37話 11日目
妖狐族→狐人族に変更してます。
それと、狐人族の少女こと篝の名前が出ましたので、このお話の前に登場人物紹介を載せさせて頂きました。
追加で、章の始まりに登場人物を書かれてもな(←超今頃)と言う事で、これからは章の最後に載せようと思います。
11日目
午前6時前
凛の屋敷3階にある一室にて、ベッドから上半身を起こし、窓の外から見える風景を眺めている1人の少女がいた。
そこへ扉をノックする音が響き、少女は視線をそちらに向ける。
「おはよう篝。体調はどう?」
姿を現したのは凛だった。
凛は軽く微笑み、狐人族の少女…篝に問い掛ける。
昨日、凛は帰宅してすぐ美羽達に食事の用意を頼み、狐人族の少女の様子を見に行った。
少女は今と同じ様に起きており、凛へ申し訳なさそうに先程行った非礼の詫び、それとお礼を告げる。
凛はそんな少女を宥めつつ、持って来た胃に優しい料理を差し出すと、見計らった様なタイミングで少女のお腹が鳴った。
少女は顔を真っ赤にし、凛がくすくすと笑う様子を涙目で睨み、しかしすぐに笑顔となって料理を食べ始める。
それから談笑を交えて話を進めるのだが、凛が少女の名前を尋ねた所で様子が一変。
少女は真面目な表情となり、真っ直ぐ凛を見ながら「名前を付けて欲しい」と告げた。
凛は名前を付けてくれた両親に悪いとの理由で断ろうとするも、少女は今この場で生まれ変わる為の証が欲しいとして譲らなかった。
しばらくして凛が根負けし、少女の見た目や真っ直ぐな性格から『篝』と名付けた。
「ああ、おはよう。凛のおかげですっかり元気になったよ。」
「そっか。でもまだ病み上がりの状態だからね、無理は禁物だよ?」
「はは、分かってるよ。…ところで、あたしに何か用があるんじゃないのか?」
「あ、うん。これから朝食の時間なんだ。篝も僕達と一緒にどうかなって思って誘いに来たんだ。」
「…良いのか?」
「勿論だよ。」
「凛は変わってるな。あたしらの様な獣人は嫌がる奴の方が圧倒的に多いのに…。」
「んー、嫌がるって言うか、僕としてはむしろ触りたい位なんだけどね。」
「そうだよな。凛も触りたいよな…ん?」
篝は頷きながら同意を示した後で何かおかしいと気付き、驚愕の表情を凛に向けて「はぁっ!?」と叫んだ。
しかし狐人族…と言うか獣人族全体が家族や親しい友人、そして恋人や一生を共にする相手位しか、頭を撫でる事を許さないと言う風習を持つ。
更に、盗賊に襲われる1週間位前から体を拭いておらず、今は不衛生で汚ない状態。(実際は凛の清浄魔法で綺麗なのだが、篝は自分の体が凄く汚いと思っている)
それらが重なり、篝は恩人で主でもある凛が頭を撫でたいと言ってくれた喜び、それと超美少女(まだ凛が男だとは知らされていない)に好かれているのではとの思いがせめぎ合い、早い話が物凄く混乱していた。
「凛。」
「ん?」
「ほ、本当にあたしの耳を触りたいのか?」
「勿論だよ。」
篝は凛の答えを聞き、気分を落ち着かせる為にゆっくりと深呼吸を行う。
「…よし、良いぞ。」
篝は落ち着いて言ったつもりだが、実は未だに混乱したままだったりする。
「本当?それじゃあ失礼して…。」
凛は嬉しそうに篝の元へ向かい、恐る恐る右手を伸ばす。
篝はそんな凛に(生唾を飲む等)緊張した表情を向け、とても可愛らしい顔立ち、それに凛から出る良い香りが段々と近付いて…
「や、やっぱりダメだ!」
気が付けば凛を押し退ける形で拒否していた。
「やっぱり。僕なんかに撫でられても嫌なだけだよね…。」
これに凛が物凄く落ち込んだ様子となり、「不味い!」と思った篝は慌ててフォローに入る。
「こ、これから朝食だと言っていただろう?皆を待たせるのも悪いし、頭を撫でるのは今晩辺りでも良いのではと思っただけだよ、うん。」
「本当に?」
「当たり前じゃないか。何故あたしが命を救ってくれた凛に嘘を付く必要があるんだ?」
「…そう、だね。篝の言う通りだ。」
「分かってくれて嬉しいよ。」
「今ここで篝に本気の撫でを見せる訳にはいかないもんね。」
「うんうん…うん?」
篝は相槌の途中で、何やら話がおかしな方向に進んでいる事に気付いた。
「いつの間にか近所に住む人達から『ストロークマスター』なんて呼ばれててね。」
「…凛?」
「その人達が可愛がる犬や猫がね、僕の方に来る機会があったから撫でてみたんだけど。」
「おーい、りーん。朝食は良いのかー?」
「夢中になるあまり、僕以外の人達が撫でると不満が出るまでになったんだ。」
「いや…うん。それは分かったから朝食をだな。」
「獣人を見るのは篝が初めてでさ、篝まで近所の犬や猫みたいになったらどうしよう!」
「いや、むしろあたしがどうしようって言いたいんだが。それも今、ここで。」
その後も、2人による不毛な話し合いがしばらく続いた。
やがて凛が部屋から退出し、篝は疲れた様子で凛を見送る。
凛がいなくなった後、篝は深い溜め息をついた。
「はぁ…朝から疲れたな。」
しかし自然に笑みが零れ、安らかな笑顔となる。
「あたしの耳に触りたい…か。そんな風に言われたのは初めてだよ、全く…。」
そう不満を言いながらも、右手で優しく右の耳を撫でた。
それから、皆で朝食を摂り始める…前に、篝の紹介から先に行った。(その際、怪我の欠損にパーフェクトヒールを使ったと話してニーナ達が白目を剥き、篝は凛が男性と知って上半身をさわりまくっていた)
そして篝は料理を食べて涙し、エルマ達やニーナ達は「分かる」とほっこりした視線を篝に送る。
因みに、この日の朝食は篝も食べる事を考え、小さく切った野菜多めの卵雑炊、バナナと豆乳を使ったスムージー、下ろし大根にヨーグルトと蜂蜜を混ぜたものと、消化に良いものや手助けを行うものが主となっている。
或いは、卵や牛乳はこの世界では貴重品だと言う事で、余計に美味しく感じるのかも知れない。
因みに、ヨーグルト大根おろし蜂蜜は全体的に不評だった。
しかし凛がお通じに良いと説明した途端、ニーナとジェシカの目がギラリと輝き、すばやく凛の傍に移動して詳細を尋ねる。
途中からコーラルも加わり、彼女達だけは何回かお代わりをしていたりする。
やがて朝食が終わり、凛は皆を連れて外に出る。
いつもならここでポータルを使い、神界へ移動後、そこから大部屋へ向かって訓練を行うのだが…今回はどうやら違う様だ。
屋敷から真っ直ぐ正面へ歩き、門の外に出た。
これに、美羽が疑問の声を上げる。
「マスター、今日の訓練は?」
「うん、勿論するよ。でもその前に、紹介をさせて貰おうと思ってね。」
「紹介?ニーナさん達は昨日したし、篝ちゃん…はさっきしたばかり。あれ?他に誰かいたっけ?」
美羽は「あれあれ?」と可愛らしい仕草を交えながら混乱し、他の者達もきょろきょろ見回したりで訳が分からないと言った様子となる。
凛はくすりと笑い、軽く斜め上方向を見て告げる。
「ナビ。」
《畏まりました。》
直後、凛から1メートル左、高さ2メートルの所にて、空間に切れ目が入った。
その空間から銀色のブーツらしきものがにゅっと姿を現し、それから膝、腰…と続き、やがて1人の女性と思われるものが着地する。
女性は見た目が20歳位。
身長170センチ程で腰までの長さの銀髪を三つ編みにしている。
そして白や銀色を基調としたドレスアーマーを身に纏っている事から、まるで神話に出て来るヴァルキリーがこの場に現れたよう。
顔や見た目は非常に整っており、凛とした風格も相まって、全員の視線が女性に向く…かと思いきや。
彼女よりも、彼女の背中に差された大剣に注目が集まっていた。
その大剣は全部で2メートルよりも少し大きく、とても女性が扱える風には見えないと言う理由からかも知れない。
「皆様、初めまして。アルファと申します。」
女性ことアルファは両手でスカート部分を摘まみ、丁寧にお辞儀をした。
「アルファは女性の見た目をしているけど、厳密には生物じゃない。ミスリルとアダマンタイト、それと火燐達が倒したワイバーン50体分の素材で創ったエクスマキナなんだ。」
「エクス…?」
「マキナ…?」
「創った…?」
「何だそりゃ?」
凛の言葉に楓、翡翠、雫、火燐の順で呟き(火燐以外は首を斜めに傾ける仕草付きで)、残るメンバーも不思議がっていた。
凛は分からなくて当然かと苦笑いを浮かべ、説明の為に口を開こうとする。
「格好良いーーー!ね、ね、マスター。もしかして…。」
「うん。やっぱり美羽には分かるよね。神話に出るヴァルキリーをイメージしてみたんだ。」
「やっぱり!良いなぁ…凄く綺麗だし(胸は)おっきいし足は長いしで羨ましい…。」
「恐縮です。」
しかし凛の影響を色濃く受けた美羽はアルファの正体が分かったらしい。
アルファは第2の主とも言える美羽から褒められ、満更でもない様子で再び頭を下げると、これに火燐が話が進まねぇだろと呆れ顔になる。
続けて、翡翠は苦笑いを、楓と紅葉とリーリアはくすくすと笑みを浮かべていた。
アルファは凛達が不在の間、屋敷や周辺を守るのを目的に創られた。
昨晩の食事が済んで少しした頃、ナビからミスリルとアダマンタイトの解析が終わったとの報告を受け、アルファの作製に入った。
ただ、ナビからの情報でミスリルは魔力を注ぐ程に硬くはなるものの、それだけでは強度不足。
しかも魔力が切れた時は致命的に脆くなる性質がある。
アダマンタイトは非常に硬く、そしてかなり重い。
ただその硬さ故に、捻る等の動きは向いていなかったり、魔力を巡らせる速度がミスリルより大分劣る事が分かった。
3時間程試行錯誤を繰り返し、結構な魔力を消費して2つの金属を混ぜ合わせ、強さとしなやかさを併せ持った合金を、そして人間で言う所の骨組みを作った。
そして骨組みの上に、核となる人工魔石やワイバーン50体分の素材を圧縮・分解・再構築して筋肉や皮膚の代わりに乗せて完成。
それから細かな調整を行っていた為、凛は2時間位しか寝ていなかったりする。(睡眠は趣味になりつつある為、実は魔力を回復させる以外、眠る事に意味はない)
その後、凛はアルファがこう見えて重さが2トン以上あり、黒鉄級中位の強さを持っている事。
それと自分達が留守の間を守る守護者として用意した事を説明する。
これにニーナ達は疲れ、トーマスと翡翠とエルマは引き攣った笑みを浮かべたものの、他の者達には概ね好評だった。
特にナナ、藍火、玄の3人に至っては、好奇心や興味からアルファに話し掛けたり、ぐるぐると回りながら観察する程だ。
それから、皆が見守る中でアルファのチェックが始まった。
アルファは飛行が出来る為に立体的な動きが行え、身の丈よりも大きい大剣を片手で軽々と振り回し、美羽と同じシールドソードビットを駆使すると言う戦い方をする。
チェックの最後に、凛がどこまで戦えるかをこの目で見たいとの発言から手合わせが始まった。
アルファは大剣と6枚のシールドソードビットを用いて凛に挑み、対する凛は練習用の刀と鞘のみで応戦する。
始めこそ地上でだったが、2人共天歩や飛行が行える。
その為すぐに空中戦となり、アルファは様々な角度から剣やシールドソードビットを、或いはその両方を織り混ぜたコンビネーション攻撃を仕掛けた。
凛はそれらを刀や鞘、たまに足技を用いて捌いては反撃に出る事もあった。
戦闘は正に苛烈極まりないものとなり、縮地の様な高速移動が地上・空中問わずに行われる。
その余波で地面は抉れ、凛が弾いたシールドソードビットが地面に刺さり、何度も衝撃波みたいなものが美羽達を襲った。
そして手合わせ開始から5分が経った頃
「参ります!」
空中にいるアルファが地上にいる凛に向け、身体強化を用いた全力の一撃を放った。
その影響で大きな土煙が舞い、美羽達を突風や衝撃波が襲う。
それから5秒程経ち、土煙の向こうから2人が姿を現すと、どちらも満足そうな様子で皆の所に戻って来た。
楓や紅葉達は満足そうな様子だったり笑顔を浮かべ、美羽と火燐は(笑顔でアルファと話す凛を見て)自分も加わりたそうにうずうず、藍火や篝等は目をキラッキラさせていた。
だがニーナ達、それと例によって屋敷を見に来た野次馬の者達はと言うと、凛達のあまりに常識から外れた戦いぶりに揃って目を剥きながら固まっていた。
そして我に返りはしたものの、すぐにどちらもおかしいと頭を抱え始める。
凛はアルファと共に皆の所へ戻り、実はアルファは美羽に近い強さで、これからエクスマキナ達が増えると告げた。(重さも加味した場合、美羽を越える可能性も)
するとこれに美羽達が嬉しそうだったり元気に返事し、少し遅れる形でニーナ達が疲れた返事を返して来る。
すると、森の方からガサガサッと音がしたかと思うと、茂みから2体のバトルマンティス、そしてバトルマンティス達を追う形で5体のフォレストウルフが姿を現した。
と言っても、距離が200メートル程離れている事から、凛達は特に動じる様子は見られなかった。
しかしほとんど一般人と言っても差し支えのないニーナ達は違い、慌てふためいたり、冷や汗を流しながら決死の表情を浮かべたりしている。
そこへ、凛が口を開いた。
「アルファ、魔物達の殲滅をお願い。」
「畏まりました。」
アルファは優雅に一礼した後、淡々とした様子で地面より少し上の位置で飛行。
すぐにバトルマンティス達と接触し、彼らを通り過ぎる形で斬り伏せる。
続けて、地上に3体、空中から2体のフォレストウルフが攻撃を仕掛けて来た。
アルファは一歩引いた後に大剣を横向きにし、空中からの攻撃はシールドソードビットをそれぞれの正面に呼び出す。
フォレストウルフ達はいずれも鼻頭をぶつけ、『ギャンッ』と叫び声と共にその場で強制停止。
その隙にアルファは大剣を振るって下の3体を吹き飛ばし、返す刃で上の2体を纏めて一刀両断。
吹き飛ばされた3体の内、2体が体勢を整えて向かうも呆気なく終わる。
残る1体だが、アルファの強さに恐れをなしてその場から逃げ出し、しかしすぐに追い付かれたシールドソードビットによって首を切断された。
戦闘後、アルファは遠隔収納を用いて回収を行い、凛達の元へ戻ろうとする。
しかし20メートル程進んだ所で何故か躓き、ドドォォ…ォンと盛大な音と衝撃と共に思いっきり顔面から倒れ、別な意味でアルファの重さが認識される事となった。
そのギャップの違いに、凛は「え…」と呆け、美羽達は揃って驚くのだった。
何故か途中で凛と篝の漫才みたいになってしまった(苦笑)




