81話
その後も、篝による凛の説明は続いた。
「先程の話の続きだが、凛は自分が創ったアルファと言う女性と手合わせをし始めてな━━━」
だが、興味を持つのは目を輝かせる子供達だけ。
大人達は1箇所に集まり、何やら青い顔で打ち合わせを行う。
彼らの中で、凛は大層可愛らしい外見の(皮を被った)化物。
如何にして彼女の不興を買わずにこの場をやり過ごすか、その点だけに意識が注がれている様だった。
「その内、2人は戦いの場を地上から空中へ移し、見るのが追い付かない程に速く動いて━━━。」
尚も自分の世界へ入り続ける篝。
ただギャップ、若しくは壁でもと言おうか。
篝と子供達、それ以外との隔たり具合が半端なく、彼女にこれ以上任せたら悪循環は必須。
代役を務めようと、今度は凛が前に出る。
「篝。篝。」
「そこであたしは…うん?凛、どうかしたのか?」
「僕の説明をしてくれるのはありがたいんだけど…ほとんどの方が怖がってるみたいだよ。」
「何!? …本当だ。あたしはただ、皆に凛の凄さを伝えたかっただけなのに…。」
「分かってる。気持ちは充分に伝わったから。ありがとう篝。」
「凛…。」
申し訳なさそうに呟く篝の腕を凛が軽く触れた後、狐人達の近くへと歩み寄る。
「改めまして。僕は凛と申します。見た目はこんなですが、一応男です。」
『男!?』
この説明に狐人全員が驚いた。
「何だと!?凛は男だったのか!?」
『!?』
ついでに、どうしてか篝まで今初めて知った的な感じで瞠目。
何故お前が驚くんだと言わんばかりの表情をサム達から向けられる。
「いやいや、篝が驚く側なのおかしくない?今朝話したばかりでしょ。」
「言われてみればそうだったな。」
確認の意味で触りまくり、不条理な想いまで記憶が蘇ったのかスンッとなる彼女。
唐突な漫才みたいなやり取りにサム達はなんじゃそらと体勢を崩し、倒れる者も何名か出たのはさて置き。
「それだけ衝撃が強かったとの表れだな。うん」と1人で納得した篝が後ろを向き、「しかし凛は男か…ならあたしにも可能性が…」等とブツブツ。
再び、しかも今度は別な意味で自分の世界へ入り込む彼女に凛は微苦笑を浮かべ、一先ず話を続けてみる。
「篝とは奴隷商で知り合う形になりましたが、僕は彼女を仲間であり、家族だと思っています。」
視点を篝からサムへと移し、向けられる家族…との言葉。
獣人は絆を何より重視する種族。
それが本物かどうか確かめたい、でも…との気持ちがせめぎ合うから来たのだろう。
「はい。なので篝には主従関係ではなく仲間でとお願いしたのですが…配下が良いからと断られてしまいまして…。」
「当然だ。一緒にいられる可能性は仲間よりも配下の方が高いからな!」
「え?配下になった理由ってそれなの?」
「勿論他にも色々ある…が、1番は何かと聞かれたらそうなるな。」
断言する篝。
え…とかまさか…みたいな空気に襲われ、凛が恐る恐るサムを見やればスッと顔を逸らされる始末。
叔父の視点から見ても、少し見ない間にアホの子と化した姪は直視出来なかったのかも知れない。
微妙な面持ちの凛が「いくら配下でも、任務や依頼とかで離れる機会は沢山あるんだよ?」と諭し、篝は「そうなのか!?」と驚愕。
「ふ、ふふ…。」
皆があちゃーと言いたげな顔付きになる中。
俯き、笑いを堪えるサムに注目が集まる。
「失礼。メリ…篝がここまで自分を表に出すのはいつぶりだろう。そう思うと可笑しくなってしまいました…申し訳ありません、非礼をお詫び致します。」
そう言ってサムは姿勢を正し、凛に深く頭を下げた。
それから話はトントン拍子で進んだ。
奴隷商での出来事や皆で一緒の屋敷に住んでいると伝え、終わる頃には雰囲気が大分柔らかいものとなり、やがて狐人の番に。
サムへ耳目が集まった為に少しだけ表情が強張ったものの、視線の先にいた篝から頷かれ、意を決した様子で語り始める。
話の内容は凛の予想通り。
狐人…厳密には獣人と言うだけで(王国内で)厳しい扱いを受け、常に苦しい生活を強いられているのだそう。
そこへ追い打ちを掛けるが如く、前リーダーである篝の父ゾルダーが2年前に他界。(母のハノラは篝を産んですぐに亡くなっている)
狐人族は(獣人族の中で)身体能力がそこまで高くはないものの、火の扱いに長けた種族。
篝の父ゾルダーはサムを含め、集団内で1番の強さを持っていた。
その彼がいなくなった為に戦闘力ダウンは否めず、一気に窮地へ。
ここ2年程で餓死した者を含め、半分程にまで人数が減ってしまったらしい。
今はこの森でやり過ごしつつ、木の実に果実、食用キノコや狩った魔物の肉でどうにか凌いでるとの事。
「ゾルダーがいなくなり、どうにか皆を纏めようと努力はしたのだが…どうやら役不足だった様だ。私がリーダーになってから、何人もこの世から去る結果となってしまった。」
「それは違う。」
「メリル?」
「あたし達はサムが必死に頑張る姿をずっと見て来た。だから感謝こそすれ、文句を言う資格はない。誰にもな。」
「だが…。」
「それにだ、サム。先程の態度と言い、1人だけ泥を被るつもりでいるな?次は行方を眩ませるとか、そんなところだろう…違うか?」
篝の訝しんだ物言いに、ハッとなった狐人達の視線がサムに集まる。
「…仕方ないんだ。この現状を招いたのは全て私の責任。なのに手を差し伸べられたから縋すがろう等と、それではゾルダー達に申し訳が立たなくなってしまう…。」
先程の失態は凛に許され、なかった事になった。
どの様な形であれ、汚名は汚名。
簡単に許されてしまっては彼の立つ瀬が。
もっと言えば、亡くなった先人への居た堪れなさが表に出たとも。
「良いんだ。あたしはサムも報われるべきだと思う。皆もそうだろう?」
篝が周りを見渡し、狐人達は完全に同意とばかりに大きく頷いた。
「…ありがとう。」
感極まり、涙を流すサム。
今までの苦労は無駄ではなかったとの想いが溢れ、同族達に寄り添われ、励まされる。
「凛、交渉がうまくいって良かったな。」
「そうだね…うん?もしかして、さっきのアレはわざと?」
「フフッ、さてな。じゃ、あたしもサムを慰めに行って来る。」
篝の行動は計算なのか、或いは天然から来ているのか凛は分からなくなった。
5分程でサムは落ち着き、そこに安堵も重なってか空腹を訴える者が続出。
一拍置いて笑いが起き、落ち着いた場所で食事を摂ろうとの流れに。
凛はその場にポータルを設置。
篝が案内役、美羽はサム達に清浄魔法を掛ける役として先行。
サム達は2人がいきなり消えた事にどよめき、凛がポータルの説明をしても尚半信半疑のまま。
少しして待ち兼ねた篝がポータル越しに顔を出す。
驚くサムの腕を引っ張る形で移動するを合図に、意を決した様子の狐人達が次々にポータルを潜っていった。
「ただ今戻りました。」
そこへ、紅葉が1体のゴブリンと手を繋ぐ形で出現。
「あれ?見ないと思ったらその子のところにいたんだ。」
凛は改良された空間認識能力を介し、ゴブリンの事を把握。
興味ありげにこちらを見ていたのも知っていたものの、サム達へ応対の真っ最中。
そちらに意識を配り、一通り終えてから向かうつもりでいた。
「凛様もご存知だったのですね。先程から常に呼ばれる感じがしまして…なので、私の方から出向き、声を掛けた次第です。」
「そうなんだ。(宜しくね。)」
『(! うん、宜しくー!)』
凛は紅葉の後にゴブリンの方を向き、念話でやり取り。
ゴブリンは一瞬驚きはしたものの、すぐに元気良く返事。
ついでに、声を元に野生では珍しい雌ゴブリンであると判明。
『………。』
そんな凛達の様子を、黙って見守る狐人達。
実際は不思議そうと言うか、ゴブリン=害悪のイメージから現状に混乱しているが正しいだろうか。
凛は紅葉がゴブリンと親しげなのは彼女が元同族で、成長を重ねて今に至ったからだと説明。
様々な意味で腑に落ちない部分はあったものの、一先ずは理解して貰えた。
程なくして、凛達も一度帰還。
屋敷の周辺で魔物の討伐を行っている翡翠達はまだしも、何故か屋敷で寛いでいるはずの火燐と雫まで不在。
凛はナビに火燐達がどこに行ったかを尋ねるも、自分が所用を頼んだとしか答えては貰えず、不明なまま。
気持ちを切り替え、サム達とゴブリンの食事を用意。
何かあった時の為に篝と紅葉を残し、美羽やニーナ達と共に先程の森へと戻る。
移動後、凛はポータルを回収。
間髪入れずに使い捨てタイプのポータルを設置し、20キロ程北北西に進んだ地点。
ニーナ達の暮らしていた村付近を出口とし、再び潜る。
村がギリギリ視認出来る場所に出るや、ニーナ、トーマス、コーラルが先導する形で凛達を案内。
だが村へ近付くにつれ、何か争いでもあったのか複数の建物が破壊。
及び、血の跡と思われる場所が何箇所かあるのが見て取れた。
事態を重く見たニーナ達は急いで村へ入り、生き残っている者がいないかの捜索を開始。
そこに凛も加わり、美羽は怖がるナナをひたすら宥めた。
(凛が探索や空間認識能力を使い)10分程で村長含む18人の生存を確認。
いずれも、空腹だったり脱水症状を起こしてはいたものの、命に別状はなかったのがせめてもの救いだった。
現在は村の中で最も大きい村長宅に集合。
大なり小なり怪我を負っていた彼らへ消化に良いスープを振る舞い、同時に回復と『バイタライズ』の魔法を掛けて回っているとの状況だ。
バイタライズは篝を助けたのを教訓に開発した魔法。
相手に活力を与え、動ける状態にまで持っていくとの効果が。
村人全員の容態が回復したのを確認後、凛は壮年の男性こと村長のウタルに経緯を尋ねた。
凛達がいるのはコーストの名が付く村。
東に少し進む(サルーンから見て北)と、弱いながらも魔素点であるスナフ山が。
西北西の方角へ15キロ程離れた場所には、クレナと言う街がそれぞれ存在する。
王都からサルーンや商国へ向かう際、ほぼ全ての者が通り道だったり、利便性を理由にクレナや(アダムが治める)クレナやコーリンの街を経由。
なのでコーストの存在は地元に住む人位しか認知されておらず、しかもあまりの貧しさから領主すら普通に素通り。
若い者程街や都市へ向かう傾向にあり、働き手は減る一方。
負のスパイラルからの口減らしも相まって、昔は何百人いた村も今や2桁、且つ下の方。
残ったのも子供とお年寄りが中心…と言うのはニーナ達から既に聞いており、ウタルからの説明もほぼ同様に近かった。
ここから先はニーナ達が知らない内容。
2日前に村が盗賊に襲われた挙げ句、ただでさえ少ない食料を根こそぎ持っていかれてしまったらしい。
盗賊達は脅しを兼ね、ウタル達や建物を攻撃。
ただ、食料を得るや否やすぐに村を去って行ったとの事。
ウタル達はしばらく呆けた後に急いで、そして可能な限り怪我人を治療。
村中から資金を掻き集め、ノトなる人物にクレナ街で食料を買って来るよう頼んだ。
だが2日明けた今になってもノトは戻らず、怪我人の症状は悪化。
村人全員がかなりの空腹状態に陥ったのだそう。
「災難でしたね…。」
「はは、全くです。皆様が来て下さらなかったら、我々はどうなっていた事やら…。」
「村長。あまり言いたかないんだが…どうしてノトなんかに頼んだんだ?あいつの素行の悪さは村中が知ってるだろ?」
ノトは23歳。
面倒事を嫌がり、指摘や注意されるとすぐに臍を曲げ、近くにいる人や物へ当たり散らす━━━要は捻くれた性格の持ち主の青年。
彼の性格から、トーマスは資金を持ち逃げしたのでは?と疑問に思ったのだろう。
「…他に適任者がいなかったのだ。ハンスが無事であればクレナに向かわせたのだが…見ての通り怪我人でな。彼がいなければ盗賊からの被害はより深刻だったかも知れん。」
ハンスは44歳の男性。
強面だが男気があり、又愛嬌が良く真面目な性格な故皆に慕われている。
そのハンスが重傷者の1人。
腹部への傷が原因で、巻かれた包帯が血や膿で滲んでいる状態だった。
凛達が来た時は相当辛そうな表情、大量の冷や汗を流した上に呼吸も荒かった事から、彼が1番危なかったとも。
「なら仕方ない、か…。」
「そうだ。一応難は去ったとは言え、とても無理はさせられる状況になかった。
それとノトの件だが、自ら立候補して来てな。しかも急いで戻るからと力説され、他に行けそうな者がいなかったから託したのだが…。」
「そのまま持ち逃げされた、と。」
「分からん。が、戻って来ないところを見るに、その可能性は十分にあるのだろうな。」
溜め息を1つ零したウタルが、凛の方を向く。
「凛様。この度は食料をお分け下さり、ありがとうございます。その上で厚かましいのは重々承知なのですが、我々には未来がない。なので奴隷でも何でも構いません、我々を貴方様の元に置いて頂けないでしょうか。どうかお願い致します。」
言葉の最後に頭を深く下げ、他の村人達も懇願の視線を凛に向ける。
トーマスの腕が治っているのに勿論ウタルは気付いており、それは他の村人達も然り。
そしてニーナ達の凛に対する態度から、とても素晴らしい才能を持ち、優しい人柄の主人に巡り会えたと判断。
村を放棄し、生き残る為に自分達も凛へ付いて行く事を決意する。
凛は行き先が死滅の森になるが構わないかと尋ね、ウタル達は揃って驚きはしたものの、ニーナ達に全く怯んだ様子が見られない。
それが後押しや安心感へと繋がり、無意識で大丈夫ですと漏れた事に気付くまで少しばかり時間を要した。
それから、30分程で身支度を終えたウタル達。
凛を含めたメンバーと共にポータルで屋敷へ向かい、リビングで食事を終えたサム達と対面。
しばし沈黙が訪れ、両者共に知らない間柄だったが為に身構えるも、長くは続かなかった。
凛を中心に互いを説明し、一気に親近感が湧いたからだ。
代表でウタルとサムが握手。
他の者達も相手へ挨拶し、声を掛けたりと概ね好印象を抱いていた。
凛はタイミング的に丁度良いと思い、皆を浴室へ案内がてら男性側に入ろうとするも、ニーナ、トーマス、コーラルの3人から全力で拒否。
トーマスが男性側を。
ニーナとコーラルと紅葉が女性側(ゴブリン含む)を案内するとなり、渋々美羽と2人でウタル達の昼食を用意する運びに。
それから2時間程が経過。
入浴や食事、屋敷や凛達についての説明を終えた頃。(雌ゴブリンが紅葉に言われるがまま食事を摂っている事に驚かれ、ウタル達は紅葉が元ゴブリンだと知らされて更に驚かれた)
火燐達と翡翠達がほぼ同時に、それから少し遅れる形でジェシカ達が帰宅するのだった。




