35話
凛は火燐達を見送った後、3階にいる美羽の元へ向かい、ワッズを訪ねに再びサルーンへ行って来る旨を伝える。
美羽は一緒に付いて行きたそうにしていたものの、自分もいなくなっては皆へ説明したり屋敷を守る者がいなくなるとの判断から、渋々残ると返事を行った。
しかし凛から少し申し訳なさそうに頭を撫でられると、首を左右に振り、笑顔で凛を送り出した。
凛は先程通ったポータルで宿直室に戻り、そこから通路を経て解体場へ入る。
そして部屋の真ん中辺りの位置にて、フォレストドラゴンを見ていると思われるワッズへ駆け寄った。
「ワッズさーん!すみません、お待たせしましたー!」
「おー凛、やっと来たか!ついさっきフォレストドラゴンの解体は終わったんだが…腹ん中からちょっと変わった物が出てよ。どう扱うか頭を悩ませていた所なんだ。」
「変わった物?」
そう言って、凛はワッズに促されたものへと視線をやる。
そこには、高さ1メートルから2メートル程の銀色の塊が4つ、それと1メートル程の黒く光る丸い鉄の塊が1つ置かれていた。
(程度は異なるものの)いずれも現在の四角だったり、丸に近い形になるまで溶けた様だ。
どうやらワッズは、フォレストドラゴンではなくこれらを見ていたらしい。
「こいつらはミスリルとアダマンタイトで出来ててな。恐らく、このどっちかが原因でアダマンタートル達はフォレストドラゴンと争ったんじゃねぇかと俺ぁ思うんだよ。こいつらは取引に含まれてねぇし、どうしたもんかねぇ…。」
実は討伐されたアダマンタートル達は夫婦で、フォレストドラゴンの胃から出て来たアダマンタイトの塊は、彼らの子供だったりする。
フォレストドラゴンはミスリルの塊となる四角いものを捕食後、しばらくしてアダマンタートルの子供を発見し、おやつ感覚で食べていた。
しかしそれを見たアダマンタートル夫婦が怒り狂い、格上だろうが関係なくフォレストドラゴンに挑んだ所へ凛が遭遇した。
「ともあれ、こいつらは凛のもんだ。売るのも引き取るのも自由だが…どうする?」
凛が興味ありげな様子で塊を見ていると、ワッズは腕を組みながら尋ねた。
それを合図に凛は動くのを止めて考える仕草を取り、ナビと相談し始める。
「そうですね…。(ナビ、全部押さえた方が良い?)」
《いえ、解析用に1つずつあれば十分かと。予想外の出来事に一時はどうなるかと思いましたが、おかげであれの開発が一気に進みそうです。》
「(分かった、解析が終わるのを楽しみにしているよ。)…それでは、ミスリルとアダマンタイトを1つずつ頂いて、残りは全て売却しようと思います。」
「本当か!?本当にミスリルを売るのか!?」
「うわっ!ビックリした!」
ワッズは凛の返答が余程嬉しかったのか、凛のすぐ目の前の位置にまで身を乗り出して叫んだ。
これに凛はかなり驚いた様子となり、ワッズは顔を少し赤くしながら後ろに下がった後、左手を後頭部へやりながら話をし始める。
「いやー、悪ぃ悪ぃ。フォレストドラゴンの解体に熱が入り過ぎてよ、幾つか道具を駄目にしちまったんだ。時間は掛かっちまうが、王都の知り合いに頼んで道具を新調しようかと考えてな。しばらく不自由にはなるが、時期もそろそろだし丁度良いっちゃあ丁度良い。
だから可能であればアダマンタイトを押さえたかったんだが…贅沢は言ってらんねぇ。凛、ミスリルの塊を1つ、俺達に譲っては貰えねえか?」
「あー…そうか。鱗はヒビが入っただけで、完全に割れたのはなかったですもんね。その時点で気付くべきでした。僕がフォレストドラゴンの解体をお願いしたばかりに…すみません。」
フォレストドラゴンの体には、アダマンタートルとの戦闘の激しさを物語るかの様に、凹んだ部分が何箇所かあった。
そこに生えている鱗にヒビが入ってはいたものの、それでも完全に砕けたものはない事から、フォレストドラゴンの鱗は軽い上にかなりの強度があると考えられる。
「いやいや。俺らの方こそ、黒鉄級の魔物なんざおとぎ話でしか聞いた事がなかったんだ。それがまさか、自らの手で解体させて貰える日が来るなんてよ。ここで燃えなきゃ職人の名が泣くってもんだぜ…なぁ、そうだろお前ら!」
ワッズは話の最後、周りを見渡して叫んだ。
それに他の解体職人達は実に良い笑顔で親指を立てたり、右手の人差し指で鼻の下を擦る等して応える。
彼らの様子から後悔は微塵も感じられず、むしろ満足で満たされているのが分かった。
「っつー訳だ。ついつい張り切っちまった俺達が悪いのであって、凛に文句はねぇ。むしろ感謝してもしきれねぇ位だし、あいつらも最後に良い仕事が出来て本望だろう。」
そう言って、ワッズは解体用の道具があると思われる方向に、穏やかな笑みを向ける。
「どちらにしても僕が原因です。この後の予定は?」
「ん?ああ、今日はもう何もねぇが…。」
「それなら良かった。一旦道具をお預かりした後、今晩にでも修理しようと思いまして。」
「修理?お前さんがか?」
「はい。先程ガイウスさんにお話はしましたが、これからも黒鉄級までの魔物の解体をお願いするつもりです。その為には道具達を生まれ変わらせる必要があるかと。」
「そりゃ確かにそうだな。でもよ、どうやって生まれ変わらせるってんだ?」
「それは内緒です。」
「んだよ、その肝心な部分が聞きてぇってのに…まぁ良い。そんじゃ、使う順番の高ぇやつから頼むとするぜ!」
「分かりました。」
ワッズは凛に話し掛けられて戸惑った様子となるも、すぐににかっと笑い、解体用の道具が置かれている場所に凛を案内する。
そして凛は12ある道具の内の半分を預かり、アダマンタイトとミスリルを無限収納に入れ、解析と道具の修理を始めるようナビに促した。
それから、凛は先程回った店に行って来ると言って解体場を後にし、1時間半程掛けて先程の店を一通り回った。
店主達は最初こそまた来たのか…と言いたそうな表情を浮かべるも、凛が複数個、或いは10以上の商品を会計に持って来た事に驚き、最後は笑顔で送り出した。
買い物を終えた凛が解体場に戻ってみると、フォレストドラゴンの前にガイウスとゴーガンがいた。
彼らはワッズと話しており、凛の存在に気付いたゴーガンが振り向き、次いでガイウス達も凛の方を向いて彼を出迎える事に。
それから約1時間が過ぎた午後4時半頃
凛がガイウス達と談笑していると、入口の方向から美羽の声が聞こえた。
「マスター!」
「美羽!それに皆も!」
美羽はそのまま凛に抱き付き、凛は軽く驚いた様子で後ろに視線をやる。
そこには火燐達やエルマ達、藍火、玄、リーリア、ニーナ達、紅葉、(見た目の変わっていない)暁とは別に、和服姿の中学・高校生の見た目をした少年少女がいた。
その少年達は額に(暁と同じ)1本角を生やし、凛はその子達に少しだけ視線をやり、美羽の方を向く。
「美羽、皆を連れて来てくれてありがとう。」
「いえいえー♪」
このやり取りの後、凛は改めてガイウス達に皆の紹介をし始めた。
火燐は黒鉄級上位のフサッグァと言う種族に進化し、『時空間適性』、『冷炎』、『加護付与』と言うスキルを得る。
冷炎は炎に氷属性を混ぜられる様になり、体が燃えているのに寒いと言う感覚を相手に与える事が出来るスキル。
加護付与は対象者に自らの属性の加護を与え、適性を伸ばすと言うスキルだ。(加護付与は里香や白神も所持し、凛に施している)
雫も同じく黒鉄級上位であるクティーラへと進化した。
得たスキルは火燐と同じ『時空間適性』に『加護付与』、それと『全属性適性』に『並列思考』だった。
凛と美羽は最初から全属性に適性があり、得たスキルも適性値を上昇させるものとなる為、『全属性適性』は何気に初めてだったりする。
ともあれ、雫は『全属性適性』のおかげで水属性以外の魔法が扱える様になった。
しかもそこに2つ以上の事を同時に考え、処理出来る『並列思考』が加わり、戦略の幅がぐっと広がった。
どうでも良い事だが、進化して早々、火燐は雫の『姫』と言う部分が似合わないとの理由で指差しながら爆笑した。
雫はそれにイラッとし、氷系中級魔法のアイスボール(直径1メートル位の大きさの雹)を火燐にぶつけた事で喧嘩が勃発。
それを収めるのに時間を要した為、本来であれば到着するのがもう少し早かったと言える。
それと先程凛と視線をやり取りした少年少女の内、男の子の方は少し明るめなオレンジ色の髪を持ち、それをミディアムに伸ばした髪型をしている。
そして人懐っこそうな顔をしているからなのか、先程からジェシカがチラチラと視線を向けていたりする。(意外に、彼女は可愛いもの好きなのかも知れない)
女の子達の方は姉妹の様に良く似た顔立ちで、どちらも紫がかった黒髪の様だった。
姉と思われる者は背中までのストレートヘアーで真面目な感じが窺える風貌。
もう1人の妹と思われる者は、肩上の所でスパッと真横に切った(いわゆるおかっぱ)髪型で、穏やかな笑みを浮かべていた。
その少年達は旭、月夜、小夜の3人で、いずれも妖鬼となり、紅葉から渡された和服を着用。
暁は黒鉄級の闘鬼へと進化を遂げ、後から目覚めた火燐達と共にここへやって来た様だ。
因みに、美羽達は屋敷から歩いてここまでやって来たのだが、門番達は先程の発言が本当になったと震え上がり、街の人々は何の集団だろうと視線を集めていたりする。
凛は美羽、翡翠、楓、エルマ達、紅葉達、藍火、リーリアと玄、火燐と雫の順番で紹介を行う(と言っても比較的さらっとで、凛達以外の女性陣はエルマ達の背中に生えた翼や羽を、男性陣は主にリーリアの胸をそれぞれ注視している)。
しかし最後に雫が紹介した際、自分は凛の女だと話したのを機に、美羽、楓、イルマ、紅葉の4人がそれに乗っかった。
火燐は顔を真っ赤にし、口をもごもごさせながら何かを呟き、リーリアもさりげなく便乗する。
これに、ナナを除くニーナ達は凛の見た目から同性が好きなのかと邪推し始め、(既に凛が男性だと聞いている)ワッズ以外の解体職人からは、美女美少女達に好かれて羨ましいとの視線を凛に向ける。
「美羽殿と紅葉殿だけではなかったのか…。凛殿は神輝金級の強さを持った男性だから仕方ないとは言え、この様子では今後益々増えそうだな。」
「僕もそう思ってるので言わないで下さい…。勿論、好意を抱いてくれるのはありがたいんですけどね。」
凛は困った笑みで誤魔化しつつ、火燐達がイフリート達の子供の様な存在と言う事や、藍火を指し示しながら名前を与えた事を伝えた。
ニーナ達はガイウスの口から出た凛が男性の部分で「ん?」となる。
そこにワッズ達も加わり、イフリート…ってあの大精霊の?や、青い髪の少女に名付け?と言いたそうな表情を凛に向ける。
「流石は凛殿、大精霊と呼ばれる方々とも面識があるのだな。そう言えば、藍火とやらの髪色が異なっている様に見えるのだが…俺の勘違いか?」
「それは名付けによる影響ですね。僕も最近知ったのですが、魔物に名前を与えると成長や進化を促す効果があるとか。ただ、これは魔物が持つ潜在能力にもよりますし、特殊な場合もあるみたいです。」
「特殊な場合?」
「はい。藍火は名前に『藍』…つまり青系統の名前が入っていたのが関係して、ブルーフレイムドラゴンと言う種類のドラゴンに進化しました。」
「ブルーフレイムドラゴン?聞かぬ名だな。ゴーガンは知っているか?」
「いや、僕も聞いた事がない。凛君、ファイアドラゴンとは違うんだよね?」
「そのファイアドラゴンに、風属性を加えたのがブルーフレイムドラゴンだと思って頂ければ。ブルーフレイムドラゴンは炎と風を併せ持った複合属性龍と呼ばれる存在で、単純な強さはファイアドラゴンよりも上になります。加えて言うなら、高火力の青いブレスを吐いたり、青い炎を身に纏う姿が格好良いと言うところでしょうか。」
「「ほう。」」
凛とガイウス達が楽しげに話している一方で、ワッズ達は大精霊と言う単語に驚き、ニーナ達はドン引きしながら藍火を見ていた。
そして凛が藍火に本来の姿に戻るよう促し、藍火がそれに応えてドラゴンに変化すると、ニーナ、コーラル、ダニー達3人が気絶。
トーマスとジェシカはへたり込みながらもニーナとダニー達を支え(コーラルは近くにいた暁が支えた)、解体職人達のほとんどが引いている中、ガイウスとゴーガンは満足そうな、ワッズとナナは興奮した様子となる。
トーマスが恐る恐るこちらへ戻るよう促すも、ナナは全く聞き入れない事から、意外と彼女は大物なのかも知れない。
そんなこんなで説明を終えた後、凛は無限収納から先程受け取ったフォレストドラゴンの肉を取り出し、街の皆を元気付けるのにこれを使うと言い始めた。
凛の言葉にガイウス達やワッズが(振る舞うには余りにも上等過ぎる理由で)かなり慌てた様子で止めようとするも、有無を言わさぬ凛の笑顔を見て渋々了承する事に。
そしてニーナ達を起こし、寝ぼけたニーナ達を連れて冒険者ギルドを出る。
「それではガイウスさん、しばらくの間ギルドの前を拝借させて頂きますね。」
「それは構わんが…凛殿、これから一体何を始めようとしているのだ?」
「今回はバーベキューを行いたいと思います。簡単に説明しますと、家の外や川等で楽しむ調理法の事ですね。」
「ほう、その様なものがあるのか。」
「皆でやるととても楽しいですよ。本来は野菜や麺等も一緒に焼くのですが…今回は時間がないので肉だけと言う事で。」
ギルドの前にて、凛はガイウスへ説明しつつ、無限収納からバーベキューグリルや金網等の道具を取り出す。
それらを美羽達へ渡し、少しずつバーベキューの準備を進めていく。
その様子を、ギルドの前の通りを歩く者達の目に留まり、自然と足も止まって人が集まる様になる。
やがて4台のバーベキューグリル、それとその横に(土魔法で作成した)肉を切る為の調理台をセット。
凛はギルドの入口に最も近い調理台の上に、10キロ程にカットされたフォレストドラゴンの肉の塊を置いた。
周りいる者達はいきなり台の上に巨大な肉の塊が乗ると言う光景を見てざわつき、しかし凛はそれらを無視して厚さ2センチ位なる様に肉包丁で切る。
その肉を熱した鉄板に乗せて焼き、ジュウ…と音と共に香ばしい臭いが周囲へ広がっていく。
1分程経った所でミディアムレアの焼き加減となり、ナイフで一口大にカット。
そこから塩と胡椒をまぶし、軽く馴染ませる様に焼いてから皿に移した。
周りの者達が固唾を呑んで見守る中(火燐、藍火、ダニー達3人はガン見)、凛はカットされたフォレストドラゴンの肉をゆっくりと口に運んだ。
「…!!(美味い、美味過ぎる。たまにお姉ちゃんが調達して来たA5の牛肉を焼いて食べたり、高級レストランへ連れて行って貰った事が何回かあったけど…正直それよりも美味しい。しかも沢山食べても大丈夫な位にさっぱりしているし、流石は黒鉄級上位と言うべきなんだろうな…。)」
凛はしみじみとした表情でそんな事を考えつつ、二口、三口と食べ進めていく。
だがフォレストドラゴンの肉に意識を向ける余り、割と近い位置にまで人々が来ている事に気付けないでいた。
「マスター、周りにいる皆さんが物凄く見てるよ?」
凛は美羽の言葉ではっとなり、同時に知らない人の顔が視界に、それもすぐ目の前の位置に入った事で、二重の意味で驚いた。
そして咳払いの後に居住まいを正し、ガイウスの方を向く。
「…ガイウスさんすみません。これからバーベキューを始めたいのですが、その前に何か一言お願いしても宜しいですか?」
「分かった…皆の者、聞け!」
『!!』
ガイウスの言葉に、人々は驚いた様子で後ろへ下がった。
「ここにいる凛殿は先日、ワイバーン事件を瞬時に解決した英雄だ!しかもそれだけではない!凛殿が死滅の森で得た黒鉄級のドラゴンの肉を、無償で!なんと無償で振る舞ってくれるとの事だ!数には限りがある!決して肉の取り合い等せず、ありがたく食べ…。」
「待て!!」
ガイウスが人々に対して説明をしていると、西側の方から遮る声が聞こえた。
凛達やガイウス達は不思議そうに、突然待ったを掛けられる形となった人々は不機嫌な様子で声のした方向を向く。
すると、凛達から50メートル程離れた地点にて、50歳位の見た目の男性が立っていた。
その男性は高級そうな服やアクセサリーに身を包み、茶髪をそこそこ短く切った髪型だ。
男性は急いでここまで来たのか、息と服装に乱れが生じており、彼の後ろには(同じく息が荒い)鎧姿の兵士が70人程いる。
「私のアダマンタートルを乗せた荷物が襲われたと聞いた時は慌てたものだが…どうやら運が回って来た様だな。そのフォレストドラゴンとやらの肉、全て私に寄越すのだ!」
男性は息を整えた後、話しながら服装を直し、最後は左手を前に突き出してそう言い放つのだった。
火燐をアフーム=ザーにしようかとも考えたのですが、髪色や体が青、緑、灰色のいずれかになるのではと思い、フサッグァに致しました。




