36話
高級そうな服に身を包んだ男性ことアダム=ガストン子爵の言葉により、場に静寂が訪れた。
「(ちっ、代理ではなくアダム本人が来たか。しかし何故今頃?奴が治めるケイレブから、どれだけ急いだとしてもここまで来るのに半日以上は掛かる筈…そうか、小心者で金にがめつい奴の事だ。最寄りの街で待機中し、アダマンタートルが狙われたと報告を受けて気を逸らせたとかだろう。)」
ガイウスの想像の通り、アダムは先程まで自身が治める都市ケイレブ…ではなく、そこから東に2つずれたコーリンの街(サルーンから10キロ程西に進んだ場所)にいた。
サルーンの冒険者ギルドにフォレストドラゴンが持ち込まれたとの報告を受けたのが今日の午前1時頃、それから兵士達を叩き起こす等し、急いで準備を終わらせて出発したのが午前2時半頃だった。
そして休息も兼ね、馬車(兵士達は交代で御者を変わり)で揺られつつ、街へ訪れる度に食事休憩を挟みながら12時間程進んでようやくコーリンに到着。
後はアダマンタートルが来るのを待つだけかと思いきや、届いたのはアダマンタートルではなく襲撃を受けたとの報告だった。
アダム達は急いでサルーンへ向かい、西門にいる門番達の制止を振り切る形で中に入る。
その際、冒険者ギルドに従者達がいると聞いて真っ直ぐ向かい、盗賊と思われる者達が連行されるのを見たり、人が集まっている理由を探ったりした様だ。
「…美羽。悪いんだけど、翡翠、楓、イルマとでバーベキューを進めて貰っても良いかな?残りのメンバーは美羽達のフォローをお願い。」
「マスターはどうするの?」
「僕は火燐と雫と一緒にちょっとお話して来る。ガイウスさん、後はお任せしますね。」
「うむ、分かった。それでは、ただ今を以て今回の催し物を開始とする!」
『……ウォォォォォォオオオオオオオオ!!』
凛が美羽やガイウスと話をしている間、アダムは「ふざけるな!私が許可していないのに出来る訳ないだろうが!」や「許さんぞ!今すぐ発言を撤回しろ!」等とのたまっていた。
しかし、誰からも相手にされる事はなく、アダム1人が騒ぐだけで終わる。
そうこうしている内に人々は絶叫しながら走り出し、それぞれお目当てとなるグリルの前へ向かい始める。
既に(ナビから説明を聞いた)翡翠達は調理台の上に肉の塊を置いており、鉄板を温める為の炭に火を点ける所だった。
それに気が付いた美羽が慌ててグリルの元へ走っていき、凛はそんな美羽を見送る。
そして後ろを振り向き、アダムがいる方向へ歩き出すと、火燐は不敵な笑みを、雫は澄まし顔で付いて行った。
凛はアダムから20メートル程手前の所で止まると、アダムは怒りを露にした。
「貴様!私の断りもなしに勝手な真似を━━」
「何故、貴方の許可がいるのですか?」
「何故…だと?はぁ、これだから下賎の者は…。そんな事も分からんとはな。」
「そりゃこっちのセリフだっての。あの肉は凛がフォレストドラゴンを倒して得たってのに、なんでてめぇなんぞに渡さなきゃいけねぇんだ。つか、そもそもお前誰だよ。」
この言葉にアダムは「は?」と呟きながら固まるのだが、(美人に関心を持たれたと勘違いし)仕方ないなぁと言いたげな様子で話し始める。
「ふん、この私を知らないとはな。良いか、私は━━。」
「あ、いや。別に、お前の事が知りたいとかで言った訳じゃねぇんだけど…。」
しかし火燐が気まずい様な、少しだけ申し訳なさそうな呟きにより、何とも言えない空気が漂う事に。
これにアダムは羞恥と怒りが合わさった様子でぷるぷると震えだし、兵達は「あんたら何してくれてんの!?」と言わんばかりの表情をアダムと火燐に向ける。
凛は苦笑いで「これは酷い…」と漏らし、火燐が強引に話を進める。
「取り敢えず、引き取った肉をどう使おうがオレ達の勝手。」
「ん。これから開かれるのは、落ち込んでる(街の)皆を励ます為のバーベキュー。」
「「関係ねぇ(ない)部外者(貴方達)は引っ込んでろ(黙ってて)。」
「えっと…肉が欲しいのでしたら人数分お渡し致します。なので折角来て頂いた所を申し訳ありませんが、このまま引いては貰えないでしょうか?」
火燐と雫がハモらせ、凛が問い掛ける。
これにアダムは凛に視線を向け、次第に表情を崩す等して苛つき始めた。
一方、兵士達は「ドラゴン?」「あの子達の内の誰かが倒したのか?」「とてもそんな風には見えんぞ」「だよな」と言った感じでざわついてはいるものの、全く緊迫した様子はなかった。
むしろ凛達の見た目から、たまたま弱った状態のフォレストドラゴンを倒した位にしか思っていない。
それはアダムも同じで、女3人だけで何が出来ると考えていた。
やがてアダムは自分を馬鹿にした(と本人は思っている)事への怒りから、身の程を分からせた後に凛達を捕らえ、見せしめも兼ねて手元に置くか奴隷にして売るとの判断に至る。
「構わん。お前達、やれ。」
アダムの中で既に勝ちは確定しているらしく、怒りを鎮める為に左手で顔を覆い、右手でしっしっと追い払う仕草で兵達に指示を出した。
兵達は「あまりにも多勢に無勢では?」との考えに顔を見合わせるも、すぐに正面を向いて走り始める。
その様子を確認したアダムは、(気分を落ち着かせる為なのか)左手で顔を覆ったまま首を左右に振った。
「全く…この私の手を煩せるからこの様な結果に━━」
『うわぁぁぁぁぁぁぁ!!』
しかし言い切るよりも先に、兵達の悲鳴が聞こえた。
アダムは「…は?」と言いながら顔を上げてみた所、前を走っていた筈の兵達が頭上を飛び、そのまま後ろへ向かって行く様を目の当たりにする。
それから少し経ち、ややぎこちない動きで視線を正面にやると、そこにはいつの間にか杖を右手に持ち、前に掲げた状態の水色の髪の少女がいた。
「ひ、怯むな!相手はたったの3人だぞ!」
1人の兵士が叫んだ事で我に返った兵達(ついでにアダムも)は再び駆け出し、対する雫は余裕の表情でてくてくと歩く。
「喰らえ!」
先頭にいた兵士の攻撃が当たるかと思いきや、雫は真横にスッと避けた。
「せいっ!」
「はぁっ!」
「だぁぁぁ…がっ!」
続けて兵達は攻撃を仕掛けていくも、雫は地上を滑る動きで軽々と避け、1人の兵士に風系初級魔法エアブロウによる反撃を行った。
「…クソ、馬鹿にしやがって!」
兵士は直径50センチ位の風の塊をぶつけられ、10メートル程後ろに吹き飛ばされた後に上体を起こすと、忌々しそうな表情を浮かべて再び挑んで行った。
その後も、雫は兵達の攻撃をアイススケートみたいな感覚でスイスイ~と避け、隙あらばドウドウドウッとエアブロウを放ち、兵達を戦闘不能にしたり体力を奪ったりして弱らせるを繰り返した。
「囲め!囲んで集中攻撃するんだ!」
1人の兵士が息を荒げながら叫んだのを合図に、兵達は雫を取り囲み、一斉攻撃を仕掛ける。
しかし、
「なっ!飛んだ!?」
雫は10メートル程上空へ飛び、それらをあっさりとかわした。
「まさかあの黄色い球は…不味い!」
続けて、雫は空中から雷系中級魔法のパラライズボールを投下。
直径1メートル程の電気で出来た球は(雫から見て)斜め下前方に着弾し、雫の真下にいた兵士だけでなく、アダムやその周辺にいた兵達まで巻き込んだ。
彼らは揃って麻痺状態となり、全員が地面に倒れる、或いは平伏す形で動けなくなった。
雫はそんな彼らを見下ろしつつ、ゆっくりと着地する。
「なんでぇこの程度かよ。だがまぁ、雫が相手じゃ仕方ねぇわな。」
「ねえ火燐。」
「ん?」
「雫の移動って、フローティングを風で操作したものだよね。しかも風とか雷魔法まで扱えてるし、同時使用も可能になったんだ?」
火燐は詰まらなさそうにするも、凛からの問いで少しだけ嬉しそうな表情となる。
「ああ、それな。雫はクティーラに進化して、全属性に適性が出来たんだよ。それと魔法の同時に使用しているのは、並列思考ってのを使ったからだな。」
「へぇー、それは凄いね。僕もうかうかしてられないや。」
「いや、お前の方が全然凄ぇじゃねぇか。何言ってやがんだ…。」
凛は全ての属性を最上級まで扱える上、ナビと言うスーパーコンピューターをも凌ぐ処理速度でのサポートがそこに加わる。
初級や中級魔法なら毎秒数十~数百発放つ事が出来る為、火燐が呆れた表情で突っ込みを入れるのも仕方ないのかも知れない。
「雫の事は分かったとして、火燐も進化して何かスキルを得たの?」
「オレか?オレはな…。」
「この…得体の知れぬ者め。このまま黙ってやられると思うな!」
「お、丁度良いのが来た。オレのはこれだ。」
そう言って、火燐は右手を翳し、こちらに向かって来た兵士に青い炎をぶつけた。
青い炎は兵士に当たり、瞬く間に上半身を覆い尽くす。
「うわ、あっっっ…つくない?むしろ冷たい位だ。幻術か何かか?」
「なら熱くしてやるよ。」
兵士は青い炎に纏われた状態で不思議そうにするも、火燐が翳した手を振り払う事で熱がる様になり、耐え切れず地面を転がり始めた。
そして火燐が再び手を前にやり、動きが止まったかと思うと、鉄で出来た鎧の上半身部分だけがパリィィンと音と共に砕け散った。
「鎧が砕けた?もしかして、熱した金属を急激に冷ますと壊れるって言う…。」
「そう、それだ。冷炎っつってな。上は3000度、下は-200度で調整出来る粘着性の青い炎を飛ばせる様になったんだ。そのおかげだろうな、水にも適性が出来た。」
「うわー凄い凄い。格好良いよ火燐。」
凛に褒められ、火燐は満更でもない様子となる。
火燐は簡単に説明したが、良く見ると炎に覆われたのは鎧部分だけで、肌には一切触れていないのが分かった。
ダメージを与えたのは鎧のみ(それでも肌に触れた箇所は熱いのだが)となり、転がった時に出来た擦り傷や軽い火傷位だったりする。
「…終わったか。全く、馬鹿な真似をしたものだ。」
そこへ、ガイウスがゴーガンと共に姿を現した。
「ガ、ガイウスか。私は…馬鹿では…。」
「見た所、兵士達は銀級…良くて金級と言った感じの強さだろう?それじゃあまるで足りないよ。」
「何、だと…。」
「火燐君と雫君は黒鉄級、凛君に至っては神金級の強さだ。凛君がフォレストドラゴンに付けた傷は首だけだったし、やろうと思えば余裕で倒せると思うよ。」
凛は敢えて口にしなかったが、今ならやろうと思えば身体強化を施した状態の素手だけでフォレストドラゴンを倒せる。
しかしそれを知った場合、(ガイウス達も含め)漏れなく卒倒するだろうが…。
「だから本気で勝つつもりで攻め込むのだとしたら、数万規模で兵を用意しなきゃ。…それに、上を良く見てごらん。」
「上…?」
アダムが苦しそうに上を見てみると、無数の…それこそ人数分よりも多い、氷で出来た大きめの矢が浮かんでいた。
兵達も見上げており、揃って恐怖の表情を浮かべる。
「これで分かったろう?これ程の魔法を行使しておきながら、まるで疲れた様子がない。つまり君達はその程度と言う訳だ。」
「そん…な……。」
アダムはその言葉を最後に気を失った。
それから、凛は雫に氷の矢を引っ込めさせ、エリアハイヒールを行使してアダム達の怪我や(副次効果として)麻痺状態を回復。
彼らは驚いた様子で飛び起き、ガイウスは折角箝口令を敷いたのに…と落ち込み、ゴーガンが彼を慰める。
凛はそんなガイウスを苦笑いで一瞥しつつ、改めてアダムに話し合いを持ち掛けた。
アダム達はこの規模の回復魔法を使っても顔色1つ変えない凛に戦慄し、ここで断りでもしたら先がないとの判断から快く(?)正座で応える事に。
アダムはやたらと凛達を褒めちぎる場面があったものの、要約すると購入予定のアダマンタートルが心配で見に来たらしい。
部下が襲われたと聞いた場所に行ってみるも、(不自然に黒焦げとなった箇所含め)戦闘が行われた形跡だけが残っていた。
詳細を聞きに急いでサルーンへ来てみれば、これからフォレストドラゴンの肉が振る舞われる。
アダムは過去にランドドラゴンの肉を食べた経験から、フォレストドラゴンは間違いなく絶品だと判断。
それを下の者達に食わせる位なら、自らが持つ権威を利用してでも肉を奪い取ろうと行動を起こしたらしい。
以上で話が終わるのだが、何故かガイウスとゴーガンが凛を庇う様にして移動を始めた。
凛達は揃って不思議そうにし、ガイウスが微妙そうな表情で咳払いをしつつ口を開く。
「今は宴の席だ。私としては不本意だが、凛殿は貴様の行いを許し、しかも催し物に参加していけと話す━━。」
「ありがとうございます!このアダム、感謝の極みにございます!」
ガイウスが話をしていると、いつの間にか凛の右足にアダムがしがみついていた。(一応、凛とアダムの距離は5メートル程あり、ガイウス達が立ち塞がっている筈なのだが)
凛達は驚きを露にし、ガイウスがアダムを引き剥がそうとするも、中々離れようとはしなかった。
しかし火燐が拳骨を与えた事でようやく距離を置く事に成功し、ガイウス達は少し疲れた様子で説明し始める。
「こいつは自分よりも立場が上の者に媚びを売るのだが、その度合いが半端ではないのだ。」
「見ての通り、数人がかりで対処しないと収まらなくてね。相手からすれば迷惑この上ないから困っているんだよ。」
この様にして媚びを売られた場合、大抵の相手は折れてアダムの言い分を聞く。
それなら会わなければ良いだけの話ではあるのだが、ストーカーの様に手紙を送り続けられたり、お茶会に誘われる等で結局折れる羽目に。
兵達は申し訳なさそうに凛達へ深く頭を下げた後、アダムを抱えてその場から去って行った。
「…まさか、凛が不覚を取られるなんて思わなかった。」
「本当にね。僕も凄くビックリしちゃったよ。」
そんな事を話しつつ、一行はバーベキュー会場に戻る。
その会場だが、物凄い熱気と歓声に包まれていた。
美羽達がひたすら肉を焼き、食べ頃になったら縦へ6つにカット。
味付けは凛と同じく塩と胡椒だけとなり、それをイルマ、紅葉、月夜、ニーナが2切れずつ皿に乗せ、残りのメンバーが列に並んだ人達に配っていく。
そしてその列だが、女性は暁と旭と玄、男性はジェシカと藍火とリーリアへ群がる傾向にあった。
彼らから肉が乗った紙皿とプラスチック製と思われるフォークを受け取る際、お近づきになろうとして話し掛けようとしたり、偶然を装って触ろうとする者がかなりいた。
だがその前に(騒ぎを聞き付けた)アルフォンス達警備から止められ、がっかりした様子で離れるも、肉の美味さに復活するまでが一通りの流れになりつつある。
その後、凛達も手伝いに回り、美羽達のフォローをしていくのだが、夕方からバーベキューが始まったのが影響したのだろう。
仕事上がりや飲みに繰り出す者、それと外部から来た者達や気絶から復活したアダム達も重なって、今までに経験した事がない程の大混乱が起きた。
しかも、1度受け取って帰るならまだしも、こっそりと肉を食べようとして再び並ぶ者が一定数いた。
その度に暁達や警備から注意を受けたり、中には不服との理由で暴れだす者まで出る始末。
その様な者達は漏れなく火燐から鉄拳制裁を食らうか、雫から(威力を弱めた)パラライズボールで麻痺させられ、そのまま連行される羽目に。
アダム達も最初こそ様子を窺っていたものの、(高そうな服や鎧姿は目立つ為)火燐と雫からじと目を向けられ、居心地が悪くなったのかそそくさといなくなった。
やがて、食べ終わった者の1人がもっと寄越せと叫んだのを機に人々が同調し始め、暴動の1歩手前にまで発展。
これに警備達が落ち着くよう促すも全く効果がなく、我慢出来なくなったガイウスが凄みながら牢屋へぶち込むぞと伝える。
すると人々は叫びこそしなくなったものの、「何か納得出来るだけのものを用意しないのであれば、ここから動かん!」と言わんばかりの表情をガイウス達へ向け、これにガイウス達は正面からぶつかる形となった。
両者の睨み合いは1分が経っても全く収まる気配がなく、見兼ねた凛が1週間後に再び行う旨を告げる。
これに人々は歓喜し、ガイウスが申し訳なさそうにする。
凛はガイウスを宥めつつ、今日の所は帰るよう促すと、人々は笑顔を浮かべながら去っていった。
開始してから4時間後の午後9時過ぎ
凛は誰も列に並んでいないのを確認し、今回のバーベキューはこれで終了だと伝えた。
残った人々の何割かは拍手で応え、そうでない者達はこのまま残っていてもこれ以上は何もないと見切りを付け、その場から離れて行く。
美羽達は凛の指示でバーベキューの片付けを最低限だけ行い、時間も遅いから残りは明日にとなった。
そして片付けを始めるのだが、時間が経つに連れて残った人々が手伝う様になり、その分早く終わる事が出来た。
凛は感謝の印として、手伝った者達1人1人にクッキーが入った袋を渡す。
同じく手伝ってくれた警備の者達にも同じものを、そして警備とガイウス達にステーキ肉が乗った皿等も渡し、軽い挨拶と共に皆で家路についた。
帰宅後、凛は限界を迎えたらしいナナを自室に休ませ、皆をダイニングに集めた。
テーブルの上には各種ペットボトル飲料、それと先程と同じステーキ肉が置かれてある。
「まずは皆さん、今日のバーベキューお疲れ様でした。」
そう言って、凛は頭を下げた。
「ニーナさん、トーマスさん、コーラルさん、ジェシカさん、ダニーさん、エディさん、カーターさん、購入したばかりなのに早速扱き使ってすみませんでした。特にニーナさんは最も大変な場所でしたし。」
翡翠が肉を焼いてカットし、ニーナが皿に移して次に託した相手…それはリーリアだった。
(胸見たさに)リーリアの人気はダントツ、にも関わらず彼女はのんびりな性格の持ち主だ。
配るまでに人一倍時間を要し、ニーナはかなり忙しそうにしていた。
「…いえ、御主人様。気になさらないで下さい。私も途中から何だか楽しくなってきた位ですし、お役に立てて光栄です。」
「(固いなぁ。)」
凛は恭しく頭を下げるニーナを見て苦笑いとなりつつ、真面目な表情で話を切り出した。
「それでは改めまして、僕の名前は凛と言います。まず始めに、僕はリルアースとは違う世界から来ました。」
『違う世界?』
「はい。魔法や魔物は存在しませんが、その代わり道具が発達した世界になります。」
凛の説明に、ニーナ達は分かった様な、良く分からない様な表情を浮かべる。
エルマとイルマがニーナ達を見て「ですよねー」的な様子となり、凛は困った笑みで自分達に関する説明を行った。
だが、一流の実力者であるガイウス達ですら理解出来なかったものを、ただの村人であるニーナ達や一介の盗賊のジェシカ達が理解出来る訳がない。
コーラルとダニー達は目を回して混乱し、トーマスは難しい顔でぶつぶつと呟き、ニーナとジェシカはもはや考えるのを止め、揃って遠い目をしていた。
「…ナナちゃんはまだ幼いので屋敷で過ごす事が多いと思いますが、ニーナさん達はサルーンが主な勤務先になる予定です。」
この説明にニーナ達ははっとなった。
「その勤務先は商店や公衆浴場等ですし、覚える事は沢山あります。なので、すみませんがそのつもりでお願いしますね。」
「ですが御主人様、恥ずかしながら俺…いや私は右腕が…。」
「ええ、勿論分かっています。…少し失礼しますね…エクストラヒール。」
凛は申し訳なさそうなトーマスの元へ歩み寄り、彼の右上腕部分に両手を添える形で超級回復魔法エクストラヒールを唱える。
すると、トーマスの右腕を白い光が覆い、10秒程で(事故により失う前の)健全な状態へと戻っていた。
『!?』
これに美羽と火燐達を除く全員(ただし紅葉は瞑目して何度も頷き、暁達は感心した様子)が驚くのだが、その中でも特にトーマス本人や、未だに中級までの光魔法しか扱えないエルマが驚いていた。
その後、トーマスは改めて右腕が戻ったと実感を得て感激し、凛に感謝の言葉を述べながら何度も何度も頭を下げる。
凛はトーマスを宥め、時間も遅いとの理由でステーキを食べながら紹介し合う事に。
ただ、フォレストドラゴンの存在は凄まじく、凛から水を向けられるまで完全に意識が肉に向き、その結果一拍遅れた上に噛む者が何人かいた。(イルマや藍火も含む)
その途中、ジェシカが紅葉達は鬼人族かを尋ね、紅葉が肯定して鬼人族に知り合いがいるのかと尋ね返した所、ジェシカはいや…とだけ答えて黙ってしまう場面も。
しかし最後は揃って笑顔となり、凛が明日も忙しくなるから今日はここまでと締めて1日を終えるのだった。
雫が地上を滑る際、トリプルアクセル等をとか考えたのですが、着てるのセーラー服だしなぁと思い断念しましたw
それと、凛にとって予想外の出来事はアダムが足に抱き付いて来た事となります。
目の前にいたはずが足元に…とw




