39話
サルーンがある領域は辺境の地。
その影響でなのか、少なくとも週に1~2回。
死滅の森を含む、周辺の魔物から牙を剥かれる。
魔物の強さ自体は、鉄級から魔銀級とバラバラ。
単体のみの例も多く、弱い個体だと10を超える場合もそれなりにあり、反対に強者のみでの構成の場合は同一個体が2~3体と。
強い魔物程下位種族を率いるか、少数で行動する節が見られた。
その中に含まれるのがワイバーン。
彼らはここサルーンに於いて、4体以上の群れを成して現れる事はこれまで1度たりともなかった。
「何!?ワイバーンの群れだと!?それは確かなのか!?」
上記を理由に、ガイウスは凛が語った内容に真実味が増したと理解。
もとい、否が応でも理解させられたと言うべきか。
驚きを隠そうとせず、感情の赴くままに声を荒げる。
「はい!私も目を疑いましたが、こちらに10体程飛んで来る様子が確認出来ました!間違いありません!」
「ぐ…数体だけならまだ何とか出来たものを…。」
ガイウスは元上級冒険者。
ワイバーンとの交戦自体は何度かあるも、2桁もの数は流石になく今回が初めて。
とても手が足りないとして歯を食い縛り、相当悔しそうに下を向く。
ワイバーンそのもののクラスは金級だが、群れる事で魔銀級。
今回のケースだと、黒鉄級近くにまで危険度が跳ね上がる可能性すらある。
空を飛ぶ彼らの、高い位置から放たれるブレスにより被害が拡大しやすいからだ。
また戦況が悪くなったと見るや逃げ出し、馬をも軽く凌ぐ速度で即時離脱するだけの知恵もある。
弱い攻撃や魔法なら物ともしない強固な鱗や皮を身に纏い、安全圏から一方的に攻撃。
亜竜だドラゴン擬きだと蔑まれてはいるが、それでも紛う事なき最強種。
畏怖と力の象徴であるのに変わりはなく、人々に恐れ戦かれている。
対するサルーンの戦力。
ワイバーンクラスとまともにやりあえる存在は3名で、1人はガイウス。
1人は昔同じパーティーだった仲間兼魔銀級冒険者であるギルドマスターで、最後は金級冒険者。
ただいずれもが接近戦を得意とし、空中にいる魔物は苦手。
加えて、ガイウスはサルーンの領主。
鍛錬こそ続けてはいるものの、既に一線を引き、執務作業に追われる身だ。
なので並の魔物ならまだしも。
こうも相性が悪い相手だと、肉体的にも精神的にも後れを取るであろう感は否めない。
無事に倒し切れば良いが、向こうは大空を自在に飛び回れる存在。
守りながらでの戦いを余儀なくされ、負ける可能性はこちら側が圧倒的に上。
住民や建物に被害が及ぶとの懸念から、最悪街を放棄せねばならない…等。
段々と考えがネガティブな方へと向かい、それに応じて悔しさも募らせていく。
「長。悔しいのは重々承知ですが、すぐ近くにまでワイバーン達が迫っており、大変危険です!早急にここから避難を!」
伝令役の男性が告げる。
不甲斐なさを抱いているのは彼も同じで、ついガイウスに感情移入しそうになる。
しかし自分は街の警備。
人々の安全、延いては領主であるガイウスの身を守る立場にある。
それがストッパーとなり、踏み止まる彼。
又、少しでも早くこの場所を脱し、危険から遠ざけて差し上げねばとの想いから、ガイウスを諌めたとも。
「だがここは私の街、しかも代表たる身だ。その私が住人よりも先に逃げる訳にいかんだろう。」
「ですが!」
ガイウスと男性による言い合いは尚も続き、逼迫した空気が室内を包む。
「あのー…。」
そんな中届けられた、やや申し訳なさげな声。
2人の動き(+喧騒)がピタリと止まり、彼らを加えた全員が声の主である凛に注目。
「宜しければですが、僕がワイバーン退治に向かいましょうか?」
ただ、その内容は(普通だと)常軌を逸したもの。
当然だ、あまりにも戦いとは無関係そうな華奢な体躯の者が。
それも自ら死地に向かうと述べたのだから。
あまりにもぶっ飛んだセリフに、ガイウスと男性の2人が「は?」「え?」と間の抜けた返しとなり、再度停止。
ついでに、アルフォンス達警備やメイド達から、聞き間違いかしら?と疑問符を浮かべた顔も頂戴していた。
「10体は少し多いかも知れませんが、それでもフォレストドラゴンや黒い甲羅を持った亀の魔物2体を同時に相手取るのと比べると…。」
「あ、ああ…そうだった。凛殿はフォレストドラゴンを…ん?黒い甲羅を持つ亀…だと?つかぬ事を聞くが凛殿。」
「はい、何でしょう?」
「その亀の魔物なる者の甲羅だが、並外れて硬かったのではないか?」
「そうですね。おかげで自前の武器が壊れてしまいました。」
「やはりか。となると、それはアダマンタートルだな。私は見た事がないが、甲羅はアダマンタイトと呼ばれる硬質な金属で出来ていると聞く。」
「アダマンタイト…。」
「アダマンタイトは別名黒鉄。即ち黒鉄級の指標とも…!そうか、凛殿はアダマンタートルも含めた戦闘に打ち勝ったと言う訳だ。しかしアダマンタートルは黒鉄級、膝丈前後の大きさだ。フォレストドラゴンとやらがどの程度かは分からぬが、ドラゴンには相違ない。その力強さから、真っ先に潰されそうなものだが…。」
「え、そんなに小さいんですか?僕が見たのは2メートル位はありましたけど…。」
「はぁ!?2メートル!?」
と言った感じで。
微苦笑の凛にガイウスが相槌を打ち、かと思えば何やら1人で騒ぎ出す始末。
アルフォンス達は「違う、そうじゃない」的な表情を凛に向けるも、残念ながらまるで気付いては貰えなかった。
「あ、はい。そう言えば伝えていませんでしたね。その3体が戦っているところにたまたま遭遇し、両方から襲われたので倒しました…残念ながら、そのアダマンタートルは手元にありませんけどね。」
この言葉を受け、3度ガイウスの動きが固まる。
黒鉄ことアダマンタイトは硬い、とても硬い。
(通常時に於ける)フォレストドラゴンの強靭な体や鱗を物ともせず、物理・魔法関係なくただひたすら耐え切る事に重きを置いた金属と言っても良い位には。
ガイウスが話す膝丈の大きさですら、昇格試験に挑んだ冒険者が苦労の末に倒すのがやっと。
ランク詐欺だと突っ込まれ、見直した方が良いのではとの意見がいくつもある存在。
それがアダマンタートル。
凛が対峙した体躯の場合、余裕で黒鉄級の枠組みから除外。
むしろ、神輝金級相当だと揶揄されても不思議に思わない位だ。
故に衝撃も相当なものとなり、凛から「ガイウスさん?」と声を掛けられ、初めて我に返る。
「ふ、ふふ、ふふふふ…。」
「「「?」」」
突然笑い出すガイウスを前に、凛サイドは揃って首を斜めへ。
彼の部下達は、話があまりにも荒唐無稽過ぎた。
若しくは心労が祟ったせいでついに壊れた?等と失礼な事を考える余裕っぷり。
もしこの場に第3者がいた場合、良いから早く行動に移せよと白い目を向けられる事間違いなしであろう光景だ。
「そうか、そうかそうか。フォレストドラゴンだけでなく、斯様な大きさのアダマンタートルまで倒した、か…ならばワイバーン程度、どれだけ束になろうが一切脅威足り得ぬな。」
「はい。僕も何回か死滅の森でワイバーンを倒した経験がありますし、1人でも特に問題ないかと。」
「相分かった。であればワイバーンの件、凛殿に一任するとしよう。」
ガイウスが鷹揚に頷く。
すっかり余裕を取り戻した彼に凛は「ありがとうございます」とお礼を述べ、続けて報告に来た男性の元へ。
「…と、言う訳でして。すみませんが、ワイバーン達がいるところまで案内をお願い出来ますか?」
凛の上目遣いでのお願いに、男性はノックアウト寸前。
顔を熟れたトマトみたく真っ赤にし、何でも応えたくなる衝動へ駆られそうになる。
「は…はっ、はい!では、私に付いて来て下さい!」
それでも職務を全うする姿勢は、正に仕事人の鑑。
即座に頭を振って(気持ち回数が多い感じがしなくもないが)冷静さを取り戻し、赤みを残しつつも急いで部屋を出る。
そんな彼へ倣い、凛も早足に。
「あ、なるべく早く戻る予定ではありますが、どれ位掛かるか分かりません。それまでそちらのクッキーを摘まむ等してお待ち頂けると助かります。それでは!」
直後、首から上だけ戻す凛。
言いたい事だけを伝え、今度こそいなくなった。
「マスター、行ってらっしゃーい♪」
「凛様、お気を付けて。」
美羽が笑顔で手を振り、スッと頭を下げる紅葉に見送られながら。
しかし楽観視しているのは彼女達のみ。
頼んだ側であるガイウスですら「ああは言ったが、本当に大丈夫か…?」と一抹の不安を覚え、アルフォンス達は複雑な面持ちで押し黙るだけだった。
その様な状況になっているとは露知らず。
屋敷を出て以降、最も通りやすい街の大通りを利用しようとする2人。
しかしそこは大勢の人でごった返し、とても通れそうにない雰囲気。
恐らく、ワイバーンが襲来したとの情報が街全体に伝わったのだろう。
凛や美羽達とっては簡単でも、ドラゴンである事に変わりはない。
生まれながらにして強者と認識され、最低でも(現在では)一流冒険者が挑むとされる金級。
それが群れで来た為、パニックに陥ってしまったに違いない。
立ち往生を余儀なくされた凛達は困り顔に。
そこからなるべく人通りの少ない道を選んで進むとなり、2人は可能な限り急いで街の南側へ。
やがて凛達は目的地に到着。
南門を抜け、外に出たタイミングで1人の男性が吹き飛ばされ、近くの外壁に激突。
衝撃で気絶状態に陥ったらしく、その後微動だにしなくなった。
傍にいた門番から話を聞くに、今正に飛ばされた男性こそがこの場での最大戦力。
つまりはガイウス、冒険者ギルドマスターに次ぐ実力である金級冒険者らしい。
もう1人の門番に警備、更に冒険者十数名掛かりでワイバーン達を相手取った結果なのだそう。
そうこうしている間に、上空にいるワイバーンの内の1体が口からブレスを放射。
地面への着弾から発生した衝撃により何人かが吹き飛ばされ、ダメージを負うか転がされる羽目に。
凛はそんな人達を眺めつつ、辺りを観察してみる。
剣や槍等の近接武器を持った者がほとんどで、弓や魔法を使う者は少なく、比率で見ると5:1位の割合。
ただこれはあくまで前衛と後衛で分けた場合。
魔法だけに絞るとなると、その倍から3倍にまで広がるのではと予想。
「それじゃ僕は行って来ます。お兄さんは、ここをお願いしますね。」
一通り見終えた凛がふわりと浮上。
「え…?行って来るとはどう…。」
案内役こと、警備の男性の返事を聞かずして地上から離れていき、その後真っ直ぐワイバーンの群れへ。
「って飛んで行ったー!?」
『…!?』
まさか言葉通り、空を飛んで向かう等と誰が思うだろう。
それを体現するが如く、驚きで目を見張る警備の男性。
他の者達も、思いっ切り面食らった様子で凛を注視するのだった。




