後すぐに負傷していると思われる3名を見付け、その場に1体残す形で捜索を続行。
それから1時間程で目標を発見し、今は地中で様子を見ているとの事。
それと負傷した3名の内、2名は歩ける程度。
残る1名は重傷ではあるが、篝やカリナに比べると軽い方だと語る。
「え…お願いの方はまだ分かるとしても、もう片方はもっと早く伝えられた訳でしょ?なのに今頃?しかも篝達より怪我が軽い?ナビ、それ本気で言ってる?」
凛のどこか冷めた物言いに、リビングの温度が急激に低下。
まさか主から厳しい指摘を受ける等と全く念頭になく、二の句が継げない状態に陥るナビ。
普段は勝ち気な火燐ですら、引き気味で隣にいる雫と小声で話す程だ。
残るメンバー。
中でも美羽を含む一部の者達は、初めて凛が怒るのを目の当たりにし、どうして良いのか分からずおろおろとするばかり。
その間、凛は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに黙り込むだけだった。
凛は日本で介護士として働いていた頃。
勤務年数こそ短いものの、様々な理由で入居、或いは退去した者を見て来た。
それは手続き等で会う関係者達も同じ。
好感を持てる人がいれば逆もまた然り。
中にはボロクソに貶す等罵倒し、命を軽く見る者もいたが、あくまでも業務の一貫。
他人がとやかく言うべきではないと、どうにか堪える事が出来た。
だからこそ自分は家族や友人を大切に、可能な限り手助けをしていこうと努力を重ねた。
その考えらこちらに来てからも変わらず、最初の頃や初めて家を建てた時にしっかりとナビに伝えた。
ところが、ナビは問題点に対し、ティンダロスの猟犬を近くに置いた事でこれ以上の危険性はないと勝手に判断。
仮に危険な状態になったとしても、死にさえしなければ凛が治せるからと後回しに。
片や利他主義。
片や主至上主義で捉え方が異なり、招いた結果がコレ。
凛はすぐにナビの独断で放置したのだと悟り、必要性が全くないにも関わらず苦しませ続けたとの考えに至ったのが許せなかった。
或いは、あらゆる面で支えてくれているナビに感謝、信頼している分だけショックが大きかったとも。
《申し訳ございません…。》
「…いや、気を配らなかった僕も悪いし、今回はお互い様って事で。けどこれからは気になる情報を見付け次第、出来るだけ早く知らせて貰えると助かる。」
《畏まりました。仰せのままに。》
「うん、頼むよ。さて、今すぐにでも動こうと思…。」
話の途中、ふと視線を感じた凛が後ろを振り向いてみる。
ナビとのやり取りで今後の展開を察したのだろう。
全員がこちらを見ており、その中でも美羽、火燐、雫、翡翠、楓。
5人の圧が特に強く、連れて行けと言わんばかりの目で訴える。
彼女達の意を汲んだ凛は後の事を紅葉、暁、イルマに任せ、共にポータルで目的地へ。
(予想外だったとは言え、さっきは言い過ぎたな。でもこれが続く様なら、何か対策を考えなきゃか。)
なんて想いを抱きながら。
屋敷から北西へ30キロ程離れた位置に行き着いた1行。
直ぐ様、目的となる者達の確認を行う。
1人は小柄な少女。
肩まで伸ばした銀髪を左右で結び、小麦色の肌をしていた。
少女は短パンにシャツの組み合わせとラフな格好で、体のあちこちに傷痕が。
左肘から先が欠け、両太ももに広範囲と思しき傷があった。
後半はどちらも一応応急処置がされているものの、巻かれている包帯は血で滲んでいた。
それに関係してか、彼女の顔は赤く、息が荒い。
その少女を抱き抱える者。
抱き抱える者の隣を歩く者がいるのだが、どちらも人ではなかった。
何故なら少女を抱えるのはオーク、オークと一緒に歩くのは頭頂部分に火を生やした茶色い熊だったからだ。
片方はハイオーク、もう片方はブラウンベアーが進化した火熊と言い、ハイオークは2メートル。
火熊は2メートル50センチ程で、金級の強さを持つ。(本来ならハイオークは銀級の強さ)
ハイオークと火熊、共に全身傷だらけ。
後ろに血溜まりが出来ているにも関わらず、全く気にする素振りを見せない。
魔物ながら、強い根性や精神。
いつ倒れてもおかしくない状況ながら黙々と進む、男気溢れる姿に凛達は感銘を受けた。
ややあって、逸早く冷静さを取り戻した凛が彼らを回復しようと接近。
しかしある程度近付くを合図にハイオークが警戒。
火熊は牙を剥き出しにして唸り声を上げ、呼気から炎が漏れる。
「なんだぁ?この熊野郎、オレ達とやろうってか?」
「ちょっと、喧嘩をしに来たんじゃないでしょ…エリアハイヒール。」
何故かやる気になった火燐を窘めつつ、凛はエリアハイヒールを行使。
周辺一帯に効果は及び、小柄な少女だけでなくハイオーク達も範囲内に。
決死の覚悟で凛達に臨んだ2体だったが…受けたのが攻撃ではなくまさかの回復魔法。
完治までいかないにせよ、それでも結構楽になった事に変わりはない。
不思議と、力が湧いてくる気もする程だ。
なのですっかりと毒気を抜かれ、顔を見合せながらきょとんとするしか彼らは出来なかった。
「いきなり驚かせてごめんね?その子も治療したいんだ。悪いんだけど、ゆっくりと地面に置いて貰えるかな?」
凛が対話スキルにジェスチャーを交えて話す。
それにハイオークは応え、ゆっくりと少女を地面に下ろし、数歩後ろへ。
「大体の傷は今のエリアハイヒールでなくなったみたいだけど、やっぱり肝心な部分は影響がなかったか。篝やカリナの時みたいにギリギリじゃなくて良かった…エクストラヒール。」
少女の前で凛はしゃがみ、主要な傷が膿んでないかを目視。
改めて掛けた回復魔法で体は元通り、苦悶だった表情も安心したものへと変わる。
ハイオークと火熊はすやすやと眠る少女に目を細め、やがて満足したらしくこの場から離れようとする。
「あ、待って!この子をここまで運んでくれた君達にお礼がしたい。良ければ一緒に来て貰えないかな?」
「「!!」」
凛のまさかの申し出に、驚きのあまりハイオーク達は思いっ切り後ろを振り返った。
あんな格の高い回復手段が使える相手が普通なはずがない。
そう考えたハイオーク達は見逃して貰えるだけでも十分なのに、まさか呼び止められるとは思わなかったのだろう。
2体は互いにアイコンタクトを送り、(凛達から見て)異形である自分達をわざわざ回復してくれた。
悪いようにはしないだろうとの思考から互いに頷き、ゆっくり歩み寄る。
少女を抱き抱えた凛達と共に、展開したままのポータルで屋敷へ。
屋敷のリビングにて、残ったメンバーとハイオーク達が対面。
予想よりも大所帯、まさかの魔物登場との意味で互いに驚いた。
パンパンと手を鳴らした凛により双方我に返り、ハイオーク達は促されるままソファーに着席。
間髪入れず目の前へ出された食事に目を丸くする。
彼らはしばらく我慢したが、食欲には勝てなかったらしい。
良い香りで涎が垂れそうになり(と言うか火熊は実際に垂れていた)、どちらからともなくお腹の音が。
そこでドッと起きる笑い。
突然の事態にハイオーク達は体をビクッと震わせ、笑顔を浮かべた凛から軽く謝罪。
続けて、食べて良いと言われるを機に食事を開始。
如何にも健啖家(?)…的な風貌は伊達ではないらしく、10分程で5人前をペロリと平らげた。
食後、凛とハイオーク達は互いに自己紹介。
紹介が一通り済み、改めて少女との経緯を聞こうとする…よりも前に、彼らはドラゴンが人の姿をしているのに衝撃を受けた様だ。
反対に向こうから質問攻めに遭い、スキルについて説明。
終わり次第ハイオーク達に使って良いかを尋ね、まずハイオークが首肯。
彼が良いなら…と火熊も了承の意を示し、凛は2体に人化スキルを施す。
付与後、居住まいを正した凛が改めて詳細を尋ねる。
ハイオーク曰く、以前はオークジェネラル率いる集団と行動を共にしていたそうだ。
オークは雄の生き物は殺し、雌…特に人かそれに近い生き物は犯し、孕ませる魔物。
それは上司であるオークジェネラルを始めとする、他の同胞達も同じだった。
ところが自分は変わり者なのか、雌の生き物を見ても興奮する事は一切なかった。
むしろ、そう言った行為に及ぶ仲間達を見て嫌悪感を抱いた程。
尤も、当時は今のハイオークではなくただのオーク。
集団内での地位も低く、冒険者や一般人が襲われるのを黙って見る事しか出来なかった。
彼は人型の相手には消極的だが、それが魔物に変わると性格が変わった様に奮闘。
今から2ヶ月程前、今のハイオークへ進化を済ませた。
そこから更に研鑽を積み、今ではオークジェネラルよりも少し劣る位の強さに。
そして1月前。
3人組の男女を見付け、そのまま戦闘へ。
しかしその男女は結構な強さの組み合わせの冒険者だったらしく、次々にオーク達は蹴散らされていった。
オークジェネラルは分が悪くなったと見るや、自分達を残して逃げようとするも…冒険者達によって先回り。
逃げ道を塞がれ、死にもの狂いで戦った結果、自らもかなりダメージを負ったものの、冒険者達を弱らせる事が出来た。
ハイオークは得意げになっているオークジェネラルを自前のブロードソードで後ろから突き、残りのハイオークとオーク達を斬り伏せた。
冒険者達はまさかの仲間割れに呆然としていたが、ハイオークは何も言わずその場を離脱。
そこから旅をする様になり、途中で(当時ブラウンベアーだった)火熊を助け、彼女と行動を共にしていたところ。
少女を見付け、保護したとの事。
「我々はあの少女が指し示す方向へ向かい、いずれ別れるつもりでいた。」
「ここまでに何回か(冒険者達に)挑まれたし、送り届ける前に死んでたかも知れないけど。」
そう語るのは、人化スキルで人間の姿となったハイオークと火熊だ。
人間となったハイオークは身長190センチ程。
がたいの良い体格、茶髪の刈り上げの髪型をした壮年の男性へと、
火熊は身長170センチ位。
引き締まった体、茶色7・赤3の割合で分かれたショートヘアーをした20代半ば位の女性へとそれぞれ変化。
現在ローブ姿の彼らは、挑んで来た冒険者達に怪我を負わせはしたものの、命までは取らなかったと話す。
「ん…。」
そのタイミングで、ソファーで休ませていた少女が目を覚ました。
寝返りを打ち、視界の先にいた凛達を寝惚け眼で眺める。
「…ん?」
ようやく頭が働き出したのだろう。
何度かの瞬きの後、勢い良く上体を起こした。
「…誰?」
「まぁ、分からずとも無理はない。貴殿を運んでいたオークと言えば分かるだろうか?」
「オーク?は?え?全然見た目が違うじゃ…ん?左手が治ってる!?それに足も!!」
少女は無意識に男性を左手で指差し、硬直。
ないはずの左手、両太ももの順番で視線を送り、何やら1人で騒ぎ始める。
これに火燐が「1人で賑やかな奴…」と漏らし、そんな彼女を無視して赤と茶色の髪の女性が口を開いた。
「人間の見た目に変えて貰ったから。因みに、私はそのオークの隣にいた熊。」
「熊ぁ!?ってかあんた、雌だったのかい!」
「…彼みたく強いオスがいる。なら、それに従うメスがいても不思議じゃないと思うのだけど?」
「確かに…あんたの言う通り…そうだ、2人のおかげであたいは死なずに済んだんだった。改めて礼を言わせて貰うよ、ありがとう。」
諭された事で少女はクールダウン。
素直に頭を下げ、男性と女性は頷きで以て応える。
「ところで、ここは一体どこなんだい?それと怪我を治してくれたのは…。」
「僕ですね。それと、ここは僕の屋敷になります。」
「そうだったのかい。色々とお世話になったみたいですまないね。あたいはルル、ただのしがないドワーフさ。」
少女ことルルは凛にも頭を下げ、肩を竦めながらそう告げるのだった。




