68話
ややあって、凛と美羽がガイウス達の元へやって来た。
凛は疲れたを通り越し、諦めた表情を。
付き添う美羽も困った笑みで…との但し書きが付くが。
「はぁ。すみません、お2人にと思ってご用意したのですが…ご覧の通り食べられてしまいました。」
「い、いや、それは構わんのだが…凛殿も大変だな。」
「良い子ではあるんですけどね、自由と言いますか…。」
「そうか…。」
ガイウスは凛に同情し、その後も微妙な雰囲気で話を続けた。
途中、凛がこのままではいけないと我に返り、火燐に食べられたのと同じ缶詰めを無限収納から取り出す。
そしてそれらをガイウス達の前に並べ、「気になるものがあればお召し上がり下さい」と告げた。
ガイウス達は火燐と雫にちらりと視線を向けた後、ガイウスは鯖の味付けを、ゴーガンは味噌が用いられた鯖の缶詰をそれぞれ手に取る。
味付けとはどの様な味なのか、味噌とは何なのかに加え、(内陸の為に)希少な魚介類を使った品物との思いから手が伸びたのかも知れない。
火燐達に倣って缶詰めの蓋を開け、中に収められているものを恐る恐る口に運ぶ。
「「…!美味い!」」
2人は共に目を見開き、それなりに長い付き合いだからか。
或いは食欲から、相方のはどんな味なのかとの考えに行き着いたかで視線が交わり、黙って缶詰めを交換。
チェンジしたものも美味で感嘆の声を漏らし、勢いが付いたのか他の缶詰めやペットボトルにも手を伸ばす。
その度に「おぉっ」「ふぅむ」と言った感じのリアクションを取り、凛が出した品々を堪能。
2人は最後に十徳ナイフを手に取り、先程凛がやったのを思い出しながらあれこれと動かし始める。
初めはコンパクトな見た目なのに実用性があるとして不思議がり、時間が経つに連れ(童心に帰ったみたいで)楽しくなってきたらしい。
今日1番の集中力を見せ、5分程十徳ナイフを弄ったところではっとなり、正気を取り戻すや火燐のニヤニヤとした目線に気付く。
揃って恥ずかしそうにし、凛がクスリと笑いながら十徳ナイフをプレゼントすると告げ、2人からお礼を述べられる。
表情は平静そのもの。
それでいてしっかりポケットに仕舞う光景から、実は貰えて嬉しいとの心境が丸分かりでもあった。
凛は(美羽達もだが)そんな2人に温かい視線を向けつつ、話を持ち掛けてみる。
「これらはまだほんの一部ではありますが、販売出来る場所があれば注目を集められるのが1つ。
後は冒険者ギルドの近くに公衆浴場を建てたり、この缶詰やレトルト食品に近い味の食事が出来る所を設ける。或いは既存の食事処に料理法を伝授し、メニューを増やす…と言うのは如何でしょう?」
「どれか1つあると言うだけで間違いなく人が集まるだろう。だが、そこまでやって凛殿に何の得があるのだ?」
「まずは皆さんに知って貰う。それが僕にとっての最優先であり、最大の目標なんですよ。知り合いから魔石を使った魔導具があるのは聞いてますので、レトルトやインスタント食品が役立つと思います。折角食べるなら美味しい物を食べたいですしね。
それに、僕自身お風呂が好きで、皆さんにも共感して欲しいとの打算的な考えもあったりします。」
「成程…。」
凛からの説明を受け、このチャンスをどう活かそうかと考える素振りを見せるガイウス。
同時に、今後のサルーンの発展振りが楽しみでもあり、彼の口元はわずかながら笑みが。
「だからと言う訳ではないのですが、2点お願いがあります。」
「お願いとは?」
「まず1点目ですが、先程の缶詰、レトルト食品、ペットボトル飲料は空になるとゴミ…つまりは不要物ですね。街の内外に捨てられ、問題となる可能性がありますので、それらを入れるゴミ箱の設置と、ゴミを回収する人員を確保して欲しい事ですね。
他人が触ったものを片付ける訳ですし、少し嫌がられる職種だと思います。その方達に対しては賃金を多めにしても宜しいかと。」
「ふむ、考慮しよう。2点目は?」
「冒険者ギルドから近い建物をどこかお借りしたいなぁと思いまして。」
「…と言うと?」
「自分で言うのもなんですが、これからこの街は間違いなく目立ちますよね。」
「そうだな。食糧に浴場に食事処、それとこれから齎されるであろう魔物も目立つ要因にはなるか。」
「その魔物に関する話です。これからも沢山の魔物の解体を依頼すると思うのですが、冒険者ギルドではなく直接僕達に声を掛けて来る可能性があるかと。」
凛は話の最後、無限収納からポータルを取り出し、その場に設置した。
「こちらはポータルと言いまして、別に設置したポータルと繋ぐ為の出入口みたいなものです。」
「「?」」
「今回の場合、このポータルは入口で、オーガキングの集落に設置してある同じものが出口に当たります。」
「は?」
「え?」
「実践した方が早いですね。」
驚くガイウス達を尻目に、凛はポータルを起動させて「どうぞ、通ってみて下さい」と2人に促しながらポータルを潜っていった。
2人はいきなり凛が消えたと勘違いし、ポータルの周りを探し始めるも、当然ながら凛の姿はどこにもない。
ガイウス達はごくりと生唾を飲み、神妙な面持ちでポータルを潜った瞬間、外にいた。
今の今まで建物内にいたはずが、不可思議な門を抜けると何故か外にとの事実に再度驚く。
「これがポータルの効果です。諸々の行程を飛ばし、屋敷と集落を直接結んだと言えば良いでしょうか。ともあれ、このポータルがあればかなりの移動時間の短縮になります。場所次第で人目も付きにくくなるのでは…と。」
出口付近で待機していた凛から説明を受けるも、2人は幻覚かどうかを確かめる目的で辺りをきょろきょろ見回すだけ。
とても聞き入れている風には見えず、落ち着いた頃に再度説明して貰い、複雑ながら一応は納得。
冒険者ギルドに戻った後、疲れた様子のガイウスが口を開いた。
「ポータルとやらがどう言った原理で動くのかは不明だが…必要性は分かった。なればこそ余計に人目が付かぬよう、ギルドの宿直室に立てると良い。」
「僕としてはありがたいのですが…宜しいのですか?」
「ああ。仮に冒険者ギルドの近くに建物を用意したとして、その建物が何者かから攻撃を受けでもしたら面倒だ。ギルドであれば誰かしらはいるし、宿直室ならまず気付かれる事はない。関係者しか利用せぬ故、注意喚起を促せば事足りるだろう。」
「ありがとうございます。」
「いや、礼を言うべきはこちらの方だ。凛殿は俺達に配慮してくれたのだ、これに応えねば男が廃る。」
そう言ってガイウスは頭を下げ、ゴーガンも軽く頭を下げた。
「これからそう遠くない内に街を大きくしようと思う。しかも可能な限り早急に、だ。」
「? 理由をお伺いしても?」
「これらの品々の存在についての追及に、少しでも抗う為だ。少なくとも俺は王国内で見聞きした事はない。俺が知らないだけで、もしかすると他国にあるのかも知れんがな。
となれば、生まれるのが利益。未知、美味、利便性。どれか1つでも興味を示されそうなものを、全て兼ね揃えた逸品だ。当然、妬み嫉みの非難が来るのではと思ってな。」
「確かに。缶詰やレトルト食品、ペットボトル飲料…だったか。知ってしまえば次も欲しくなってしまうのは必然。それ位、大きな衝撃を受けた。これらを王国貴族…特に王の側近達が発見次第、王へ献上したり、自分の手柄にしようと画策するのは必須と言えるだろうね。
こんなに美味しくて便利なのに、開けさえしなければ長期間の保存が可能?余程濃い塩漬けにでもしない限り、普通は有り得ない。だからこそ独占すべきじゃない。今日明日の食事すらままならない、貧しい人々にこそ行き渡らせなきゃいけないものだ。」
「仰る通りです。なので、最初は低めの価格設定にするつもりです。」
「流石は凛殿だ。」
「助かるよ。」
「…となると、早めに今の家を解体した方が良さそうですね。向こうの世界のものが沢山ありますし。」
「「ほう。」」
テーブルに置かれた飲食物から、凛に視線をシフトするガイウス達。
彼の口から発せられた、向こうの世界との単語に興味を示したのだろう。
「先程移動したエリアのどこかに、新しい家を建てるつもりです。あ、完成した暁にはお2人を招待しますのでご安心を。」
「…良いのか?」
「勿論です。既にアルフォンスさん達は招いた訳ですし、上司であるガイウスさんを招かないのは失礼にあたるかと。」
「そうだった。彼奴らめ、凛殿から持て成しを受けたのだったな。昨日凛殿が帰った後、アルフォンスから受け取ったクッキーをゴーガンと食べたが…俺達が知ってるのよりも全然美味くてな。名前が同じだけで別物ではないかとの話題になった位だ。」
「そうだね。あのクッキーを知ってしまった今、他の物は食べれそうにないよ。凛君、昨日のクッキーと同じものも勿論買えるんだよね?」
「はい。他にもチョコレートと言う甘いお菓子や、芋を薄く切って揚げたポテトチップスと呼ばれるお菓子を含めて販売する予定です。」
「それは楽しみだ。凛君が良い人で本当に良かったよ。」
「ああ、俺もつくづくそう思う。」
「何か恥ずかしいですが…ありがとうございます。」
凛は何故かいきなり褒められた事に気持ち困惑、それでいて照れ臭そうにお礼を述べる。
「ふふっ。(照れてるマスターも可愛いなぁ。)」
その光景にガイウス達はほっこり。
美羽も微笑ましい顔で主を眺める。
凛は咳払いで恥ずかしさを誤魔化し、無理矢理推し進める。
「(こほん)えっと、話を戻させて頂きますね。ガイウスさん達には話しましたが、あまり僕の能力は公にしたくはないんですよ。なので、始めるとしたら商業ギルドを頼らない形になると思います。それでも商売自体は可能なのでしょうか?」
「そうだな…因みにだが、サルーン以外の街や村等で商売の予定は?」
「いえ、今のところ全く考えてない…と言いますか、そこまで手が回らないのが本音ですね。仮にするとしても落ち着いてからで、これらがある程度周囲に浸透してからになるかと。」
「そうか。ならば凛殿を代表とする、この街での販売許可証を作成しよう。商業ギルド等が何か文句を垂れてきたら、そちらを見せれば良い。」
「ありがとうございます。」
頭を下げ、再び上げた凛の口元に零れるは笑み。
本日の目的全て達成されたのが嬉しかったのだろう、上機嫌の彼が1つの提案を出した。
「商売で得たお金の内、何割かを土地代との名目でそちらにお渡ししますね。あ、税の方が都合が良いでしょうか?」
「ありがたい申し出だが、これらは凛殿の魔力を元に生み出されたものなのだろう?それに、言ってしまえば凛殿以外には用意出来ない、付加価値だけで相当な代物。こちらとしても、注目を集めるだけで充分なのだが…。」
「それでは2割にしましょう。以前ガイウスさんに渡した魔石ですが、あれは余った魔力を固めて作ったものなんですよ。あれと全く同じものが結構貯まっている上に、つい先程ゴブリンセージから得た『魔力自動回復』と言うスキルが加わりまして。
おかげで今まで以上に魔力を消費しないと、魔石が貯まる速度が早まるだけになっちゃうんですよ。」
さらっと告げる凛に、美羽がおー!と感心しながらパチパチと拍手。
尤も、楽観的なのはこの2人だけ。
火燐は引き攣り、雫は眠気どこいった?とばかりに大きく開かれる目。
ガイウス達に至っては、ショックのあまり固まった状態で椅子ごと後ろに倒れ、そのまま燃え尽きる様にして気を失った程だ。
彼らから見て、|行動を共にしている《戦闘をした訳でも何でもない》にも関わらず勝手に強くなったとの認識らしい。
先刻、冒険者ギルドへの道中で凛が美羽やナビと話した事。
それは魔物を1体丸ごと消費してスキルを得ると言うものだった。
切っ掛けはゴブリンアサシン、レッドキャップ、スプリガンの3体。
スプリガンは見た目の変化、残る2体は(本来であれば)察知されにくいを特徴とするスキルを所持。
ただ、凛の進化で向上したナビの処理能力により、ゴブリンアサシンとレッドキャップは封殺。
居場所を特定され、スキルが発動していない事を不思議がりながら倒れる様は印象的ではあったが。
そんなこんなで、スプリガン達が何かしらのスキルを持っているのではと判断したナビが提案。
凛から了承を得、早速解析作業に取り掛かった。
そして冒険者ギルドで時間を過ごす内に解析が終わり、スプリガンからは見た目を変える『変化』、
ゴブリンボウマスターからは遠くを見る『鷹の目』、
ゴブリンセージからは自動で魔力が回復する『魔力自動回復』、
ゴブリンアサシンからは自分と同じ見た目の分身(ただし攻撃力は皆無)を2体作り出す『幻身』、
レッドキャップからは存在を悟られにくくする『気配遮断』を。
ついでに、ゴブリンキングからは仲間の戦闘力を少し引き上げる『鼓舞』、
トロールからは物理攻撃を少し緩和する『物理攻撃軽減』、
オーガキングからは自分よりも格下の相手を怯ませる『威圧』スキルをそれぞれゲット。
今はナビが超効率化と組めないか、嬉しそうに試している段階だったりする。
火燐達から追及を受けた凛は顛末を話し、目を覚ましたガイウス達にも同様の説明を行う。(どちらも滅茶苦茶呆れられた上に深い溜め息までつかれた)
「ガイウスさん、公衆浴場と食事処はどうしましょうか?」
「う、む…どちらも凛殿に任せる…。」
ガイウスは考えるのが最早面倒になったのだろう。
答えが半ば投げやり気味に。
「あ、そうそう、忘れる所でした。ガイウスさんにこの『映像水晶』を渡しておきます。」
やらかした当の本人は尚もやりたい放題。
無限収納からハンドボール位の大きさの透明な水晶球を取り出し、ガイウスの前に置く。
「この水晶玉に軽く魔力を通すと、対になる僕の映像水晶へ(自動的に)着信が来る仕組みとなってます。この水晶越しに僕と会話出来ますので、室内から連絡が取れる手段とでも思って頂ければ。」
「…突っ込みたい部分は多々あるが、ありがたく受け取らせて頂こう。」
「それと、この後受け取る予定のフォレストドラゴンのお肉ですが、大きさが大きさだけに結構な量になると思うんですよ。度重なる被害で街全体が沈んでますし、皆さんに振る舞おうかと。」
「その申し出はありがたいが…折角得たフォレストドラゴンの肉だぞ?勿体ないとは思わんのか?」
「勿体なくないと言えば嘘になりますが、黒鉄級の素材を手に入れる機会は沢山あるので大丈夫です。それなら、皆さんを元気付けるのに役立てたいと思いまして。」
「そうか…かく言う俺も下位竜はあるが、その上は初めてでな。実は楽しみだったりする。」
「僕は下位竜もありませんが、楽しみなのは一緒ですね。皆さんに振る舞う為に必要な器材はこちらで用意致します。だからと言う訳ではないのですが、僕の仲間をこちらへ招きたいなーなんて。」
「せめて人員位はこちらで用意しようと思ったのだが…。」
「先程オーガキング達を倒したのが影響して、3名のオーガが鬼人に進化するんですよ。そのお披露目も兼ねようかと。」
「ほう。新たな鬼人が生まれるのか。ならば見てみたい。」
「分かりました、後で連れて来ますね…そう言えば、サルーンで店を開きたいと話しておいてなんですが、普段僕達は(死滅の)森にいるので不在にする場合が多いと思うんですよ。もし人が余っているとかあれば、紹介して欲しいのですが…。」
「ふぅむ…紹介してやりたいのは山々だが、俺も街も人員に余裕がある訳ではないのだ…。」
「僕のところもそうだね。それか、依頼として出してみる?」
「いえ、恐らく店を任せる形になりますので、冒険者の方へお願いするのは気が引けますね…。」
「ならば奴隷ならどうだ?規模は小さいが奴隷商ならこの街にもある。恐らく先程の盗賊で奴隷落ちする者も出て来るだろう。その者達を含め、凛殿が気に入った奴隷を購入し、教育して店に立たせるのは如何か?」
「この世界って、奴隷が存在するんですね…。」
「凛殿の口振りから察するに、あちらの世界とやらには奴隷がいないのか。とは言え、たまに俺が奴隷商に立ち入っては問題がないかを検査するのでな、凛殿から見てもそう悪くないとは思うのだが…。」
「お気遣いありがとうございます。どの様な方がいるか気にはなりますし、一通り街を見て回った後に奴隷商を見てみたいと思います。」
「そうか。」
「取り敢えず今日お話したい事は以上になります。ガイウスさんからは何かありますか?」
「いや、ないな。」
「では、ここで一旦失礼させて頂きますね。」
「凛殿に失礼があってはいかん。街の案内にアルフォンスを付けるとしよう。」
凛が立ち上がったのを機にガイウスはアルフォンスを執務室に呼び、彼を案内させるよう命じる。
アルフォンスは自分の後に続いて欲しい旨を伝え、退出。
続けて火燐と雫が部屋を出、最後に凛と美羽がガイウス達を頭を下げ、部屋を後にする。
「はぁぁぁぁ、疲れた…。」
凛達がいなくなった後、衝撃の連続で相当気疲れしたのだろう。
緊張の糸が切れたガイウスが盛大に溜め息をつき、力を抜く。
「お疲れ様。凛君がただ者ではないと思っていたけど…まさか神様、しかも女神様の弟なんてね。」
「全くだ。ここまで心臓に悪い出来事が続く等と、誰が予想しようか。」
ゴーガンが苦笑いで宥め、ガイウスは尚もぶちぶちと不満を漏らしつつポケットから十徳ナイフを取り出す。
「だが、一緒にいると童心に帰った様な懐かしさ、それに安心感を覚えるのもまた事実。凛殿の期待に応える為にも、俺達は努力を怠らない様にしないとな。」
「そうだね。」
ふっと優しい笑みに変わり、十徳ナイフを弄り始めるガイウス。
釣られてゴーガンも優しげな笑みを浮かべ、しばらく2人だけで取り留めのない会話するのだった。




