66話
ランドルフ達は自分の屋敷に帰って行った。
スクルドを治める領主としての公務をこなす為だ。
ただ、バーベキューへは参加する気満々らしく、去り際に開始時間前になったら必ず来ると宣っていた。
午前11時前
凛達はバーベキューに備えて早めの昼食を摂り、食休みをしている所だった。
「…そろそろ時間か。僕達は一旦ここで席を外しますね。丞、ごめんだけど後はお願い。」
「承った。」
凛は丞にこの場を任せ、椅子から立ち上がる。
すると、少し離れた所にいた女性が近寄って来た。
彼女は楽しそうな、または期待に満ちた表情を浮かべており、それが却って嫌な予感を彷彿とさせる。
「『ばーべきゅー』って所に行くのよね?私も行きたいわ!」
ああ、やっぱりか。
凛を含めたほぼ全員が、鼻息を荒くしながら申し出た女性にそう感じた瞬間だった。
彼女の中でバーベキューは面白い場所との認識らしく、それを前にして行かないと言う選択肢はない様だ。
また、彼女の落ち着きのない性格から、動かずにじっとするのはまず不可能。
むしろバーベキュー会場を引っ掻き回す可能性しかなく、彼女を一緒に連れて行くのはリスクでしかない。
また、今しがた昼食を終えたものの、敢えて動き回れるよう抑えたのもあるのだろう。(と言いつつ、しっかり3人前は食べたのだが)
「えぇっと…。」
凛は誤解を抱いた女性に対し、どう伝えれば冷静に受け止めてくれるのかと困ってしまう。
それは周りにいる者達のほとんども同じで、目をキラキラと輝かせる女性を宥めるのは難しいとの判断から、全員…仲間であるシーサーペント達ですらも目を逸らす形で諦めた様子を見せる。
「はぁ~…。」
そんな中、火燐が溜め息をついて椅子から立ち上がった。
「落ち着け。」
「ぎゃふん!!」
そして女性の後ろへ回り、未だに興奮する女性の真上に右手をやり、そのまま彼女の頭頂部にチョップを食らわせた。
女性は悲鳴の後にその場で蹲り、おおお…と呻きながら両手を頭にやる。
火燐が繰り出したのはチョップのはずが、伝わったのはバシッやビシッではなくドンッッと言う音と衝撃だった。
これにダイニングで昼食を摂っていた者…その中でも特にシーサーペント達が驚きを露にする。
彼女はあんなんだが、それでも自分達の中では1番強い。
にも関わらず、まるで本気を出していない火燐の一撃で強制的に黙らされ、今も痛みの影響で動けずにいる事が信じられなかった。
「…どうかされました?」
「いや、改めて凄いと思っただけだ。あいつはあれで強い方だったから余計にな。」
「皆さんの代表を務めてらっしゃる位ですもんね。」
凛の言葉に、シーサーペント達は揃って微妙に嫌な顔となった。
臨時とは言え、今の代表の座に就いた女性に対し、色々と思う所があるのかも知れない。
「俺にもっと力があれば…。」
そうやって、呟きを漏らす者がいる位には。
声の主は22、3歳位の見た目で、白藍…とでも言おうか。
淡い水色の髪をミディアムに伸ばし、クールと言うよりも冷たいと表現される様なイケメンがいた。
そんな彼が悔しがる姿に、皆の視線が集まる。
「彼は?」
「あいつは…そうだな、代表の次に強いと言えば分かるだろうか。」
「成程、あの方は副代表的なポジションにいる訳ですね。」
男性は強さこそ今の群れの中では2番目だが、女性との差はそれなりに大きい。
ついでにではあるが、性格の違いから2人はあまり仲が良くなかったりする。
「そうなる。大方、ベヒーモスにやられた事を引きずったりとかそんな感じだろう。」
「真面目なんですね。」
「そうだな。それには違いない。」
凛がシーサーペント達と初めて接触した際、代表の女性は後ろに引っ込んでいたのに対し、副代表の男性は最も手前の位置にいた。
そして危険を省みず、率先して凛に攻撃を仕掛けた者でもある。
その事をシーサーペントの男性が凛に伝えると、凛は感心した様子を浮かべ…
「なら、あの方を代表のお目付け役として同行させましょう。」
そう告げた。
これにシーサーペント達は目を見開き、しかしすぐに良い案だと同意を示した。
凛は副代表の男性に同行して欲しい旨を伝え、嫌がる女性を他所に2つ返事で了承。
凛はバーベキュー関係者に副代表の男性、代表の女性を加えたメンバーでサルーンへと向かう。
サルーンの冒険者ギルドに到着した一行は、バーベキューの準備とガイウス達の迎えの二手に別れ、それぞれ行動を開始。
凛は美羽、火燐、雫、カリナと共にガイウスの屋敷方面へ向かっていると、紅葉から念話で連絡が入った。
「『凛様、少し宜しいでしょうか。』」
「『紅葉?何かあった?』」
「『はい。まだゴーガン様にはお伝えしておりませんが、盗賊と思われる一団を発見致しました。それとは別に捕らわれた方が2名、既に殺されたと思われる方が3名いらっしゃる様です。如何致しましょうか?』」
現在も紅葉達は移動中ではあるが、その状況を確認したのは馬車の中ではなく、外でだった。
彼女達はただただ馬車に揺られるのが暇になったらしく、馬型のアニマゴーレム達と並ぶ形で走る様になった。
或いは周りに人目がないと分かれば空を飛んだりして前に進み、アニマゴーレム達よりも先に魔物達を殲滅するパターンが連続で発生。
それが切っ掛けでアニマゴーレム達が速度を上げた事で馬車の中にいるルルが引っくり返り、その後レース感覚で彼女達が盛り上がったりもした。
少し話が逸れたが、今回盗賊達を発見したのは空中にいる紅葉がと言う形になる。
「『すぐにその捕らわれた人達を保護…と言いたい所だけど、代表はゴーガンさんだからね。僕の勝手な判断で和を乱す訳にはいかない。紅葉、悪いんだけどゴーガンさんに意見を仰いで貰える?』」
「『畏まりました。』」
5分後
「『凛様、これから盗賊達の捕縛、或いは討伐に向かうとの事です。抵抗しなければ捕縛し、そのまま近くの村に向かうそうですが…。』」
紅葉としては勿論助けたい所ではあるのだが、それに掛けた時間の分だけ王都へ着くのが遅くなる。
そうなると必然的に役目を終えるまでの時間が伸び、1度ならまだしも2度3度…と繰り返す程に凛の下へ戻る時間も遠ざかるのでは…との考えが少なからずあった。
「『抵抗すれば討伐の場合もあるって事か。出来れば無力化したい所だけど…無理強いは出来ないしな。』」
「『いえ、必ずや私共が無力化してみせます。ご安心を。』」
「『ありがとう。けど、そう言う人達は追い詰められると何をするか分からない。少しでも危ないと思ったら身の安全を優先して構わないからね?』」
それはある意味、身を守る為なら人を傷付けたり殺しても良いとも取れる発言だ。
凛に勿論そのつもりがないとは言え、少しでも早く片付けようと決めた紅葉には効果覿面だった。
「『ありがとうございます。今のお言葉でやる気が一層出て参りました。それでは、行って参ります。』」
その言葉を最後に、紅葉とのやり取りを終えた。
それから、ガイウスの屋敷にある執務室へ到着した凛達は、ガイウスと再会。
そこで凛の屋敷ならともかく、サルーンへ来る度に冒険者ギルドを出入りしては色々と不味いとして応接室の一角にポータルを設置する事となった。
新たに設置したポータルでランドルフ達を迎えに行き、馬車で移動しながら事情を説明。
ランドルフ達も分かって貰えたらしく、彼らから了承を得られた。
そして一行が冒険者ギルド前に向かうと、商業ギルド員やダニエルが。
それと先程は疎らだった一帯も、今は埋め尽くす程の大人数へと変わっていた。
彼らのほとんどは前回のバーベキュー経験者で、今回もしっかりと楽しもうと思っている者達だ。
彼らはつい先程まで酒場等で適当に時間を潰していたのか、何割かはほろ酔い状態だった。
気になった凛が酒場に入ってみた所、バーベキュー開始時前前の今でも多くの客で賑わっているのが窺えた。
「ナーさんさん、凄く忙しそうですね…。」
「だからナーさんさんは止めろと…まぁ良い。本格的に運用を開始した昨日から忙しさが極まってな。そのおかげでご覧の有り様って所だ。これでガンマ達がおらず、ベータだけだったらと思うと…正直どうなっていたのやら。」
そう言うナザーロフは、汗だくながらもどこか嬉しそうだった。
2日間のデータ集めを終えた昨日。
ナザーロフが客達と協議した結果、全ての酒に銅板数枚以上の価値が付いた。
また、物によっては銀貨でも惜しくないと言う者も。
ただ、その金額ビールやチューハイはともかく、グラス1杯分のお酒が…だ。
これがヴィンテージだったり、良質な素材を使った物ならまだ話は分かるが、日本のコンビニ等でも千円二千円するかしないか位の品質だ。
凛は昨晩ナザーロフからその話を聞き、流石に高いとの理由から一律銅板1枚に決め、値段に見合った量を提供する形でその場を収めた。(ビールなら350ミリ1本分、ワインとウイスキーなら大きさの違うグラスで1杯と言う感じ)
その後もナザーロフと談笑している内に、開始まで後5分となった。
凛は挨拶もそこそこに、酒場の外へ出る。
それからすぐにバーベキュー開始時間となった。
ガイウスがアルフォンス達警備の後ろに立つ形で挨拶し、その途中でランドルフ達を紹介。
これに、客達が騒然となった。
ランドルフが治めるスクルドは、死滅の森に近い辺境と言う意味ではサルーンと同じ。
しかし片やギリギリ街、片や大都市と。
規模が全く異なり、もうすぐ侯爵とも、辺境伯になるとも噂されている。
客達はまさかその様な大物がここにいるとは思わなかったものの、フォレストドラゴンの噂を聞けば仕方ないと判断。
大体の者達が納得の表情を浮かべる。
もしくは、ガイウスの合図と共に焼かれ始めた具材の音で我に返る者もいた。
前回は網でだったのが今回は鉄板、しかも玉ねぎ、キャベツ、パプリカと言った野菜が加わっている。
客達は『何故野菜?』とか『野菜いらなくない?』と思っている内に、肉を焼く良い臭いが周囲に広がっていく。
フォレストドラゴンの肉を凝視したり、臭いにやられて生唾を飲む者がほとんどを占める中、凛は一緒に炒める野菜の方を注目していた。
その野菜は今日の午前中に収穫したものだ。
本来ならバーベキュー用のソースとしても使いたかったのだが、生憎時間がなかった為にまた今度となった。
作物の種を植えた土に、魔力を沢山使った水を与える。
すると、次の日には全て芽が出る等の成長の早さを見せた。
その後も順調に育ち、わずか2、3日ですぐにでも食べれる位にまで成長。
ウタル達から報告を受けた凛は彼らに収穫を頼み、この場を借りて試食してみる事に。
因みに、そこそこの魔力を注いだ水だと2日目や3日目で。
ただの生成した水だと、一昨日や昨日、作物によっては今朝になってようやく芽が出たと言うのもあった。
実験的な意味合いを込めてはいるものの、状況によっては沢山の水を使った作物1本に絞る事も検討している。
やがて、焼き上がった肉と野菜の乗った紙皿が凛に手渡された。
凛は早速一口大に切られたフォレストドラゴンの肉にフォークを差し、口に入れる。
肉にはしっかりとバーベキュー用ソースが掛かっている。
ただかなり上質な肉に対し、前回は塩胡椒で今回使用するソースは普通…言ってみればそれなりの品質だ。
ベヒーモスの時もそうだったが、肉の味にソースが負け、微妙にバランスが悪い。
「うん、美味しい。」
それでも美味い事に変わりはなく、自然と笑みが零れての感想となった。
これに周囲の人達はほんわかしたり見惚れるの2つに分かれ、シーサーペント代表の女性は口元に涎をだらだら垂らしながら凛を見る。
そんな女性に副代表の男性は呆れた視線を向ける内に、改めてバーベキューが始まった。
今回初めて口にした者はあまりの美味さに涙する者が多く、ランドルフ達も感動している様だった。
前回に引き続き今回も参加した者達は、以前食べたのとは違うとの意味で驚き、しかしすぐに楽しみ始める。
肉は噛めば噛む程、旨みが出て来る。
野菜は品質が良いのに加え、短時間で炒めた事によりシャキシャキ感がしっかりと残っている。
これは先に肉を焼き、ある程度進んだ所で一旦避けて野菜を焼き、肉を戻すやり方を行ったからだ。
そこへ濃いバーベキューソースを入れるのだから、不味い訳がない。
順番待ちする客達は、既に受け取った者達を見ながら期待に胸を膨らませ、しかし少しでも早く味わいたいとして迅速に行動。
かなり早い速度で行列が捌かれ、それに負けじと商店や喫茶店から次々に肉や野菜が補充されていく。
その様子を見た代表の女性は、このままだと自分の分がなくなるのではと判断したらしい。
半ば慌てた様子で凛の服を掴んだ。
「わ、私の分は!?」
「勿論ありますけど…貴方だけ特別扱いは出来ませんからね?」
凛の言葉が聞こえたのだろう、割と近くにいた雫がこちらを向いた。
女性はまた巨大な氷塊を出現されては堪らないと思い、体を強張らせた後に小声で答える。
「わ、分かってるわよ…。」
「それなら良いでしょう。食べ終わったら皆がやってる様にして下さいね。」
「えーーー…。」
「俺の分まですまない。」
凛は女性と男性に紙皿とフォークを渡し、女性は渋々、男性はやや申し訳なさげに受け取る。
女性は渋々の表情のまま肉を口に入れ、しかしすぐにぱぁっと笑顔に変わる。
「何これうんまああああぁぁぁぁぁぁ!!」
女性は絶叫を上げる一方、男性は淡々とした様子で「ほう。確かに美味い。」と呟いていた。
これに客達の視線が集まり、「うわ、汚ねぇ食べ方。」「見た目は綺麗なのに…。」と残念がる声や、「ちょっと、何あのイケメン」「まさかこんな所であんな良い男が見れるなんて思わなかったわ」と言った感じで盛り上がったり。
(そう言えば、ドラゴンって括りでは一緒になると思うんけど、その辺の忌避感は…うん、なさそうだね。)
凛がそんな事を思っている間に女性達は食べ終え、取り敢えずは満足したらしい。
先に副代表が行動を開始した事も相まって、きびきびとした動きでニーナ達の手伝いをする様になった。
凛はそんな彼女を見て現金だなと苦笑いを浮かべつつ、自身も手伝いを再開する。
「そこまでだ!!全員その場から動くな!」
それから30分程ガイウスやランドルフ、ダニエルと話をしながら手伝いをして時間を過ごした所、その様な声が届けられた。
全員が声のした方を向き、先程叫んだ人物…アダム・フォン・ガストン子爵に注目が集まる。
「動くなよ!良いか、貴様等!その場から絶対に動くんじゃないぞ!」
(これは、実際は動いても良いって前振りとか…な訳ないか。)
凛はアダムが多数の兵士を連れ、叫びながらこちらへ向かって来るのを見つつ、そんな事を思っていた。
客達、それと準備する側であるニーナ達も動きを止め、アダムの叫び声と肉や野菜を焼く音だけが辺りに響く。
「さて、試食をさせる催しがあると聞いて来てやったが…まさかまたバーベキューに出会えるとはな。まぁ、これはこれで有りと言う事にして。」
そう言って、アダムは居住まいを正す。
「これからは私の指揮に従って貰う。」
「アダムさん。先日もお話しましたが、何故貴方の言う通りにしなければならないのですか?」
「私をさん付けで呼ぶなぁぁぁぁ!!…失礼。先日は遅れを取ったが、今は違う。何せ、兵の数を倍以上に増やしたのだからな。」
アダムは凛を睨み付けながら叫んだ後、したり顔となる。
アダムが連れた兵達は100人近い。
なので数だけで言えば多そうに見えるのだが…ほぼ全員が疲れており、とても戦闘どころではない様に思えた。
アダムは終始馬車の中で寛いでいるのに対し、兵達はずっと歩いての移動だったからだ。
勿論食事等で休む事はあるが、休憩と呼べるのはそれだけ。
つまり、そう言った休憩を除けばひたすら歩き続けてサルーンに来た形となる。
アダムは前ばかりを見ている為に気付いていない様だったが、兵達からすれば今すぐにでもへたり込んだり、寝てしまいたい気持ちで一杯だった。
「それと今の問いだが…私がこの中で1番偉いからに決まってるだろう。」
「そうか?上には上がいると思うが。」
「私は子爵だぞ?この辺りで私より立場が上の者などおらぬわ。」
「ほう。随分な自信だな。」
「黙れ。…と言うか、誰だ?先程からこの私に向かって舐めた口を利くのは。」
「私だが?」
「は?貴様、一体何を言って…。」
そう言って、アダムはそれまでずっと見ていた凛から、声のする左方向へと視線を移す。
すると、そこには笑顔のランドルフが立っていた。
ただ、顔は笑みを浮かべるものの目は全く笑っていない、そんな笑顔でだ。
これにアダムは上手く事態が飲み込めないどころか、まるでフリーズでもしたみたく固まってしまう。
「どうやら私が誰か分かって頂けた様だな。では、聞かせて貰おうか。貴公が私よりも上だとの説明とやらを…な。」
「ジ、ジジジジジジラルド伯爵がどうしてこんな所にーーーーーー!?」
ランドルフがにやりと笑い、アダムは目玉が飛び出る程に驚いてみせるのだった。




