38話
小高い丘の向こうに消えるまで手を振られ続け、応える火燐達。
「さ、て…そんじゃ、オレ達はオレ達でやれる事をしますかね。」
「ん。」
「そだね。」
「頑張りましょう…!」
凛達が見えなくなったのを機に火燐が呟き、彼女の言葉に雫達が同調。
ちらほらと現れ、日を追う毎に増えていく見物人をいないものとし、火燐達指導の元。
残ったメンバーによる訓練が、屋敷近く(門の内側)で開始。
途中、短時間しか探索が出来なかったが原因で物足りない感がある火燐も「おりゃぁぁ!」と素振りをし、勢い余って大剣から(少しではあるが)炎が噴出。
「…あ、やべ」と本人が漏らし、周りから目を丸くだったり呆れ顔を向けられる…なんて場面も。
その後、2〜3分程馬車に揺られた凛達は、サルーンへと到着。
入口にある門の前には、受付待ち状態の者が何名か並んでおり、しかし警備隊長ことアルフォンスの顔パスですんなり通る事が出来た。
街の中も変わらず進行。
道中、凛達が乗る馬車に注目が集まるのだが、外からだと馬車内部は見えない仕様に。
その場に居合わせた者達は、やや残念そうな顔で馬車を見送るしかなかった。
ややあって、街の長が住んでいるとされる屋敷にまで辿り着いた1行。
ここでも先程と同様、アルフォンスの顔パスで。
敷地内で凛達は馬車から降り、アルフォンスが前。
部下2名が後ろに控える形で1行は歩き始める。
屋敷に入ってすぐ。
アルフォンスは到着した旨を報告すると離れ、代わりに2人いる警備の内の1人が案内役に。
そこでクラシックタイプの服に身を包んだメイドと遭遇。
丁寧な所作で頭を下げられた。
凛は会釈を返しつつ、内心で「瑠璃も良いけど、メイドさんと言ったらこれだよね」と感心。
そのまま3人は応接室に案内され、10分程の後に届けられるノック音。
それに凛が返事すると即座にドアが開き、ガイウスが前。
アルフォンスが後ろと言う形で姿を見せる。
「お待たせして申し訳ない。私がサルーンの長ガイウスだ。本日は宜しく頼む。」
椅子に座る凛達へガイウスは歩み寄り、左から美羽、凛、紅葉の順で一望。
最後に真っ直ぐ凛を見据え、その様に言い放った。
テーブルを挟む形で、凛達が座るソファーの向かい側に腰掛けるガイウス。
アルフォンスと部下1名が彼の後ろに控え、メイドを呼んで紅茶の準備をするよう指示。
(アルフォンスからの報告によれば、3人共黒鉄級以上の強さを持つ…だったか。そんな風には全く見えんが、俺を前にしても臆する様子はなかった。
例え女でも、強い者は強いとの表れなのだろうな。さて…。)
凛に焦点を定めたものの、どう話を切り出そうかと決め倦ねるガイウス。
その間にも状況は動いて回り、メイドが各人の前にソーサーを置き、その上にカップが…と言った感じでお茶の準備が進められていく。
「…まず始める前に。」
「…!」
目の前にいる人物が、何か伝えたそうにソワソワ。
それを、こちらに気を遣っているとでも思ったのだろう。
凛の方から口火を切った。
「隣に座る2人…美羽と紅葉は女性ですが、僕はこう見えて一応男だと言う事を先にお伝えしておきます。」
『…!?』
凛の発言で部屋全体に激震が走り、ガイウスだけでなくアルフォンスや部下達。
そしてメイドまでもが大きく目を見開く。
ただ、今はガイウスのカップに紅茶が淹れられている真っ最中。
誰がどう見ても美少女。
しかも3人の中で1番だと思った人物が実は男だったのがショックなのは分かるが、あまりにもタイミングが悪い。
そう時間が経たずしてカップから紅茶が溢れ、尚も注がれ続けたせいか最終的にガイウスの左太ももへと到達。
「…!熱!?」
テーブルの上を伝ったおかげである程度緩和されたものの、それでも熱い事に変わりはない。
ガイウスはかなり驚いた様子で椅子から飛び退き、ハッとなったメイドが「も、申し訳ありません!」と謝罪の後、慌てて彼の太ももを拭き始める。
「馬…。」
これにガイウスは「馬鹿者!」と叱責しそうになるも、我を忘れていたのはこちらも同じ。
すぐに自分も人の事は言えないとの考えに至る。
「いや…大丈夫だ。」
軽く体を震わせて怒りを鎮め、複雑な様相でメイドが持つナプキンを奪い取り、自らの太ももを拭く。
程なくして、メイド数人掛かりで零したお茶の掃除へと移行。
凛は話を切り出すタイミングを間違えたかなと反省しつつも、ひとまず話を進める事に。
「では改めまして…凛と申します。今回、僕が呼ばれた理由をお伺いしても宜しいでしょうか?」
凛の行動は進行上已むを得ない部分はあるものの、今ではなくとも良かった。
故にサルーン側から「(この状況で話を続けるのかとの意味で)メンタル強いな」と思われてしまう。
同時に、既に軽く疲れたとも。
「…部下から、貴殿らが死滅の森付近に建物を立て、そこに住んでいるとの報告を受けた…相違ないか?」
「はい、その通りです。以前過ごしていた場所が手狭になり、勝手ながらあの場所に新しい家を建てさせて頂きました。なので、出来ましたら住み続ける為の許可を頂ければと。」
凛の言葉を受け、ヒリヒリする痛みを我慢しつつ新たに用意された椅子へ座り直すガイウス。
そしてどこかの総司令みたく顔の前で手を組む構えを取り、嘘偽りは許さないとばかりに険しい目付きに。
「…単刀直入に聞こう。斯様な場所に家を建てた目的は何だ?単に周辺の景色が気に入っただけ…と言う訳ではあるまい。」
「僕が高い木を気に入っているのは本当の話です…が、1番の目的は強くなる為です。勿論、僕だけでなく皆で。少しでも早く…となれば、死滅の森以上に相応しい場所はないと思いまして。」
「…確かに。その話が本当ならば、これ以上ない答えではあるな。無論、正気かどうか別として…だが。」
「納得して頂けた様で何よりです…話は変わりますが、ガイウスさんは『姫』と呼ばれるゴブリンをご存知でしょうか?」
「(初対面でいきなりさん付けで呼ばれるとはな…ドラゴンの件と言い、先程の件と言い、見た目に反して少々肝が太過ぎやしないか?まぁ、それ位でないと代表は務まらぬやも知れぬな。)…噂は聞いた事がある。商国の入口にある、温厚なゴブリン達が住む集落で、数年前に生まれた存在…だったか。その『姫』と、貴殿らが家に住むのと何の関係がある?」
軽く苛立った風な口調にも聞こえるが、実は逆。
臆する気配は見られず、むしろ真っ直ぐ意見を述べる凛へガイウスは密かに好感を持つまでに。
そんなガイウスの内面を知ってか知らずか、凛は話を続ける。
「10日程前の話になるのですが、とあるゴブリンキングが『姫』を自分の所有物にする。その様な理由で集落は壊滅させられました。」
「…何?」
「僕達はその集落の中に生き残りがいるのが分かり、保護する事にしました。」
「ちょっと待ってくれ、聞きたいのだが━━━」
「まぁまぁ、一先ず落ち着いて下さい。話は終わってからでも宜しいかと。」
「ぐぬぅ…。」
いきり立つガイウスを両手で制した後、凛は左隣へアイコンタクト。
目が合った紅葉は真面目な様子で頷き、右手を自身の胸に当てる。
「…ここからは私が。『姫』と呼ばれていた者とは私の事でございます。」
『…!?』
これに目を見開いたのはサルーンの面々。
眼前にいる少女とも大人とも取れる傾国級の美女=ゴブリンとの図式が、とてもではないが成り立たなかったからだ。
何をどうすれば醜悪極まりないゴブリンがここまでの美貌を得たのか、その考えで頭がいっぱいになった瞬間でもある。
「凛様に保護して頂いた際に紅葉の名を賜り、私はゴブリンから妖鬼へと進化致しました。それから更に経験を積み、今は鬼姫に至る事が出来たのでございます。」
「妖鬼や鬼姫と言うのは、どちらも鬼人族に存在する1つの名称になります。例えるなら、騎士とか王女みたいな感じですかね?」
鬼姫は非常に稀な個体で、今の時代だと紅葉以外に存在しない。
それと同じ鬼人族でも、戦闘や暴力を振るう事を好む者は妖鬼ではなく『悪鬼』方面へと進むのだが、凛は敢えてその部分を説明せずに話を進める。
「そしてそのゴブリンキングに『姫』の情報を与え、集落へ向かうよう唆したのがグレーターゴブリンになります。」
「…グレーターゴブリン?聞かぬ名だな。ホブゴブリンとは違うのか?」
逸早く思考の坩堝から脱したのはガイウス。
動揺こそしたものの、元冒険者の肩書きは伊達ではないと言ったところだろうか。
「グレーターゴブリンはホブゴブリンを進化させたものになります。見た目はゴブリンとそう変わらないですし、ほとんどがゴブリンキングやオーガへ向かうので、あまり知られていないのかも知れませんね。」
「そうか…。」
ゴブリンがゴブリンキングだけでなくオーガにもなる。
周囲が気持ち騒いだ気がしなくもないが、ガイウスはゴブリンの生態に興味がなく、正直話の内容的にどうでも良いとすら思っている。
それでも一々話の腰を折っては進まないとして、促す意味も込めて返事だけは返した。
「私はゴブリンキングに捕らわれ、凛様方がいらっしゃるまでの間、檻の中での生活を余儀なくされました。その際、グレーターゴブリンが『自分はゴブリンキングの配下であると同時に、死滅の森に集落を構えるオーガ達とも通じている』と仰ったのです。」
「オーガ…?もしや、度々報告に上がるのと━━━」
「恐らく同じ個体かと。僕達が保護したゴブリンは全部で5名。その内、こちらの紅葉みたく鬼人と呼べるまでに成長したのは、彼女ともう1人だけ。
他の3名は現在オーガにまで成長を済ませ、早ければ今日か明日には妖鬼へ進化する予定です。なので、早ければ明後日以降にでもこちらから(サルーンに)接触しようかと話を推し進めているところでした。」
「…進化と言うのはまだよく分からぬが、ゴブリンが鬼人族になれるのには驚いた。」
ガイウスはそれまでの何とも言えない表情から、ふと思い出した様子へと変わる。
「…ん?ゴブリンから鬼人?…つまり、俺達人間と会話をさせる為にわざわざ今の姿を取らせたと言う訳か。」
「はい。仰る通り、同じ話をするにしても、ゴブリンやオーガの様な魔物ではなく、人に近い姿なら聞いて貰えるのではと判断。実行している最中でした。ですがその前に、ガイウスさんの方から声を掛けて下さったので、僕としては助かったのが本音です。」
「助かった…と言うのは?」
「元魔物との但し書きは付きますが、一応紅葉はこの世界の住人と呼べるでしょう。ですが、僕とこちらの美羽は違います。こことは違う世界から来ました。」
凛は説明の最後に右手で美羽を指し示し、美羽が頭を下げる。
「違う世界?」
「はい。ですので、この世界にある街の暮らしを実際に見てみたかった…と言うのが、1つ目の目的になります。」
「…2人がこの世界の住人ではない、か。俄には信じられんな。」
ガイウスは腕を組み、訝しんだ表情に。
凛に美羽、確かにどちらも人間離れした美貌の持ち主なのは認めるが、それはそれ。
しかしここで嘘を言うメリットはないに等しい。話を盛る必要がないとも。
自ら歩み寄りたいと話しておきながら、不義理を働く意味も理由もないからだ。
混迷を極めるガイウスとは反対に、凛は想定通りとでも告げたいのか、軽い笑みを浮かべる。
「ふふ…失礼。そう仰ると思い、この様なものをご用意しました。」
凛は右手を正面斜め上方向へやる形で無限収納内を探り、袋に入った状態のクッキーを取り出す。
そのクッキーは、昨日アルフォンス達に振る舞い、帰る間際に渡したのと同一もの。
透明な袋の中に、200グラム位の量が収められている。
凛はサルーンの面々が驚くのを一切気に掛けず、クッキーが入った袋をテーブルの上に置いた。
「(今のは空間収納か?)…それは?」
「こちらはクッキーです。先日、そちらのアルフォンスさんに渡したのと同じ物になります。」
「渡した…?アルフォンス、私はその様な報告は受けていないのだが?」
凛が語る内容の真偽はどうあれ、不作為であるのは事実。
ガイウスは斜め後ろを振り返ると同時に睨み付け、それを誤魔化す様にしてアルフォンスが明後日の方を向く。
その行為はしばらく続けられ、やがて諦めたガイウスが嘆息。
凛の方向へ視線を戻した。
「…私も昔王都でクッキーを食べた経験はあるが、それでもここまで綺麗な見た目はしていなかったな。」
「こちらは僕の世界だと安くで…それこそ一般の人々が気軽に買える位にありふれたものとなります。」
「何と…!これ程のものがか!」
「はい。他にも出そうと思えば色々出せるのですが、それはまたの機会と言う事で。それより、僕としてはもう1つの目的の方が重要だと思っています。」
「…その、重要な目的とは?」
「どうやら死滅の森に異変が起きているみたいです。今後…いえそう時間を置かずして、森に近い街や村等に。下手をするとその先にまで死滅の森の魔物が襲って来る可能性があります。」
「バカなっ!!」
ガイウスが思わずと言った感じでバンッと机を叩き、勢いそのままに椅子から立ち上がる。
「ガイウスさん。焦る気持ちは重々承知しているつもりです。ですが、今は落ち着いて僕の話を聞いて下さい。」
「貴殿も、多少なりとも死滅の森に携わったのであれば分かるはずだ!彼の地は魔物が際限なく湧いて出る場所なのだとな!それらが近い内に街へ向かう…だと?落ち着ける訳がないだろう!!」
「僕も昨日分かった━━━」
凛は必死な形相を浮かべたガイウスを宥めつつ、更なる説明を加えようとする。
「大変です!!」
そこへ、叫び声と同時に応接室の扉が開かれた。
勢いそのままに、警備と思われる男性が室内へと入って来る。
「何事だ!?今は大事な話の最中なのが分からんか!!」
凛から齎された情報だけでもお腹いっぱいなのに、これ以上面倒事を増やすなとの思いが出てしまったのだろう。
声を荒げ、思いっ切り威圧するガイウスに男性がたじろいだ。
それでも男性は与えられた職務を全うするしかなく、意を決した表情で報告を行う。
「も、申し訳ありません!ですがワイバーンが!ワイバーンの群れが街に向かって来ております!!」
その言葉に、怒鳴ったガイウスは勿論。
室内にいる全員の動きが止まり、固まってしまうのだった。




