32話
夕食を過ぎての入浴時
「何だか疲れちゃったな…。」
自分は皆を率いる立場にあり、誰1人として失わず無事に帰さなければならない。
その責任感から凛はいつも以上に周囲へ気を配り、最大限のサポートをして回った。
攻防共に目覚ましい活躍を見せ、1度や2度どころか軽く10回は仲間のピンチを救ってみせた。
おかげで彼の評価は鰻登りではあったものの、それに見合うだけの苦労を引き受ける羽目になったのもまた事実。
壁に頭を預けた凛は、ぼんやりとしながら反対側の壁を眺める。
「まぁでも、あれだけ寂しそうにしてくれると作った甲斐はあるかも。」
食べられなかった者の為にデザートの一部を残すとなった際、皆一様に浮かべるは捨てられた仔犬みたいな顔。
その光景を凛は思い出し、クスリと笑う。
「今日が今日だったから明日もなんて言われるだろうし、早めに━━━」
休もうかな。
そう口にしようとし、直後に聞こえたのは「あのー…」との声。
不思議に思って浴室の入口の方を見てみれば、顔を出し、こちらを窺うエルマの姿が。
エルマは助けて以降少々恥ずかしがり屋に変化した上、(畏れ多いとの意味で)凛と少しばかり距離があった。
そんな彼女と視線が合い、始めは何かの見間違いだと捉えていた凛の目が次第に大きくなる。
「えっ、エルマ!?」
「美羽ちゃんから…。」
「凛様の背中を流す様にと…。」
「言われまして…。」
しかもエルマだけではなかったらしい。
エルマの下にイルマ、その更に下に紅葉が…と言った感じで顔を出す。
彼女達は凛が「い、イルマ!?それに紅葉まで!?」と叫び、驚愕する様を知ってか知らずか、やはりバスタオル姿で入って来た。
これに慌てたのは凛。
美羽や雫達は神界で出会い、(凛的に)身内だったり家族の関係。
だがエルマ達は送り出されてから知り合った存在。
言わば他人だ。
いくら仲間でも節度やマナーは必要だと判断し、急いで後ろを向く。
「あの…3人共。いくら美羽達に言われたからって、無理して入らなくても大丈夫だからね?」
凛がそう尋ねるも何のその。
言い終える頃には3人共既に浴槽手前にまで移動しており、そのまま躊躇う事なくすぐ傍にまで歩み寄って来た。
「「「…ううん(いいえ)。確かに少し恥ずかしいけど(ですが)、無理はしてないよ(おりませんよ)?」」」
「そうですか…。」
3人からの答えに、再び肩を落とす凛。
それとは対照的に、エルマ達は恥ずかしそうにしながらもその表情は柔らかいものだった。
6日目
美羽は今までの半人半神の眷属から、イェブに進化。
凛だけが微妙な反応を示し、他は初めて聞く種族名に揃って「?」と不思議がるのが印象的だった。
彼女の魔素量は魔銀級上位にまで上昇。
『時空間操作』、『全属性適性上昇』のスキルを得た。
時空間操作は時の流れを早めたり遅めたりし、新たな空間の生成。
並びに、空間を広げたり縮める事が出来るスキル。
全属性適性上昇はその名の通り、炎から無属性に至るまで全ての属性を使いやすくし、効果を上げてくれるスキルとなる。
「初めてのスキル獲得、しかも2つか。どちらも強力そうだし幸先良いな。」
美羽のスキル取得に併せ、適性がある者は凛(正確にはナビ)を介して付与が可能となった。
ただ時空間を含め、全属性に適性がある者はそもそも凛に美羽。
それと里香や瑠璃位しかいない。
このままでは死にスキル…とまではいかないにしても十全に発揮するには程遠く、里香と瑠璃を除いた2人だけの専用スキルとなる。
それだと色々と勿体ないので、凛は近々スキルの改良が出来ないかを相談するつもりでいる。
話は戻り、凛はまさかとも思いつつ、イェブについてをナビに尋ねてみる。
しかしエラーが繰り返されるばかりで、何一つとして情報らしい情報は得られらなかった。
凛はあれこれと考えてはみたが結局纏まらず、最近は戦闘ばかりが続いたを口実に今日1日を休みとした。
夕食までまったりと過ごし、その後に来るのは当然入浴。
凛が入浴しててもお構いなしとばかりに、火燐以外の全女性がバスタオル姿で入って来た。
「おっ邪魔しまーっす♪」
「まーす。」
「へへへー♪来ちゃったー!」
「お邪魔しますね…。」
「凛さんが女の子みたいだからって言うのも勿論あるんだけど…。」
「うん。いつも以上に凛さんの近くへ寄れる。これはこれで有りだよね。」
「…失礼致します。」
「「失礼シマス。」」
美羽、雫、翡翠、楓、エルマ、イルマは談笑し、紅葉は楚々として。
月夜と小夜は紅葉の付き添いとの名目で彼女の近くにいる。
皆1度入ったはずなのに、再び来るのは何故なのか。
過去に凛が美羽達に質問した事があるのだが、返って来たのはえへへーとの笑みだけ。
1人で入りたいと何回伝えても受け入れて貰えず、それどころかこうして全員が乗り込んで来る始末。
「…もう、好きにして…。」
地球にいた時もこんな感じで姉達が入って来たなぁ…等と思い出しつつ、凛はさめざめと泣く仕草で両手で顔を覆う。
「そんなマスターに…ドーン!」
「どーん。」
からの、美羽と雫による突撃。
彼の両肩に体当たりし、流れる様な動きでの抱き着きに「お2人共いけません!」と紅葉より注意が入る。
「あ、紅葉ちゃんもやりたかったんだ。ゴメンね?」
「どーぞどーぞ。」
謎の気遣いで今度は紅葉が窮地に立たされ、物凄くテンパらせた。
この日を境に(今更とも言うが)、凛に対して一定以上の好感度を持つ女性は、凛が入浴中だろうがお構いなく浴室へ入るのがデフォルトとなった。
その頃、脱衣場では
「美羽達…なんであんな気楽に乗り込んで行けるんだ…?」
ドア越しに、浴室内の様子を覗く火燐の姿が。
「だが、今ならオレが入っても不思議じゃねぇよな!」
そう言ってワイシャツに手を延ばし、
「ぐ…ぐぐ…だぁっ!やっぱ無理っ!!」
しかし恥ずかしさに耐え切れず、足早にその場を去る彼女。
勢いそのままにダイニングを抜け、階段を駆け上がっていった。
「「………。」」
そんな火燐を、ダイニングのソファーに座る暁と旭が何とも言えない表情で見つめる。
浴室で一体何がとの思い。
加えて、主も自分達と同じくのんびりと風呂に入りたいと愚痴を零していた事から、同情を禁じ得なかったのかも知れない。
7日目
朝食を摂りながら皆で話し合い、最優先事項として一昨日設置したポータルの回収。
その後、屋敷近くで探索する事が決まった。
午前8時を過ぎた頃、美羽達は先に屋敷を出発。
手を振る彼女らを見送った凛は、単身での行動。
回収も兼ね、表層中部へと向かう。
到着後、小屋から出ようとした凛がドアノブへ手を伸ばした瞬間。
何かが激しく小屋へぶつかったのかドォォォォォォォンと物凄い音がなり、見合うだけの衝撃が彼に届けられた。
即座に腕を引っ込め、「うわっ!?な、何!?」と警戒心を露にする。
《どうやら、9時の方向で戦闘が起きている模様。》
「戦闘!?小屋の回収をしたいんだけど…その前に、相手をどうにかする方が先か。」
迅速な動きで小屋に施した強化術を解除した凛は、反対側となる左の壁に穴を開け、脱出。
そこから10メートル程離れ、後ろを確認してみる。
彼の目には、2体の魔物の姿が。
1体目は黒い亀の魔物。
もう1体はドラゴンと思われる。
黒い亀の魔物は高さと横幅が2メートル位なのに対し、ドラゴンは高さだけで5メートル以上。
全長も15メートルはあり、大きさにかなりの差があった。
そのドラゴンは全身がエメラルドみたく鮮やかに光る緑色の鱗で覆われ、手足を少し短くしたステゴザウルスに近い見た目。
体の何箇所かが凹み、口元には青い血が流れた形跡があるものの、まだまだ健在の様だった。
対する黒い亀の魔物。
どうやら音と衝撃の原因はこの魔物らしい。
ドラゴンに吹き飛ばされたのか小屋のすぐ隣に位置し、横倒しの状態。
丁度起き上がろうとしている場面で、離れた場所からドラゴンがゆっくりと歩いている最中でもあった。
このドラゴンは先日倒した土竜…ではなく、ランドドラゴンがグリーンリーフドラゴンを経て更に進化を重ね、黒鉄級上位の強さにまでなったものだ。
名をフォレストドラゴンと言い、このクラスになると100年以上の永きに渡って生き長らえている個体も多い事から、別名古竜とも呼ばれる。
素早さこそあまりないものの、エメラルドに輝く硬い鱗の鎧で全身を覆い、高い防御力を誇る。
気性が荒く、攻撃が届きそうにない場合は強力な土属性魔法を使うとの厄介さを持つ。
対する黒い亀はアダマンタートル。
甲羅の部分がアダマンタイトで出来ているからかかなり重く、付随して防御力も非常に高い。
その硬さたるや、フォレストドラゴンの強靭な鱗や外皮ですら凹ませ、ダメージを与える程だ。
ただ、その代償としてフォレストドラゴンの怒りを買ったらしい。
力強い尻尾攻撃を貰い、背中から小屋へ衝突。
小屋自体は強化に強化を重ねたからか揺れる程度で済んだものの、自慢の甲羅は一目で分かる位に大きなヒビが。
余談として、アダマンタートルは手足を甲羅の中へ入れる速度に関しては速い…が、ただそれだけ。
防御力の高さのみが取り柄と言っても過言ではないアダマンタートルは、ランク付けの指標ともなる黒鉄級の強さを持っている。
フォレストドラゴンが悠然と歩く姿を確認してから、10秒近くが経過。
距離は100メートルを切り、フォレストドラゴンの後ろにアダマンタートルがもう1体いるのが窺えた。
凛がこの場に居合わせてからずっと水属性魔法をフォレストドラゴンにぶつけていたのは分かっていたものの、高さの違いからようやく捉えたと言った方が良いかも知れない。
そして水魔法についてだが、属性の優位性から大して効いていない風に見える。
その上フォレストドラゴンよりも更に足が遅く、縮まるどころか離される一方。
実力の差がこれでもかと浮き彫りに。
状況から察するに、アダマンタートル2体掛かりでフォレストドラゴンと対峙。
コンビネーションを重ね、ある程度ダメージを与えるまでは上手くいったものの、分断されてから上手くいかなくなったのではとの推測がされた。
話は戻り、フォレストドラゴンは凛の手前50メートル位の位置で足を止め、「部外者はここから去れ」とばかりに大きく吼える。
ただ、凛は特に反応を示さず、黙ってこちらを見据えるのみ。
警告しても尚、動く素振りを見せない矮小な存在。
つまらない、邪魔…だから排除する。
そう決めたフォレストドラゴンは明確な殺意を凛にぶつけ、大きな足を1歩前へと踏み出す。
「…!」
フォレストドラゴンのいきなりの標的変更に、凛は反応。
しかし争いの余波が周りへ伝播し、近くにいる魔物達がこちらに来るのではとの考えが過り、なるべく早めに終わらせなければとの了見に。
「ガァァァァァァ!!」
走るフォレストドラゴン。
彼の魔物の咆哮に併せ、(凛から見て)正面より岩で出来た幾つもの塊や尖った柱が。
足元からは複数の棘が隆起し、一斉に彼を襲う。
当の本人は今の状況下でも一切慌てておらず、むしろこの攻防が勝敗を分けると咄嗟に判断。
大量の魔力を体や武器に纏わせ、切れ味や身体能力を格段に上昇。
フォレストドラゴンが放った攻撃全てを掻い潜り、すぐ触れる距離にまで瞬く間に肉薄。
「ごめんね」との呟きと共に、瞠目するフォレストドラゴンの太く長い首を一太刀で両断してみせた。
死んでも尚走る勢いは収まらず、50メートル近くズガガガ…と一切合切を薙ぎ払い続けたところでようやく停止。
凛はフォレストドラゴンにばかり意識を向け、その後を全く考慮してなかった為に「あ、ヤバっ」と肝を冷やす。
すると何故か、2体のアダマンタートルが怒り出した。
突然の訳が分からない事態に凛は戸惑いつつ、しばらく彼らの体当たり。
水によるブレスや魔法を捌き続けるも、一向に鎮まる気配は見られない。
被害こそこちらの方が上ではあるものの、実はフォレストドラゴンを倒すつもりでおり、手柄を横取りされて腹が立ったのか。
将又単純に凛の存在が気に食わなかったのか、それとも別な理由があるのは分からない…が、凛を標的として狙うのは確か。
仕方なく倒すとなり、フォレストドラゴンと同じく魔力を込め、動こうとした途端。
アダマンタートル達は手足や首を甲羅の中に引っ込め、その場から動かなくなった。
凛はこのまま去ろうかとも考えたが、気を抜いた瞬間に襲われでもしたら面倒との考えから、攻撃を続行。
刀を大きく上げ、甲羅ごと叩き割るつもりで勢い良く振り下ろす。
ところが結果は真逆。
パリィィィィンと音と共に、根元から刀身が砕けてしまった。
先程のフォレストドラゴンで攻撃が重なり、アダマンタイトの硬さがトドメとなったのかも知れない。
ともあれ凛は絶句。
信じられないものでも見た様な顔付きで刀を見やる。
それを察したアダマンタートルがヒョコッと首を出し、安全だと分かるやすぐ得意げに。
目と目が合い、苦い表情の相手に益々ドヤ顔を浮かべるかと思いきや。
死角に喚び出されたビットにより頭部を射貫かれ、あっさりと絶命。
油断を誘う部分があったとは言え、本体自体はそれ程硬くないと理解した凛は「えー…」と拍子抜け。
残るもう1体は、ぐでぇ~~っと舌を出しながら死んだ相方を見て少しの間呆然とした様子に。
程なくして我に返ったアダマンタートルが戦意を見せるも、やはりアッサリ討伐される流れとなった。
「ふぅ。さて、思ったより時間掛かっちゃったし、急いで回収…うっ!?」
安堵の表情を浮かべ、建物や魔物達を回収する目的で凛が踏み出した直後。
猛烈な眠気に襲われ、その場に崩れ落ちそうになる。
どうやら、今しがた倒したフォレストドラゴンは成長した個体らしい。
得た魔素が多く、黒い亀が引き 金となって進化へと繋がった模様。
とてもではないが、全てを終わらせて戻るのは不可能。
ポータルや小屋は当然として、アダマンタートルも諦めざるを得ない状況。
せめて(フォレスト)ドラゴンだけでもとの思いから、そちらの回収だけは行った。
帰宅後、凛はかなり覚束ない足取りで自室へ。
それに併せ、移動先で魔物と遭遇。
戦闘になり、倒した影響で進化する旨を、念話越しに美羽へ伝達。
やがて自室に到着。
倒れ込む形でベッドへ横になり、ほぼ同じタイミングで部屋に駆け込んで来る美羽達を横目で辛うじて視認。
こちらへ手を伸ばす彼女達の動きは妙にスローモーション。
その事を不思議に思いつつ、凛は意識を手放すのだった。




