42話
「人間の見た目に変わるって聞いた時は驚いたけど、どうやら無事に終わったみたいだね。」
微笑んだ凛が改めて口を開く。
野次馬が増えた事もあり、何か後ろが騒がしい気がしなくもないが…女性の問題解決が先。
ゆっくり歩み寄り、出来るだけ優しく話し掛けたとの流れだ。
「そう…なんすかね?自分、よく分からないっす…。」
ただ、返って来たのは相変わらずの下っ端口調。
凛はやっぱり変わってるなぁと思いつつ、まずは事情を聞いてからどうするか考えようと決める。
「いきなりだったもんねぇ。僕も、恐らく君と同じ立場だったら驚いていたと思うよ。」
「本当っす。正直、いきなり過ぎて何が何やらって感じだったっすよ…。」
「ごめんごめん。僕も初めての事でどう対処して良いか分からなかった…っと。いつまでも君を裸でいさせる訳にはいかないんだった。
今までと体の勝手が違うと思うけど…立てそう?」
凛はそう言って右手を差し出し、女性は「あ、はいっす。」と凛の手を取って立ち上がる。
おっととと…と、よろけながらも立ち上がった女性の身長は165センチ程。
年の頃は…17歳位だろうか?
立派な体付きからもう少し上にも見え、瞳はサファイアみたく青く澄んでいる。
「へー。これが人間の体…。」
女性は立ち上がった後、凛の手を取った右手や左手、(立派故に見えなかったが)胸から下、背中の順で自らの体を見やる。
その度にほう、ほうほうと口に出し、時折ふらつきながらもどこか楽しそうなのが窺えた。
すると何故か冒険者の男性達が興奮。
凛が女性の前に立っているのは残念(?)ではあるが、横や後ろは別。
長い髪である程度隠れはするものの、屈んだり、体を動かす等して形の良い尻や胸が拝めたのが大きいのかも知れない。(女性陣からは当然ながら不評で、睨まれてもまるで動じなかったり。)
そんな至福な時間も、唐突に終わりを告げる。
「感動してるところ悪いんだけど、そのままだと僕だけでなく皆が困るんだ。だから取り敢えず…コレを着て貰える?」
凛が苦笑いで(無限収納から)白いシャツと黒いズボンを取り出し、女性へ差し出したからだ。
凛は女性こと、ワイバーンが吐いたブレスから炎属性。
彼から見て、炎と言えば火燐。
はっきりとしたメリハリボディから、彼女と同じ様なスタイルが似合うのではと思案。
その火燐に選択の1つとして提示し、却下されたのが白いワイシャツ。
それと黒いズボンは予備として用意したもので、これらを着せれば結構様になるのでは…との考えから来ている。
続けて、サービスタイムは終了だよ、とばかりに行使した土系中級魔法ストーンウォールで彼女を隔離。
突然の視界カットに、壁の向こうから「や、止めろぉぉぉぉ!」とか「土魔法?いつの間に詠唱を…」「酷い、酷過ぎる」、「なんて事を…」等と魂の叫びが届けられたが、完全にスルー。
(上はひとまずこれで良いとして、問題は下か。)
なるべく胸を見ずに袖を通し、立派な谷間のせいで第1、第2ボタンはダメだったものの、そこから下は留める事に成功。
体のバランスの違いが原因で感覚が掴めずにもたつき、つんのめり、尻餅を突いたりで中々に苦労し、時間も相応に掛かったが何とかズボンも履いては貰えた。
「取り敢えずはこんなものか。」
「…あ、終わりっすか?人間はこれを着けなきゃいけないんすか…なんて言うか、不便っすねー。」
一応は服を着せ終わったのだが、胸が火燐よりも1カップ以上大きい為に一部ボタンが留められず、シャツがせり上がって臍が見えている状態。
そしてズボンの方は火燐の方が足が長く、少し捲り上げる形にはなったものの概ねサイズ通りとなった。
「うん。急拵えにしては中々じゃないかな。」
「そ、そうっすか?」
「うんうん。」
凛から褒められたと捉えたのか、満更でもない様子の女性。
それを合図に石の壁を解除。
冒険者の男性達はワイバーンの女性が服を着たのが分かり、1度は落胆。
しかし落ちたテンションが再び上がるのも早かった。
「…あ、皆さんすみません。着替え終わりましたので振り向いても大丈夫ですよ。」
「あ、はい分かりまし…。」
大分隠れる様になったとは言え、下から押し上げられているので(豊かさとの意味では)余計にバストが強調されていたからだ。
加えて、露出している臍も刺激が強い。
確かに、着衣自体は済んでいると言えば済んでいる。
が、これはダメだ。
現に、警備と門番を除く男性達が、先程までではないにせよ盛り上がりを見せるのがその裏付け。
「「「…!」」」
3人は女性の胸と臍で視線を行ったり来たり。
終いには内1人が顔を真っ赤に染め、鼻血を垂らしながら再び後ろを向く始末。
「あれ?」
これを不思議に思ったのは凛。
地球でも(次女を中心に)度々見掛けたので普通だと考えていたのだが…どうやら違ったらしい。
彼は知らなかったが、この世界では基本的に娼館以外で臍を見せる習慣は皆無が答え。
なら谷間は?と思うが、時と場合によるらしい。
社交界を始め、女性らしさ━━━流石に彼女程大きくは開かないが━━━をアピールする必要がある場所とか。
娼館はサルーンにないものの、凛とワイバーンの女性以外の全員が存在自体は認知。
故に女性の臍。
そしてやたら開いた胸部をセクシャルポイントとして捉えてしまった。
どちらも已むを得ない部分があるとは言え、3人からすれば完全に騙された。
盛大な不意打ちを受けたとの感情しかなく、しばしの間凛からの声掛けに誰も反応してはくれなかった。
その後、男性側から説明(と言うよりは最早懇願)を受けた凛は、完全に隠せるよう外套を用意。
シャツの上から羽織って貰った事で、3人はようやく冷静さを取り戻した。
「これで外見上は人間となりました。ガイウスさんに報告をしに向かいたいので、一緒に門を通っても構いませんよね?この子からも事情を聞きたいですし。」
「そう…ですね。」
凛の純粋な問い掛けに、答えを詰まらせる警備の男性。
困り顔でしばらく軽く考え、徐に口を開く。
「いくら人の姿をしているとは言え、ワイバーンである事に変わりはありません。周りの目もありますし、当然ながらこの件は問題になるでしょう。」
いくら外見上は人間でも、中身は魔物。
それも一応ドラゴンに分類する。
経験を積んだ彼の種族であれば変化出来ると、今になって思い出したが…少なくともコレではないはず。
そんな思惑を交えつつ、男性は視線を凛から女性に移し、
「…それとですが、もしもこちらの女性が街中で暴れた場合…。」
やや言いにくそうに語る。
「ええ、その時は僕が責任を持って対処します。」
これに、凛が真剣。
且つ首を縦に降る形で肯定すれば、返って来るのは肩の荷が下りた様な表情。
「助かります…と言うのは建前でして、私ではどう判断すれば良いのかが分からないのが正直なところです。何しろ前例がないもので…。」
「確かに。ですがまぁ、彼女の様子からして大丈夫だと思いますけどね。」
笑顔で対応しつつ、凛は話の最後女性の方を向き、彼に釣られた男性もそちらを見やる。
「自分、そんな事しないっす!全く、自分を何だと思ってるんすか!」
折角命が助かったのに、わざわざ危険に晒す意味が分からない。
そう表現するが如く、地団駄を踏む女性。
頬を膨らませ、不機嫌な様子の彼女には悪いが、周りはほっこり。
幾分か緊張感が和らぎ、微苦笑を浮かべる者もチラホラ。
しかしすぐに笑顔となり、先程までとは打って変わって穏やかな空気に。
「長へ報告を行う者は少しでも多い方が宜しいかと。ですので引き続き、私が長の屋敷まで同行致しますね。」
「ありがとうございます。」
「いえ、街を救って頂きましたし、せめてこれ位は致しませんと。」
「助かります。それでは、皆でガイウスさんのところへ戻りましょうか。」
凛は未だツーンとそっぽを向く女性へ対し、左手を差し出す。
「ほら、君も。いつまでもむくれないで、出発するよ。」
「あ、はいっす。」
この頃には既に女性は怒りを忘れ、ポーズに近いまであった。
なのですんなりと握り返し、凛は満足そうな顔で彼女を引く形で移動を開始。
皆が呆然と眺め、案内を買って出た警備の男性もそれは同じ。
やや遅れ気味でスタートを切る。
するとすぐに門番の1人が、
「何て言うか、色々と凄過ぎて付いていけないな…。」
と漏らすものだから、途端に不愉快な気分に。
(はぁ。それをガイウス様へ報告する俺の身にもなってくれよ。絶対、小言を言われる。でも行くしかない。行くしかないんだぞ…。)
内心で愚痴る。
しかし見失いでもしたら大目玉どころの騒ぎではない。
再び溜め息をつき、やや駆け足で2人の後を追うのだった。




