35話
アルフォンスはサルーンの警備隊長をしており、凛が屋敷を建てた土地は王国。
厳密にはサルーンの管理下にある。
そのサルーンを治める長━━━領主からこの屋敷の調査へ向かうよう命じられ、2名の部下と共にここまでやって来たとの事。
アルフォンスは経緯を話すと並行し、部屋の内装を何度かチラ見。
最後に凛へ焦点を当てる。
客間は数点の調度品に絨毯、テーブルとシンプルな造り。
しかしその1点1点が見るからに品質が高く、これ1つで自分の給料何ヶ月分だろうか…とも。
それ以上に気になるのが、正面に座る凛と名乗る小柄な女性。
先程はオーガに目を奪われたが、彼女の立ち振る舞いから恐らく目の前にいる少女がこの1団の代表に相違ない。
加えて、少なくともこれまでの人生では相見えた覚えがない。
そして恐らく今後もこれ以上は経験しないであろう、非常に非常に整った顔立ち。
最早美少女と言う枠組みから外れ、且つ名前に違わず凛とした佇まい。
彼女の他に美羽。
それとお代わりと共に入って来た紅葉(?)なる女性も大変容姿に優れているが、更に上をいく美しさだ。
自分には愛する妻がいて良かった。
しかし並の男性なら一溜まりもないのでは、なんて考えながら視線を部下達へ。
ただ、悲しいかな。
部下達は完全に我を忘れ、一心不乱にお菓子を貪っている様だった。
色気より食い気とは良く言ったもので、合間に美羽と紅葉から注がれた紅茶を啜るを繰り返すとの醜態っぷりに、内心で目眩を覚えた程だ。
しばらくして満足したのか、落ち着きを取り戻す部下2人。
そこでようやく美羽と紅葉がとんでもない美人だと分かり、デレデレとだらしない顔に。
誤魔化す様にしてカップの中身を飲み干し、笑顔の彼女らが紅茶を注ぐ。
これに気を良くした2人は、嬉しさを隠そうともせずニマニマ。
再びカップが空になるを合図にお代わりが入り、男性陣は更にご満悦。
以降、飲み干す→お代わり→飲み干す→お代わりが繰り返され、嫌な顔1つ見せない美羽達。
ひたすら饗され、有頂天になる2人を尻目に、アルフォンスは情けない姿を曝す馬鹿共を叱り付けたい衝動に駆られる。
しかし今は事情を説明中。
状況的に難しく、冷ややかな目を彼らに向けるしかなかった。
アルフォンスの説明が一通り終わった後、凛がした事…それは謝罪だった。
この土地が王国の管轄だと知らなかったとは言え、勝手に家を建てたからだ。
しかし、家から歩いて行ける距離に死滅の森があるとの利便性や、最近はすぐ近くにある高い木を目印に、その木の根元でおやつを食べる時間が楽しみ等。
今の生活が気に入っている旨をアルフォンスに伝える。
ただ、死滅の森=文字通り危険な場所とのイメージしかないアルフォンスにとって、森が近いとの利便性が全く理解出来なかった。
また伝え方が仕草込みで可愛らしいとは思ったものの、木の良さと言うのもイマイチ良く分からず、苦笑いを浮かべるだけに留まる。
後に、事情を訊いた凛・美羽・火燐達以外の面々は「やっぱり、進んで死滅の森に挑む物好きはいないんだ」と思ったとか何とか。
それからも話をする傍ら、お菓子や紅茶をご馳走になるアルフォンス達。
気付けば1時間以上を凛の屋敷で過ごし、壁に掛かる時計を見たアルフォンスが時間が合っているかを確認。
正確だと分かるや、即座に「これ以上長居するのも悪い」と席を立つ。
同時に動いたのが凛。
いつの間に用意したのか、彼は机の引き出しの中(に見せ掛けて無限収納)から横長で深紅色をした箱を取り出し、テーブルの上に置く。
続けて、「こちらを手土産に、サルーン領主にこの土地に住む権利ないし、何らかの便宜を図っては貰えないか」の言伝を頼み、アルフォンスはやや難色を示す。
と言うのも、その箱が横1メートル。
縦と高さが50センチ位と中々の大きさだったからだ。
付け加えれば、箱の中身が気になる。
とっっっても気になる。
試しに持ってみたところ、そう重くはない事から、恐らくではあるが剣等の武器の類いではない。
ならば中身の正体は一体?となり、緊張した面持ちで箱を開けて良いかを凛に尋ね、承諾を得る。
恐る恐る箱の蓋に手を掛け、空けてみると、箱の中には直径30センチ程の球が2つ入っていた。
左が深碧色の球、右が無色透明の球との内訳だ。
アルフォンス達は揃って不思議そうにし、しかし凛から球の詳細を聞いて目玉が飛び出る程驚いた後、とても受け取れないと辞退を申し出る。
凛は残念がり、せめてこれ位はとの気持ちから(袋に入った状態の)クッキーをどこからか用意。
「そうですか、分かりました…こちらは先程のと同じクッキーになります。先程の件とは一切関係なくせめてもの気持ちですので、宜しければ皆さんで召し上がって━━━」
「こちらを長に渡せば良いのですね?」
「「我々にお任せ下さい!」」
しかしそれを差し出されるや否や、途端にキリッとした表情で箱を抱えるアルフォンス。
部下2人も、1人がクッキーを恭しく受け取り、もう1人はアルフォンスの後ろで綺麗な敬礼を行う等。
ある意味見事な連携を披露してみせた。
畢竟、クッキーを気兼ねなく持ち帰る為の理由が欲しいのだろう。
そんなアルフォンス達の変わり身の早さに美羽と紅葉がずっこけそうになり、反対に凛は良いのかな?と若干困りながらも笑顔で頭を下げる。
「あ、ありがとうございます。すみませんが宜しくお願いしますね。」
「「「畏まりました。」」」
その言葉を最後に、アルフォンス達は客間、及び屋敷を去って行った。
それもこれまでにない位、最高の笑顔を残して。
3人はアルフォンス達を見送るのだが、凛は微苦笑で。
美羽達は「渋らず最初から普通に受け取れば良かったのでは?」と言いたげな表情を彼らの背中へ向ける。
勿論アルフォンス達も、最初はあまりにも高価過ぎる贈り物を渡されそうになり、確実に説明を求められた挙げ句怒られると分かり切っていた。
だからこそ、凛から受け取るのを断るつもりでいたのだが…彼らの中で事情が変わった。
甘味の少ないこの世界に於いて、今しがた食べたクッキーは非常に希少なもの。
アルフォンス達はもう2度と口に出来る機会はないだろうと思い、内心かなり残念がっていた。
ところが、凛は交換条件等ではなく『せめてもの気持ち』としてクッキーを差し出してくれた。
この事により、アルフォンス達は凛と繋がりが持てる。
或いは関係を維持出来れば、この先もクッキーが貰えるのでは?との考えに天秤が傾いた。
傾いてしまった。
要は、言い方は悪いが長を犠牲にするとの思いで合致。
少しの間我慢すれば幸福が待っているが共通の認識で、方針を切り替えたとも。
嬉しそうな様子のアルフォンス達が見えなくなるまで、凛達は屋敷前で待機。
そこから3人はリビングへ戻り、ソファーに座りながら軽く話し合いを行うのだが、今から死滅の森に行くにしては微妙な時間。
なので、このまま家で過ごそうとなった。
ならばと夕御飯の用意の為に凛がキッチンへ向かうも、先回りした美羽達によりインターセプト。
体に手を添えられ、強制的に元の位置にまで戻されてしまう。
それだけに留まらず、両隣に座った美羽と紅葉がガッチリホールド。
凛が「何するの」と見やれば、「そっちこそ何しようとしてるの」と物申したげな視線を返される始末。
ジト目同士がぶつかり、追加で周りからも反対の声を上げられれば折れるのは凛の方。
「はぁ…皆が僕を心配してくれるのはありがたいんだけど…料理のストックは使い切っちゃったんでしょ?」
凛が溜め息混じりでキッチンへ向かおうとした理由。
それは昨日から今日に掛け、食べ尽くした料理の補充の為だった。
いくら失意の底にあったとは言え、お腹は空く。
調理する意欲が湧かない=食欲もないとはならず、逆に寂しさを埋める目的だったり、一緒に作った思い出に縋るとの想いで口にした程だ。
この事は(ナビを含め)誰からも知らされてはいないが、せめて簡単なものだけでもと臨むつもりでいた。
「うん。でもマスターの世界には、お湯を注ぐだけで食べれる料理があるって聞いたよ?」
「どうしてそれを…ナビか。」
《はい。マスターが進化した事により、即席食品の生成が新たに可能となった旨を美羽様に報告致しました。》
凛がアルフォンス達と話をしている間、美羽はナビとやり取りを行い、手軽に食事が行える方法を探った。
そして得た情報と言うのが、新規で生成可能となった即席食品とレトルト食品。
状況を察した凛は、「成程ね」と複雑な表情になる。
「しかし正直、あれを料理と呼んで良いものか…。」
《マスター。こちらで早速ご用意致しました。無限収納内にございますので是非お使い下さい。》
「ナビの手際が良過ぎる件…。」
そう言って、諦めた様子の凛が無限収納から取り出すは、ラーメン、うどん、そばを始めとするカップ麺。
粉末状のとうもろこし、じゃがいも、ほうれん草、人参のポタージュにクラムチャウダー、わかめスープ。
フリーズドライタイプの味噌汁やお汁粉、甘酒、卵スープだった。
それらに美羽が用意したお湯を注ぎ、皆で試食。
手軽なのに美味しいと高評価を得るも、あくまで試しでしかない。
案の定すぐに量が足りないとなり、火燐を中心に不満の声が続々と上がった。
凛はついでとばかりに万物創造を用い、デザートを兼ねる…かも知れない飲み物を準備。
スティックタイプのカフェラテ、キャラメルマキアート、抹茶ラテ、ココア、カフェモカ。
それとストレートティーやミルクティー、林檎や桃等のフルーツティー。
2分程でそれらはテーブルの上に並べ終わり、各々が希望したものを開封。
再びお湯を注ぎ、先程の(スープ等を含む)食べ物よりもこの飲み物の方が甘く、美味しいとして喜ばれた。
その後、美羽達から違う味を試したいだったり、同じものが飲みたいと。
様々な要望でお代わりする者が続出。
結局、凛1人だけが忙しそうに動き回るのだった。




