82話
そうこうする内に話し合いが纏まり、凛はすっかり冷めてしまった紅茶に口を付ける。
「「凛様。」」
すると、カップを皿の上に置いた所で、シーサーペント副代表の男性とハーピークイーンから声を掛けられた。
「アーサー?トルテも。2人共どうかした?」
アーサーはシーサーペント副代表の男性。
トルテはハーピークイーンに付けた名前だ。
凛が2人に名前を与えたのはフーリガンに向かう直前。
アーサー達から名付けをして欲しいと頼まれたのが切っ掛けとなる。
彼らは自分の事しか考えない代表の女性と違い、真面目で凛の役に立とうとしてくれている。
そんな彼らのお願いを断れる訳もなく、笑顔で了承。
男性は見た目やシーサーペントと言う種族から、物語等で出る名前を連想。
「アーサーって名前が似合いそうだよね」と思った内容をそのまま口にしてしまい、何故かそれが名付け扱いに。
ハーピークイーンはお菓子が気に入ったらしく、お菓子に因んだ名前が良いとの事。
凛は「ココア」、「ショコラ」、「タルト」、「キャンディ」、「スフレ」、「エクレア」、「小豆」、「杏子」、「最中」…と考え、最終的に「トルテ」と命名。
名付けにより、元々アイスドラゴンに進化しそうだったアーサーは黒鉄級上位のフリージングドラゴンへ。
トルテは魔銀級のセイレーンを束ねるクイーンとなった。
昨日クロエが屋敷に来た時間にアーサー達がいなかったのは、名付けの影響で休んでいたから。
アーサー達が目覚めたのは夕方で、凛は彼らにもフルーツタルトを振る舞った。
アーサーは冷静に「美味い」と一言。
反対にトルテは左手を頬にやり、目を輝かせる等して食べた。(タルトが自分の名前に近い事も関係してか、喜びも一入の様だった。)
また、後日卵について凛と対応したハーピーがトルテを羨み、『タルト』と名付けられてハーピークイーンとなった。
(打算的な考えで凛とトルテに近付いたとは言え)タルトは喜びのあまり、満面の笑みでトルテに抱き着いたとか何とか。
「え………。」
「俺達はこれからどうすれば良い?」
アーサーは固まった代表の女性を一瞥し、凛に視線を戻す。
「そうだね…アーサーは料理がそれなりに出来るし、次の喫茶店店長をやって貰おうかな。」
「分かった。」
「トルテはスイーツ専門店の店長だね。」
「スイーツ専門店?何ですその素敵過ぎるパワーワードは…!」
「文字通りだよ。2店目の喫茶店もだけど、甘いもの中心の店を出して欲しいとの要望が多かったんだ。そこをトルテに任せたい。」
「凛様…!畏まりました、全力で頑張らせて頂きます!」
「ありがとう。それじゃ、そろそろ訓練の時間だしこのまま一緒に向かおうか。」
「ああ。」
「はいっ!」
「ちょっと待ちなさい!」
凛達が移動を始めた直後。
シーサーペント代表の女性が切羽詰まった様子で叫び、後ろを振り返った。
凛は不思議そうにし、アーサーとトルテは冷たい視線を彼女に向ける。
「?」
「どうして…どうしてその2人に名前を与えたの!?私の時は聞いてくれなかったのに!!」
女性は話が終わり次第、名付けの催促をしに凛の所へ向かうつもりでいた。
そしていざ動き出してみれば、格下であるはず(と思い込んでいる)2人に名前がある状態。
これに女性は裏切られたと落胆。
凛達が離れるのに気付いて我に返り、憤った。
「お前…!」
「アーサー、落ち着いて。成程。君はまだ、皆から自分がどう言う風に思われてるか分かってないみたいだね。」
「私は(シーサーペントの)代表よ!どう思われてるかなんて聞くまでも━━━」
「ないわ」と。
女性が言い終えるよりも先に、凛から指摘が入る。
「余計なお世話かも知れないけど、周りはしっかり見た方が良いと思うよ。」
「周り?…分かったわよ。」
女性は不承不承と言った感じで辺りを見回してみる。
すると、周囲からは残念、軽蔑、不安、嫌悪の視線のいずれかが向けられ、誰1人…それこそ同族のシーサーペントすら、自分に良い印象を抱いていない事が窺えた。
「え…何で…。」
「今までの行いに対する結果だよ。だからアーサーに名前を与えたってのもあるんだけど…その様子だと、昨日の夕方2人がいなかったのにも気付いてないみたいだね。」
「気付いたら気付いたで何か言いそうではあるがな。」
「それは…確かに。まぁそんな訳で、これから2人には仕事も与えていくつもり。もう良いかな?」
「待って…下さい。どうか、どうか私にも名前を下さい。この通りです…。」
女性は再び歩きだそうとした凛を呼び止め、土下座をする。
「…僕は、そうまでして名前を欲しがる理由が分からない。仮に名前を与えたとして、君が何も変わらなかった場合は最悪追い出すしか━━━」
「そうならないようこれからは頑張ります!!頑張りますからぁ…うっ…ぐすっ…うぅ…。」
「分かった、その言葉を信じよう。君はこれから『渚』だ。そう名乗ると良い。期待しているよ。」
「! あり、ありがとう!私、私っ!これから変わってみせる、か…ら……。」
代表の女性…渚は凛に泣き縋った。
やがてズルズルと崩れ、床に倒れる。
「寝ちゃったか…あ、アーサー、渚を運んでくれるんだ?ありがとう。」
「別に。こんな奴でも一応は代表だからな。」
そう言って、渚を抱き抱えたアーサーは2階へと運んで行った。
「凛殿は甘いのだな。」
「はい。ですが、それ以上に優しさで以て接しますれば。」
「慈愛に満ちておるからな。流石は女神様の弟君であらせられると言う事か。」
「いやー、何度も言ってますがたまたまですよ?」
凛は見ての通り容姿端麗。
姉達から勉強を教わったり鍛えられた影響で文武両道、それと(やや天然な所があるので分からない時もあるが)曲がった事が嫌いとの理由から品行方正とも言われている。
しかし温厚篤実な性格でもある。
決して鼻に掛けず、分け隔てなく接する事で皆から好感を得ており、その事をランドルフ達も良しとしている。
また、ランドルフ一家は凛達の正体を知る(凛の配下以外でとの意味で)数少ない理解者。
たまに謙る時があり、その度に凛を困らせる。
「分かっておる。…それで、凛殿の今日の予定は?」
「そうですね。美羽達から1人で行動するなと言われてますし、大人しく作業に専念しようと思います。」
「ほう。明日が楽しみだな。」
「ですね、僕も楽しみたいと思います。」
この言葉の通り、凛は屋敷から一歩も出なかった。
自室でひたすら作業を行い、1日を過ごす。
それと美羽達だが、彼女達は自室ではなく4倍のディレイルームで休んだ。
それでも、この日目覚める事はなかった。
以下、本日の午後にサルーンで起きた出来事。
「いらっしゃいませ…って、ノトじゃないか。久しぶり。」
「やっぱりアーガスだった。それにザインも。どうやってここに?」
「ある方に救われてな。トーマスがこの店の店長だぞ。おーい、店長ーーー!」
「…ノトか、久しぶりだな。」
「あらら、行っちまった。ま、仕方ないっちゃ仕方ないか。」
「な、なぁ。もしかして良い生活を送ったりする?」
「あー、そうだな。毎日風呂に入れるし、食べ物は美味いものばかりだ。」
「言われてみるとそうだな。今の俺達って、かなり恵まれている環境にいる訳か。当たり前過ぎてすっかり忘れてたわ。まぁ、間違っても昔に戻りたいとは思わないけど。」
「じゃ、じゃあさ、俺もここで働かせて━━━」
「あー、無理じゃないか?俺達はそこまで気にしちゃいないが、トーマスがまず許さんだろう。」
「だな。あいつは俺達の代表みたいなもんだし、諦めた方が良いと思うぞ。」
「そんなぁ…。」
「うっぷ…気持ち悪い。」
「馬鹿だなぁ、あれだけ食えばそうなるのは分かってただろうに。」
「いやだってよ、ここらじゃ魚なんてまず目に掛かれないんだぜ?しかも油で揚げるとかされてみろ、美味しくない訳がない。」
「まぁな。今の所、揚げたのでハズレを引いたって話は耳にしてない。」
「それにタルタルソースだったか。あれと組み合わせたら美味いの何のって。」
「あー、あの白いやつね。お前、ミックスフライや唐揚げにご飯、それに(付け合わせで乗っていた)キャベツにまで乗せてたもんな。」
「これが意外に合うんだよ。だがまぁ、唐揚げはこれから続くにしても、多分シーフードミックスフライ定食は今日だけなんだろうなぁ…。」
「俺も、すき焼き定食を食べながら美味しそうだとは思った。けどよ、メニューには本日限定的な事は何も書かれてなかっただろ?」
「…確かに。んだよ、貴重だと思ったから必死に食べたのに。全く意味ないじゃないか…。」
「まぁ、その何だ、ドンマイ?」
「おい聞いたか!?今日、娼館がオープンしたんだってよ!」
「おっ、思ったよりも早かったな。ここは美人が多いし、娼館も期待出来るか?」
「ただなぁ…何と言うか、妙にスッキリした顔で出て来る奴が多いらしい。」
「? 良い事だろ?」
「違うんだよ。こう…今から悟りでも開くんじゃないかって位、穏やかな感じに…なら伝わるか?」
「さっぱり分からん。だが、取り敢えずそれだけ楽しめたって分かれば十分だ。俺達も行こうぜ!」
「あっ!全く、そんなに急がなくても逃げやしないってのに…おーい、待ってくれー!」
「「「美味しーーーい!」」」
「苺クレープ最高!甘酸っぱい所が特に!」
「何言ってるのよ。チョコバナナクレープの方が良いに決まってるじゃない。やっぱり甘くないとね!」
「だったら私の勝ちね。生クリームとチョコレートソースの2つだけ。シンプル故に美味しさが際立つってやつよ。」
「は?意味分かんないし。値段同じなら具材は沢山あった方がお得じゃない。」
「そうよそうよ。それに、クレープ食べたって今が初めてじゃない。なのに何通ぶってるのよ。」
「ふっ。私は違いが分かる女子なのだよ。」
「「いや、ついさっき激辛カレー食べて辛さが足りないとかほざく味覚バカに言われても。」」
「味覚バカ言うなし。」
いつもありがとうございます。
本当は最後に、
「へー、オーガニックの化粧品なんて出たんだー」
「オーガニック?オーガニック…オーガ、ニック…オーガ、憎っく?はっ!?分かったわ!つまりこれは、オーガに恨みがある人が作ったに違いない!」
「違うみたいよ?農業魔法薬(作物を無理矢理収穫出来るまで成長させる農薬みたいなもの)不使用で体に優しい作りなんだって。」
「え、やだ恥ずかしい。」
的な事を載せたかったのですが、『ファンタジーにオーガニックねー、遺伝子組み換えとか有機栽培の概念がそもそもなさそう』と思い断念しましたw




