33話 8日目
8日目 午前7時
凛が建てた屋敷のダイニング、そこに美羽達の姿はあった。
ただ本当にいるだけ。
会話どころか、誰1人として口を開こうとしない。
お通夜みたく、沈み切った空気がダイニング中を漂っていた。
と言うのも、本来であればキッチンで笑いながら調理を行い、出来上がった料理を食す。
感想も兼ね、感動したり喜んだりして楽しい時間を過ごす。
そして今日の予定について話し合い、実際に行動し始める…はずだった。
しかし、この場に皆を引っ張り、最も頼れる存在である凛はいない。
未だ目覚める気配を見せず、自室で眠ったままの状態だからだ。
不安は刻一刻と募り、更に気分を落ち込ませ、場を沈鬱とさせた。
昨日、夜の時間になっても凛は自室から出て来ず、静かなまま。
それが美羽達は気掛かりではあったが、翌朝になれば流石に起きるだろうとの期待から早めに就寝するとの運びに。
しかし横になったは良いものの、やはり凛が心配。
彼を除く者達はいずれも数時間。
長くても半日以内には進化を終えているからだ。
それが気掛かり→不安へと繋がって中々寝付けず、眠れたとしても浅いものへ。
やがて時刻は午前4時前に。
美羽が階段を下りたを皮切りに、彼女の足音が聞こえた者が1人、また1人と続き、最終的に全員がリビングへ。
やはり凛は姿を見せず、それから1時間。
2時間、3時間が経った現在でもそれは変わらなかった。
これ以上は待ち切れないと判断した美羽達は、凛の様子を見てみるとの意見で一致。
膳は急げとばかりに一斉に立ち上がり、彼の部屋へ。
そしていざ(昨日は顔を見たと同時に目を閉じられ、内装を見ずに出たので)改めて入ってみれば、室内は壁掛け時計、魔石付きコンテナ、大きめの作業台、そしてベッドとシンプルな装い。
それでもやはり男の人の部屋と言う事で(月夜と小夜以外の)女性陣がドキドキし、凛の得も言われぬ可愛らしい寝顔で更なる追撃が。
火燐は「チクショウ、可愛過ぎんだろ」と真っ赤にしながら顔を背け、エルマ、イルマ、紅葉は「何だかいけない事をしてるみたい(です)…」なんて漏らしつつも満更ではない様子。
残る美羽、雫、翡翠、楓の4人だけが心細そうに彼を見詰める。
ややあって、試しに美羽が呼び掛け、軽く体を突いたりするも凛は起きない。
彼女と代わった火燐が耳元で叫び、激しく揺さぶっても結果は同じ。
美羽達は残念がり、それでも何か良い案がないかを模索。
しかし今はどうしようも出来ないとだけ分かり、後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にする。
それから4時間強が過ぎた正午頃。
丸1日以上を経て、ついに待ち焦がれた瞬間が訪れた。
遠くからバタンと扉が閉まる音から始まり、廊下を歩き、階段を下りる。
その1つ1つの音を美羽達は聞き逃すまいと耳を澄ませ、近付いて来る毎に緊張感が増していく。
やがて見慣れた足、胴体、顔の順で体貌を確認。
そのシルエットへ吸い寄せられる様にして移動を始め、階段を降り切ったところで合流。
美羽が号泣しながら待望の人物━━━凛へ抱き着き、(暁達男性陣を除く)全員が多かれ少なかれ涙した。
凛は半人半神から、サクサクルースと言う種族へ進化。
神輝金級。
それも上位の強さとなり、『万物適性上昇』とのスキルを得る。
これはあらゆる面での適性が上がるとの効果が。
一見すると性別や種族問わず恩恵がある風に感じられるが、誰にでも得手不得手はあるもの。
短所を補うとのメリットは魅力的ではあるが、美羽の時と同様。
ほぼ2人だけの専用スキルとの意味合いが強い。
加えて、万物創造を始めとした各種スキルの性能が向上。
リンクの幅が少し広くなり、念話の届く距離が延びただけでなくイメージをより伝えやすくなる等の利点も得られた。
それと、現時点に於いて。
まだ凛もナビも気付いていないものの、格がより神へと近付き、それに伴って自分の体の構造を少し弄れる様にも。
合流後、凛は引き続き階段上がり口付近で美羽達と談話。
そこで思い出されるは、現状へ至るまでの経緯だった。
ナビから自身に関する報告は受けておらず、真っ先に壁掛け時計を確認。
「あれ?そこまで時間が経っていない?」「いえ、どうやらマスターは丸1日以上お休みになられた様です」的なやり取りを元に(驚愕のあまり)その場で軽く跳び上がり、まずは無事を知らせなければとの想いで一直線にここまで来た。
と言うのも、美羽はイェブへ。
火燐達は炎の精等へそれぞれ進化したのだが、名前だけなら向こうの世界で聞き覚えがあったからだ。
自分もそれに連なる種族へ進んだのではと考えた凛は、自室を出た際に地球の情報と照らし合わせるよう、予めナビに頼んでもいた。
《検索の結果、サクサクルースは『アザトースの雌雄同体の落とし子』と呼ばれている、との情報が得られました。》
「雌雄…同……体………。」
結果を聞いた凛が崩れ落ちる。
ナビからサクサクルースに進化したと告げられてから嫌な予感がし、払拭の意味合いも込めつつ調べて貰った結果がコレ。
雌雄同体。
つまり1つの個体に雄と雌の繁殖器官がある事を指す。
それを凛は、自分は性別上男なのに女の見た目をしているからだと解釈。
また蝸牛や蛞蝓、蚯蚓にアメフラシに条虫等と同じ分類であるのもショックで、それが追撃となって力が抜けたとの流れに。
注目すべきは、雌雄同体よりもその前にある部分なのだが…。
「マスター!?」
「お、おい!?大丈夫か!?」
ともあれ、良くも悪くも(個人的には悪い意味の方が強いと思っている)斜め上に進化したとして落ち込む凛。
しかし周囲は異なり、実は彼はまだ体調が万全ではない。
自分達へ顔を見せる為に無理をしたんじゃないかとの考えから、美羽と火燐が慌て、雫達もハラハラした様子で彼に寄り添う。
「…僕は半人半神から、サクサクルースって種族に進化した訳なんだけど…。」
近くで心配がる美羽達を他所に、凛は四つん這いのまま口を開く。
唐突な語り出しに美羽が「う、うん?」と応え、火燐達も何か急に語り始めたぞ?とばかりに顔を見合わせる。
「名前自体は有名と言えば有名でね。僕もまさかとの思いが強い。」
「へー、そうなん━━━」
「けどさ、異名を聞いてしまうとちょっとね…。」
「異名?」
「雌雄同体。」
『雌雄同体…?』
「何だそりゃ?」
「簡単に言えば、1つの体に雄と雌の部分を持つ生き物の事…こんな感じでね。」
尚も疑問符を浮かべる美羽達へ、凛は蝸牛を始めとする生物達のイメージをリンク越しに表示。
美羽達は揃って顔を歪め、苦笑いを浮かべる等して嫌悪感を露に。
だがそれは、彼女らがナビとリンクしているからこそ分かると言うもの。
対象外であるエルマとイルマに伝わるはずもなく、揃って首を傾げていた。
その視線に逸早く気付いた楓は、近くにあった(凛がメモ用に用意した)紙とペンを使い、手早く描き始める。
1分程でサラサラっと書き終えたイラストは、短時間にしては結構リアルな出来。
渡された絵を見たエルマ達はかなりドン引き。
何気なく見た事に対して後悔、そんな表情だった。
因みに、今回のやり取りで楓に絵の才能があると判明。
後に、細かい描写から可愛くデフォルメ化したものまで、割と何でも描けるのも分かった。
その後、美羽達から5分程励まされ続けたものの、凛への効果は今一つ。
そこへ火燐が『凛は強い上に可愛いんだから別に良いじゃねぇか』と口を滑らせ、彼を益々落ち込ませてしまう。
凛はその場で体育座りをし、死んだ魚のような目でぶつぶつと呟く事態にまで発展。
いくら美羽達が言葉を投げ掛け、体を揺さぶろうが何の反応も示さなくなった。
これに怒った美羽は火燐に厳しい口調で指摘。
火燐は火燐でたじろぎながらも自分は悪くないと言い出し、それが切っ掛けで口論に。
そしてそれは5分を過ぎても収まらず、最終的に火燐VS美羽&雫&翡翠の構図で睨み合いに。
イルマと紅葉はオロオロし、他の者達は心配そうに火燐達を見つめるばかりだった。
その様な中、徐に席を立つ1人の青年。
その青年は濃いオレンジ色の髪をしており、凛が目覚めてからは離れた位置で控え、今の今までずっと黙っていた人物でもある。
彼の行動は否が応でも皆の注目を集め、バッチバチに火花を飛ばす美羽達ですらそちらに意識を向ける程。
その視線を知ってか知らずか、当人はまっすぐ凛の元へ。
彼の少し手前の位置で立ち止まり、かと思えばその場に跪き、静かに頭を垂れる。
「…凛様。この度の進化、心よりお慶び申し上げます。」
「…?」
凛はどこか聞き覚えのある声だと思い、虚ろな視線を青年に移す。
「その声…もしかして暁?」
「はい。貴方様より名前を賜りました、暁でございます。」
青年━━━暁の答えにより、目だけでなく顔全体にまで生気が戻った凛は、やがて立ち上がるまでに回復。
「ありがとう。暁こそ、妖鬼への進化おめでとう。」
「はっ。勿体なきお言葉。」
むしろ嬉しそうにお礼や祝辞を述べる程で、暁は恐縮した様子で更に頭を下げる。
そんな彼を立たせ、先程とは打って変わって明るい声色で語り合う凛。
安堵した美羽達も参加し、一気に賑やかとなるのだった。
万物適性上昇は全能力10%アップだと考えて頂ければ。




