75話
その頃、サルーンはと言うと
(ああああああ、もうっ!!)
フライパンでチャーハンを作りながら、ニーナが静かにブチ切れていた。
(料理を作っても作っても一向に客が減らない…!)
昨日、サルーンで商店、喫茶店、公衆浴場、コインランドリーが開店し、道具屋、武具屋、八百屋の3店がリニューアルオープン。
この噂は昨日の内に周囲100キロ圏内まで届き、開門と同時にサルーン入りする者達で街は人で溢れている。
そして今は昼過ぎ…つまり昼食を摂る者が多い時間帯。
客は護衛でサルーンに来た者達もいたが、大抵は昨日も来た者達だ。
しかも喫茶店で出される料理はどれも安くて美味しいからと、朝食や昨日の夜食の量を抑えたり抜いたりし、わざとお腹を空かせた状態で臨んでいる。
それらが重なるだけでなく、昨日より冒険者の比率が上がった事も関係している。
冒険者は普通の人よりも動き回る頻度が高く、沢山動けばその分食事量も増える。
そうなれば自然と注文数も多くなり、1人当たりに掛かる時間が長くなってしまった。
(ダラダラと居座る馬鹿が増えて来たから1人1品限りってしたのに…入る注文は満腹セットばかり!これじゃ何の意味もないじゃない!!)
それは開店時から行われ、例え1人でも2つ3つ注文するのは当たり前。
酷い時は5~6品だったり10品も頼む者がおり、しかも味わったり談笑しながら食べるものだから余計に時間が掛かる。
なので途中から外に設置するテーブルと椅子を更に増やし、お1人様1品限りとしたのだが…受ける注文は3品分の料金で4品が食べられる満腹セットに変わっただけ。
1人に掛かる時間は大して減らず、むしろテーブルが増えた分忙しくなった。
ニーナが堪らず愚痴ったのも仕方ないと言える。
(挙げ句の果てに、料理を自分の馬車まで運んで来い…ですって?思い出したらイライラして来たわ。)
外にあるテーブルが増えた事で、必然的に店からより離れた所まで注文や配膳、(店内に向かうのも一苦労な為)その場で会計や片付けまでする様になった。
ある意味では仕方ないと割り切るしかないのだろうが、問題が起きた。
つい先程、従業員の1人が1番外側にあるテーブルの片付けをしようとした所、メインストリートから外れた場所に1台の馬車が停まった。
その馬車は最近出来た宿を利用しようと来てみたは良いものの、既に宿の周りは馬車で一杯。
仕方なく最後尾であるこちらに回って来たと言う訳だ。
理由は当然と言えば当然。
新しい宿は食事・サービス共に世界最高峰。
しかも全て込みで銀板1枚と(この世界にとっては)非常に安いからだ。
客は1泊どころか連泊を希望し、客の何割かは貴族だ。
しかもメタボ体型やいかにも貴婦人然とした者が多い。
となれば馬車に乗っての移動となり、宿の横から後ろに掛けてずらりと馬車が並ぶ状態だったりする。
ともあれ、その馬車の窓から貴族と思われる男性が顔を出したかと思えば、「この店で1番美味いものを持って来い。大至急だ」と従業員の女性に申し付けた。
しかし、いくら貴族だろうと順番は順番。
馬車から動こうとしない者より、列に並ぶ客を優先するのは必然であり、当然のマナーだ。
なのでやんわりと断った所、それに貴族が激怒。
周りに客がいるのにも関わらず、大声で罵倒し始めた。
それを察知したナビが宿にいたフレデリックに連絡を入れ、今しがたこちらへ顔を出し、執り成して貰った。
だが彼が来るまで叱責は続き、その間食器は下げられずそのまま。
そんなテーブルに客を座らせる訳にはいかず、ニーナの不満が爆発した理由となる。
「『荒れてんなー…こりゃ下手に関わるのは止めた方が良さそうだな。』」
「『ちょっとトーマス!聞こえてるわよ!』」
「『うぇっ!?』」
そこへ、トーマスから念話が届けられた。
ニーナもそうだったが、本人は思っただけのつもりが念話として届けられてしまい、思いっきり狼狽える。
「『トーマス、今のは少し無神経が過ぎるんじゃないか?』」
「『そうだぞ。俺達も忙しいが、それでもニーナ程じゃあない。軽率な発言なんてしたら怒るに決まってるじゃないか。』」
そこへ、ウタルとサムも指摘をする形で話に加わる。
「『いや、俺もまさかこれが念話で届くとは思って…。』」
「『ああん!?』」
「『すみません、何でもないです。はい。』」
トーマスはニーナのドスの効いた声に、縮こまるしかなかった。
昨晩、トーマス、ニーナ、ウタル、サムの4人は凛の部屋に呼ばれ、昨日付けで幹部扱いとなった。
それに伴い、念話、アクティベーション、時空間操作が行える様に。
時空間操作は無限収納、ポータル、エクスマキナの出し入れの役割だ。
何かあった時の為、4人だけのグループチャットみたいなものを作成。
今回の場合、ニーナとトーマスが無意識の内にグループ内で喋り、ウタルやサムにも聞こえてしまった形となる。
トーマスは半ば誤魔化す様にして「近況報告だが…」と話を切り出した。
「『こっちはとにかく数が多いな。カゴを1つならまだしも、2つ3つで来られたらその分(精算が終わるまで)時間が掛かる。勿論、ありがたい話ではあるんだけど。』」
トーマスが店長を勤める商店では、客が店内のあちこちに設置された買い物カゴを手に取り、そのカゴに商品を入れてレジに持って来ていた。
それは色んな種類の商品を満遍なくだったり、これから遠くに行くのかレトルト食品だけだったり、インスタント食品だけだったり、ペットボトル飲料だったりと。
人によって様々なスタイルで買い物をしている様だった。
ただ共通して言えるのは、全員が全員、買い物カゴ一杯に商品を入れてレジに来る事。
地球のコンビニみたく2、3品手に取ってそのままレジに…と言う者はいなかった。
むしろ、詰め放題か何かと勘違いしているのではないかと思える位、商品をカゴに入るだけ入れて来る程だ。
しかも人によってはカゴ2つだったり器用に3つを持つ者もおり、会計だけで10分以上を必要とするケースも少なくなかった。
「『こっちは女性客が多いのが難点ってところか。と言うか、俺に化粧品について聞かれても分かる訳がないだろう…。』」
「「『ああ…。』」」
「『でも、凛様は滅茶苦茶詳しいわよ?』」
「『そりゃ、凛様はあの見た目だからな。それに、何度か女神様や姉君の実験台にさせられたとも言っていたし。』」
そう答えるサムは、公衆浴場の店長兼、男性側の受付だったり売店の補佐をしている。
そんな彼であっても化粧品には疎いらしく、女性客に尋ねられては女性スタッフに振るを繰り返す。
しかし売店に来る客は大体が化粧品の噂を元に来ており、それらの案内や説明に女性スタッフが駆り出され、結局はあたふたしながら接客する羽目に。
「『私なんて宿のオーナーだぞ?ただのしがない村長に貴族の相手が勤まる訳がないじゃないか…。フレデリック様、お願いだから早く戻って来て…。』」
そう悲しげに話すウタルは宿のオーナーだ。
元々は恰幅の良い女将が宿を取り仕切っていたのだが、凛が建て直したのを機に身を引き、代わりにウタルが代表となった。
勿論ウタルは反対したのだが、他にやれる人物がおらず、やむなく受ける事に。
客は4割が冒険者、3割が貴族、2割が商人と言った感じ。
つまり3人に1人位は貴族で構成され、相手をする度にストレスで悩まされていた。
「『あ、悪いけど返せそうにないわ。』」
「『ええええっ!?』」
「『いや、だってまた貴族が来たらなんて事になったら面倒だもの。それに、あの方が来てからスムーズに回り始めたのよ?返す理由がないわ。』」
「『そんな…。』」
フレデリックは喫茶店ではなく宿の制服を着用。
そんな彼の爽やかな笑顔にキュンとしたのか、顔を赤くする女性が続出。
しかもフレデリックはジラルド伯爵家次男…つまり貴族様だ。
それに伴い、女性客達はテーブルに並べられた料理(主にデザート類)を見られるのが恥ずかしくなったらしい。
ぎょっとした顔の後にばばっと手早く食事を済ませ、そそくさといなくなった。
男性の方も、フレデリックの機嫌を損ねでもしたら罰が来るのではと恐れ、やはり早めに食事を済ませようとする。
おかげで客の回転率が一気に上がった。
ニーナはこれを好機と捉え、料理を作るスピードを上げつつ、フレデリックを逃がさない為の算段を立てた。
「『…人員補充の要望があると聞いたんだが。』」
今度は丞が念話に加わって来た。
ニーナ達のやり取りはナビに筒抜けとなっており、彼女が丞に連絡を入れた様だ。
「『おお、丞さんか!俺の所は━━━』」
「『トーマスは必要ないでしょ。』」
「『ちょ、必要ないって訳じゃ━━━』」
「『ひとまずはうちとサムを優先で。余裕があればウタルにって感じかしら。あ、出来ればサムの所は女性でウタルは身分が高そうな人だと助かるかも。』」
「『ちょ、話を━━━』」
「『そうか。ならば、シンシア、ミラ、エラをニーナの所に。リーリアやリリアナを始めとした女性を何名かサムの所に派遣しよう。』」
「『助かるわ。』」
「『ありがとう!』」
「『ウタルの方は…そうだな。今はランドルフ様がガイウス様の屋敷で打ち合わせ中とか言っていたな。そちらを当たってみる。』」
「『あの、俺には…?』」
「『…必要なのか?』」
「『必要に決まってるだろ!』」
「『ナビ様からは不要と聞いているのだが…。』」
「『確かに。裏方がいるし、人手も間に合ってはいる。』」
商店と喫茶店の間には従業員専用スペースがあり、そこにイプシロンとゼータが待機している。
彼女達がアクティベーションで商品を用意→従業員が受け取って売場に補充と言う形で運営。
かなり大変ではあるが、どうにか回せている状態だ。
「『ただ…うちは男しかいない。これはかなり由々しき問題だと思うんだ。』」
「『は?トーマス、冗談は止め━━━』」
「『冗談なものか!いや、分かってるよ?ニーナとウタルの所はメイド服だから客の受けが良いし、サムの所は化粧品があるからな。客も従業員も女性ばかりなのも頷ける。』」
「『ならば━━━』」
「『それでも、それでもだよ?1人位こっちにも女性がいたって良いじゃんか~。』」
「『………。』」
「『はぁ。トーマス、お前ってやつは…。』」
「『女性がいない?イプシロン様とゼータ様がいるだろう。』」
「『確かに2人共とんでもなく綺麗だ。けどさ、はい…とか次です…のどこに色気を感じろと?』」
「「「『………。』」」」
「『…言いたい事は分かった。丁度キュレアとリナリーがリビングで寛いでいる事だし、彼女達に打診してみる。』」
「『おお…言ってみるもんだな。丞、ありがとう!』」
「『…トーマス、後で話があります。』」
「『何で!?』」
このやり取りの後、名前が上がった者達が各地に派遣された。
「お待たせしましたですー!海鮮あんかけチャーハンにー、ハンバーグとステーキー!」
「それとエビフライなのーん。」
「はいはい…って天使ぃ!?」
「妖精もいるぞ!?」
「嘘!?」
「どっちも可愛いー!しかも何か似てるーーー!」
「「エラ(ミラ)とは姉妹ですから!(なのん。)」」
『…え?』
「「ごゆっくりですー!(なのん。)」」
「お、お待たせ致しましたー!こ…ここここちら!辛口カレーになります!」
「お、来た来た…って、こっちは獣人か!しかもすっげぇ可愛い…。」
「かっ、かわ…!?の、残りの料理も持って来ますねっ。し、失礼しまーす!」
料理を運んで来たミラ、エラ、シンシアの珍しさや見た目の良さに注目が集まった。
「何かお探しかしら?」
「ん?あ、ええっと。この化粧水が…ってエルフ!?しかもあっちにもいるぅぅぅ!!」
化粧水を見ていた女性にリリアナが声を掛けた事で驚かれ、視線の先にいたリーリアを見て更に驚いていた。
商店にはキュレアとリナリーが現れ、(主に男性が)店に活気が入る。
こうして、助力を得たニーナ達はピンチを乗り越え、午後も頑張るのだった。




