44話
1時間後
凛が用意した部屋にて、様々な属性の初級、或いは中級の魔法が放たれていた。
これらは篝を始めとした狐人達、ニーナ達、ジェシカ達で、全員が汗だくの状態だ。
しかし魔法を放つのが楽しくて仕方ないらしく、誰1人として止めようとはしない。
「おーおー、やっぱこうなったかー。」
美羽達やエルマ達、紅葉達を連れる形でやって来た火燐は、辺りを見渡しながらやや呆れた表情でそう漏らした。
先程篝がフレイムスピアを発動した、その瞬間を部屋に到着したばかりのカリナとナナが見ていた。
篝の次に並んだカリナは炎を、その次に並んだナナは炎と水の加護をそれぞれ獲得。
ニーナから一緒に行って欲しいとの事で、手を繋ぎながらの状態となる。
篝は楽しそうな笑みを溢し、カリナは詳細を求めようと凛の下へ向かった。
それからしばらく、篝は笑顔で初級のファイアボールやファイアアロー、中級のフレイムスピア、フレイムウォール、バーストを正面に放ち続けた。
その間、カリナと凛は彼女の後ろで超効率化等の話を行い、更に加護を受け終えた者達が次々と凛達の後ろに到着。
絶えず魔法を放つ篝を見て唖然するまでが一連の流れとなった。(ただし、元々初級の魔法なら使えていたリーリアやキールは特に驚きもしないで訓練に臨んでいる)
と言うのも、篝、エルマ、イルマの様に種族毎で得られる場合も含め、生まれた時点で適性の有無がほぼ決まるからだ。
農作業等の生活環境で得られるケースもあるが、魔法を放つまでに至れるのはほんの僅か。
だが、火燐達の加護はそれを無視し、上げれる限界まで適性を引き上げる。
その為、属性の適性が全てにおいて皆無…とかでさえなければ、初級魔法位なら放てる様になる。
因みに、篝は今朝まで銅級の魔素量しかなく、ファイアボールを5発撃つのが限界だった。
だが先程、凛が篝の腕を握った際に加護付与や適性がどう上がったのかを調べ、超効率化スキルとアルファを通じて得た魔素の付与を行った。
現在は金級に近い銀級まで魔素量が増え、魔素や魔法を使う際に用いられる魔力回路の通りが良くなった。
それにより負担が軽減し、超効率化が加わる事で魔力の消費がかなり抑えられ、(ナビが凛に内緒で超効率化スキルに組み込んだ)魔力自動回復スキルの効果も相まって、実質撃ち放題に近い状態となる。
そうしている内に超効率化付与等の作業を終えたカリナとナナも魔法を撃ち始め、我に返った者達から順番に、自分も篝達みたくなりたいとして凛の所へ殺到。
やがて全員が『ナビの恩恵』(凛命名)と称した超効率化等を施され、ナナは鉄級、ニーナ達、ウタル達、サム達は銀級、カリナは魔銀級を越える強さにそれぞれ成長する。
更に、カリナはこれから人材確保や情報収集を始めとした単独行動が主となる。
その為、リンク越しに遠距離移動手段であるポータル、それと改良した空間認識能力や気配遮断と言った、役立ちそうなスキルも得ている。
「皆、お疲れ様。…雫だけ何か凹んでない?」
美羽達は軽く微笑んでいるのに対し、雫だけ見るからに落ち込んでいた。
凛はそれが気になり、彼女達を労ってから雫に視線をやる。
「んとねー、雫ちゃんの所に来た人数が少なかったのが原因みたい。」
「えっと、エルマ達や紅葉達も対象だったんだよね?ならそれなりの数になると思うんだけど…。」
「…4人。」
「え?」
「私の所へ来たのは、たったの4人…。」
「それは…ごめん。」
「大丈夫…。」
加護の多い順番として、狐人達が全員が来た火燐がダントツでトップ。
次いで、土に良く触るからと言うのが理由なのか村人が多かった楓、その次に翡翠、最後に翡翠の半分以下だった雫となる。
それから、火燐以外の者達で雫を宥めていると、映像水晶越しにガイウスから連絡が入った。
『いきなりすまんな。』
「いえ、どうされました?」
『そこに火燐はいるか?』
「火燐ですか?近くにいますけど…。」
『ならば話が早い。ジラルド伯爵の娘がこちらに来てな、先程から火燐を出せ出せとうるさいのだ。』
「ジラルド伯爵の娘…確かデイジーさんでしたね。もしかして昨日の件でしょうか。」
『昨日の件…?分からぬがとにかく早く頼む。』
その言葉を最後に、映像が切れた。
「オレをご指名か。なら応えてやらねぇとな。」
「あ、火燐!皆、ごめんだけど後をお願い。行くよ美羽。」
「はーい♪」
凛と美羽はいなくなった火燐を追おうと、ポータルを潜っていった。
ガイウスの屋敷に到着後、3人は執務室に案内される。
「来て頂き感謝する。」
「なんとなくこうなる気はしてたぜ。んで?デイジーは隣にいるんだろ?」
「…やはり分かるか。」
「そりゃあんだけ騒げばな。廊下にまでギャンギャン響く位だし。」
「ジラルド伯爵は息子が3人いるが、娘はデイジー1人。しかも末っ子でな、かなり甘やかされて育ったらしい。」
「なーる、そりゃ納得だわ。さ、て。そんじゃ、感動のご対面といきますかね。」
火燐はにやりと笑い、部屋を後にする。
「…どこに感動の要素が。」
「さぁ…とりあえずボク達も移動しよう。」
凛達が隣の部屋に移動すると、高そうな服に身を包み、オレンジ色の髪を肩上まで伸ばした17歳位の少女がいた。
どうやら彼女がデイジーらしく、火燐を指差しながら何やら叫んでいる。
彼女の後ろには、従者と思われる男性2人が控えており、火燐はにやにやと笑うだけで動く素振りはない様だ。
凛達は暴力沙汰に至っていないと安堵の息を漏らしつつ、取り敢えず静観する事に。
デイジーは顔を赤くしながら、いかに自分が優れているかを話し続けた。
次いで、そんな自分を辱しめたのだから、周辺一帯に火燐の居場所がなくなるのも時間の問題。
最後に、それが嫌なら自分の護衛になれと良い放った。
「…つまり早い話、火燐をスカウトしに来た、と。」
「そうよ!」
「アホか。何でお前みたいな奴の所に行かにゃならねぇんだよ。」
「あ、アホ…?」
「そもそも、付いて行くメリットが見当たらねぇ。」
「メリットって、私は伯爵家…。」
「それは昨日聞いた。」
「うぐっ。」
「オレが言いてぇのは、生活環境が今よりも劣るんじゃねぇかって事だ。」
火燐の物言いに、デイジーは自らの食事事情や支払う給金を伝えれば折れるだろうと捉え、ふふんと得意げになる。
「ならば聞いて驚きなさい。昨日のディナーはワイバーンのステー━━━」
コトッ。
デイジーが言い終えるよりも先に、1枚の白い皿がテーブルに置かれた。
置いたのは火燐で、皿に茶色いソースが掛かった分厚いステーキが乗っている。
「これはアースドラゴンの尻尾を使ったステーキだ。」
『アースドラゴン!?』
デイジーや従者達、ガイウス、メイド、それに美羽までもが驚いた表情でステーキを凝視する。
「いつの間に…。」
「ソースは(無限収納内に)それっぽいのがあると分かってたんだよ。後は、オレが以前倒した奴をちょちょいっとな。」
昨晩、火燐は屋敷の敷地内へ向かい、ナビに自分が倒したアースドラゴンを出すよう伝えた。
ナビはそれに応え、出現したアースドラゴンの尻尾を大剣で斬り落とし、再び本体部分を無限収納に戻す。
そして右手に持った大剣で尻尾の一部分を斬り、それを左手で生成した炎で焼いて食べると言う1人バーベキューが始まった。
火燐はしばらく斬っては焼くを繰り返し、コーラと共に楽しんだ。
「成程。」
「ステーキとコーラの組み合わせは最高だったぜ。」
「コーラか。僕はやった事がないから分からないんだけど、肉をコーラに浸けると柔らかくなるらしいね。」
「マジか!?今度やってみるわ!」
そんな凛達のやり取りを、ガイウス達は「コーラとは一体何だ?」と言わんばかりの表情で聞いていた。
「ってな訳で、だ。こいつは残りもんではあるが、うちの食事は基本的にこれ位か、少し下になる。」
「…! ならば、給金を相場の5倍…いえ10倍出しますわ!」
「こいつ程度なら軽く倒せるオレが、金に困っていないとでも?」
「くっ。…!もしかして、一昨日フォレストドラゴンの肉を振る舞ったと言う話は…。」
「オレ達の事だな。」
デイジーはその場に崩れ落ちた後、悲しみの余り体を小刻みに震わせながら泣き始めた。
従者達はデイジーを宥め、ガイウスは頭が痛そうな顔をしている。
「もー火燐ちゃん。女の子を泣かせちゃダメだよー?」
「と言うかさ、わざとやってるでしょ。」
『…え?』
美羽を含めた全員の視線が、凛と火燐に向けられる。
「火燐、藍火や篝をからかう時と同じ顔をしてたよ?大方、返って来る反応が面白いからとかが理由だと思う。」
「…良く見てやがる。こりゃ、凛に隠し事は出来そうにねーなー。」
火燐は降参とばかりに両手を挙げ、凛の後ろから「全然気付かなかった…」との呟きが聞こえる。
「つか、さっきのを言いにわざわざ来るとか、オレの事を好き過ぎかよ。」
火燐のこの言葉にデイジーはわなわなと体を揺らし、「お、覚えてなさーーーい」との捨てゼリフを残し、去って行った。
その後ろを従者が「お嬢様ーー」と叫びながら慌てて追い、部屋には静寂と火燐の「マジかよ…冗談のつもりだったんだが」との呟きだけが残された。
凛達はガイウスと軽く挨拶を済ませ、部屋を後にする。
その際、火燐がステーキを回収するのをガイウスは残念がった。
見兼ねた凛は「後で仕事が終わった時にでも飲んで下さい」と言いながら、高さ10センチ位の茶色い瓶を置く場面も。
凛達が屋敷の玄関に戻ると、何故か小夜がそこで待っていた。
凛達は軽く驚いて理由を尋ねた所、自分位しか手の空いている者がいないからとやや落ち込み気味に伝えられる。
これに凛達は不思議がるも、リビングに入った事で判明した。
入ってすぐの所にて、いかにも風呂上がりと言った感じのトーマス達が、商売についての勉強を。
キッチンでは同じく風呂上がりのニーナ達が翡翠達から、階段付近ではやはり風呂上がりのコーラル達がエルマ達からそれぞれ指導を受けている様だった。
トーマス達が勉強に使っているマニュアルは、昨晩凛が作製したものだ。
凛は取り敢えず20人分用意し、昼食時に渡すつもりだった。
しかし屋敷に残った誰かがトーマス達に渡したらしく、彼らは難しそうな表情でマニュアルとにらめっこをしている。
少しして、ニーナ達が後は自分達でやるとの事で、凛達は屋敷から100キロ程東へ離れた死滅の森にやって来た。
それから30分が過ぎた現在、凛は丁度今倒したばかりの魔物に視線を向ける。
凛の目の前にいるのは全長1メートル50センチ位の蜘蛛の魔物で、黒と茶色による迷彩模様の体が特徴。
額と思われる部分が多少波打ってはいるものの、それ以外は全くの無傷だった。
「フォレストスパイダーか…。」
この蜘蛛は銀級の強さを持つフォレストスパイダーと言い、ビッグスパイダーの進化先の1つだ。
凛は先程ワッズから得た情報を元に、どう料理すれば良いかを考えている様だ。
「凛様。こちらの蜘蛛の魔物がどうかされたのですか?」
そこへ、一足先に戦闘を終えたとカリナが声を掛けて来た。
彼女は背中まで伸ばした赤紫色の髪を揺らし、ミスリルをベースにした2本の量産品の剣を左右の腰に差している。
元々、カリナは1本の剣を両手で扱う剣士として戦っていた。
しかし死滅の森に到着して早々、凛と美羽の戦いぶりに感銘を受け、今は双剣の練習中だったりする。
「(フォレストスパイダーの事は黙っていよう。)」
凛は正直に話そうかとも思ったが、下手にハードルを上げてガッカリさせるのもとの判断から止める事にした。
倒したビッグスパイダーを収納し、首を左右に振る。
「ううん何でもない。それより、本当にスクルドへ行くの?カリナを奴隷落ちさせたパーティーメンバーと会うかも知れないんだよ?」
そして、心配そうな表情でカリナにそう告げた。
カリナは今でこそ凛に忠誠を誓う奴隷の代表格となっているが、元はスクルドを拠点とする金級冒険者だった。
今から4年程前、カリナがスクルドで銅級昇格試験を受けた際、少し歳上の女性3人と出会う。
名をエイジャ、カサンドラ、トレイシーと言い、それぞれ軽戦士、魔法使い、呪術師の役職に就いている。
エイジャとカサンドラは平凡な顔立ち、トレイシーはもう少しで20歳とは思えない見た目。
だがカリナはそんな彼女達と意気投合し、銅級に昇格後パーティーを組む事となった。
だが成長するにつれ、カリナと他の3人との間に強さのズレが生じる様になる。
カリナ1人だけが突出して強くなるのに対し、他の女性である戦士のエイジャ、魔法使いのカサンドラ、呪術師のトレイシーは銀級が限界だった。
いつしかカリナはパーティー内で孤立し、罵倒されるのが当たり前となった。
それでもカリナはいつか分かってくれると信じ、身を粉にして頑張り続けるも、最後までその願いが叶う事はなかった。
今から6日前、その日カリナ達は討伐クエストを行った。
クエストを選んだのはエイジャで、それにカサンドラとトレイシーが乗っかる形だ。
にも関わらず、エイジャ達3人はカリナの後ろを付いて来るだけで碌に動こうともしなかった。
その為、ほぼカリナ1人だけでクエストをこなす羽目に。
夕方になり、無事にクエストを終えた一行は冒険者ギルドで報告を済ませ、昔から皆で懇意にしている宿に到着。
解散後、へとへとになったカリナはすぐに借りている部屋へ向かい、前方からベッドに倒れ込む形で寝てしまう。
しばらく経った頃、カリナはふと違和感を感じて目を覚ました。
うつ伏せで寝たはずが何故か仰向けの体勢となり、3人のにやついた顔が視界に映る。
カリナはひとまず起き上がろうとするも、両手を前にやる形で縛られ、しかも指先、足先が黒ずんでいるのが分かった。
原因よりも動ける様になるのが先との考えに至り、横になったまま顔だけを3人に向ける。
「眠っている間に縛られたみたいだ。すまないが、誰か縄を解いてくれないか?」
「こんな状況だってなのに何で分っかんないかなー?」
「は?いや、ふざけてる場合じゃ━━」
「言わなきゃ分かんない?あんたはもう用済みなんだよ。」
「いい加減邪魔。鬱陶しい。」
「そうそう。だから、1週間で死ぬ呪いを掛けたの。」
「え…呪い…?何…で……。」
しかしエイジャ、カサンドラ、トレイシーの順番でそう告げられ、カリナは愕然とする。
続けて、トレイシーはカリナが熟睡していたおかげでほとんど抵抗なく強力な呪いをかけられた、
時間が過ぎる毎に呪いは進行していき、心臓に達した時点で死ぬのだとも漏らす。
カリナは「何故こんな真似をするのか?」「自分がいけなかったのだろうか?」「関係の修復は望めないのか?」と言った考えで頭がいっぱいになり、トレイシーの話が全く耳に入らなかった。
そうしている内にトレイシーから魔法で眠らされ、気が付けば既に奴隷商で売られた後だった。
カリナはようやく今頃になって3人から捨てられたのだと知り、一晩中泣き続けた。
それから5日間、様々な者達が奴隷商に訪れた。
彼らは最初こそカリナの顔を見て興味を示すも、生気がなく、着ている衣服から黒い手足が覗くのを気味悪がり、購入される事はなかった。
誰からも必要とされず、このままここで朽ちていく。
そう思い、半ば諦め始めた所へ火燐と雫が現れた。
火燐が購入すると告げた時は正気かどうかを疑い、呪いが大分深刻化した自分を治せる訳がないと、2人に当たり散らしたりもした。
そこで力尽きて気絶し、次に目を覚ますと解呪が済んだ状態。
カリナはあの場で生まれ変わり、これから一生凛に仕えるとして忠誠を誓った。
カリナは目を閉じながら最近起きた出来事を振り返り、軽く微笑んでみせる。
「…大丈夫です。凛様のお手を煩わさせる様な真似は致しませんよ。」
「いや、僕の話じゃなくて…。」
「ふふっ、凛様はお優しいですね。」
「だから僕の事は良いの。それよりもカリナが━━」
「凛様。」
「ん?」
「私の為にありがとうございます♪」
「…そう言って誤魔化そうとしてもダメだからね?」
「えー、私がそんな事する訳ないじゃないですかー♪」
「絶対嘘だー!」
カリナは凛の1つ歳下と言う事もあり、見方によってはキャッキャウフフ…とも取れる軽い追いかけっこが出来る位には仲が良くなった(?)様だ。
(凛様、本当にありがとうございます。私、今が凄く幸せです…!)
その後も森の探索は続けられ、凛達は正午になったと同時に帰宅するのだった。




