34話
今朝方、暁は銀級のオーガから金級の妖鬼へ進化を済ませていた。
額に生える角はそのままに、2メートル以上あった身長は180センチ程にまで縮小。
…否、凝縮したとも取れる強靭な肉体に加え、精悍な顔付き、濃いめのオレンジ色をしたミディアムヘアーへと変貌を遂げる。
事の起こりは昨日。
細かく言えば凛が急遽進化の為に休んでしまって以降、美羽達は彼が起きるのをリビングでひたすら待っていた。
午後になってからもそれは変わらず、火燐だけが苛々した様子でリビング内をうろうろ。
好奇心旺盛な彼女は、あまりじっと待つのが得意でない。
むしろ、即断即決を地で行く性格故に向いていないとも。
やがて限界を迎えた火燐がストレス発散しに行くと告げてリビングからいなくなり、微妙な空気だけが残された。
ただ、出て行ったのが火燐とは言え、彼女1人では危険。
万一の場合があっては凛に申し訳が立たなくなると考えた美羽は、行きたい人は火燐の後を追って良い旨を伝える。
雫達は美羽から出された提案を元に話し合いを行った結果。
翡翠と楓が屋敷に残り、(美羽以外の)他のメンバーは少しでも強くなりたいを根拠に火燐の後を追うとなった。
ついでに、しれっと残ろうとした旭を暁が無理矢理引っ張り、3時間近く経ってから帰途。
理由は(ある意味)最も目立っていた暁が進化可能だと分かったからで、火燐も暴れまくった事でそこそこ頭が冷えた…との話を、凛は遅めの朝食を摂りながら伺った。
「…そうだったんだ。皆、色々と迷惑を掛けてごめん。」
予想外だったとは言え、皆に対し申し訳なく思ったのは確か。
凛は椅子から立ち上がり、深くお辞儀をする。
これに慌てたのは彼以外の全員だ。
凛の常日頃の行いや活躍は、誰が見ても称賛すべき事柄。
アフターケアやフォローも素晴らしいの1言で、彼の働きぶりに皆が心酔しきっている。
そんな凛が不在となれば心配するのは当然だし、むしろ迷惑を掛けているのは自分達の方。
しかしながら、下手な慰めは却って逆効果。
返答に困った火燐達の視線は、凛の隣に座る美羽の方へと向かう。
「マスターはボク達とは比べ物にならない位、すっごい眠気に襲われたんだもん。こればっかりは仕方ない…だから、この話は終わり!」
これ以上の問答は受け付けません!とばかりに、美羽がパンッと拍手。
「そんな事より、マスターに質問があるの。」
「そんな事って…酷いなぁ。で、質問って?」
「マスターが起きた位から力が湧いて来る感じがしたんだけど…何かした?」
「それは僕が進化した影響だね。ナビが成長して、リンクの幅が広がった。スキルも全体的に成長したって聞いてるよ。」
簡単ではあるが、万物適性上昇スキルを個人に合わせて調整。
身体能力の向上もこれに当て嵌まり、各々が得意とする属性はより優位に。
苦手な分野は気持ち緩和される運びとなった。
彼ら彼女らは凛(厳密にはナビ)からの恩恵を享受する立場。
特に美羽は満遍なく適性を持つとの観点から、殊更変化を感じ取ったのかも知れない。
「…と言う事はつまり、ボク達はまだまだ強くなれる?」
「うん…と言うか、今もナビがめちゃくちゃ張り切りながらスキルを改造していたり…。」
『?』
凛は答えている様で答えになっていない反応を示しつつ、「はは…」と遠い目をする。
彼の突然の心境の変化に美羽達は付いて行けず、急にどうしたんだろう位にしか思わなかった。
凛の進化により、万物創造スキルの性能が向上。
それに伴い、万物創造から創り出した『天歩』を始めとするスキルやビットの機能性等もアップした。
ならば統括するポジションであるナビの処理能力も上がるのは必然。
ただナビ自身、諸々の確認作業を行うと同時に、自身が至らないせいで凛に余計な負担を与えてしまったとも考えた。
凛から求められたサクサクルースに関しての情報を開示した後、スキル改造を施して良いかの承諾を求める。
スキルの使い勝手が良くなれば今後の行動がスムーズに進行。
そう判断した凛はナビの申し出を許可するのだが…これが間違いの始まりだった。
同じスムーズとの意味でもナビは少し違った方向で捉え、今の内にやれる事は全てやってしまおうと勘案。
そんなナビが最初に手を付けたのが『効率化』スキルだった。
効率化に効率化を何回か上乗せし、10分程で『超効率化』にアップグレードさせるのだが、その効果が凄まじい。
魔法や身体強化と言った。
魔力を使う消費量そのものを、それまで20%から60%へダウン。
効果や威力は、プラス50%から150%にアップ。
魔法の詠唱に至っては、25%から最大100%カット。
つまり、魔法適性の高い者はイメージするだけで魔法の発動が可能となった。
更に、魔物を倒して得られる魔素量が既存の5倍から50倍へと増大。
その事で、成長する際に必要な魔素を大幅に削減出来るまでに。
他にも、成長した天歩は手からでも、慣れれば念じるだけで発動出来たり。
応用と言うか、元々足場のみだったのが(地上、空中問わず)ちょっとした上り坂や下り坂が創れる様になっただとか。
周囲20キロ圏内を調べる『サーチ』や、視認した(魔物の死体や薬草等の)ものを収納する『遠隔収納』(通称ストレージ)。
武器や防具の生成に特化し、その武具に炎属性等を付与出来る『武具創造』と言ったスキルが、凛の知らない内に勝手に創られていた。
これらの説明を凛は苦笑いで行うのだが、10分以上を費してようやく終わる程。
あまりの情報量の多さに、美羽達は思考だけでなく体までもフリーズさせた。
因みに、先程得られる魔素量が5倍から50倍へと伝えたが、それは正確な情報ではない。
ナビは凛に内緒でリンクを弄り、倒した本人に50倍の魔素を吸収させるのとは別に、等倍分の魔素をリンク越しにこっそりと送る仕組みを作成。
これは凛へ対する忠誠心が迸った結果によるもので、本人(?)は内助の功のつもりでいる。
今はまだ配下が少ない為に効果を実感しにくいが、数十、数百、数千…と。
配下の数が増えれば増える程、凛の強化へと繋がる仕組みでもある。
ついでに、進化しようとした時に得られる情報が、それまでの2つから3つ先に増えた。
食事を終えた凛は美羽だけを連れ、死滅の森表層中部へ。
そこでポータルの回収と小屋の解体。
及び可能であれば昨日の黒い亀の魔物を確保出来ればと思ったのだが…
「やっぱりないか…そりゃそうだよね。」
2体共、忽然と姿を消していた。
あれから1日と少しが経った影響からか、良く見れば引き摺られた跡が。
自分が去ってからすぐに持って行かれたかも知れないし、もしかしたら直近の可能性も。
どちらにせよ、いなくなったのであれば仕方ないと諦めるしかない訳で。
どうしたの?と首を傾げる美羽に何でもないと返し、作業へと移る。
午後1時半頃、死滅の森入ってすぐの浅い場所(凛の屋敷から徒歩数分)にいる火燐達と合流。
それから30分程、皆で近くを散策。
するとナビを通じ、サルーン方面からこちらへ向けて誰か来る事が分かった。
探索は中断。
少々名残惜しいが、皆で家路に就くとの運びに。
屋敷の全貌が分かるところにまで戻ると、そこには3人の男性が。
上司と思われる男性が部下の男性2人に指示を出し、屋敷の周りを調べている様だった。
上司と思われる男性は20代半ばの見た目。
短く切り揃えた金髪に、首から下が鉄製の鎧を着用。
他の男性2人は鉄鎧に加え、鉄で出来た兜まで身に付けている。
(見るからに不審者だけど、声を掛けない訳には…って、そう言えばこの世界に来てから人と話すのはこれが初めてだ。)
何事もなければ第1街人発見!となったかも知れないが、今は真面目な時。
なるべく緊張を表に出さず、凛は男性達の元へ歩み寄る。
尚、里香達やマクスウェル達。
エルマ達や紅葉達は純粋な『人』ではない為、敢えて除外とする。
「あの…僕達の家に何かご用でしょうか?」
「…!失礼しました。貴方がこ…!?」
金髪の男性的に、屋敷の所有者と思われる人物から声を掛けられたと解釈。
後ろを振り向き、『貴方がこの立派な屋敷の主様で相違ないでしょうか』と尋ねようとするも、言い終える事は叶わなかった。
視点が変わり、真っ先に見えたのが凛━━━ではなくオーガで、彼の存在に驚愕したからだ。
近くにいた部下2人もそれは同様。
揃って絶望の顔を浮かべていた。
オーガは金級の強さを持つのに対し、上司の男性は金級寄りの銀級。
部下2人はそれ以下の腕前でしかないからだ。
赤い1体だけならまだしも、残る黒い2体は流石に無理だと判断。
軽い様子見のつもりが、とんでもない事態に発展したと受け取らざるを得なかった。
「がこ…?あ、後ろにいるオーガは言葉を理解していますし、襲う事はないのでご安心下さい。それと、一応僕がこの子達の主になります。」
そんな彼らの決死な覚悟とは裏腹に、凛が言い放ったのがそれ。
何事もないかの如く明るく振る舞う彼女に、男性3人は絶句。
「ここで立ち話もなんですし、詳しい話は中で致しましょうか。皆さん、どうぞこちらへ。」
ニコニコ微笑む凛に金髪男性はすっかり毒気を抜かれ、「はぁ…」と生返事。
火燐達が先に歩き、男性達を誘導する形で凛と美羽が続く。
男性達は困惑しつつ、案内されるまま入ってすぐ左にある客間へ。
他の面々はリビングで待機となった。
美羽に1言2言告げた凛も客間へ向かい、男性達を椅子に座るよう促す。
それからそう時間が経たずしてノック音が聞こえ、トレイを持った美羽が入室。
男性達が座るテーブル、その眼の前の位置にクッキーやチョコチップクッキー、ビスケットが乗った皿。
それとカップに注がれた紅茶を置く。
男性達はまさかここでお菓子が出されるとは思わず、先程までの極度の緊張状態から一転。
出されたお菓子や飲み物へ釘付け状態に。
毒殺も考えたが、そんな回りくどい手段を取る位ならここへ至るまでに何かしている。
むしろ見た目と言い香りと言い、自分の中の本能が受け入れろと全力で囁くすらあった。
その後、恐る恐る食べて良いかを尋ね、凛が快諾。
それを合図に物凄い勢いで食べ始め、あっという間に完食。
あれだけあったクッキーが空になり、内1人が一気に頬張り過ぎて喉を詰まらせる…なんて場面があった程だ。
凛が笑顔で2皿目を用意するよう頼み、クスクス笑い、了承の意を示した美羽が客間から退出。
そこで改めて金髪の男性こと、アルフォンスが屋敷に来た目的について話をし始めるのだった。




