79話
今回、凛がこれらの作物を植えようと思った理由。
それはサルーン内をアルフォンスと見て回った際、店頭に商品として並べられたのを何点か見たからと言うのが挙げられる。
凛は小さな頃から小柄なのがコンプレックスで、小学校の時にはよくイジられていた。
それを切っ掛けに料理へ目覚め、最初は学校が終わった後や夕食が終わってしばらくした時等にこっそりと食べていたのだが、(当然ながら)すぐ親にバレた。
それからは(監視も兼ねて)母親と一緒に料理をするに至り、少しでも身長や体格が良くなるを期待して2人前の量を食べ続けた。
尤も、その習慣自体は今でも続いており、凛が望んだ結果になったとはとても言えないが。
ともあれ、どちらの意味でも和食。
中でも、凛が特に好物とするのがお米。
だがリルアースに来てすぐ、ナビからこの世界には味噌や醤油は疎か。
砂糖、塩、それと胡椒を含めた10種類のスパイス位しか調味料がない上、米は存在していないとの通知が。
凛は悲しみのあまりその場で崩れ落ち、何事かと思った美羽とマクスウェルに駆け寄られ、しばらく宥め続けられるとの場面も。
立ち直った彼は、現代日本に於ける調味料や料理をこちらにも普及させようと決意。
さっきまでの落ち込みぶりから急にやる気を出すとの姿に、目をぱちくりする2人を放置との形で。
その後、(載せたメニュー以外で)現在に至るまでに、肉じゃがや豚のハーブソテー、ジャークチキンと言う様な肉料理、
香草焼きやカルパッチョ、酒蒸し、鮪の漬けや鉄火丼や海鮮丼、サーモンの赤ワインソース等、(アクティベーションで用意した)魚の切り身や半身に手を加えた魚料理、
ミネストローネや野菜の卵とじ、かき揚げ(丼)、サツマイモの炊き込みご飯、茄子の煮浸し…みたいな野菜中心の料理を、マクスウェルや美羽達に提供。
いずれも好評。
彼や彼女らから、必ずと言って良い程にお代わりが来る程だった。
話は少しだけ変わり、今朝の調理時間中。
凛達はサルーンで購入した料理等を試しに食べてみるも、普段自分達が食すものに比べ、臭みやえぐみ、雑味が主張。
とても美味しいとは口に出来なかった。
凛は下処理がしっかりと行われていないからと判断。
ガイウスやゴーガンが肉や魚の缶詰を食べた時の反応の良さに納得しつつ、今はサルーンの食事処に料理を覚えて貰うつもりでプランを立てる。
しばらくして、植え付け作業が一段落した1行は屋敷から真っ直ぐ伸びた通路に出た。
凛は満足そうな表情を浮かべ、美羽達は互いに労い、思いっきり背伸びをし、肩や首をこきこきと鳴らしたりする。
そんな中、雫は作物に水を与える役目は自分だと思ったらしい。
生活魔法プライミングで水を生成。
それに風系初級魔法エアブロウをぶつけ、簡易のシャワーへするつもりなのだろう。
無限収納からブルーを取り出し、前へ掲げた彼女へ凛が待ったを掛けた。
「あ、雫。水をあげるのはちょっと待って貰って良い?」
「? 分かった。」
「ありがとう。折角だし実験をしてみようと思ってね。」
『実験(ですか…)?』
「うん。半々位の割合で、与える水を分けてみようかなって。水の違いが作物にどう影響を及ぼすか見てみたいんだ。」
そう言って、凛は掌を上に向け、顔と同じ高さでバスケットボール位の水を2つ生成。
続けて、自身の眼前に用意したばかりの水球を右、左の順番で見やり、視線を前方へ。
「皆、この2つの水の違いは何だと思う?」
この問いに、難しい表情で考え込む美羽達。
しかし水、そして魔法のエキスパートである雫はすぐに分かったのか、しばらく様子見の後にスッと手を挙げ、凛から見て左側の水球を指差す。
「一見すると同じ水。でも、こっちの方は込められてる魔力の量が全然違う。」
「正解。与える水を変える事で、同じ出来上がりでも品質にどう影響を及ぼすのか見たくなったんだ。」
「ん…面白そう。」
雫の答えに美羽達は瞠目。
話の最後、凛が「魔力を沢山込めると、出来上がった水は砂糖を入れたみたいに甘くなる」と話す。
魔力に敏感だったり何らかで病気の人は不向きかもだけど…との補足付きの言葉に美羽達は半信半疑だったものの、試しに雫が指差した水球の一部を切り取り、飲ませてみたところ一様に「甘っ!」と反応。
ん?水…甘い…?
◯ンター✕ハ◯ター(か)…?
との声が聞こえた気もしたが、新たな発見には違いないとして喜ばれた。
ややあって、雫は普通の水を。
凛は超級魔法が放てる位、多くの魔力を注いだ水をそれぞれ生成する役割の元。
美羽達と協力し、植えた作物に注いで回った。(水田の水は凛が用意した為、既にそこだけは済んでいる)
30分程で作業が終了、間もなく正午になるとの報告をナビから受ける。
そして互いに目配せして頷き合い、1行は昼食を摂るべく新築したばかりの屋敷へと向かうのだった。
帰宅して早々、皆で食卓を囲む。
その際、食事が済み次第新しい屋敷へ完全に引っ越す旨を伝え、不安がられた。
ネガティブな感情を抱いたのはニーナ達が中心。
今後生活の拠点が死滅の森になると聞き、生命が脅かされるのでは…との想いから来ているのかも知れない。
しかしこのまま以前の屋敷に住み続けた場合、日増しに見物客が増えるのは確実。
王国の土地に建っているを根拠に、偉い立場の者達から良い様に利用される可能性が高い旨を凛が示唆。
ニーナ達の顔色が変わり、主のぶっ飛び具合からそう遠くない内に。
それも間違いなく世界中から注目を集めるだろうと判断。
やがて屋敷は四六時中見られ(或いは監視され)、王都が中心となって頻繁に呼び出される未来を幻視。
うんざりした様子で、それなら仕方ないと一応ながら納得しては貰えた。
昼食が終わってすぐ。
凛は屋敷のエントランス、外へと繋がるドア付近にポータルを設置。
戻ろうとしてリビングの方へ体を向けた瞬間、ナビから伝達が。
《ご報告致します。空間認識能力に気配察知を組み込む作業が完了致しました。》
昨晩、凛はアルファを作製した後、隷属の首輪の解析をナビへ依頼。
更に、(アダムに不覚を取られたのが何気にショックだったのか)ゴブリンアサシンの『気配遮断』を応用した『気配察知』が空間認識能力に組み込めないかの要望も出していた。
ナビは2点共了承。
ついでに、紅葉が鬼姫になった際に得た(相手の感情に対して敏感になる)性質も加えるとの話に。
その改良された空間認識能力の効果により、自身から半径1キロ内にいる者達の動きに加え、相手がどう思っているのかがある程度分かるまでに。
《お待たせして申し訳ございません。》
(全然大丈夫。むしろ、こんなに早く終わるなんて思わなかったから驚いてる位だよ。ナビ、ありがとう。)
《恐悦至極。》
なんてやり取りしつつ、凛は美羽達の元へ。
前の屋敷へ向かう話から全員で行くとなり、ポータル越しで外出。
死滅の森出口近辺から旧屋敷に到した後、20秒程で屋敷を解体。
数分掛け、屋敷があった一帯を更地に変えた。
ニーナ達や野次馬達が驚き、美羽達は一段落と言った感じで1箇所に固まって談笑する中。
凛1人だけが左方向へ首を動かし、30メートル程離れた位置にある高い木を見続けていた。
「…凛。そんなにあの木が気になるならよ、新しく建てた屋敷の傍にでも植えりゃ良いじゃねえか。その為に(屋敷の)敷地を広くしたんだろ?」
「…バレてたか。あの木はここに降りた時からずっと見掛けてるでしょ?だから一体どの位前から生えてたんだろうなー、なんて今更ながら考えてたんだ…と言うか、許可もなしに勝手に運んで良いのかな?」
「ん。良いと思う。」
「いくら背が高いからって、普通の木に変わりはない訳だしねー。」
「移動させるのでしたら、私もお手伝いします…!」
「マスター、心配ならガイウスさんに尋ねてみたらどう?」
「皆…分かった。ガイウスさんに連絡を取ってみるよ。」
呆れ顔の火燐を筆頭に、雫、翡翠、楓、美羽の順番での色良い返事。
凛は胸が温かくなるのを感じつつ、無限収納から取り出した映像水晶を通じてガイウスとコンタクトを取る。
「…事情は分かった。まぁ、木の1本や2本位なら持って行っても何ら問題はないだろう。凛殿の好きにすると良い。」
「分かりました。ありがとうございます。」
「うむ。ではな。」
会話を終え、それまで映っていた凛の顔が消えた瞬間ガイウスがふぅ…と溜め息つく。
「いきなり映像水晶が光る上に震えた時は何事かと思ったが、この様な形で連絡を取り合うのか…うん?凛殿は一体何を伝えたかったんだ?」
独り言ちる途中で冷静になったのか、何故木1本の為にわざわざ連絡を寄越して来たのか…と。
目的を改めて考え始める彼。
だがそれからいくら考えても納得のいく答えは浮かばず、あの木に何か特別な性質でもあるのかと頭を悩ませる。
ただ、こちらから話を終わらせた手前、今更尋ねるのもどうなのか。
真面目な彼は更に考え込んでは落ち込むを繰り返し、しばらくして助けを求めた。
「単に背が高いだけで普通の木だと思うよ。僕の知り得る限り、変わった事情を聞いたとかもないし。」
助けを求めた相手━━━ゴーガンからその様に返事が返り、密かに胸を撫で下ろすのだった。




