85話
時間は少し戻る。
王都から少し手前に到着した一行は、人気のない場所へ移動。
そこで(無限収納から取り出した)フォレストドラゴンの素材を馬車に積み、オズワルド、ルル、紅葉、(昨晩合流した)クロエが馬車内へ。
残る暁、旭、月夜、小夜、玄、遥、ゴーガンが護衛との名目で再び歩き始める。
そして長い長い列の最後尾に並ぶのだが…早い話が滅茶苦茶目立っていた。
暁と旭、それに月夜と小夜はタイプの違う美男美女で、玄と遥はどちらも可愛らしい感じ。
反対に、ゴーガンは見るからに歴戦の戦士と言った風格。
それと馬車は派手さこそないものの、立派な造りで大きく、引く馬も非常に猛々しい。
また、馬車から顔を覗かせながら騒ぐルルは王都で有名人。
その彼女の後ろで受け答えする紅葉は言うまでもない。
更に、彼女達は変わった服装なのに加え、立ち振る舞いも美しい。
それらが重なり、やんごとなき身分や従者だと勘違いされ、ひたすら好奇の目に晒される事に。
やがて彼女達の番となった。
受付をする兵達が暁達…厳密に言えば額に生えた角を見て目を見開き、全員が警戒心を露にする。
その1人が来訪目的を尋ね、商業ギルド本部に届け物とその護衛との返事に訝しむ。
しかし下手に突っついて牙を剥かれでもしたら不味いのでは…との葛藤から、応援を呼ぶ等してざわつき始めた。
王国は人族至上主義だ。
人間が最も偉く、(天使を除く)亜人や獣人を下に見ている。
なので、人間であれば余程の理由でない限りパス出来る。
しかし、それ以外だと話が変わる。
亜人や獣人は冒険者証や商人証と言った身分を証明するものが必須。
かつ、それなりの地位(冒険者の場合は金級以上)でないといけない決まりが。
紅葉達は王都を訪れるのは今回が初めて。
冒険者ではないし、商人とも異なる。
一応、証明出来るとの意味では(凛越しに得た)ジラルド伯爵家家紋であるグリフォンの紋様が入った指輪が無限収納内にはある。
ただ、使用する事でランドルフに迷惑が掛かり、亜人が帝国貴族と懇意にしてるとの理由で騒ぎも大きくなる。
それらの観点から、紅葉は自分達が疑われず、上手く通り抜ける方法はないものかと難しい顔を浮かべていた。
そこへ、申し訳なさそうな様子のゴーガンから声を掛けられた。
「紅葉君達、待たせてすまないね。」
「…!いえ、お気になさらず。」
「とは言え、正直僕も驚いてるんだけどね。」
「それはどう言う…?」
「僕も10年位前までは王都にいたんだけど、ここまで物々しい雰囲気ではなかった。何かが状況を変えたんだろうね。」
「それは…。」
ガイウスがサルーンへ赴く事が決まった際、既に鬼王はフーリガンにいた。
…が、彼はフーリガンに居座るだけで、王都にちょっかいを出すと言った真似はしていない。
それから時が経ち、フーリガン近辺で失踪する事件等が多発。
国中から突き上げを受け、ようやく王都が重い腰を上げた。
しかし鬼王が凛に倒される昨日まで健在…つまり連戦連敗の状態。
2週間前も1000人規模で兵を送り、大半を失う形で返り討ちに遭った所だ。
兵達の中には王国唯一の黒鉄級冒険者の姿もあったのだが、王都民に報されたのは敗北した事だけ。
負けた相手が鬼人族である事を知っているのは王族、貴族、兵達のみ。
一般の人々や冒険者は未だに詳細を知らない状況にあるにも関わらず、何故か不思議と混乱に陥る等はしていない。
「言わなくても大丈夫。ただ…見た感じ(情報が)操作か制限されているみたいだ。僕達が下手に騒いで混乱させる必要はないし、このまま黙ってようか。」
「それは…そうですね。」
それが分かったのだろう。
紅葉はゴーガンの提案に口を噤み、神妙な面持ちで頷いた。
結局、紅葉達は上から明確な指示が来るまで保留と言う扱いに。
これを不服としてゴーガンとルルが兵達に詰め寄るも、決定が覆る事はなかった。
2人は話の分かりそうな伝手の所へ行くと言い、一足先に王都内へ。
少しした所で少しだけ話し、二手に分かれる。
その様子を、紅葉が馬車の前に立ちながらじっと眺めていた。
彼女達は馬車ごと列の横にずれ、後ろに並んだ者達が次々に王都へ入って行く。
人々は馬車の横を通りつつ、誰もが物憂げな様子で佇む紅葉に釘付け。
紅葉は人々の視線を全く気にせずに前方を見続け、やがて「いつまでもこうしている場合ではない」として我に返る。
そして報告と今後の意見を仰ぐのも兼ね、凛に連絡を入れた。
「『━━間違いなく、鬼王達が理由だろうね。』」
「『やはり、凛様も同じ意見なのですね。』」
「『僕もって事は、紅葉達も?』」
「『はい。受付の男性方が私共を見て怖がってらしたのが何よりの証拠かと。ただ、順番待ちの方々が不思議そうにしていらっしゃいましたので、箝口令の様なものを敷いた可能性もあるのでは、と。』」
「『…まぁ、自分達が負けたのをわざわざ広めてもね。誰だって後ろ指を指されて笑われたくはないだろうし。』」
「『確かに。』」
そう言って、紅葉はくすっと笑う。
それからも紅葉は凛と談笑するのだが、何やら後ろの方が騒がしくなって来た事に気付き、後ろを振り返ってみる。
すると馬車から少し離れた場所で、暁と旭が見知らぬ男性と話している光景が。
暁達は後ろにいる月夜達を庇う様にして立ち、男性はミディアムに伸ばしたサラサラの金髪を得意げに掻き上げる。
暁、旭、月夜の3人が男性を睨んでいる事から、間違っても友好的な雰囲気とは言えないだろう。
「『凛様申し訳ございません。暁達の方で何か問題が起きた様です。後程、またご連絡させて頂きますね。』」
「『ん?んー、分かった。それじゃまたね。』」
凛は問題と聞いて詳細を訪ねようとするも、声の様子から深刻ではないと判断。
念話を終えた紅葉は、暁へ歩み寄りながら尋ねてみる事に。
「暁、どうかしたのですか?」
「紅葉様…この者が━━」
「おお!なんて綺麗なお嬢さんだ!!」
男性は紅葉を見るや否や、思いっきり凝視。
かなり大袈裟に両手を広げてみせ、そのまま彼女の下へ向かおうとする。
ところが、後ろから肩を掴まれる形で暁に阻止された。
男性はムッとした顔になるも、すぐに澄まし顔で暁の手を払いのける。
「もしかしてだけど、王都に入れなくて困ってるとかじゃないかい?」
「確かに仰る通りですが…貴方様は?」
「おや。この僕を知らないとはね…まぁ良いか。僕は王国唯一の黒鉄級冒険者、ライアンさ。」
男性ことライアンがキザったらしく名乗るのを合図に、大きな歓声や黄色い声が上がった。
そんな中、紅葉達は険しい表情を浮かべ、暁が「こいつが…」と呟きを漏らす。
「…ん?どうしたんだい?折角の美しい顔が台無しだよ。ほら、笑って笑って。」
ライアンは容姿に自信があるらしく、自らの世界に入っていた。
しかしいつまで経っても紅葉達から声が聞こえなかった為、不思議に思った様だ。
彼女達の方に視線をやり、話しながら目を妖しく光らせる。
「…私共に魅了は効きませんよ、インキュバス様。」
「!?」
紅葉の心底がっかりした呟きに、ライアンは初めて表情を崩した。
ライアンはこんな感じの青年だが、実は人間社会に溶け込むインキュバスだったりする。
(変化を使用したプレシアと違い)幻影魔法上級のミラージュボディで髪色を変え、角や翼を見えなくした。
そして腰に差したレイピアや魔法を駆使し、黒鉄級冒険者にまで上り詰めた。
「…魅了、か。何の事かちょっと分からないな。」
ライアンは紅葉が鬼王の手の者だと思い、人知れず冷や汗を掻く。
「成程。力をお使いになっても尚、お惚けになられる訳ですね。」
紅葉…と言うか凛達がライアンをインキュバスだと分かった理由。
それは鬼王の解析結果によるものだった。
今から3年程前、鬼王はライアンを完膚なきまでに叩きのめした後、生かして帰す代わり定期的に女を寄越すよう求めた。
ライアンはその条件に応じ、以後様々な手段で年頃の女性を用意。
今みたく魔眼を使用し、全員を魅了状態に。
それから彼女達に鎧を着せ、予め魅了が済んだ隊列に紛れ込ませ、鬼王の元に送り続けた。(いずれも、鬼王が楽しんだ後に殺害している。)
「いや、そうじゃなくて━━」
「でしたら、今この場に掛かっている幻術を解いてみせましょうか?」
ライアンはスリープミストを応用したものを王都全体に撒いている。
人々に混乱が生じなかったのはその為で、軽い催眠状態との理由から仮に解除されても問題はない。
しかしライアンは再び掛け直すのが面倒だと思ったのか。
或いは自分があれだけ苦労して撒いたのに、さも簡単に終わらせられると言外に告げられて腹が立ったのか。
はたまたホームとも呼べる王都でなら勝てるとでも思い込んだのかは分からないが、いきなりレイピアを鞘から抜き、紅葉に斬り込んで来た。
「…何の真似だ。」
「悪魔め!この僕をインキュバス扱いするなんて…ここで成敗してくれる!」
そう言って、紅葉の前に立って攻撃を防いだ暁に挑みかかる。
「中々やるね。周りの人々に迷惑だし、このまま諦めてくれるとありがたいんだけ…どっ!」
「そうだな。お前の言う事も一理ある。」
「だろう?だから帰って━━」
「だが断る。」
「なっ!?…君達、いい加減にしてくれないかな。流石の僕も我慢の限界だよ。」
「我慢も何も、声を掛けて来たのはそっちじゃないか。それで思う通りにいかなければ癇癪を起こす…まるで子供だな。」
「貴様ぁぁあああっ!!」
数合斬り結んでから鍔迫り合った後、一気に激しさが増す様になる。
(これでこの国最強か。倒してしまうのは簡単だが、どうしたものか…。)
暁はライアンの力量見たさに煽ってはみたものの、かなりがっかりしていた。
レイピア…つまり細い刀身の剣なのに、何故突くのではなく斬る主体の攻撃なのか。
王国最強冒険者と謳う割に、悉くフェイントに引っ掛かり過ぎだろうと言った感じで。
開始して1分もしない内に(悪い意味で)見切りを付け、以降は倒さずに無力化する方法はないものかと模索し始める。
「『暁、私達は護衛で来ただけで害する気はない。目的を果たし次第離れる旨を伝えなさい。』」
「『…!畏まりました。仰せのままに。』」
暁は紅葉からのアドバイスを受け、再び鍔迫り合いに持ち込む。
そこで敢えて(量産品の)大太刀を引き、ライアンがバランスを崩したのを見計らい、耳元に顔を近付けて目的を伝える。
「あは、あはははは。全くもー、それならそうと早く言ってよー。」
先程までの剣幕はどこへやら。
ライアンは自分の敵ではないと分かり、立ち所に大人しくなった。
最後は満面の笑みとなり、かなり気安い感じで暁の背中をバシバシと叩いてみせるのだった。




