63話
そのハンバーガーを作成したのは凛。
彼は味を見たりしたが、それでも1口分とかだ。
今のトーマス達みたく、体に変化や違和感が起きるなんて事は一切なかった。
だからなのだろう。
凛は自分と火燐に変化はないのに、どうしてトーマスやサム等の男性達はああも変わってしまったのか、と。
難しい顔で首を傾げる。
「凛、こいつぁすげぇぞ。食えば食う程強くなる。」
ナビは敢えて凛に伝えていなかったが、ベヒーモスの肉は滋養強壮…その中でも特に、筋力と魔素を増強する効果があった。
ただ、衰弱している者には少々刺激が強く、酷い時はショック死する場合もあるとして不向き。
だがそれでも健康体、かつ神輝金級未満の者であれば問題ない。
更に言えば、ランクが低い者程その効果が期待出来る。(例えば、鉄級の者なら食べた次の日には鉄級中位から上位の強さで落ち着く…みたいな感じに。)
なので、体が大きくなる面を除けば、非常に有用性のある食物と言えるだろう。
「? 良く分からないけど、つまりトーマスさん達はハンバーガーを食べてあんな感じになったって事?」
「そうだ。で、ああなりたくないって理由で流れて来たのがこれだな。実際、悪い例もそこにいるし。」
話しながら、火燐はテーブルに置かれたハンバーガーの山を見下ろし、左の親指で左方向を指し示す。
そこには、テーブルの上に大の字で横になるミラがいた。
彼女は限界まで食べたのかお腹がぽっこりとし、満足げな笑みを浮かべている…のだが、良く見ると彼女の両手足はムッキムキになっていた。
その可愛らしい見た目からはとても似つかわしくない位、何ともアンバランスな状態に。
そのすぐ近くでは、男性達みたく上半身がマッチョに…それもはち切れんばかりにシャツを張らせ、(自動換装スキルのおかげか)絶妙なギリギリ加減を保つ藍火がいた。
彼女はひたすらハンバーガーを食べ進めており、周りにいる女性達からドン引きの表情で見られるも、全く気にする素振りを見せない。
藍火は魔物故に羞恥の類いがほとんどなく、むしろその辺の事は全く考えていない様だった。(羞恥心がないと言った意味では、キラキラとした視線を向けながらもニーナに押さえられるナナも同類かも知れないが。)
藍火は火燐より食事の量は少し落ちるが、それでも10人前なら平気で平らげる。
そして食べるだけで強くなれる、その一点にしか意識を向けていない事も、ここまで肥大化が進んだ要因となった。
「「うわぁ…。」」
これには流石に凛と美羽も引き、反対にガイウスは女性でもあそこまで大きくなるのかと興味ありげな視線を向ける。
「だがまぁ…凛、美羽、雫、翡翠、楓なら特に問題はないと思うぜ。」
周りを見渡し、頷きながら断言する形で火燐が告げた。
「? どうしてそう思うの?」
「まず、オレ達は違う理で構成されてるってのが1つ。」
凛、美羽、火燐、雫、翡翠、楓の6人は、厳密に言えば生物ではない。
精神生命体やエネルギー生命体と呼ばれる様な存在で、今の姿を象っているだけ。
なので彼らには筋肉と呼べる部位がなく、筋力増加の影響も当然受けないとの結論に至る。
「確かに。」
「そんで2つ目だが…恐らくベヒーモスの強さに達してるかどうかで分かれるんじゃねぇかと思う。」
「その根拠は?」
「丁度良い例がいる。」
火燐が丞に視線を向けた事で、彼に全員の視線が集まった。
「見ての通り、丞は丞のままだ。変化が起きた様子が全くねぇ。他の奴らみたく、ハンバーガーを丸ごと1個食べたにも関わらず、だ。」
丞の座るテーブルの上には、ハンバーガーが乗っていた皿と正方形の紙はある。
しかし肝心のハンバーガーの姿はどこにもなく、また彼の見た目も変わっていなかった。
丞の近くには女性だけが集まっており、わざわざ隠したりその中の誰かに渡したとは考えにくい。
「丞の強さは皆も知ってるだろうし、他の奴らとの差は比べるまでもねぇ。…ま、シーサーペント達は別な理由で食べてないみたいだが。」
丞は寡黙で目立たない性格をしているものの、実は魔法を一切使えないと言う点を除けば物凄く器用だったりする。
主な武器は大剣や棍棒、しかし凛の動きを学んだからか何でも使える。
他にも炊事、洗濯、裁縫、農作業…と、出来ない事はないのではないかと言われる位何でもこなせる。(だから凛は彼を教育係に任命し、それが切っ掛けで丞がモテる要因にもなるのだが。)
しかも強さに対して貪欲で、教育係の合間を縫う形で足繁く死滅の森に赴く程。
また暁達とは別に(凛がベヒーモスを倒して得た)魔素を回された影響もあって、凛の配下になってまだ日が浅いのに神輝金級…つまりベヒーモスより少し強い位にまで至り、火燐も彼の実力を認めている。
そんな彼の次に視線を集めたのは、虎の獣人であるキール。
キールは現在魔銀級と黒鉄級の丁度間位の強さで、やはり筋肉質に。
他にも同じくボディビルダーみたいになったトーマス、ウタル、サム…に視線が向き、最後にシーサーペント達が注目される。
彼らは天敵とも呼べるベヒーモスの肉が使われた食べ物は口にしたくないらしく、あの食い意地が張った(代表の)女性ですら全然手を付けないでいる。
「成程ね。それでベヒーモスより強いかどうかって話になる訳だ。」
「ああ。内側から力が溢れて来る感じはするが、結局の所…ああ、もう!さっきから鬱陶しいんだよボケが!!」
火燐は凛の言葉に頷きながら答えていると、途中でハンバーガーの下に敷いてあった紙を1枚手に取る。
そしてその紙を丸め、右方向にいるディックへ思いっきり投げ付けた。
「ぶへっ!」
丸められた紙はスコーンとディックの額へ当たり、そのまま後ろに倒れる。
これに全員が引き、火燐はふんっと鼻を鳴らした。
どうやら、歯を輝かせながら段々と近付いて来る彼が気持ち悪かったのと、これ以上会話を邪魔される形でポーズを取られるのが我慢ならなかった様だ。
先程の火燐の説明を補足すると、ベヒーモスより格下だと効果は絶大だが、それが同格以上になると一気に落ちる。
以降、ほんの少しだけ上昇するに留まる。
火燐とディックの影響で微妙な空気となった所へ、今まで黙っていたガイウスが口を開いた。
「…凛殿。そのハンバーガーとやらを俺にも貰えるだろうか。」
「え?一応食べて貰うつもりで用意はしましたが、その、止めておいた方が…。」
「見る限り、体が大きくなっただけで害はない様に思えるがな。それ以上に、あの災厄と呼ばれるベヒーモスの味が気になる。」
「…分かりました。美羽、お願いしても良い?」
「んー、分かった。」
美羽はやや渋々ながらも了承し、凛に促されるまま移動を始め、ガイウスが座るテーブルの上に置かれたハンバーガーを取って彼に渡す。
「…!…おぉ、これは。肉を食べている感じが物凄…ぬおぉっ!?」
ガイウスはやや嬉しそうにハンバーガーを1口齧り、赤身肉…それもヒレやシャトーブリアンの旨い部分だけをぎゅっと濃縮した美味さに驚く。
それからしばらく噛み、飲み込んでから感想を述べていると、彼の体に異変が起きた。
左腕、右腕、背中…の順番でボコッボコッと膨れ始め、場が騒然となる。
しかし他の男性達とは違い、極端に大きくなるまでに至らずに済んだ事で凛や女性陣は安堵し、反対に男性達は何故かポーズを取る形で残念さをアピールしていた。
これはガイウスが他の男性達と異なり、黒鉄級に近い強さにまでなった。
また、ハンバーガーをゆっくり味わったのも幸いし、他の者達よりも振り幅が小さくて済んだ様だ。
《マスター。ベヒーモスの肉は衰弱している方には不向きですが、健康体である場合は滋養強壮…特に筋力増強効果が臨める様です。》
「うん、情報ありがとう。けど、それをもっと早く言って欲しかったな…。」
ナビは若干嬉しそうにし、凛は今更ながらの報告にがっくりした様子で答えた。
その頃、ゴーガンとルルも朝食として渡されたベヒーモスバーガーを口にし、色んな意味で驚かれる事に。
それから、無事(?)に朝食を終えた凛達は、ベヒーモスを見たいとの理由から模擬訓練部屋に向かった。
そこでベヒーモスを出現させ、あまりの大きさや迫力に歓声とどよめきが起きる
そんな中、ベヒーモスバーガーを食べて体つきが良くなり、気が大きくなったディックやダニー達がベヒーモスに挑んでいった。
「あれ?藍火は?美羽もいない。」
凛は彼らが『うおぉぉぉぉぉぉぉ』と勢い良く突っ込んでいき、しかしすぐに『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』と盛大にやられる様を見つつ、辺りを見回す。
藍火はあの後もベヒーモスバーガーを食べ続け、真っ先にベヒーモスへ挑むと思っていたからだ。(ミラはリーリアの胸の上で食休み中)
しかし藍火どころか、いつもなら自分のすぐ近くにいるはずの美羽の姿もなかった。
「ん?藍火なら美羽と一緒に出て行ったみたいだぞ。」
「そうなんだ?なら僕はあの子達を探してみるよ。」
「分かった。よっしゃ、オレも行くぜぇぇぇぇぇっ!!」
ディック達がやられ、次にガイウス等の腕に覚えがある者達がベヒーモスへ挑み始めた。
火燐は自分も混ぜろと言った感じで突っ走り、凛はそんな彼女に苦笑いを向け、この場を後に。
「あれ?藍火が倒れてる…。」
美羽の魔力を辿って訓練部屋に移動すると、藍火がぼろぼろの状態で倒れていた。
そんな彼女に美羽が寄り添い、慌てた様子で回復魔法を当てる姿を目の当たりする。
「何があったの?まさか…。」
「マスターごめんなさーい!気が付いたらこうなってたのーーー!!」
「やっぱりか…。取り敢えず、僕も手伝うよ。」
「うん…。」
凛は泣きそうな表情の美羽の下へ向かい、回復の手助けを行う。
(いつかこうなるだろうとは思ってたけど、予想よりも早かったな。こんな事なら藍火に説明しておけば良かった。)
ごめんねと謝る美羽を見て、そんな事を思いながら。
やがて、すっかり元通りとなった藍火が目を覚ました。
「ううっ、酷い目にあったっす…。」
「藍火ちゃん、ごめんね…?」
「美羽さん、あれはとてもじゃないっすけど、自分じゃ対処出来ないっす…。」
「藍火ちゃん、あれって?」
(藍火からしたら、いつ殴られたのか分からないって感じなんだろうな。)
美羽は頭を押さえながら体を起こす藍火の言葉に首を傾げ、凛は複雑な顔を浮かべる。
昨日行った散策の際、藍火はデスグリズリーと戦い、手足だけを龍に戻すと言う試みを行った。
しかし相手の方が格下と侮ったのか、或いはシンシアに対する気持ちが逸ったのかは分からないが、時間が経つ毎に頬や腕等に切り傷が増えていった。
そこでようやく自分だけが足を引っ張る訳にいかないと本気になり、手足だけを龍に戻す部分龍化に成功。
更に青い炎を纏わせた右手でデスグリズリーの心臓部分を貫き、辛勝と言う結果に終わる。
そして火燐からベヒーモスバーガーを分けて貰い、強く大きくなった今ならベヒーモスでも勝てると思い込むも、|実物《凛が顕現させたベヒーモス》を見て一目で敵わないと悟った。
藍火は悔しくなり、凛に意見を仰ごうとしたが、質問を受ける等で忙しそうにする彼を見てすぐに断念。
視線を美羽に移し、素手で戦うのは見た事ないが、凛と訓練する時はよく足技を使っている事を思い出す。
また、美羽は凛の次に強く、自分が強くなれる切っ掛けになるかもと彼女に頼み込んだ。
「美羽さん!自分に指南して欲しいっす!」
「えぇ…?ボクは止めといた方が良いと思うんだけどな…。」
「そこを何とか頼むっす!自分、今本っっっ当に困ってるんすよ!」
「…分かった。でも、ちょっとだけだからね?」
「助かるっす!」
と言った感じで、渋々ながらも承諾を得た藍火は、美羽の手を取る形で訓練部屋に移動。
部分龍化は発動しなかったものの、最初から自分よりも格上と相手をしているとの意識から、藍火の調子が少しずつ上がっていった。
これに美羽もやる気に火が点き、あっという間に緊張感漂う戦いへと変化。
それが功を奏し、藍火は両手の部分龍化が再現出来たと喜んだ。
しかし視線を両手から美羽に戻してみると、彼女は何故か俯いている状態。
藍火は不思議に思いながらも、ここは好機とばかりに右の拳を繰り出した。
美羽の左頬へ向かった拳はあっさりと払われ、これに藍火は少しムッとなり、再び攻撃を仕掛けようとする。
すると突然、腹部に衝撃を受ける形で後方へと吹き飛ばされた。
藍火は呻き声を上げ、空中でどうにか体勢を整える形で着地。
腹部に左手をやり、鈍い痛みを我慢しつつ、いつの間に殴られたのかと考えながら美羽を見る。
美羽は未だ俯いたまま。
しかし先程まで無音だったはずが、しゅ…しゅ…と音が聞こえ始めた。
藍火は何の音?と周囲を見回し、次に美羽を見てみた所、彼女の周りに無数の拳の残像らしきものが見えた。
藍火は幻覚でも見ているのかと目をぱちくりさせ、ごしごしと擦ってみる。
そして改めて美羽を見て、何もない普通の状態に戻っていた事から、さっきのは一体何だったのだろうと不思議そうにする。
「み………。」
「み?」
美羽は尚も俯いたまま何かを呟き、藍火は上手く聞き取れなかったとしてゆっくりと前に歩き出す。
すると美羽が目をクワッと見開きながら顔を上げ、これに藍火がうおっ!と言って体を仰け反らせる。
「みっうみうにしてやんよおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「なっ!?ちょっ!ぎゃああああぁぁぁ!!」
そしてボボボボッと音を立て、某ゴム人間の○ェットガ○リングみたく無数の拳を繰り出して来た。
しかも一気に距離を詰めた事で藍火は対処が遅れ、ぼっこぼこにされてしまう。
その後も美羽は藍火をみっうみうにし、やがて左手で胸ぐらを掴み、右手で殴ろうとする場面で我に返る。
藍火の左頬は酷く腫れ上がり、他も中々に悲惨な状況だった。
それを見て真っ青となった美羽は急いで回復魔法を掛け、少しした所で凛がやって来たと言う流れになる。
「僕がきちんと美羽の事を伝えていれば、こんな風にはならなかった。ゴメンね藍火…。」
美羽は凛に次いで素手の戦いが強い。
強いのだが…美羽は素手に限り、訓練や戦いによって気分が高まると、何故か『暴走』してしまう癖がある。
暴走状態になった場合、普段の彼女からは想像出来ない様な凶暴性が露になる。
しかも本人が満足するまで暴走は続き、現段階では凛しか対応出来る者はいないが、逆に言えば素手で戦わなければ良い。
いつも美羽が行うみたく、双剣と足技なら全然問題ない。
なので、凛は彼女から素手で訓練したいとおねだりされる度に上手くはぐらかしていた。
「いやっ、調子に乗った自分にバチが当たっただけっす!けど当分の間、訓練の相手は主様だけでお願いするっす…。」
「藍火ちゃん、本っ当にゴメン!」
藍火は凛の言葉を否定しつつ、素早く彼の後ろに回り、やや怯えた顔を美羽に向ける。
そして両手を合わせて謝る美羽を見ながらすすす…と凛の背中に隠れ、これに美羽がショックを受け、がくりと落ち込んだ。
(にしても、手足だけを部分的に魔物へ戻すか。出来るなら早いに越した事はないだろうし、今の内にまとめて教えた方が効率的かな?)
一方、その様に考えた凛は、念話越しに紫水、琥珀、瑪瑙、灯をこの場に呼び、時間になるまで必要な箇所だけを魔物の姿に戻す訓練を行った。
その結果、5人はある程度調整が利く様になる。
それに加え、紫水は掌からス○イダー○ンみたく糸を伸ばしたり、ぶつかると網状に広がる球の糸を。
琥珀と翡翠は、薄いながらも切れ味鋭い羽に、(凛から補助を得て)相手を麻痺状態に出来る針の生成と。
凛から褒めて貰いたい一心で凄く頑張った。
凛はキラキラとした瞳をこちらへ向けて来る紫水達にほっこりし、良く出来ましたとの意味を込め、彼らの頭を撫でる。
「マスター。ボクも撫でて欲しいなー?」
「あ、それなら自分もお願いするっす。今はひたすら慰めて欲しい気分っす。」
くすぐったそうにする紫水達が羨ましくなったのか、美羽と藍火が頭を差し出して来た。
「…分かった、2人がそう言うのなら撫でさせて貰うよ。(良いのかなぁ…。)」
「「えへへ(っす)…♪」」
(まぁでも2人共嬉しそうにしてるみたいだし、取り敢えず良いって事にするか。)
凛は複雑な笑みを浮かべながら2人の頭を撫で、紫水達が自分達も言わんばかりに抱き着く。
「え、何これ…。」
そこからアピール合戦へと発展し、やって来た灯は何とも言えない表情で呟きを漏らすのだった。




