69話
「ここサルーンは、先程まで我々がいた冒険者ギルドの近くとの意味の建物としまして、今朝方来訪された商人等が集う商業ギルド。鍛冶工場が併設された武具屋。それと傷を治すポーションや魔力を回復させるマジックポーション、毒を治す毒消しや野営の際に使用するテントを始めとしたものを取り扱う道具屋があります。
後は…凛殿には物足りないでしょうが、肉屋や八百屋、食事を提供する食事処や宿屋が何箇所かある位ですね。」
「成程。因みに、魔道具を扱うお店と言うのは…。」
「魔石を含め、道具屋にほんの少しある程度ですね。サルーンは死滅の森を目前に控えた辺境の地、近隣の魔物も鉄級や銅級が主なのであまり需要が…加えて、物資が滞る事自体珍しくないと言いますか…。」
「苦労されてるのですね。」
「はい…あ、いえ、まぁその通りではありますね。」
アルフォンスと会話を交えつつ、街の中を案内して貰う凛達。
火燐は退屈なのか収まりかけた眠気がぶり返ったかで頻りにあくびをし、雫はこしこしと目元を擦るとの光景が見られたりするが。
(折角の機会だし、勉強がてら色々と買いたかったんだけど…未だに無一文だからなぁ。先に、オークキングとかフォレストドラゴンの素材を売ってでも資金を用意しておくべきだった。)
凛は凛で、アルフォンスに連れられて店に入るも、所持金0。
買い物をしたくても出来ないジレンマ+それぞれの店主から向けられる「冷やかしは帰れ」との視線に、堪らず内心で苦笑いを浮かべる。
「…一先ず、街の案内は以上となります。後は奴隷商を残すだけですね。」
「ありがとうございます。」
「ここまでで何か質問等はありますか?」
「いえ、今のところは特に…あ、そうでした。いずれ開くお店で、先日渡したクッキーと同じものを商品として並べる予定です。」
「本当ですか!?妻と機会があったらまた食べたいねー、なんて話したところだったんですよ。なので、仕事が終わり次第報告させて頂きますね。いやー、これからが楽しみだなぁ!」
凛とアルフォンスは精肉店の外で一旦止まった後、にこやかな雰囲気で再び歩み出す。
そんなこんなで凛達は冒険者ギルド裏手にある建物…奴隷商に到着。
どうやら奴隷商は地下にあるらしく、アルフォンスが左手で階段を指し示す。
「さて、こちらが今回の目的地である奴隷商になります。」
「まさか地上ではなく地下に奴隷商があるとは…。」
サーチ越しにサルーンを調べるとの行為をしなかったからか、完全に初見の凛。
単純にサルーンや屋敷の周りに意識が向いていたり、プライバシーの侵害との観点から控えたのもあるが。
「ええ、利用される方は口を揃えてそう仰られます。まぁ、珍しいと言えば珍しいのかも知れませんね…では入りましょうか。」
「お願いします。」
ともあれ、アルフォンス先導の元。
凛達は階段を進み、木造の扉を経て奴隷商の中へと入る。
エントランスとなる部分は15畳程の広さで、階段と同じく石造りでの構成。
入ってすぐの位置にカウンターが設けられ、他は何もなく左右に通路が広がっているだけな風に感じられた。
そしてカウンターには、背中まで伸ばした赤茶色の髪を1本で纏め、垂れ目で優しそうな30代前半と思われる女性が腰掛けている。
「マーサさん、こんにちは。」
「これはアルフォンス様。本日はどう言ったご用件でしょうか?」
アルフォンスは笑顔でカウンターの女性━━━マーサに声を掛け、立ち上がってのお辞儀を交え、用件を尋ねられる。
「私は今回案内役でして、こちらの凛殿が奴隷を見てみたいとの事で伺わせて頂きました。」
「左様でございましたか。初めまして、私はここの奴隷商を仕切らせて頂いております、マーサと申します。」
「こちらこそ初めまして、僕は凛 八月朔日と申します。」
彼の右手で指し示しながらでの紹介、及び名字持ちを理由にマーサは凛を貴族だと判断。
申し訳なさそうに頭を下げる。
「まぁ、お貴族様でございましたか。これは失礼致しました。」
「いえ、僕は貴族ではありません。」
「?」
「その話は追々…早速で申し訳ないのですが、こちらで取り扱っている奴隷を見せて頂いても宜しいでしょうか?」
「あ、はい畏まりました。ご案内致しますね。」
凛の説明に首を傾げる場面はあったものの、職務を全うすべく左側の通路を案内。
その道中、彼女は父親から奴隷商を引き継いだ店主である事がアルフォンスからの話で判明。
街外の元商業ギルド員。
父は既に亡くなり、体調不良の報せを受けて戻ったのだそう。
「わ、私の事はどうでも良いのです。」
お父さん想いの良い娘さんだと凛達が感心する一方。
マーサは奴隷になる要因は犯罪を犯すだけでなく、身寄りがいなくなったり、何らかの事情で生活を維持するのが困難になった場合も生じる。
…との旨を、恥ずかしさを半ば誤魔化す形で告げる。
丁度タイミング良く(?)、奴隷達が収められている檻に1行は到着。
マーサは改めて奴隷達の紹介、並びに奴隷となった経緯を語る。
奴隷達は(6畳程の部屋に)2人1組で収められ、12部屋ある内の9部屋を使用。
中にいるのは全て人間で、男性9人、女性5人の計14人が収められているとの事。
いずれも首に首輪が付けられ、沈んだ表情、若しくはギラギラとした視線を凛達に向ける。(ただし3人だけは目茶苦茶怯えているが)
マーサの説明に凛が受け答えし、たまに火燐と雫も混ざって奴隷達と会話した結果、8人の男女(全員人間)を買う事が決まった。
費用は街領主が立て替えるとアルフォンスが口にし、内3人は安堵、1人はきょとん、1人は渋い顔。
最後の3人は絶望の表情を浮かべていたが。
「…では、カウンターへ向かいましょうか。」
そう言って、マーサはカウンター方面へと歩き出す。
しかし凛はナビを介し、現在地の反対側。
つまり入って右側の通路奥に、もう1人いる事が分かっていた。
「マーサさん。まだ紹介されてない方がもう1人、いらっしゃるのではないですか?」
「! 何故それを…分かりました。ご案内致します。」
凛からの問い掛けに、目を白黒させるマーサ。
逡巡する間も真っ直ぐ見詰められ、やがて根負け。
目を伏せ、若干眉を顰めての移動となった。
(でも、あの子がいると分かったのでしたら或いは…。)
と同時に、彼女は淡い期待も抱いていた。
右側の通路中程にまで来た辺りで、突如饐えた臭いが漂い始めた。
凛達は呼吸が不要。
マーサは分かっていた為に表情が変わる事はなかったものの、アルフォンスは別。
「う"っ」と口元に手を当て、彼だけが苦悶の表情へ。
「…ここです。」
マーサが檻の少し手前で指し示し、立ち止まった凛が中の様子を見てみる。
「………。」
すると、1番奥。
壁となる箇所に頭と背を預け、手足を投げ出しながら脱力する女の子がいた。
その女の子の見た目は18歳位。
肩上まで伸ばした髪は、元が綺麗な黄色か金色だったのだろう。
今は見事にくすみ、全く手入れしていないのかかなりボサボサ気味。
汚れた白いワンピースを身に纏い、犬っぽい耳と尻尾を生やす彼女。
尤も、左耳、右肘から先、左膝から先が失われ、右肘、左膝、それと右目から頭部に掛けて包帯らしきものが。
いずれも、少し黄色がかった赤色に染まっている。
女の子は最早どうでも良くなったのか、生気が感じられない表情で涎を垂らし、凛達が来ても何の反応も示さずボーッとするだけだった。
「…こちらの少女は狐人族でして、最近まで30人程の仲間と共に、街の北にある森で生活をしていたそうです…が、食料となるものが尽きてしまい、団体で移動したところを盗賊に襲われたとの事です。」
「…話の腰を折ってすみません。その盗賊と言うのは…。」
「恐らくではありますが、先程火燐殿方が捕縛された盗賊とは別になるかと。」
「盗賊って、そんなにいるものなんですね…。」
「はい。王国内だけで20近くはいると伺っています。帝国や獣国、商国はもっと多いとか。」
「それはどうにかする必要が…。」
アルフォンスの情報から、目の前にいる少女みたいな犠牲者を減らす為の案を巡らせ始める凛。
しかしすぐに話の途中だった事を思い出し、考えを放棄。
説明を続けるよう、マーサへ促すのだった。
妖狐族→狐人族に変更しました。




