66話
「凛殿。」
「…ん?あ、はい。何でしょう?」
「凛殿達は此度の戦いで新たな土地を手に入れた。」
「そうですね。」
「今後はそこに拠点を変えるのか?」
「はい。森の中でしたらどの国にも属さないですし、ガイウスさん達へ迷惑を掛けずに済むのではと思いまして。それに歩いて1時間位の場所なので、連絡も取りやすいと言えば取りやすいのは大きいかと。」
凛の答えを受け、住む場所が変わろうとも関係は途絶えない。
彼の心意気にガイウスは嬉しくなり、破顔。
「そうか。ならばこれからも宜しく頼む。」
「こちらこそ。」
にこやかに凛が応え、美羽とゴーガンも笑顔となった。
「凛殿にはいらぬ心配だと思うが…森は危険が多い。決して無理をするでないぞ?」
「僕達は強くならなけばいけない理由があるので、多少の無理は沢山すると思います…が、それで美羽や仲間達が傷付き、ましてや倒れてしまっては意味がありません。皆で協力し、可能な限り万全を期すつもりです。」
「そうか。ならば俺から言う事は何もないな。」
「いえいえ。わざわざありがとうございます。」
「うむ。ところで…先の回復魔法についてだが、他に使うところを見られた経験は?」
「? いえ、見られたも何も使用したのが初めてですし。」
「ならば良かった。出来ればあまり人前で行使しないで欲しいと思ったものでな。」
「それはどう言う…。」
「女神教関係者に知られたくないからだよ。」
「女神教…?」
「そうだ。必ず厄介事に巻き込まれると目に見えているのでな。」
凛は2人の答えに困惑。
嘗てマクスウェルが告げた内容はコレかと思いを馳せ、美羽が悲しげにこちらを見ているのを察知。
優しい目付きで頷き、少し尖らせたものに変化させてからガイウス達を見やる。
「…つまり、お2人は怪我等で困っている人達を見捨てろと言いたいのですか?」
「それは違う。」
「2人はギルドに来た時、何かおかしいと思う点はなかったかい?」
「ギルドに来た時?」
「…そう言えば、怪我人を介抱しているのは冒険者や街の人達だった。」
「あ、確かに。しかも使っていたのは水・風・土の回復魔法…。」
「「光属性の使い手がいない!」」
凛と美羽は同じ結論に至ったらしく、互いに顔を見合せて告げた。
「あれ?となると、話に出た女神教って…。」
「自分の国以外だと、大都市にしか教会がないとか?」
「いや、この街にも教会の建物はある…いや、あったと言うべきか。中身は空だが。」
「中身が空…?」
「うん。あそこには司祭どころか、今は神父もシスターさえいない。だから回復手段が限られててね。僕達も困ってるんだ。」
ゴーガンのどこか棘のある物言いに、凛達は再び困惑せざるを得なかった。
2人によると、女神教教会そのものは世界中にあるが、維持する為には都市、街、村ごとに定められた寄付(と銘打った上納金)を支払わなければならないらしい。
支払いは年に1度司祭が取り立てに来た時に行い、払えないのが分かり次第、数日の内に撤退。
再び来て欲しい時は神聖国の首都である聖都まで支払いに向かう必要があり、定められた金額の倍。
下手すると数倍を収め、ようやく重い腰を上げたとの事例も。
加えて、移動等に掛かる費用もこちら側が全て負担しなければならないとか。
普通ここまですれば世界中から反感を買いそうなものだが、光属性に適性がある者のほぼ全員が属しているのが教会。
その教会を仮に敵へ回した場合、回復魔法を受けられないのは勿論の事。
他国や自国の者からも圧力を掛けられ、攻撃対象となるだけでなく教会の下位組織である女神騎士団を仕向けて来る可能性も高い。
彼らは仮令手足を失おうが回復出来る術があるからか、他の国と比べて練度が高く精鋭揃いだと言われている。
故に、搾取されると分かっていても従わざるを得ないのが実情なのだそう。
「そうでしたか…。」
「因みに、さっき凛殿が使った回復魔法。あれを教会に頼んだ場合、良くて金貨か金板。場合によっては白金貨ですら応じない可能性もある。」
「…それ、あんまりじゃありません?」
「であろう?斯様な守銭奴に凛殿を渡したくない。俺で出来る事であれば、何でもするつもりだ。」
「ガイウスはああ言ってるけど、本当は凛殿に少しでも恩を返したくて仕方がないんだよ。さっきも凛殿を気遣って箝口令を敷いてたしね。」
「え、そうなんですか?」
ゴーガンに言われるまま凛が見てみると、ガイウスが逃げる様にして明後日の方を向く。
彼の頬と耳は真っ赤に染まり、それが照れ隠しだと誰の目にも明らかだった。
尤も、わざとらしい咳払いで強引に話を戻されてしまったが。
「ごっほん。話が逸れたな。先程、凛殿は回復魔法だけを行使した様に見えたのだが…。」
「あ、はい。そうですね。使ったのはエリアハイヒールだけです。」
「だとすると、不審な点が1つある。」
「と、言いますと?」
「あの場には、ゴブリンボウマスターが使った毒矢による効果で毒状態の者がいてね。しかも中々に強力だった。治すには(光系)初級魔法のアンチドートを長めに掛けるか、中級魔法のリカバーが別に必要になるはずだ。」
「だが、凛殿は1回で全てを済ませた。更に言わせて貰えば、傷の治りが早かった様にも見える。」
「…凛君、君は一体何者なんだ?」
ガイウスは信頼を、ゴーガンはすっと目を開いての険しい視線を凛に向ける。
その間、凛は難しい表情で回復魔法の効果が上がった理由を考えていた。
「そうか、分かったぞ!」
やがて答えに辿り着いたらしく、はっとなって出た凛の叫び。
これにより、美羽、ガイウス、ゴーガンの3人がビクッと体を強張らせた。
凛は驚かせた事に軽く謝罪を行った後、元々自分は戦いとは無縁な世界で暮らしていた事、
自分の姉がこの世界の創造神…つまり女神と呼ばれる存在である事、
街の近くに降りる前は神界におり、そこで白神と呼ばれる者と姉に体を弄られたのが原因でデミゴッドになった事。
2柱からそれぞれ加護を得、その加護が今回良い方向に影響を及ぼしたのではと語る。
2人は自分達が思った以上に話のスケールが大きくなり、最終的にぽかんとした表情に。
しかし、凛と美羽が人間にしか見えない為に半信半疑となり、凛が無限収納から取り出した刀(玄冬ではない)で指に切り傷を作り、血が出ていない様を実見。
納得する以外に選択肢は与えられなかった。
「…ゴーガンよ。ひょっとして、我々はとんでもない過ちを犯し続けていたのではないか?」
「うん。未だに信じられないけど、もし本当だった場合、不敬どころの騒ぎじゃないよね。半分とは言え、本物の神様が目の前にいる訳だし…今なら空を飛んだり魔物を人に変えると言われても納得出来る気がする。」
「確かに。ならば詠唱もせずに魔法を発動━━━」
「あ、それ全部僕がこっちに来てから用意した能力です。」
2人は顔を青くしながら小声で話し合うも、見事に筒抜けだったらしい。
色々と言いたそうな表情を凛に向け、微笑で返される始末。
それから10分程時間を掛けて2人を宥め、様呼ばわりを阻止。
殿や君付けで定着させ、口調も今までと同じに。(ゴーガンはかなりの渋面だったが)
或いはエルマ達で懲り、強面のおじさんに泣きつかれても…と思ったのかも知れない。
更に10分程時間を掛け、凛は空間収納が実は容量無制限の無限収納だとか、スプリガン達やオーガキング達の解体もお願いしたい旨を説明。
2人は物凄く疲れた様相で溜め息をつき、改めてとんでもない知り合いが出来たものだと苦笑いを浮かべる。
因みに、美羽は魔力で構成された魔力生命体。
それと光系魔法が使える繋がりで仲間に天使がいると伝え、こちらにも驚かれた。
「全く、寿命が縮まるかと思ったぞ…。」
ガイウスは深い溜め息をつき、ゴーガンが同意とばかりに微苦笑。
「『俺はサルーンを大きくするまで死ぬ訳にいかん』が君の口癖だもんね。」
「ああ。幸い、凛さm…凛殿からフォレストドラゴンを始めとした差額分を頂けるからな。街の発展に充てるつもりだ。」
「ガイウスさんは街を大きくしたいのですか?」
「ああ。俺の親父が前の街長だったのだが、数年前に亡くなってしまってな。急遽呼び出された為、冒険者を辞めるしかなかった。跡を継いだ当時から大して変わっていないが…いずれは都市にまで発展させたいと思っている。今回の収入を足掛かりにすれば、或いは…。」
「でしたら、僕と手を組みませんか?」
「手を…?」
「はい。僕がいた世界に魔法はありませんが、創意工夫して出来上がった道具や料理があります。」
「「料理。」」
2人は料理と言う単語から、昨日の海鮮あんかけチャーハンを思い出したのだろう。
声をハモらせ、凛はクスリと笑いながら話を続ける。
「料理も勿論ですが、持ち運び出来る携帯食や道具類を世界中に広げられたらと。」
「けど、20年近く王都で過ごしていた僕達でさえ、昨日のは初めてだったんだ。どれ位の年月や手間が必要になるやら…。」
「それなら大丈夫です。僕の能力の1つに、ある程度の品質でしたら複数同時に再現出来るものがあります。」
「ほう。」
「この世界でも十分役に立つと思いますので、後は普及出来る場所があればなーと。」
「それで手を組む、と…因みにだが、役に立つとは例えばどの様なものがあるのだ?」
「そうですね…こちらはライターと言いまして、野営等で火種になる道具です。」
凛は無限収納からライターを取り出し、自身の目の前でシュボッと火を点けてみせた。
「こちらは缶詰め…肉、魚、果物に味を付け、金属で出来た容器で保存したものになります。こちらはお湯で温めて食べるレトルト食品、それと野営等で活躍する十徳ナイフですね。
そしてこちらはペットボトル飲料と呼ばれるもので、水分を補給したい時に蓋を回せば飲める仕様となってます。十徳ナイフを除くのと、後は条件にもよりますが、これらは開封さえしなければ口に出来る期間が半年から1年程と長く、少し多目に買ってしまったとしても無駄にはなる割合は低いかと。」
肉、魚、果物が味付けされた缶詰、
レトルトのミネストローネやクラムチャウダーのスープ、
十徳ナイフ、
水と紅茶の入ったペットボトルを凛は無限収納から次々に取り出し、机の上に並べていく。
「「…………。」」
ただガイウス達側からすれば、机の上に並べられたのは当然見た事がない物ばかり。
互いにアイコンタクトでどうすべきかを探り合うも、中々結論が出ずにいる。
そうこうする内に、下の方が何やら騒がしくなって来た模様。
思考の海から浮上したガイウス達が扉の向こうに意識を向け、近くから「あれ…?この声、もしかして…」との呟きが。
見れば凛が固まっており、不思議そうな面持ちの美羽が彼に尋ねようとして口を開いた直後、いきなり駆け出した。
何事かと思った3人は顔を見合わせるも、やはり分からない。
首を傾げ、左右に振って意思表示し、急いで追い掛ける。
凛が冒険者ギルド1階に戻ると、受付のカウンターから1番近いテーブルに何故か火燐と雫がいた。
2人は椅子に座り、アルフォンスと楽しそうに話をしている。
「火燐!それに雫まで!」
「よー、凛。」
「来ちゃった。」
「いや来ちゃったて…どうして2人はここに?」
凛、それと遅れて来た美羽が驚きを露にする一方。
椅子に座ったまま、火燐と雫は軽く手を挙げる等して返事。
「なに、ちょいとばかり土産と土産話を持って来たんだよ。」
火燐は向けられた問いににやりと笑い、そう答えるのだった。




