82話
「たっだいまーーー♪」
屋敷にあるリビングのドアが開き、翡翠の元気な声がリビング中に届けられた。
ルンルン♪と満足げな足取りで歩く彼女、その後ろに笑顔の楓達が続く。
「お帰りー。翡翠、ご機嫌だね?」
「んふふー♪あたしと楓ちゃん、それに玄君が進化出来る様になったんだー!」
「お、おめでとう。火燐達が進化したし、翡翠と楓もそろそろかなぁとは思ってたんだ。」
そう言って、凛は翡翠、楓の順番で視線を配る。
「ありがとうございます…♪ただ、藍火ちゃんと玄君に戦い方も教えてなので、思ったよりも時間が掛かってしまいましたけど…。」
「それで玄も進化に至ったんだ。武器は渡してなかったから…魔法とか?」
「はい…同じ闇属性と言う事で、イルマちゃんに指導をお願いしました…。」
「そうだったんだ。イルマ、玄に魔法を教えてくれてありがとう。」
「い、いえいえー!いつもお世話になってるし!それにこれ位なら全然全然大丈夫だから!」
わたわたするイルマにほっこりしていると、沈んだ様子で主様ぁ…との声が。
凛達はそちらを向き、かなり落ち込んだ表情の藍火に視点を定める。
「自分も戦い方を教えて貰ったっす。でも上手くいかなかったんすよ…。」
「藍火ちゃん、上手く武器を握れないみたいなの。」
「上手く握れない?」
「うん。ほら、藍火ちゃんは元々ワイバーンだったでしょ?ワイバーンは腕がそのまま翼にもなっちゃってて、物を掴む機会が少ないと言うかそもそもなかったかもと言うか…。
早い話、藍火ちゃんには握力がほとんどないみたいでね。エルマちゃんの剣とか、月夜ちゃんの槍とか、小夜ちゃんの短槍。それ全部振り回した時にすっぽ抜けちゃったんだよねぇ。」
藍火は剣、短槍、槍の順番で使い勝手を試してはみたものの、いずれも振りかぶった直後(敵ではなく)明後日の方向へ飛んで行った。
それを目の当たりにした持ち主達が「あたしの剣ー!?」等と叫んで慌てて回収に向かい、「あれ?」と藍火が不思議がる場面も。
「そう言う意味か…藍火でも使えそうな武器を考えなきゃだね。」
「うう…申し訳ないっす。」
「あ、でもでも!見た感じ、玄君は槍が向いてそうだった!」
「成程。今度武器を作る時の参考にさせて貰うね。」
凛達が話をしている間、ウタル達やサム達は天使に悪魔、それに鬼人達の後に藍火を注視。
「今、ワイバーンって言った?」「いやいやまさか。」「どう考えても人間にしか見えないだろう。」「きっと名前だけ同じで全くの別物に違いない。」等。
まるで自らへ言い聞かせる様にしてうんうんと頷く彼ら。
しかし、その想いは脆くも粉砕。
トーマスから、藍火はワイバーンではなく、その進化個体。
ブルーフレイムドラゴンなる種族に至ったのだと知らされたからだ。
まさかのドラゴン登場に子供達と篝は興奮し、出現だと捉えた大人達は揃って青ざめる。
ただ1人…もとい1体。
雌ゴブリンだけは玄に興味があるのか、彼の事をじーっと見詰めている。
「戻ったぜー。」
そこへ、今度は火燐が姿を見せた。
ちょっと通してくれ、なんて言いながら女性を抱き抱えるとのオマケ付きで。
真剣な表情の彼女から少し遅れる形で雫、それと4人の男女(内1人は獣人)が後ろに続く。
その女性は20歳位だろうか。
赤紫色の髪を背中まで伸ばしているものの…両手両足が喪失。
より正確に述べるならば、顔を含めた体の何箇所かが黒く変色し、右腕は付け根、左腕は肘、両足は太ももから先がなく、いずれも黒ずんだ状態。
呼吸は荒く、苦しさのあまり意識を失っている様だった。
初めて見た為に凛達は分からなかったが、(ナビからの情報で)女性が『呪い』の状態異常を引き起こしている事が判明。
症状は重く、下手すると今日中。
遅くとも明日か明後日には…との程らしい。
諸々を聞いた凛は驚きの感情を露にし、しかしすぐに瞑目。
数秒後、目を開けた彼からは動揺が消え去り、決意の籠もった眼差しへと変わっていた。
「…お帰り。色々と突っ込みたいところではあるんだけど、まずは治療から。火燐、そちらの女性をソファーに寝かせて貰える?」
「分かった。名前はカリナだ。」
言われるがまま、火燐は近くにあるソファーに女性…カリナを寝かせ、すぐに身を引く。
入れ替わる様にしてカリナの横に立った凛が手を前に翳し、光系超級魔法キュアを放つ。
光系超級魔法キュアは中級魔法リカバーの完全上位互換となる魔法。
治るまでに掛かる時間がリカバーよりも早く、しかもそれまで対応出来なかった『呪い』『猛毒』『魅了』『洗脳』『腐蝕』に対しても効果がある。(一応、単体でなら治療出来る手段はある)
発動後、カリナを仄かに白い光が包む。
彼女の黒ずんだ両手足がみるみる元の肌色へ、呼吸や顔色が落ち着きを取り戻し、火燐と雫が満足する傍ら。
(天使なのに光の適性があまりない)エルマは羨ましそうに、ニーナ達を含めた新参組は驚いたり興奮した面持ちに。(美羽達、紅葉、イルマは笑顔)
追加と念の為にとの意味合いを。
そして元気になります様にとの願いを込め、パーフェクションヒールでカリナを完全回復させた凛が口を開く。
「それで、2人はどこに行ってたの?」
「ナビに頼まれてスクルドに行ってたんだよ。」
「スクルドって…サルーンの隣の?フォレストドラゴン絡みで帝国側の人が治めているって言う…。」
「ああ、そのスクルドだ。そこの奴隷商内に、もうすぐ死にそうな奴がいるから助けて欲しいってな。」
「でもここから真っ直ぐ北東へ30キロ位離れた場所にスクルドはあるんだよね?行きは飛んで向かえたとしても、帰りは…いや違う。玄関の開く音がしなかったし、もしかしてポータル?」
「正解。ナビから、行ってくれたら私達でもポータルを使える様にすると言われた。」
「…時空間適性か。」
「やっぱ凛には分かるわな。オレ達はジラルドの近くまで飛んで移動した後、そのまま列に並んで中へ入ろうとしたんだが…。」
「何か問題があったの?」
「私達、身分証を持っていない。」
「あ、そうか!(凛の名前を出せば顔パスで通れる)サルーンが特殊で、しかも証明出来るものがないからどうしても時間が掛かる。」
「順番が来るまでに1時間以上待たされ、オレ達を調べるだけで更に15分だぜ?全く嫌になっちまうよ。」
「不躾な視線を沢山向けられた。」
「で、スクルドに入ったら入ったで、何でか知らねぇが周りにいる奴らがオレ達を見ちゃあこっちに向かって来るだろ?全員ぶっ飛ばしはしたけどよ、鬱陶しいったらなかったぜ。」
「あー、2人とも可愛いからねぇ。」
凛の、微苦笑での1言。
その何気ない呟きは紛れもなく本心ではあるものの、2人からすれば完全に不意打ち。
うんざり気味だった火燐は「んだよ。凛の方が可愛いに決まってんだろ、何言ってんだよ…」と(顔を赤くしながら)そっぽを向き、雫は「ん、てれてれ」とやや恥ずかしげ。
━━━畢竟、揃って満更でもないとの様子に。
火燐も雫も、普段凛達と行動を共にするが所以であまり目立たず、集団の内の1人と言う扱い。
それでも、各国に1人いれば良い位の美女・美少女には違いない。
凛の凄さが知れ渡りつつあるサルーン内を歩くだけでも注目必須に近いのに、2人だけで。
しかも護衛も付けず、普通に歩いていたらトラブルの元となるのは間違いない。
尤も、彼女らは腕っぷしが強く、魔法も圧倒的なので余裕で返り討ちにするのは否めないとも。
若干顔を赤くしたままの火燐が話を進める。
「ごほん。取り敢えず、だ。やたら絡まれるせいで全然前に進まなかった。変な女にも絡まれたしな。」
「変な女?」
「デイジー・ヴァン・ジラルドと名乗っていた。」
「ジラルド…?まさか━━━」
「多分、スクルドを治める者の娘か何かだと思う。」
「…因みにだけど、何をしたの?」
「目の前でいきなり『そこの2人!私より美しいなんて許せませんわ!』って叫ばれた。意味不明。」
凛達を見慣れているのが影響してか、火燐と雫は自分を普通の見た目だと思っている。
なので(17歳位でそこそこ良い見た目のお嬢様である)デイジーから扇子を突き出しながら叫ばれた際、後ろに凛若しくは美羽クラスの美人がいるのかとそちらへ視線を向けた程だ。
しかし誰もいなかった為に互いを見合い、首を捻って不思議がる。
それが更にデイジーの不興を買う結果へと繋がり、怒り狂った彼女は護衛である8人の兵士を彼女達に差し向けた。
「そんでそいつの護衛が襲って来たもんだからチャチャっと片付け、オレ達の事は放っておいてくれとお願いしたんだ。」
「あれはお願いとは言えない。デイジー、火燐に凄まれた所為で逃げた。兵達を置いて。」
当時、デイジーが逃げる様を信じられない表情で見ていた兵達。
そして火燐からの視線に気付き、再び攻撃されては堪らないと慌てて彼女の後を追う。
何とも締まらない終わり方に、2人してすっかり毒気を抜かれたのだとか。
「細けぇこたぁ良いんだよ。んで、ようやく奴隷商に着いたオレ達は中を見て回り、カリナと(ナビから性格的に問題ないと言われて)後ろの奴らを買ったんだ。あ、ちょいとばかり凛のお金使わせて貰ったぜ。」
「あ、購入資金はそこから来たんだ。」
「ったり前だろ?オレがお金を持ってる訳ねーし。」
「確かに。僕もこの世界で初めてお金を得たの、昨日だったからなぁ。」
「何はともあれ、だ。凛、カリナを治してくれてありがとうな。」
火燐が歯を見せて笑い、視線を凛からカリナへ。
「こ、こは…?」
すると、そのタイミングでカリナが目を覚ました。
まるで示し合わせでもしたが如く、或いは都合が良過ぎるとも取れる彼女の覚醒。
色んな意味で不幸な人物ことカリナは、奴隷商の中で火燐と話したのを最後に気絶、眼前に広がるは知らない天井だった為に混乱している様だった。
「ここはオレ達の家だ。カリナ、自分の体を見てみな。」
「火燐…様…?から、だ…?」
未だ頭が働かないのかボーッとするカリナが両手を目の前にやり、自分の手が黒くない。
健全な状態に戻っていると分かるまでに、少しばかり時間を要した。
そこから起き上がり、麻で出来たワンピースより覗く、自身の足を確認。
苦しみから解放されたとの安堵からか、堰を切る様にして泣き出してしまう。
だがすぐにハッとなり、涙を流している場合ではない。
自分を治療してくれたのは誰、と言わんばかりの目線を火燐に向ける。
「お前を治療してくれたのは、そこにいる凛だ。」
頷き、凛がいる方向を火燐が視線で指し示すやカリナは土下座。
何度も何度も頭を下げ、お礼を述べる彼女を凛が宥め、涙を流しながら両の手を取られるのだった。




