86話
「オレをご指名か。なら応えてやらねぇとな。」
「あ、火燐!皆、ごめんだけど後をお願い。行くよ美羽。」
「はーい♪」
ニヤリと笑い、足早にいなくなった火燐を凛と美羽が追う。
ポータルでガイウスの屋敷に到着後、3人は執務室へと案内される。
「来て頂き感謝する。」
「なんとなくこうなる気はしてたぜ。んで?デイジーは隣にいるんだろ?」
「…やはり分かるか。」
「そりゃあんだけ騒げばな。廊下にまでギャンギャン喚く声が響いた位だし。」
「ジラルド伯爵は息子が3人いるのに対し、娘はデイジー1人だけ。しかも末っ子でな、かなり甘やかされて育ったらしい。」
「なーる、そりゃ納得だわ。さ、て。そんじゃ、感動のご対面といきますかね。」
フフ…と火燐が再び不敵に笑い、部屋を後にする。
「…どこに感動の要素が。」
「さぁ…とりあえずボク達も移動しよっか。」
凛、美羽、ガイウスの3人が隣の部屋へ移動。
そこには、如何にも高級そうな服に身を包み、肩上までオレンジ色の髪を伸ばした17歳位の少女がいた。
恐らく彼女がデイジーなのだろう。
火燐を指差し、何やら叫びまくっている。
彼女の後ろに控えるは、従者と思しき男性2人。
ハラハラとした様子でデイジー、そしてニヤニヤ笑うだけで動く素振りがない火燐を見守るとの状況だ。
暴力沙汰に至っていない事に凛は安堵の息を漏らしつつ、取り敢えず静観。
視線の先にいる少女…デイジーは顔を赤くし、自分がどれだけ優れているかを一方的に説明。
次いで、そんな自分を辱しめたのだから、周辺一帯に火燐の居場所がなくなるのも時間の問題。
最後に、それが嫌なら自身のものになれと言い放つ。
「…つまり早い話、火燐をスカウトしに来た、と。」
「そうよ!」
「アホか。何でお前みたいな奴のトコに行かにゃならねぇんだよ。」
「あ、アホ…?」
「そもそも、付いて行くメリットが見当たらねぇ。」
「メリットって、私は伯爵家…。」
「それは昨日聞いた。」
「うぐっ。」
「オレが言いてぇのは、生活環境が今よりも劣るんじゃねぇかって事だ。」
火燐の物言いに、自らの食事事情や支払う給金を伝えれば折れるだろうと捉えたデイジー。
苦い表情から一転、ふふんと得意げになる。
「ならば聞いて驚きなさい。昨日のディナーはワイバーンのステー━━━」
コトッ。
デイジーが言い終えるよりも早く、テーブルに置かれた1枚の白い皿。
置いたのは火燐で、皿に乗る茶色いソースが掛かった分厚いステーキは見るからに美味しそう。
「これはアースドラゴンの尻尾を使ったステーキだ。」
『アースドラゴン!?』
デイジーや従者達、ガイウス、メイド。
更には美羽までもが、出来立て感を醸し出すステーキを凝視。
「いつの間に…。」
「ソースは(無限収納内に)それっぽいのがあると分かってたんだよ。後は、オレが以前倒した奴をちょちょいっとな。」
昨晩、火燐は屋敷の敷地内へ向かい、ナビに自分が倒したアースドラゴンを出すよう伝達。
ナビはそれに応え、出現したアースドラゴンの尻尾を大剣で斬り落とし、本体部分だけを回収。
残った尻尾の一部分を斬り、それを左手で生み出した炎越しに焼いて食べると言う、1人バーベキュー(それか焼肉とも)を開催。
しばらく斬っては焼くを繰り返し、コーラと共に楽しんだとの事。
「成程。」
「ステーキとコーラの組み合わせは最高だったぜ。」
「コーラか。僕はやった事がないから分からないんだけど、肉をコーラに浸けると柔らかくなるらしいね。」
「マジか!?今度やってみるわ!」
そんな凛達のやり取りを、「コーラとは一体何だ?」と言わんばかりの表情で聞くガイウス達。
しかし答えてくれる者は誰もいなかった。
「ってな訳で、だ。こいつは残りもんではあるが、うちの食事は基本的にこれ位か、少し下になる。」
火燐は残り物と言っていたが、実は1番の出来。
雫辺りに自慢してやろうと、密かに取っておいたものでもある。
「…! ならば、給金を相場の5倍…いえ10倍出しますわ!」
「こいつ程度なら軽く倒せるオレが、金に困っていないとでも?」
「くっ。…!もしかして、一昨日フォレストドラゴンの肉を振る舞ったと言う話は…。」
「オレ達の事だな。」
「そんな…。」
デイジーはその場に崩れ落ち、悲しみのあまり体を小刻みに震わせて泣き始めた。
従者達はそんな彼女を宥め、ガイウスは(隣国の、それも上位に分類される貴族の娘を泣かせたとして)頭が痛そうな顔をする。
「もー火燐ちゃん。女の子を泣かせちゃダメだよー?」
「と言うかさ、わざとやってるでしょ。」
『…え?』
涙を浮かべたデイジー。
他全員の視線が凛、そして火燐へと向けられる。
「火燐、藍火や篝を誂う時と同じ顔をしてたよ?大方、返って来る反応が面白いからだと思うんだけど。」
「…良く見てやがる。こりゃ、凛に隠し事は出来そうにねーなー。」
火燐は降参とばかりに両手を挙げ、凛の後ろから「全然気付かなかった…」との呟きが聞こえる。
「つか、わざわざ言いにココまで来るとか、オレの事を好き過ぎかよ。」
火燐のドストレートな言葉に、デイジーが「あ…や、違っ」と赤面。
「お、覚えてなさーーーい!」との捨てゼリフを残して去り、目を剥き、慌てた従者が「お嬢様ーー!」と追う。
後には静寂、それと火燐の「マジかよ…冗談のつもりだったんだが」との呟きだけが残された。
ややあって、ガイウスと軽く挨拶を済ませた凛達が部屋を退出。
その際、ステーキ皿を火燐が回収。
残念がるガイウスの前に「後で仕事が終わった時にでも飲んで下さい」と、見兼ねた凛が高さ10センチ位の液体入り茶色い瓶を置く…なんて場面も。
屋敷の玄関に凛達が戻ると、何故か小夜から出迎えが。
まさか待っていた等とは思わず、軽く驚きながら理由を尋ねたところ、自分位しか手の空いている者がいないかららしい。
やや落ち込み気味での報告に凛達は不思議がるも、リビングに入ってすぐ判明。
出入り口付近にて、如何にも風呂上がりな風貌のトーマス達が、商売についての勉強を。
キッチンでは同じく風呂上がりのニーナ達が翡翠達から、階段付近ではやはり風呂上がりのコーラル達がエルマ達からそれぞれ指導を受ける様が見て取れた。
トーマス達が勉強に使っているマニュアルは、昨晩凛が作製したもの。
凛は取り敢えず20人分用意→昼食時に渡す予定だったものでもある。
だが屋敷に残った誰かがトーマス達に渡したのか、彼らは難しそうな顔付きでマニュアルとにらめっこ。
ニーナ達やコーラル達は必死な様子が窺えた。
十数分が経ち、後は自分達でやってみると意気込むニーナ達。
時間潰しも兼ね、屋敷から100キロ程東へ離れた死滅の森へと凛達は赴く。
それから30分が過ぎた現在。
凛は丁度今倒したばかりの魔物に視線を向ける。
凛の目の前にいるのは全長1メートル50センチ位の蜘蛛の魔物。
黒と茶色による迷彩模様の体が特徴で、額と思われる部分が多少波打ってはいるものの、それ以外は全くの無傷だった。
「フォレストスパイダーか…。」
この蜘蛛は銀級の強さを持つフォレストスパイダーと言い、ビッグスパイダーの進化先の1つ。
凛は先程ワッズから得た情報を元に、どう料理すれば良いかと考えを巡らせる。
「凛様。こちらの蜘蛛の魔物がどうかされたのですか?」
そこへ、一足先に戦闘を終えたとカリナが声を掛けて来た。
背中までの赤紫色の髪を揺らし、高品質な方の量産品の剣2本を両腰に佩いている。
元々、1本の剣を両手で扱う剣士として戦って来た彼女。
しかし死滅の森に到着して早々、凛と美羽の戦いぶりに感銘を受け、今は双剣を練習中。
いずれは凛と同じスタイルに、が目標なのだとか。
(フォレストスパイダーの事は黙っていよう。)
凛は正直に話そうかとも思ったが、下手にハードルを上げてガッカリさせるのも…との考えから断念。
倒したフォレストスパイダーを収納し、首を左右に振る。
「ううん何でもない。それより、本当にスクルドへ行くの?カリナを奴隷落ちさせたパーティーメンバーと会うかも知れないんだよ?」
真っ直ぐカリナを見据え、心配そうな面持ちで告げた。
カリナは今でこそ凛に忠誠を誓う奴隷の筆頭争い━━━もう1人は篝━━━となっているが、元はスクルドを拠点とする金級冒険者。
今から4年程前、カリナがスクルドで銅級昇格試験を受けた際、少し歳上の女性3人と出会う。
名はエイジャ、カサンドラ、トレイシー。
軽戦士、魔法使い、呪術師の役職にそれぞれ就いている。
エイジャとカサンドラは平凡な顔立ち、もう少しで20歳とは思えない見た目なのがトレイシー。
だがカリナはそんな彼女達と意気投合、揃って銅級に昇格後パーティーを組むまでは良かった。
だが成長するに連れ、カリナと他の3人との間に強さのズレが生じていく。
カリナ1人だけが突出して強くなるのに対し、他の女性である戦士のエイジャ、魔法使いのカサンドラ、呪術師のトレイシーは銀級が限界。
いつしかカリナはパーティー内で孤立。
扱いが段々と雑になり、罵倒されるのが当たり前となった。
それでもカリナはいつか分かってくれると信じ、身を粉にして頑張り続けるも…最後までその願いが叶う事はなかった。
今から6日前の午前、カリナ達は討伐クエストを実行。
クエストを選んだのはエイジャで、それにカサンドラとトレイシーが乗っかったとの形だ。
にも関わらず、エイジャ達3人はカリナの後ろを付いて来るだけ。
碌に動こうともせず、ほぼカリナ1人だけでクエストを処理させられる羽目に。
夕刻、無事クエストを終えて帰還した1行。
冒険者ギルドで報告を済ませ、昔から皆で懇意にしている宿に到着。
解散後、へとへとになったカリナは借りている部屋へ直行。
前方からベッドに倒れ込み、ほぼ寝落ちに近い形で就寝。
何時間か経った頃、ふと違和感を感じた彼女が目を覚ます。
うつ伏せで寝たはずなのに、何故か仰向けの体勢。
部屋に入った当時は真っ暗だったのに今は明るく、視界に映るは3人のニヤついた顔。
一先ず起き上がろうと力を入れるも、両手を前にやる形で縛られているが為にそれは叶わない。
加えて指先と足先が黒ずんでいるのが分かり、頭を過るまさか…との考え。
そんな訳がないと全力で(脳内にて)振り払い、横になったまま顔だけを3人に向ける。
「眠っている間に縛られたみたいだ。すまないが、誰か縄を解いてくれないか?」
「こんな状況だってなのに何で分っかんないかなー?」
「は?いや、ふざけてる場合じゃ━━━」
「言わなきゃ分かんない?あんたはもう用済みなんだよ。」
「いい加減邪魔。鬱陶しい。」
「そうそう。だから、1週間で死ぬ呪いを掛けたの。」
「え…呪い…?何…で……。」
しかし彼女の望みは儚く潰えた。
エイジャ、カサンドラ、トレイシーの順番で告げられ、「せいぜい長く苦しみながら死にな」とのトドメの1言に愕然としたからだ。
続けて、アンタが熟睡していたおかげでほとんど抵抗なく強力な呪いを掛けられた、
時間が過ぎる毎に呪いは進行していき、頭か胸の中心付近に達した時点で死ぬのだとトレイシーは語る。
尤も、「何故こんな真似をするのか?」「自分がいけなかったのだろうか?」「関係の修復は望めないのか?」と言った考えで頭が一杯になり、全く耳に入らなかったが…。
ともあれ(トレイシーから魔法で眠らされ)、気付けば既に奴隷商で売られた後。
その時点でようやく3人から捨てられたのだと分かり、1晩中泣き続けた。
それから5日間、様々な者達が奴隷商へ訪れた。
彼らは最初こそ(主に若い女との意味で)カリナを見て興味を示すも、生気が感じられない上に絶えずブツブツ。
着ている衣服から黒い手足が覗くのを気味悪がり、購入される事はなかった。
誰からも必要とされず、このままここで朽ちていく。
そう思い、半ば諦め始めたところへ現れたのが火燐と雫。
火燐が購入すると告げた時は正気かどうかを疑い、呪いが大分深刻化した自分を治せる訳がないと、2人に当たり散らしたりもした。
そこで力尽き、気絶。
次に目を覚ませば解呪が済んでおり、しかも体だけでなく蓄積した疲労まで回復している。
あの場で生まれ変わり、これから一生仕える相手を見付けたとして忠誠を誓ったとの流れだ。
目を閉じ、最近起きた出来事を振り返ったカリナが軽く微笑んでみせる。
「…大丈夫です。凛様のお手を煩わせる事態に陥る真似は致しません。」
「いや、僕の話じゃなくて…。」
「ふふっ、凛様はお優しいですね。」
「だから僕の事は良いの。それよりもカリナが━━━」
「凛様。」
「ん?」
「私の為にありがとうございます♪」
「…そう言って誤魔化そうとしてもダメだからね?」
「えー、私がそんな事する訳ないじゃないですかー♪」
「絶対嘘だー!」
カリナは凛の1つ歳下。
心身共に甘えられる存在が嬉しいらしく、見方によってはキャッキャウフフ…的な軽い追いかけっこが出来る位には仲が良くなった(?)とも。
(凛様、本当にありがとうございます。私、今が凄く幸せです…!)
その後も森の探索は続けられ、正午になったと同時に凛達は帰宅するのだった。




